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二十話:解放された龍

 見慣れない意匠の寝台で目覚めた私は、絹の衣服を用意された。

 仙女が着るような風を孕むほど薄い服と、精緻な細工の飾りには鮮やかな宝石が散りばめられている。

 宮女に身支度をされ、終わったところで計ったように昨日の深紅の龍が人の姿で現れた。


「来い」

「は、はい」


 とは言ったものの、また訳のわからない状況に陥って、私は身を硬くした。

 連れて来られたのは朱色の柱が並ぶ広間。

 龍の彫刻が施された階段の上に座らされた私は、眼下に居並ぶ龍だろう人たちに深く頭を下げられている。


 ここ、国王とかが座る場所じゃないの?

 深紅の龍が堂々と座ってるのはいい。

 なんだか似合うし。

 けど、なんでその隣に私まで座らされてるんだろう?

 この人たちが本当に龍だとすると、ただの人間の私どころか、国王も簡単に会えないすごい存在のはずじゃ…………?


「我らを妖婦の邪法から解放せしめた聖なる巫女に、どうしても礼を申したいというのでな」

「は…………い…………。龍、なんですよね?」

「そうだ。我を含め妖婦の手下とされてそなたと直接対峙した者もいる」


 我も含め?

 未だに思い出せない。こんな龍、助けたっけ?

 赤い龍は何体かいたけど。ここまで綺麗な赤って…………覚えがない。


 私が悩んでいると、一人、見覚えのある龍が進み出て来た。


「あ…………龍王さまのご子息の、龍太子」

「覚えおきくださいましたか。我が願いを聞き届け、同朋の解放に尽力してくださいましたこと、心より感謝いたします」


 龍太子は妖婦討伐の旅の中、聖なる巫女である私を捜して会いに来た龍だ。

 黒に近い紺青の髪はよく覚えている。

 妖婦に操られた龍は皆、血縁関係にある一族で、できる限り殺さずにいてほしいと。

 もし殺すことになったなら、せめて妖婦の邪法から解放して龍の矜持を保たせてほしいと願った。

 私は元から妖婦の術を打ち破れる力で巫女になったんだし、龍太子の願いは迷いなく受け入れている。

 妖婦を倒したことで、私が解放するまで手が回らなかった龍も、全て正気に戻ったと聞いていた。


「巫女さまには何を置いても謝意を示さなければならなかったというのに、これほどの時を置いてしまった無礼、お許しいただければ」


 申し訳なさそうな龍太子とは対照的に、深紅の龍は頬杖をついて不機嫌そうに言った。


「そなたの国に使者を遣わせて交渉を行っていたのだがな。巫女を招くのも駄目なら、我らが出向くのも駄目だと言う。そなたの呪いや国民感情を盾にずいぶんと渋られたものよ」


 え、もしかして、私を掴んで攫ったのって、そういう鬱憤が溜まった末の暴挙?

 それに呪いのことは、龍も知ってるんだ。

 妖婦に操られた龍は、死ぬ前にその意識を私の力で自由にさせると、お礼を言って笑うほど矜持が高かった。

 龍たちにとって意思を曲げて操られることが、どれほど苦痛だったかがわかる。

 なのに、そんな妖婦の遺した呪いを持つ私に頭を下げてお礼を言うなんて。こうして顔を合わせている間も、呪いの影響があるかもしれないのに。


「…………ごめんなさい」


 思わず謝ると、龍太子は深紅の龍に責めるような視線を送る。

 深紅の龍は金色の瞳で威圧するように睨み返し、龍太子のほうが引く形で視線を逸らした。

 そんなやり取りを見て気づいた。

 この深紅の龍、たぶん龍王だ。

 これだけ龍が揃ってて一番格上の場所に座ってるし、龍太子まで下手したてに出てるし、絶対そうだよね?


 故郷の国王より格上の存在が当たり前のように隣に座ってる状況にどっと緊張感が襲ってくる。

 というか、龍は全員一族で血縁ってことは、ここにいるのは全員王族のような方たちなのでは?

 私、なんでこんな高い位置に座らされてるんだろう?

 これが龍なりのもてなし方なのかな?

 え、心臓に悪いんですけど。


「どうか今一度聖なるお力をいただけないでしょうか」

「…………はい?」


 緊張で龍太子の言葉を聞き逃した私は、差し出された手を見て恐怖に襲われた。

 派手な音を立てて、私はその場から大きく後ろに下がる。背後の大きな衝立にぶつかると、もう一度大きな音が広間に響いた。


「み、巫女、さま…………?」


 手を差し出していた龍太子は、以前会った時のように浄化の力をかけて欲しいと言ったんだと思う。

 それで一度、妖婦の術から逃れられたこともあったし。

 だから龍太子は悪くない。そんな自分の落ち度を探すような表情をしないでほしい。

 悪いのは『狂愛の呪い』を野放しにしかできない私なんだから。


「わ、私、妖婦の呪いが、あって…………さ、触ったら、駄目なんです。本当は、こうして顔合わせてるのも、危なくて…………」


 言いながら、私は龍王と龍太子から顔を隠すために袖を上げた。

 広間には千人ほどの龍が集まってるはずなのに、異様に静かだ。

 緊張と申し訳なさに、私は黙っていられず言葉を続けた。


「しょ、処刑されそうになったのも、この呪いのせいで、私が妖婦って呼ばれることになって…………。実際、狂ったようにおかしくなる人もいて、だから…………」


 誰も何も言わない沈黙が怖い。


「強さは関係なくて、ですね。私の国の、太子さまや、武官や方士、みんな、責任感だったり意思が強かったんですけど、駄目で…………。呪いに侵されるのは、すごく、嫌みたいで…………私を処刑しようとした人も、呪いを恐れたから、凶行に、出て…………」


 言ったら、怯えたように私を縛った長官の顔を思い出す。

 甄夫人を締め落とした長官に、私は浄化の力を使った。けれど正気に戻ったはずの長官は、悍ましい者でも見るような目で私を見て処刑を急いだ。


「お礼…………言われるような、人間じゃないです、私…………。このままだと、会う人みんな不幸にしか、しない…………」

「また震えているな」


 いつの間にか近づいていた龍王が、私の手を掴んで目を合わせる。

 咄嗟に目を瞑ると、細やかすぎる抵抗を鼻で笑われた。


「呪いのことなどとうに知っている。舐めるなよ。龍にその呪いは効かぬ。すでに検証を済ませたからこそそなたを招いたのだ」

「え…………? い、いつ?」

「そなたが妖婦を倒した後から今日までだ。人間たちに起こった呪いによる意識の変化も全て観察した。その上で、龍には人間相手ほどの強制力は働かぬと確認している。その『狂愛の呪い』は人間相手に特化した魔女の魅了術を強制付与するものであろう」


 言って、龍王は私に顔を寄せた。


「我が眼に狂気が見えるか? 巫女よ、そなたから見て我は狂っているか?」

「い、いいえ…………」

「確か触れることで呪いが促進されるはずだが、すでに我はそなたをこの手に抱いてここまで連れて来たのだが?」

「あ…………」

「呪いは些細な好意でも狂った愛執に変える。我はそなたに自ら恩を返そうと動くほどには思っている。さて、これでもまだ己を侵す呪いを恐れて震えるか?」


 龍王の目をどんなに覗き込んでも、変化はなかった。

 私へ恩という好意を持つと語る声も、乾いていていっそ安心できた。

 本当に、龍にはこの『狂愛の呪い』は効かないんだ。


 そうわかった途端、私の目からは涙が零れ落ちる。


「…………!?」

「今度はなんだ?」


 近くで見ていた龍太子が驚きのあまり硬直する中、龍王は不審そうに聞いて来た。


「…………良かった。良かったぁ…………」


 ほっとして笑うと、余計に涙が溢れた。

 龍王に掴まれてないほうの手で頬を拭っても、次から次へと湧いてくる。

 けど、久しぶりに何かがほぐれた気分になれた。


「私…………誰も、傷つけなくて…………いいんだ」

「これを妖婦とは笑わせる」


 言いながら、龍王は私の頬を濡らす涙を大きな手で拭った。


「余人の信念を捻じ曲げ、矜持を折るようなことをしても嘲笑うのが妖婦よ。身に余る力に怯え他者を傷つけまいと震えるそなたが、妖婦なものか」


 言って、龍王は私の背に手を回す。

 何をされるともわからない内に、力を込めた龍王が、私を抱え上げてしまった。


「…………え!?」

「告げる!」


 腕に抱き上げられた不安定さで縋りつく私をものともせず、龍王は覇気のある声で階段下の龍たちに宣言する。


「昂覇王の名の下に、この施伯蓮しはくれんを、我らを救った聖なる巫女として守護する! 我に従う同朋は心せよ! 施伯蓮に相対するならば我と同じく敬すよう!」


 それまでじっと黙っていた龍たちが、龍王の声に賛同の声を上げた。

 一斉に上がった声に驚き、私の涙も引っ込んでしまう。

 あと、言葉が難しくて龍王が何を言っているのか半分もわからない。

 それに階段の縁に立たれると、体勢の不安定さからまともに下を見れない。

 私、高い所が苦手かも…………。


「りゅ、龍太子ぃ…………」


 私は龍王の背後に助けを求めた。

 妖婦討伐の旅で出会って、一度は共に妖婦に当たった相手。

 すぐに一族の元に帰ったけど、昨日出会ったばかりの龍王より幾分気安い。


「これ、どういうことでしょう?」

「昂覇王さまが巫女さまの後ろ盾になるということです」

「昂覇王?」

「そう言えば名乗っていなかったな」


 私と龍太子の会話を聞いていたらしく、龍王が入って来る。

 その上私を降ろさないまま、退出を始めてしまった。

 階段の上から横手に抜ける通路があるからいいものの、この体勢で目の前の階段を下りられたら服に皺ができるほど抱きついていたかもしれない。


「昂覇王などと勿体ぶった呼び名はいらん」

「そんなことを仰らないでください」


 どうやらこの龍王が昂覇王らしい。しかも本人は気に入っていないみたいで、龍太子が困った顔をしながら追ってくる。


「あの…………昂覇王、さま?」

「そなたと我は対等だ。敬称は入らぬ。それで、なんだ?」


 気に入らなくても返事はしてくれるらしい。


「そろそろ降ろしてくれません?」

「ふむ、駄目だ」

「え…………え?」


 何故か考えるふりで拒否された私は、そのまま昂覇王に何処へともなく運ばれることなった。


毎日更新、全四十話予定

次回:妖婦の名前

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