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第7話 それがアンタの…… 中


第7話 それがアンタの…… 中


 決闘の舞台となる広場は、学院の南側にある。北側には校舎、東側に正門から校舎へと続く道が通っており、残り二方には背の高い石壁がそびえている。


 修道院だった頃は菜園だったが、全て平らにならされて白い砂が撒かれているだけだ。普段は、学院に来た馬車を留め置いたり、荷物の上げ下ろしをする場所になっている。


 今朝に限っては馬車は一台もなく、周りを大勢の学生や教員が囲っていた。いずれも決闘の見物客である。弁当持参で最前列に陣取っている者もいる。


「見物料とか取ったら儲かりそうだな」


 そこから少し離れた木の下で諭吉はぽつりとつぶやく。いつもの学生服だ。特別な装備など必要がない。どうせ使う機会もないのだから。


「ユキチはのんき過ぎるよ」

 トムが呆れたように溜息をつく。諭吉の周りにはトムのほかに、リリー、ケイトが集まっている。


「たくさん集まっていますね」

 リリーがおびえたように言う。


「わざわざ、あの校長が授業を休みにしやがったからな」

「娯楽のない学校だからね。みんな物珍しいのよ」


 ケイトの視線の先では、小さな紙切れを生徒の間で回し合っている。

 教師の目があるため大っぴらにはしていないが、どちらが勝つか賭けをしているようだ。


「レートはどのくらいだろうな」

「聞かない方がいいと思うよ」トムが自信なさげに言った。


 かたや元・剣術大会の優勝者で魔法使い。かたや非力で剣も使えない上に魔力もない貧乏学生。偏りすぎて胴元も頭を悩ませているだろう。


 トムの言葉に、諭吉はポケットに手を突っ込みながら『クローゼット』の中にある布袋を取り出す。中身はもちろん銀貨や銅貨だ。


「これ、全部俺に賭けておいてくれ。俺が勝ったら分け前は三割だ」

「なら、私も賭けておくわ」

 ケイトが袖口から財布を取り出す。


「いいんですか?」

「構わないって。ユキチ君が負けたら私も学院辞めるから」


「お姉ちゃん!」

「いいのよ。リリーをいじめるような奴のところで偉くなったって仕方ないもの」

 とりすがる妹の頭を優しく撫でる。


「それより、賭けの方お願いします。そろそろ締め切りの時間だと思いますから」

「期待しているわよ」

「お姉ちゃん、私も……」


「ユキチ。ちょっとだけ待っててね」

 博打に参加するべく、三人は見物客の方に向かっていった。


 諭吉はほっと息を吐くと木もたれかかる。これでようやく話が出来る。そう思った途端、足下に黒い影が差すのが見えた。


「どういうつもりですか」

 木の向こう側から話しかけられる。低い男の声だ。

 諭吉からでは死角になっていて顔は見えない。


「別に。成り行きってやつだよ」

「勝手なマネをされては困りますね」


「問題ない。色々目立った方が情報も集まりやすい。それに俺の方に目が向けばその分、アンタもやりやすいだろ」

 背後から溜息をつく気配がした。


「むしろ疑惑を深めるだけのように思いますがね。どうか気を付けて下さい。彼女・・も色々探っているようですので」

「放っておけよ。証拠は何もないんだから」


 諭吉との繋がりは周知の事実だし、何かしら怪しんでいるのも確かだろうがそこまでだろう。入学した目的など、想像の埒外のはずだ。


「それで? そちらの進捗はどうですか?」

「この前の報告どおりだよ」


 職員や生徒からそれらしい該当者を当たってはいるが手掛かりはなかった。連中(・・)の居所も突き止められていない。この町のどこかにいるのは間違いないのだが。


「そういうアンタはどうなんだよ」

「『鍵』の場所はすでに。ですが『扉』だけはどうしても見つかりません。それらしい文献も当たってはいるのですが、肝心の場所についてはどれも曖昧なままです」


「アンタもかよ」

 文句ばかり言うくせに、と諭吉はふて腐れる。


「管理していた一族は、後継者にのみ口伝で残していました。血が絶えてしまいましたので、場所を知る者も失われたのです」


「本当に見つかるのかよ。もう時間がねえぞ」

 連中はもう動き始めている。タイミングを外せば最悪の事態を招いてしまう。


「諦めずに探しましょう」

 声こそのんびりしているが、決意を新たに固める気配がした。


「あのお方のために」

 その言葉を最後に気配は消えた。また戻した(・・・)のだろう。


 諭吉は舌打ちした。何があのお方だ。召還されて一年が経ち、王宮から遠く離れた今でもあいつのかけた『呪い』に縛られている。俺もあいつも。

 果たして『呪い』の解ける日が来るのだろうか。


「行って来たよ。全部ユキチに賭けた」

 トムの声で思考を中断する。トムは小声で報告すると、不思議そうに辺りを見回す。


「今誰かと話してなかった?」

「いや、誰とも」諭吉は言った。


「独り言だよ。俺たまに独り言言うんだ。緊張している時とか」

 首を傾げるトムの頭上で鐘が鳴り響いた。朝四つ(午前九時)だ。


「そろそろか」

 諭吉は木から背中を離し、広場へと向かった。


 広場の中央に立つと鐘の音が鳴り終わると同時にドナルドが現れた。

 銀色のプレートメイルに身を包み、フルフェイスの兜に手甲にすね当て。完全防備だ。剣は校長が用意するため持ってはいないが、代わりに警棒のような小さい杖を持っている。先端には緑色の水晶が嵌め込まれている。きっと魔法の杖だろう。


「あれ、『退魔の鎧』だろ。物理攻撃だけじゃなく魔法も防ぐっていう」

「杖はエメラルド製の攻撃型か。先生、本気だ」

「あいつ……殺されるんじゃねえか?」

 生徒たちのつぶやきが風に乗って諭吉の耳にも届く。


「生徒相手に物々しくないですか?」

「『天災狼(スコル)は群れで鹿を狩る』ともいうからな」


 煽るように言ってみたのだが、受け流された。どうやら『獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くす』という意味らしい。


「ユキチこそ、そんな薄着でいいのかね。ケガをしても責任は取らないぞ」

 一時的とはいえ、今は学生ではないので呼び捨てらしい。責任は「持てない」ではなく「取らない」というあたりがまた腹立たしい。


「あなたこそ、今のうちに降参して、リリーさんの退学を取り消した方がいい。そうすれば命だけは『取らない』であげますよ」

「もう勝った気でいるのか」


「俺と戦えば、仮に勝ったとしてもあなたは死ぬことになる」

「なんだと……!」

「そろったようだな」


 ドナルドが食ってかかろうとしたところに、ローズマリー校長が現れた。こちらは昨日と同じ司教服だ。


「では、これよりユキチとドナルドの決闘を開始する」


 決闘の宣言に続いて、ルールを説明する。武器は審判である校長が指定したもののみ。その他格闘技や魔法などは自由。だが、周囲を巻き込むような大規模なものは禁止。勝敗はどちらかが降参するか戦闘不能、あるいは校長が戦闘不能もしくは重大な反則行為と判断した場合に勝敗が決まるものとする。


 校長の合図で、諭吉に木剣が手渡された。数回素振りして感触を確かめる。中学の授業で使った竹刀よりも重い。ドナルドも同じように木剣を振っているが、もっと軽やかで空気を切る音がする。肩の力の抜き具合や手首の締め方など、熟練の雰囲気がする。


 少なくとも剣術では勝ち目がないな、と諭吉は客観的に分析する。

 三メートルほど離れて向かい合う。剣であれば遠すぎるが、魔法ならば関係がない。


「では、はじめ」

 合図と同時に、諭吉は後ろに下がって距離を取る。開始早々勝負を仕掛けてくるかと思ったが、ドナルドは追いかけてこなかった。


「来ないんですか? もしかしてびびってます?」

 挑発してみたが、ドナルドは余裕の表情を崩さなかった。むしろ皮肉っぽい笑みを浮かべながら言った。


「そうやって、こちらが攻めたところで例の『スキル』を使って防ごうという魂胆か」

 諭吉は目をみはった。


「知っているぞ。お前が『スキルユーザー』だということは、な」

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