2話 光黄と寧と条然体術(じょうぜんたいじゅつ)
こうきちゃんと呼ばれた少年は、光黄という名を持つ猿の獣人で、年は13歳だった。10年前の青の国との大戦で多くの、獣人が戦争に駆り出され戦った。そして、その結果、黄の国では多くの孤児で溢れてしまう事になった。
しかし、そんな獣人の孤児たちでさえ保護する寺院が黄の国にもいくつか存在していた。当時3歳にして孤児となった光黄は運よくそんな寺院の一つに保護されることになり、そこでは宗教としての条然教の教えにならい生活を行い、条然体術と呼ばれる武術の習得に励んでいた。
ねいちんは寧という名を持つ少女で、孤児だった光黄を保護した寺院に住んでいた。寧は光黄と1歳違いで12歳だった。いつも光黄の事を気にかけ、光黄の後をついて回っていた。条然体術に関するセンスもあり、寺院で同世代の孤児たちの中ではその強さは抜きんでていた。しかし、それは人族の中でという限定的なものだったため、獣人である光黄にはまったく及ばなかったのだ。
「ねいちん休憩は終わったか?」
「ちょっと待ってよこうきちゃん!休憩してからまだ、1分位した立ってないよ」
最近では近くで戦が起こることはほとんどなかったため、光黄はその戦が見たくてそわそわしていた。
「じっとしていられないから、そこで条然体術13の型をやってるから声をかけろよ」
条然体術には13の基本体術を示す型があった。上段突きに始まり、蹴り、組手と13種類の型があり、1年で1種類づつ習得していき、通常13年かけて条然体術13の型を習得し終わるが、光黄はそれを10年で習得し終えた。獣人といった身体特性もあるが、体術に関する才能に関しても抜きんでていた。そして、光黄は暇があると条然体術13の型をすることが大好きであった。このことも、10年で習得し終えた理由に関係したのかもしれなかった。
「はっ!はっ!やぁ!はっ!えいっ!やぁ!はいぃーー!!」
光黄は条然体術13の型で前7型と呼ばれる前半部分の7つの型をきめた。条然体術13の型は、連続した前7型、そして後半の連続した次6型で合わせて13型となっていた。光黄はこの前7型をするのが、特にお気に入りだった。
長年続けてきた前7型を行っている光黄はまるで、ダンスを踊っているようだった。流れるように動く腕と足が動いていないように見えるのに写真をそのまま動かしたようになめらかに前に進む体幹、それにもかかわらず、型と型の間は彫刻のように静止していて、まるで時間が止まっているように見えた。光黄は寸分たがわず何度も前7型を繰り返し行っていた。10度目になると、飛び散る汗が重力に逆らうようにまっすぐ前に飛び、太陽に反射してキラキラと輝いていた。
「こうきちゃん、きれぇ~!」
寧は光黄の前7型を行っている姿が好きだった。だまっていると、光黄は1時間でも2時間でも同じ型を行い続けているのだ。寧はそれをずっと見ていたかったが、思わず言葉が口に出てしまった。
「ねいちん、休憩終わったら声をかけろっていったろ。そしたらもう出発するぞ」
光黄は寧の返事を待つこともなく、走り出していた。生い茂る森の中、道なき道を走り抜けること30分ほどで、目的の場所に到着した。その場所は大岩の谷と呼ばれる場所だった。黄の国と青の国の国境に位置する場所で、両側は連なる山々によって切り立った崖が続いていた。丁度、光黄たちの眼下には、円状に広がる平野がそこに広がっていた。そこは、かつて隕石が落ちてきたといわれ、中央に大きな丸い石がある草原地帯だった。
「こうきちゃんなんだか空気が変だよ。生暖かくて重い気がするよ。やっぱり戦場に来るなんてやめた方がいいよ」
「そうだな・・・」
光黄は崖の上から見下ろすような形で戦場を眺めた。光黄達が到着したときはすでに、戦争が始まっていた。寧は戦場の空気を吸って、気分が悪くなっていて、光黄に戻るように何度も話しかけていたが、光黄の耳には全く入っていなかった。光黄は寧とは逆で、戦場の重い空気の中、何か自分の中で強い衝動が高鳴っているのをずっと感じていた。そして、戦場を目の前にしてその高鳴りはピークに達していたのだ。