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十一話:婚姻破棄からの暴行事件

「ね、春嵐。私に手伝えることはない?」


 私、施伯蓮しはくれんは王妃さまの詩会に向かう途中で春嵐を捕まえて言った。


 すでに宴から三カ月が経ち、部屋に籠って錬丹術ばかりの私にも、周囲の変化は感じられるほどになっている。


「…………伯蓮、何をおっしゃっているのかしら?」

「だって春嵐、顔色すごいよ?」

「緊張、ですわ。王妃さまは宮城が襲撃された際に重傷を負われて、こうした場を設けられるのはとても久しぶりのことなのです」


 春嵐のお友達である貴族の息女が心配そうに見るので、私はちょっと人目につかない柱の陰に春嵐を連れ込む。


「春嵐が気に病んでるのは、太子さまのことでしょ」

「…………!? 伯蓮、あなた…………」

「わかるよ。友達のことだもん。それに、明らかに太子さま、苛々してるでしょ? 春嵐、喧嘩でもした?」


 王太子はこのところ毎日私に会おうとする。

 実験中だったり、師匠の所へ行く前だったり、時間を選んでくれない。

 しかも春嵐が連れ戻しに来てもなかなか帰ってくれないし、なんなら春嵐が現われると機嫌が悪くなる。

 以前は優雅に笑ってることの多かった王太子は、今や感情を隠そうとはしなくなっていた。


「喧嘩など…………」

「喧嘩ってほど大袈裟じゃなくても、何か春嵐が落ち込むようなことあるんでしょ?」

「ふぅ…………。ご忠告いたみ入ります。王妃さまのご前ではそのような指摘を受けないよう気をつけますわ」

「誤魔化さないで」


 真剣に見つめると、春嵐は困ったように笑った。


「わたくしの問題なのです。悧癸りきさまが悪いわけではありませんわ。…………仕方の、ないことですから」

「それでも、太子さまの様子見る限り、私が一端担っちゃってるんでしょ? だったら、私は春嵐のそんな苦しそうな顔見たくない。教えて。手伝えることがないとしても、このまま友達の苦しみを見ないふりはできないよ」

「伯蓮…………」


 春嵐は綺麗に色を塗った唇をきゅっと噛んだ。

 弱音を吐くことを我慢しているようなその表情に、自分の頼りなさが歯痒い。


「太子さま、最近周りにいる人たち変えたよね? それも何か理由があるの?」

「気づいていたのですか?」

「そこまで鈍感じゃないよぉ。前はなんだか頭の良さそうな人たち多かったけど、今は愛想だけって感じの人たちな気がするんだ」


 春嵐から話を引き出すため言ってみると、間違ってはいないみたいで悩ましげに下を向かれる。


「なんて言うか余裕なくなったよね、太子さま。私の旅の仲間の方士が、宮女さんに術かけたって言ったでしょ? あの後、師匠に連れられて謝りに来たの。次の日にそのこと太子さまに言ったら、危険な方士が私の部屋に来るなんてって怒り出して」

「聞いて、おります。…………その後の、悧癸さまの所業を、伯蓮は知って?」

「うん、最近聞いた。方士の阿鼓あこだけじゃなくて、なんでか武官の献籍けんせきまで私に会うことを禁じられてるって」

「申し訳、ありません」

「春嵐が謝ることじゃないよ。それに、そんな顔させたくて言ってるわけじゃないのに」


 以前のように自信に満ちた笑顔が見たい。真っ直ぐに、その綺麗な瞳で私を見てほしい。

 最近、春嵐は申し訳なさそうに視線を落とすことが多くなってる。

 少しでも悩みが軽くなればと思って言ってみたのに、失敗だったかもしれない。


「ね、春嵐。私、そこまでか弱い女の子じゃないよ? なんせ、妖婦を倒した救国の巫女だからね。いきなり冒険の旅に放り出されてこうして帰って来たんだから、ちょっとやそっとじゃへこたれないよ」


 そろりと視線を上げた春嵐に、微笑んで見せる。


「救国の巫女なんて大袈裟な名前背負うならさ、目の前で悲しんでる友達の一人くらい救えなきゃ嘘でしょ? まぁ、私周りに助けられて生還したんだけど。ううん、だからこそ、一人でできないことも、二人だったらできるようにもなるって知ってるんだよ。お願い、どうか春嵐の力にならせて」

「…………もう、潮時だったのかもしれませんね。これ以上隠し通すのは」


 春嵐がようやく話してくれそうな雰囲気になった途端、私は横から痛いほどの力で腕を引かれた。


「こんな物陰に施娘しじょうを追い詰めて、何をしているんだ、春嵐!」

「悧癸さま!?」


 突然の叱責に春嵐も対応できない。

 王太子は私を抱き込むようにして春嵐に背を向けた。

 どうしてこうなったのか私にもわからない。周りもわからず、通りかかった人たちが足を止める。


「り、悧癸さま、伯蓮を離して差し上げて。苦しそうにしております」

「施娘を苦しめている君が何を言ってるんだ。もうこれ以上は見過ごせない」


 一人怒りを見せる王太子に、私も春嵐も見つめ合って戸惑うしかない。

 春嵐のお友達が助けようと前に出ると、愛想だけの王太子の取り巻きが行く手を阻んでいた。

 何か、すごく嫌な予感がする。

 何がとは言えないけど、この状況は、まずい。


「太子さま、は、離してください」

「あぁ、施娘。己の身分のために今まで見ないふりをしてしまった愚かな私を許してくれ」

「はい?」


 今度は何かに酔ったように私へ優しい声を向ける。

 あまりに極端な反応に、思考が飛んだ。

 そんな私にお構いなしで、王太子は滔々と語り出した。


「毎日叱責のためやって来る春嵐を前に俯く君を、何度こうして抱き締めて慰めたいと思ったことか。今なら言える。君は何も悪くないんだと。王太子妃だからと、春嵐に気を使う必要はないんだ。君はただ一人の聖なる巫女。尊い存在なのだから」


 待って! 確かに色々注意されるけど、叱責のためにやって来るっていうのはさすがに曲解甚だしい!

 春嵐とは私からお友達になろうと言い出した上に、お城の生活に慣れない私に助言してくれてただけ。

 毎日来てたのは王太子が居座るせいだし、すでに妃を持つ王太子が私を抱き締めるなんて、春嵐じゃなくても宮女さんたちが許さない。


「太子さま、何言ってるんですか? 違いますよ」

「あぁ、ひどい目に遭ってもそうして慈悲深く全てを許してしまうんだね。私の前では巫女ではなく、一人の女の子でいていいのに」


 話が通じない!

 どうしよう? どうすればいい?

 鍛えてるのか、案外力強いし。

 私も旅で鍛えた筋肉衰えてるけど、錬丹術で作った攪乱道具や薬は忍ばせてる。

 使う物によっては王太子が怪我するけど、煙玉とかで隙を作るなら許されるかな?


「いや、君には巫女という身分に相応しい地位が約束されるべきだ。そう、君には未来の王妃の座こそ相応しい」

「…………へ? え!?」

「そんなに驚いて喜んでくれるなんて」


 驚いてはいますが、喜んでません!

 王太子には何が見えてるの!?


「私の心は決まった。いや、もうずっと前から決まっていたのに、気づくのがこんなに遅れてしまった。施娘、私は君を王太子妃にする。そのために今ここで、私は姜春嵐との名ばかりの婚姻を解しょ…………ぐぅ!?」


 私が王太子に痺れ薬を浴びせかけるより早く、春嵐が動いた。

 廊下に飾ってあった一抱えもある花瓶を持ち上げると、春嵐は体ごと花瓶を横薙ぎにして王太子を背後から襲った。

 私を離して横に勢いよく倒れた王太子は、そのまま廊下の窓枠に側頭部を打ちつけて昏倒する。

 同時に春嵐は力尽きたように花瓶を廊下に置いて座り込んだ。


 突然の凶行に誰も動けない。

 動かない王太子に向けられた春嵐の表情は、今にも泣き出しそうなただの女の子の顔だった。

 けれどそれも一瞬。

 春嵐は何かを決意したように覚悟の色を浮かべる。


「春嵐? 春嵐大丈夫?」

「近寄ってはなりません、巫女さま」


 突き放すような呼び方に、思わず出しかけた足が止まる。

 その間に、春嵐は立ち上がると王太子妃らしい堂々とした立ち姿で、周囲の目撃者たちを一望した。

 有無を言わせない眼差しに、誰も倒れたままの王太子に近づけない。


「残念ながら、悧癸さまは妖婦の呪いにより錯乱しておりました。これ以上の醜態は国家の傷ともなりますので、妃であるわたくしが対処いたしました」


 妖婦の呪いという言葉に、私は自分の手を握り締める。


「呪いについては詳細不明であったため、今もなお検証が行われている最中でした。公にはされておりませんでしたが、悧癸さまが呪いの影響を受けていることは国王陛下もご存じのこと」


 間違いなく正しい情報が伝わるようにだろう。

 春嵐は淡々と周知されていなかった情報を開示する。


「強引な解呪は悧癸さま自身を損なう可能性が高かったため行わず、巫女さまの協力の下緩和策を行っておりました。しかし、相手は国を危機に陥れるほどの妖婦。わたくしの見通しが甘かったことをお詫びいたします」


 春嵐は王太子妃という高位でありながら、その場の下位の人々に頭を下げてみせた。


「そして巫女さま、お許しください。未だ呪いの正体は判明しておりません。国を救ってくださったあなたの働きに報いることができるよう、随時検証を進めて行きますので、どうかお時間をいただければ」

「ううん、私の、呪いのせいだし。…………そっか、浄化能力で呪いを緩和してたんだ」


 春嵐の言葉でようやく、ここのところ王太子に巫女の聖なる力をみせるよう言われていた理由に思い当たる。


「お許しいただけて幸いです。お裾が汚れてしまったようですので、お部屋まで送らせましょう」

「え? 汚れ?」


 ないと思うけど、春嵐はお友達の息女たちに指示を出す。

 半ば引っ張られるように元来た廊下を誘導される私は、王太子の取り巻きの横を通った。


姜妃きょうひさま、お可哀想に。全ての泥を自ら被るなんて」

「え…………?」


 女の人の声だけど、周りの息女のせいで誰が言ったのかまでは見えなかった。


 春嵐が泥を被った?

 いったいどういうことなんだろう?

 …………本当にいいの? ここから去って。

 こんな状況で春嵐を置いて行っていいの?

 わからない。お城で何をすることが正しいのかわからない。

 もしかしたら私が動くだけ春嵐の足を引っ張るかもしれないんだ。


 そう思うと、私は部屋に戻される以外の行動に移れなかった。


毎日更新、全四十話予定

次回:友との別れ

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