十三話:離宮生活
離宮は湖水地に作られた古い時代の建物。
外壁以外の壁はほとんどない、王都の宮城より開放的な別荘だ。
「ここは皇太后さまが晩年お住まいでしたので、使用人も女官がほとんど。あぁ、もちろん警備は男衆ですが外壁の外を巡ってますから」
説明しながら私を案内してくれるのは、離宮の女官さん。
「あの、あなたは私の呪いのこと知って…………?」
「あ、申し遅れました、巫女さま。私は甄真。これでも大臣の家の出なんです。夫が先の戦いで亡くなって、再婚させられるのが嫌でこんな所に働きに出た我の強い女ですけどね」
茶目っ気を発揮して自己紹介する甄真は、私よりいくつか上というくらいの歳。
先の戦いとは、妖婦が起こした騒乱のことだろう。
「呪いのことも、太子さまのことも聞いてます。というか、基本的に巫女さまであると知ってるのは私と長官だけになりますから、呼び方も施娘と呼ばせていただきますね」
「そうなんですね。どうぞ、好きに呼んでください、甄夫人」
「あら、うふふ。あまりそう呼ばれることもなく夫が亡くなったから、新鮮な気分になりますね」
夫を亡くした悲しみを感じさせない様子で、甄夫人は照れたように笑う。
けれど再婚が嫌で女一人働きに出たと言うなら、その胸の内にはまだ割り切れない思いがあるんだろう。
「そういうわけで、私は施娘専属になります。急なことだったんで今は私一人ですけど、お世話係は増やしますから。少しの間我慢願えます?」
「いえ、自分のことは自分でするので大丈夫です。と言うか、誰が呪いにかかるかちゃんとわかったわけじゃないし」
王太子と河鼓を比べても違いがある。男性限定の呪いでない可能性だって捨てきれない。
案内していた甄夫人は、いきなり止まると私を振り返って手を握って来た。
「なんでそんな悪いことしたみたいな顔してるんですか。あなたは私たちを救ってくれた巫女さまでしょ。もっと胸張りなさいな」
「で、でも…………呪いのせいで太子さまや春ら、姜妃さまに迷惑を」
「国を救ったことに比べれば些事です。夫の仇を討ってくれた私の恩からしてもね。ですから、ばんばん私のことは顎で使ってください。ここで呪いを解く方法模索するって話でしたよね?」
「は、はい」
甄夫人は私の手を両手で握ってぐいぐいくる。
思わず頷くとにっこり笑って案内に戻った。
自称、我の強い女は嘘じゃなかったみたいだ。
けどこの明け透けで言いたいことを言う雰囲気は、妖婦討伐の旅を一緒にした女戦士を思い出す。
「一つ聞いてもいいですか?」
「なんでもどうぞ」
「あの長官さんは、やっぱり私のこと、よくは思ってないですよね?」
「あの仏頂面はいつものことなんで気にしなくてよろしい。ただ、面倒を押しつけられたとは思ってるでしょうね。それでも古都のうるさ方から巫女さまを守る壁にはなってくれるくらいには、職務に忠実ですから」
私はさっき挨拶を済ませた長官を思い出す。
四十がらみの長官は、甄夫人が言うとおりの仏頂面で私を出迎え、周囲の目を逸らすために私に足を運ばせたことを詫びて膝を突いた。
全部仏頂面だったから、歓迎されてないんだろうなと思ったんだけど。
「長官は良くも悪くも情緒の偏った方なので、呪いが怖くて施娘をぞんざいに扱うなんてことはしません。救国の巫女という功績に見合った処遇を約束されていたでしょう?」
「確かにそう言ってましたけど、言葉どおりなんですか?」
そういう人なんだと甄夫人は笑った。
「さて、それではここが施娘に使っていただく棟になります」
「玉鈴館?」
入り口の上にかけられた扁額の文字を読むと、甄夫人は悪戯っぽく笑って扉を開けた。
入ってすぐ目に入るのは、部屋の中央に梁から吊り下げられた石の鈴。
「これが玉鈴ってことですか?」
「これのすごいところは、玉の塊から中の球まで一つの塊から彫られたことなんですよ」
真っ白な玉は精緻な彫刻が透ける造りで、中には丸い玉の塊が入っている。
コロコロと音を立てて玉鈴を確かめても、確かに継ぎ目は見つからなかった。
「すご…………」
「私としては、この持ち込まれた荷物の数に驚いたんですけどね?」
そう言って、甄夫人は続き部屋に押し込まれた荷物を指す。
私が自分で荷ほどきをすると言っておいた錬丹術の道具や素材が積まれていた。
「寝室のほうは整えてあるので、これらの荷ほどきをしてしまいたいんですが?」
「はい、頑張ります!」
「顎で使うように言ったじゃないですか。お手伝いします」
やる気を持って返事をしたら呆れられてしまった。
こうして、私の離宮生活は始まることになる。
「施娘、お客ですよ」
離宮生活も一月が経とうかという頃、甄夫人がそんなことを言った。
「お客? 古都のお偉いさん?」
「お偉い方ですが、古都からではありませんね」
「なんだ。しょげかえってるかと思えば…………」
「師匠!?」
甄夫人の後ろから現れたのは、越西こと私の錬丹術の師匠だった。
真っ白な髪に道士の服が浮世離れしてるけど、膨らんだ包みを背負った姿はなんだか田舎のおじさんのようだった。
「お前さん、なんでも上に積めば片づけになると思うなよ?」
玉鈴館に入って、師匠はそんな文句を言った。
左右に続き部屋、奥に寝室のある造りの玉鈴館は、入ってすぐの応接間が一番広い。
そのため、私はここを工房として錬丹術の研鑽に励んでいた。
つまり、ちょっと散らかってる。
「…………生皮剥いだ程度じゃ呪いは無効にならないからな」
「なんでわかったんですか!?」
「何しようとしてるの!」
私の工房を見回した師匠は、的確に目的を言い当てる。
驚く私に甄夫人が両肩を掴んで、今やってる作業を止めに来た。
「消毒や回復に偏った生薬の材料に、研磨剤、油脂の溶解剤があれば想像はつく」
完全に師匠に思考を読まれてしまった。
甄夫人は私を作業台から引きはがして、師匠と一緒に座らせる。
「そろそろお前さんが煮詰まっていらぬことをするだろうと思って来てみれば」
「何処まで私の行動読んでるですか、師匠?」
「焦る奴っていうのは、だいたい決まった行動をするもんだ。自分を痛めつけたところでなんの解決にもならないぞ」
言いながら、師匠は持参した竹簡を私の前に積み始める。
全部で十本ある竹簡を三角に積んで、師匠は赤い瞳で私を見据えた。
「どうしても自力でどうにかしたいって言うなら、金丹を作れるようになってみろ」
「ちょ!? 錬丹術初めて二年程度の人間に何言ってるんですか! 本格的に教えてもらい出したのなんて、宮城に入ってからですよ!?」
「施娘、金丹って?」
私の驚きように甄夫人は興味を示す。
師匠は私と甄夫人を見比べて、ただの女官ではないと見たようだ。
座るよう手で勧めて金丹について説明した。
「簡単に言えば不老不死の霊薬。錬丹術を修める者の最終到達点であり、丹薬を用いた長生術の一種だ。成功すれば仙人にもなれる霊薬だが、施娘の腕じゃいって万能薬程度だな」
最初から私に完成品を作ることは期待してないらしい。
それでも金丹の性能の一割でも発揮する薬を作ることができれば、呪いを無効化できるかもしれないそうだ。
「生皮剥ぐなんて変なことされるより、明確に目的を持たせておいたほうがお前さんはいいだろ。妙なところで行動力あるからな」
「師匠、そういう時はお前の腕を見込んでとか、少しは私のやる気に配慮してください」
「やる気には配慮しないが、技術面なら配慮してやろう」
そんなことを言いながら、今度は一抱えもある土の塊を出してきた。
うーん? 良く見ると粘土をこねて作った丸い人形?
ずんぐり板胴体の大きさと形が、秤の嘉量に似ていてちょっと可愛い。
「これは西の技術でゴーレムと呼ばれる泥人形だ。こっちには泥縄から人間を作る女神の話や、死体を人形にする呪術があるだろ? あれと合わせて作ったんだが、俺が教えられない間の助手として置いて行く」
「何作ってるんですか、師匠? 助手っていったい?」
「ま、見てろ。…………おい、起きろ」
師匠が泥人形の上に手を置いて命じると、丸い鉢のような体の上部が伸びて、目のような二つの光が現われる。
『なんじゃ? む? ここは何処なのじゃ?』
「喋った!? 師匠、喋りましたよこの人形!」
『姦しい小娘じゃの。む? なんじゃお主その姿は?』
「うるさい。年取ったら白くなったんだよ。って、そういう記憶は残ってるのか。…………魂そのものを宿したわけじゃないはずだが」
「師匠? 実験途中のものを私に押しつける気ですか? あと、その髪…………白髪だったんですね」
「うるせぇ。西の人間だってだいたい髪の色は黒いんだよ」
睫毛まで白いけど、それも白髪なのかな?
私が改めて師匠を観察していると、泥人形は鉢のようなずんぐりした胴体から短い手足を伸ばした。そして師匠を見上げて知人のように話しかける。
『わしも状況の説明を所望するのじゃ』
「小さいのに偉そう…………」
「おう、俺の知り合いの偉そうな奴を疑似人格として設定したんだが、うるさいなこいつ」
自分で作っておいて師匠がそんなことを言う。
このゴーレムのお爺ちゃんみたいな口調って、師匠くらい昔の人を真似てるからみたい。
『これは異なこと。わしをどうする気じゃ? む? お主の名前が思い出せぬぞ!?』
「じゃ、自分の名前はわかるのかよ?」
『むむ!? わからぬのじゃ!』
「よし、施娘。こいつに名前つけろ」
「えー? …………さっきから『のじゃのじゃ』言ってるから、野邪で」
『適当ではないか!?』
「疑似人格にしても本来の邪悪さ巫女に筒抜けか。よし、お前さんは野邪だ。俺がいない間、この施娘の金丹作りを補佐しろ」
不穏なことを言いながら、師匠は野邪の額に指で何かを書く。
すると野邪は不服そうに唸りながらも了承の返事をした。
「金丹作りの補佐って、この人形、錬丹術できるんですか?」
「疑似人格の元の奴ならできたかもしれないが、これはあくまで人形だ。俺が入れた知識しかない」
師匠が言うには、金丹の作り方は門外不出の秘法。
竹簡には金丹の作り方が記されているけれど、肝心な部分は書かれておらず、その肝心な部分を記録しているのが野邪だということらしい。
「このとおり疑似人格がある上に、施娘が名付けたから、お前さんの命令を最優先にするようになってる」
「泥人形なのに、実はすごいんじゃないですか?」
『敬うが良いのじゃ』
そう言われるとちょっと…………。
なんて言ってると、甄夫人が野邪から師匠へと視線を映した。
「このような者を置いて行かれると言うことは、仙人さまは当分こちらにお出でにならないと考えてよろしいのでしょうか?」
「え、そうなんですか、師匠?」
思わず情けない声が出た私に、師匠は雑な仕草で私の頭を撫でる。
そして師匠は頷いた。
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