十二話:友との別れ
春嵐のお友達の息女はもちろん、宮女さんたちも、春嵐が泥を被ったと言う言葉の意味を教えてはくれなかった。
「姜妃さまのお心づかいです」
「巫女さまを思えばこそのなのですから」
「あなたさまが気に病む必要はございません」
「王太子妃のお覚悟を無碍になさいますな」
「それよりも今は他に案じなければならないことがありましょう?」
問い詰めても、拝み倒しても、宮女さんたちはこの調子だった。
王太子が殴り倒された日から三日。
王妃さまの詩会はもちろん中止。
王太子は無事に目を覚まして命に別状はないらしいけど、あれから一度も来ていない。
もちろん春嵐の姿も見ていない。
お咎めなしとは聞いているけれど、そう言った宮女さんは私から目を逸らしていた。
そして、宮女さんたちがもっと心配しろというのは、私自身のこと。
妖婦の呪いは、やっぱりあった。
そして呪いの影響は、私自身じゃなく、私と関わる異性に発現するものらしい。
その辺の検証は宮女さんたちも関わっていたみたいで、そう言えば、部屋つきの従僕が三日ずつで交代するようになっていた。
「知らないのは、私だけなんだね。…………違うな。私が、気づけなかったんだ」
春嵐は気づいた。
だから王太子の呪いの進行を防ごうとここに来ていたし、自覚のない私を責めることはなかった。
私も気づけたはずなのに、そんなこと、春嵐は一度も責めなかった。
あんなに苦しそうだったのは、私のせいだったんだ。
「巫女さま、どうかお食事をとってください。もう日が暮れますよ?」
「え、もうそんな時間?」
一日考え込んで時間を無駄にしてしまった。
けど、どれだけ時間を使っても、私には妖婦の呪いなんて胸の痣以外にわからないし、解呪の方法なんて思いつかない。
「はぁ…………、ごめん。食べる気が起きないの」
「そんな、体に障ります」
宮女さんは私を心配してあれこれ言ってくれる。
食欲はないけど、これだけ心配されてると食べなきゃいけないとは思う。
ふと、宮女さんの献身につけ込む狡い考えが浮かんだ。
「食欲ないけど、無理してでも食べるから、春嵐が泥を被ったって言葉の意味、教えてくれない?」
「それは…………」
「お願い! 教えられたことは誰にも言わないし、知ったからって春嵐を困らせることもしないから!」
結局拝み倒すしかなくてお願いし続けると、ようやく宮女さんが折れてくれた。
折れた理由が、私の体を心配してっていうのが申し訳ない。
「では、お食事をとってからお話いたします」
「はい!」
元気に返事したものの、なかなか喉を通らない。
それでも必死に詰め込むと、逆に宮女さんから無理をし過ぎだと止められた。
「お話ししますから、そこまで無理に食べなくて結構ですから」
「うぷっ、うん、聞かせて」
喉からせり上がる食事を抑え込んで、私は真剣な表情で宮女さんの声に耳を傾けた。
「姜妃さまは、太子さまが呪いの進行に抗えなかったのは、自らの監督不行き届きだとおっしゃったようなものなのです」
「どうして? 呪いを媒介してるのは私なのに」
「巫女さまは呪いの緩和のためにお力を尽くしたと、姜妃さまは訴えました。太子さまも、強力な妖婦の呪いの被害者と見られるよう庇われたと聞いています」
「庇う…………あ、確かに妖婦が強いってことを強調して、太子さまは呪いのせいで危ない状況だったみたいなことを言って」
確かその後、春嵐は自分に非があるような形で謝って見せた。
つまり私と王太子を庇って、自分が悪いのだと言ったんだ。
「陛下が対処に動いていたこと、国が呪いを把握して解呪に取り組んでいたこともおっしゃったとか」
「うん、そんなこと言ってた気がする」
「ですから姜妃さまは、自ら泥を被ることであの場を収めたと言えなくもないのです。責められるべきはご自身一人だと。ですが、もちろん姜妃さまが罰されることはございません。えぇ、ありえませんとも、そんな理不尽な」
宮女さんは私に言い聞かせるように言った。
「全て悪いのは、国を危機に陥れ、巫女さまを逆恨みして呪った妖婦です。太子さまに呪いをかけたのも妖婦です。巫女さまが気に病まれる必要はございりません」
理解して、頭でわかっても、心がそれに従うとは限らない。
それでも私を元気づけようとしてくれてる宮女さんの気持ちは、私の心に届く。
「ありがとう。無理に聞き出してごめんなさい」
「いえ…………」
「けど、本当にみんなは大丈夫? 呪いの影響、あったら言ってね」
「ございません。今のところ影響を受けた方々は異性であると…………!?」
殊勝な私の態度にうっかり口を滑らせてしまったようだ。
けど、聞かないふりなんかできない。
「方々? 太子さま以外にも、他に私のせいで呪いを受けた人がいるの?」
問い詰める私の視界の端で、宮女さんが一人身じろいだ。
見れば、一緒に薬草園に行った宮女さんだ。
私と目が合うと口を引き結ぶ。そんな些細な普段と違う行いが、事実を報せる。
「阿鼓? 宮廷方士の河鼓も呪いを?」
そう言えば、宮女さんに方術を向けるなんて真似をしていた。
久しぶりに会ったから何か変化があったのかと思ったけど、本来河鼓は方術を嫌う過去を持つ人物。
それに、河鼓本人が言っていた。呪いを感じやすい、と。
今までよく分からなかったけど、呪いに影響されやすいという意味だったんだろう。
あの時の河鼓は短い間に様子が変わった。王太子は何カ月もかかっての変化だったのに。
「…………人によって呪いの影響が出る時間が違う?」
河鼓は確か、精神干渉に関わる呪いの可能性が高いと言っていた。
心の強さで違いが出るのかもしれない。
そう考えると、決定的におかしくなるまで時間のかかった王太子は、そうとう強い心を持っていたんだろう。
そんな人をあんな風にしてしまうなんて。
私はようやく、自分の身に負った呪いに恐怖を覚えた。
そしてさらに三日後。
私の部屋に春嵐が来てくれた。
ただし、これがこの部屋で会う最後。
「春嵐、ごめんなさい」
「いいえ。謝るのはわたくしのほう。今まで黙っていてごめんなさい」
旅支度を整えた私と、ちょっとやつれたように見える春嵐。
私は今日、この宮城を去る。
偉い人たちの話し合いで決まったそうだ。
私を宮城に置いておくのは危険だと。
そして、周囲に影響を与える呪いとわかって、古都は私の巫女認定を覆すかどうかの会議を開こうとしているらしい。
なんかこの辺りは王家と私の身元を取り合った末の確執からの嫌がらせらしいんだけど、ともかく、私は古都とも縁を繋ぐため、宮城を出て古都に近い離宮に身を寄せることになった。
「こんなに慌ただしく追い出すなんて、もっと、やり方はあるはずですのに」
春嵐は私の呪いを知ってからの貴族の対処の早さに歯噛みする。
厄介払いだと私も思わないでもない。
でも異性にしか効かない呪いなら、同性しかいないと聞く離宮の奥はちょっと気が楽だとも思えた。
「伯蓮が向かう離宮は、地方とは言えそれなりの規模の街の近くにあります。ここより暮らし向きは貧しくなりますが、不自由はないでしょう。何かありましたら、文を送ってください」
「いやー、昔の王さまが造らせた離宮なら、私の実家よりいい暮らしだと思うよ?」
「では言い直します。何がなくとも文をくださいな。…………まだ、あなたとはお友達でいたいのです」
「春嵐…………」
頬を染めて微笑まれると、なんか、すごく昂ぶるものがある。嬉しいの一個上ってなんて言う感情なんだろう、これ?
「うん! 文通しよう!向こうでも錬丹術続けていいって言われてるし、面白い物できたら同封するね!」
「それはちょっと…………」
私の勢いに引く春嵐と顔を見合わせて、お互い笑ってしまう。
すると鼻を啜る音がして、宮女さんが裾で涙を拭ってるのが見えた。
「そんな、一生の別れじゃないんだから」
あ、とも言えないのか。
宮女さんたちは貴族のご息女で、花嫁修業中。
何年後かに私が宮城に入ることを許されても、もう結婚して遠くに行ってる可能性が高い。
ううん、私が一生呪いを負ったままなら、それこそ今が今生の別れだ。
「春嵐、ありがとう。それと、やっぱりごめんなさい。太子さまの呪いのこと、私気づけなかった。知らなかったなんて言い訳できることじゃないし、春嵐を苦しめてしまった事実は消えない。だから、私なりに呪いの解き方、探ってみようと思う」
「至らなかったと謝罪するなら、やはりわたくしも同じです。伯蓮は悧癸さまの呪いを知ってしまえば悲しむと、わたくしが一人で抱え込んでしまいました。結果的にあなたをさらに悲しませることになったのは、後悔しております」
もう起こってしまったことを謝り合っても切りがない。
私と春嵐は頷き合う。
「悧癸さまのことは、わたくしに任せてくださいませ。この国の未来を担う方ですもの。わたくしは一生をかけてお支えする所存です」
「春嵐恰好いいな。一生をかけて、か。うん。私も一生をかけることになってもこんな呪いに負けない手段を考え続けるよ」
妖婦が命をかけて遺した呪いなら、私も一生をかけて立ち向かうべきことなんだ。
「そろそろお時間です」
涙を拭った宮女さんが、控えめに移動を促してくる。
「…………伯蓮、不確定ですが、一つお気をつけて」
「何?」
「悧癸さまの取り巻きの一部は、あの騒ぎの後に姿をくらましてしまったのです。何かよからぬ考えを持って、呪いに侵された悧癸さまに近づいた可能性があります」
「つまり、今後私の呪いに影響された人が現われたら、その周辺に出てくるかもしれないってこと? 顔とかあんまり覚えてないんだけど」
「もし、これはと思う方がいた場合には、確証がなくとも報せてくださいまし。検証は人員の多いこちらで行います」
頼もしい。
けど、やっぱりちょっとやつれてる。
春嵐に頼りきりじゃ駄目だよね。これじゃ、仲間に守ってもらいながら逃げ回ってた頃と変わらない。
私にもできることを探さなきゃ。
この日私は、初めて正面から宮城を後にすることになった。
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