十九話:処刑に思う
訳も分からず市中に引き摺り出されて、私は処刑の時を迎えた。
聖なる巫女とは呼ばれず、妖婦と言われたけれど、私はいつでも施伯蓮というただの町娘だった。
「妖婦ってがらなの? まだ若いでしょう?」
「髪が乱れててよくわからないが、ちょっと惹かれるものあるな」
「なに、あの方がおっしゃるならそうなんだろうさ」
風に乗ってそんな声が聞こえて、私を断罪しようとする長官が離宮の外でも信用されてることを知った。
私も、野邪に生薬を盗んでいると聞かされた時、信じられなかった。
長官は塞ぎ込む私を心配して、ここ半年気にかけてくれていた人だったから。
今思えば、それも呪いのせいなんだろう。
王太子に献籍に長官。
どうして私はこうも気づくのが遅すぎるの?
それが、町娘でしかない私の限界なのかな?
せめて人質に取られた甄夫人だけは、私の処刑後に開放してほしい。
私より長官と付き合いが長くて、信じていて、窃盗の件でも自分が調べるって言っていたんだもの。
あぁ、私は何もしてないな。
この離宮に来て、呪いを解くために金丹作りを始めたけど、上手くいかない。
野邪は当たり前だって言うけど、師匠は金丹の一割でも効果を発揮できればいいって言ったんだ。
私はその一割にさえ手が届かない。自分の才能のなさが嫌になる。
その上で周りの人を狂わせて、傷つけて…………。
長官も窃盗の罪を隠すためとは別に、『狂愛の呪い』で狂っていることを自覚したからこそ、私を嫌悪して殺そうとしてるんだと思う。
物語のように、敵を倒して大団円なんて、そうそうあるわけがないんだ。
「彼女が妖婦などと、何を考えている! この処刑は不当だ!」
「どきなさい! 処刑などさせない!」
「そんなものを巫女さまに近づけるな」
「ぼさっとするな! お前もそこから逃げろ!」
「何をしているの、伯蓮! お逃げなさい!」
だから、ここにいないはずの人たちが助けに現れたのは、きっと奇跡だ。
ただ、私は助けに来てくれた人たちに、救われる資格なんてなかった。
みんな、呪いの被害者だ。
私に近づいたら不幸になってしまう人たちばかりだった。
だから諦めた。助けてという言葉を飲み込んだ、はずだったのに。
「三年前、そなたに救われた。受けた恩は返す。そのためにこれまでそなたを見守って来た」
何故か私は、助けたらしい龍に連れ去られることになった。
どういうことなんだろう?
え、本当になんで?
「クゥ!」
「空くん!? 無事だったの!?」
龍の大きな手に包まれた状態で、私は辺りを見回す。
すると、いつの間にか逃げ出していたのか、真っ白な四足の獣が私にすり寄って来た。
「…………空くん、よくこの状況で動けるね?」
「クキュ?」
私は今、突然現れた深紅の龍の手の中、空高くを飛んでる。
龍の指の間から吹きつける風量は尋常じゃなく、ちょっと息が苦しいくらいに冷たい。
何より、見える景色が雲だ。
下でたまに見える緑色は山なんだろうけど、怖くて直視できない。
王宮にあった楼閣なんて笑えるくらいに低い。
そんな高さを、私は龍の手に掴まれて移動してる。
「クク、キュキュ?」
「この高さ…………。お、落ちたら、死んじゃうよ?」
恐怖を紛らわすために空くんに話しかける。すると龍にも聞こえていたみたいで呆れた声を投げかけられた。
「おかしなことを言う。そなた、先ほどまで死を受け入れておったではないか」
「…………そう、ですね」
抵抗するとか考えつかずにこうしているけど、考えてみればなんだろう、この状況?
いや、呪いどうしようもなくて自棄になってたよ?
甄夫人人質に取られて、抵抗したら人質を殺すって脅されてたし。
長官、明らかに私を見る目に怯えがあったから、『狂愛の呪い』ってそんなに怖いんだって落ち込んだし。
そしたら助けが現われて、でもみんな呪いの被害者だったし。助け求めるなんて、できないなって。
「震えが止まらぬな」
「ご、ごめんなさい」
「何を謝る。不必要な卑下などそれこそ我を不快にさせると心得よ」
え、怖い。
助けて、くれたんだよね?
処刑されそうになってるところを。
けど、これってよく考えたら誘拐じゃない?
助けるなら連れ去る必要なくない?
あれ? もしかして私、まだ危機脱してないんじゃ…………?
「クフゥ。クークー」
空くんは龍という強大な相手の手の中で、全くいつもどおりに私に懐く。
震える手で空くんの真っ白な毛並みを撫でると、その温かさになんだか泣きそうになった。
「クー!」
「なんだ、寒いのか」
空くんが何かを訴えるように鳴くと、龍は赤く光る。
何かの術を使ってるみたいだけど、途端に龍の手の中が火鉢の傍のように温かくなった。
「…………ありがとう、ございます?」
「礼を言う気があるのか、それは? 人間とはわかりにくいな。…………おい、まだ震えが止まっておらぬぞ」
「クー? キュキュ?」
どうやら空くんとこの龍は会話ができるようだ。
その上、空くんは全く龍を怖がってない。
さすが空くん。妖婦討伐で緊張が張りつめていた私たちの野営地に忍び込むわ、宮城で人の目を掻い潜って歩き回るわ、当たり前のように離宮にもついて来るわ。
空くんって喋る以外にできないことないんじゃないかな?
「空くんって、自由でいいなぁ」
「クフゥー」
思わず呟くと、空くんは胸を張る。私は真っ白で柔らかな胸の毛を不安のまま撫で回した。
「我を無視するとはいい度胸よな?」
「あ、いえ、無視するわけじゃ…………」
「では答えよ。何故、なおも震える」
威圧的な声に、私は龍の手の中、逃げ場のない空中であることを意識する。
すると余計にお腹の底からの震えが止まらなくなった。
ここでまた答えないと、怒って私たちを落としてしまうかもしれない。せっかく逃げられた空くんをこんな所で死なせたくない。
「じょ、状況が、わからない、ので…………怖、き、緊張で、体が震え、ます」
上手く動いてくれない唇を必死に動かして答えると、龍の手が跳ねるように揺れた。
「ひぃ…………!?」
私の口から引き攣った声が漏れた途端、空くんが全身の毛を逆立てて、足元の龍の手に爪を立てた。
私は慌てて空くんを抱き込む。
「駄目、空くん! 落とされたらどうするの!?」
「なるほど…………。我が言葉を理解していないことはわかった」
「いえ、言葉は、わかりますけど」
「では恩を返すと言ったのを忘れたか? 恩を返す前に殺してどうする」
「さっき、助けてもらったので、恩返しはもう済んでませんか? 奇跡的に助けが来てくれましたけど、あの漆黒の炎を止めてもらえなかったら、私、死んでましたし」
「奇跡などではないぞ。あの王太子どもは我が呼んだ」
「へ?」
「越西は自らそなたの危機を察して駆けつけたようだがな」
聞けば、この龍は宮城に私の危機を報せてくれたらしい。
報せを受けて、みんながすぐさま駆けつけてくれたことに、胸が熱くなる。と同時に、申し訳なさも湧き上がった。
「…………あの、みんなをあなたが呼んだのなら、私、何処に連れて行かれてるんでしょう?」
駆けつけてくれた人たちは、目の前で私を攫われた状態。
こうして龍が自分から私を助けては、呼んだ意味がないんじゃないかな?
「そなたはあれらに助けを求めなかったからな」
胸の内を覗かれたような居心地の悪さに、私は息を詰めた。
「その上、己の命を諦めさえした」
いったいどれだけ私の考えを読めるんだろう、この龍は。
もしかして、龍という生き物にはそういう能力が備わってるんだろうか?
妖婦に操られて何度も敵対した龍だけど、私はその生態を何も知らない。
こんなに流暢に喋れることさえ知らなかった。
「人間はそなたを苦しめるだけのようだ。ならば、我が助けてやる」
「…………え?」
なんて傲慢な救済宣言。
聖なる巫女となって助けてくれと言われ続けたけれど、私は、こんなに自信満々に答えることはできなかった。
できるかわからない。けど、やるしかない。
そんな気持ちで聖なる巫女をしていたけれど、もしかしたら私に助けを求めた人たちは、嘘でもこうした力強い言葉が欲しかったのかもしれない。
「着いたぞ。我が住まいだ」
そう言って龍が降下し始めた先は、岩山が柱のように連なる奇岩の峰。
岩山と一体になるような形で雲間に現れたのは、壮麗な宮殿だった。
「お帰りなさいませ」
「湯を用意せよ。人間は弱い。注意して扱え」
「かしこまりました」
そっと宮殿の中に降ろされた私は、龍の角が生えた人物に引き渡される。
宮城のような造りの割に、巨大な龍が入れる大きさのある宮殿。圧倒されたまま、深紅の龍とは別にされる。宮殿の奥に連れて行かれた私は、そこでさらに宮女たちに引き渡されて湯浴みをすることになった。
「ふわぁ…………ふかふか…………」
「クフゥ」
湯浴みを終えて綺麗な服を着せられた。待つように言われた部屋の寝椅子に倒れ込み、私は空くんの柔らかな毛並みを撫でる。
気づけば、そのまま眠ってしまっていた。
「…………返事がないと思えば何をしている?」
「クー、クク」
「状況がわからないと震えていたくせに、話に来てやればこれか?」
「ククー、キュキュキュ」
そんな空くんと龍の会話を聞いた気がする。夢だったのかもしれないけど。
私は寝椅子から簡単に持ち上げられて、もっと柔らかな布団の上に横たえられた気がした。
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