表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チートスキル『早着替え』で異世界無双~脱衣も着衣もお手の物~  作者: 戸部家 尊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/40

第29話 裸火の心


   第29話 裸火の心


 ブライアンに呼び出されたのは、学院内にある教会の中だった。元々が宗教施設だけあって学内には教会が大小四つもある。今いるのは学院の端にあって、一番規模も小さい。学院創設より前から建っているだけあって老朽化も進んでおり、保存の都合上、普段生徒は立ち入り禁止になっている。


 ただ何事も抜け道があるもので、さほど重要視されていないためか鍵の管理が甘い。何年か前に鍵を盗み出した生徒がいて、密かに鍵を何本か複製したそうだ。その複製が今も受け継がれている。といっても鍵の存在を知るのは、六年生だけ。教師はもちろん、下級生には秘密というのが鍵を引き継ぐ際のルールになっている。最上級生まで登り詰めた者のみが享受できる特権、というやつだろう。


 年に何度か清掃が入るくらいで、ほかの人間はめったに入ってこない。静かなものだ。大きな天窓から差し込む光のおかげで、本を読むにも不自由はしない。密かに逢い引きをしたり、愛を語り合ったり、色々いかがわしいことにも使われたというが、ケイト自身そのような用途に使ったことは一度もない。ただ昼寝にはうってつけなので、居眠りの際には利用させてもらっている。模範生も色々と疲れる。これは妹のリリーにも話していない。


 人目がないのを確かめてから肩掛けカバンのポケットから鍵を取り出したが、その必要はなかった。すでに来ているようだ。ブライアンも複製の鍵を持っている。


 ノブをひねり、体を滑り込ませる。後ろ手で扉を閉めながらケイトは恋人を探した。


 いた。


 両脇に並ぶ席の最前列に座りながら女神像を退屈そうに見上げている。いつもそうだ。信仰心など薄いくせに、あの女神像だけは『デザインがいい』と気に入っている。


「やあ、ケイト」


 振り返ったブライアンが立ち上がるなり笑顔を見せる。ほっとできる。安心する笑顔。この笑顔に救われ、惹かれて、この人の側にいたくて、ケイトはずっと努力してきた。ただ、何故だろう。ここ最近、その笑顔に違和感を覚えるようになった。どこか作り物のような。


 別の女が出来た雰囲気もない。自慢ではないが、ケイトはそういうのに目ざとい方だと思っている。


「頼んでおいたものは、できたかな」

 話しかけられて、ケイトは思考を中断し、カバンから書類を取り出した。


「はいこれ」

 渡したのは古文の現代語訳だ。課題の一環ということで、ブライアンに手伝わされたのだ。この忙しい時にとは思ったが断れなかったのは、惚れた弱みだろう。


 訳したのは、大昔の貴族が書いたという日記だった。日記という割には変な修飾語や言い回しが多くて解読には苦労させられた。やっと訳せたと思ったら、まるで意味が通じず、頭を抱えたものだ。


 おおよそ正気の人間が書いたとは思えなかったのだが、どうやら暗号か何かだとひらめいたのがきっかけで、そこから順調に進んだ。執筆当時の風俗を調べ上げ、当時のスキャンダルや、流行の芝居や詩の言い回しなどから意味を拾い上げていった。


「すまないね。僕には荷が重くって」

「『古代北方語』ならあなたの方が得意でしょう」

「時間がなかったんだよ。色々嗅ぎ回っている奴もいてね。その本だけ、引っ張り出すのには苦労したよ」


 聞かせるようについたため息にも構わず、ブライアンは意味不明なことを言いながら受け取った翻訳文に目を通している。随分と熱心だな、とケイトは首を傾げる。『セイヤーズ・コレクション』なんて試験には出ないだろうに。


「『半月が、満ちる。扉は再びその姿を取り戻す』……か。なるほどね」


 そこだけは意味不明な文章だったが、ブライアンは何か悟ったらしく、相好を崩す。


「ありがとう。君のおかげだよ」

「そう言っていただけると幸いだわ。これなら結婚指輪と言わず、婚約指輪も用意して下さるのよね」


「……」

「ブライアン?」


 ケイトは眉をひそめた。いつもなら冗談の一つでも返って来るというのに。


「そうだね……。君ももうすぐこの学院を去ることになる。だから君には正直に話そうと思う」


 一体何を言うつもりなのだろう。まさか別れ話? ケイトの心臓が締め付けられる。自然と制服の裾をつかんでいた。


「僕はね、ずっと君が怖かったんだ」

「怖い?」


 予想外の言葉につい、言葉を繰り返してしまう。


「僕はね、この町に来て、君たち姉妹に支えられてきた。だから恩返しをしよう。今度は自分が君やリリーを支えるんだ。そう思って、学院でもがんばってきた。そのうち、君も後を追いかけるように学院に入ってきた」


 『ように』ではない。実際、後を追いかけてきたのだから。ブライアンに追いつきたくって。

「最初はうれしかったよ。でも違った。君は学院に入ってどんどん才能を伸ばしていった。階段を駆け上がるように単位を取って、僕が六年掛けて六年生に進級したのに、君は二年半で登り詰めた」


 それは、努力の結果に過ぎない。少しでも早く横に並ぶために。


「そして、俺が四回も受けて駄目だった『高等官吏試験』に挑もうとしている。もし、君が合格したら……俺は。置いて行かれるんじゃないかって」


「そんなの、まだわからないじゃない!」


 ケイトは苛立ちながら言った。弱気な。合格すると限ったわけではない。仮に受かったとしてもブライアンを置いていくものか。


「第一、まだチャンスが残っているじゃない。二人一緒に合格すれば、何も問題ないじゃない、ね?」

「ダメなんだよ」


 ブライアンは首を振った。


「知っているかな。実を言うと留学中にも『高等官吏試験』が受けられる制度があるんだ。今度新設されたんだけどね。その制度を使ってみたんだ」


 結果は聞くまでもなかった。


「僕にはもうチャンスはない。終わったんだ。僕の夢はここで潰えてしまったんだよ」

「だったら、試験は止める。ずっとあなたと一緒にいる。それならいいでしょ」

「それじゃあ、何も変わらない」


 ブライアンは激しい口調でさえぎった。


「君を試験から引き離して何が残る? 下らない嫉妬で恋人のチャンスを壊した、哀れな男。その肩書きが一生付いて回るんだ。道化だよ。そんなの」


「だったら、どうしろっていうのよ」


 ケイトはその場にへたり込んだ。情けなかった。今までの努力は何だったのか。ただ、ブライアンの側にいて、彼を支えたかっただけなのに。


「だから思ったんだよ」


 不意に黒い影が頭上に重なる。ケイトは反射的に顔を上げた。

 息を呑んだ。ブライアンは嗤っていた。醜悪で、獰猛で、残忍で、まるで、獲物を目の前にした捕食者のような。


「君さえいなくなればいいんだってね」


 ブライアンの姿が変わった。まるで横から引ったくられたかのように見慣れた顔は消えて、代わりに現れたのは、似ても似つかぬ、いや、見間違えようのない白い狼男だった。


 ケイトの全身を驚愕と恐怖が這いずり回った。不快感を感じながら叫ぼうと声を張り上げた、つもりだった。ところが、まるで首を絞められているかのように、大声どころかまともな声にすらならず、ヒューヒューと喘息のような呼吸音が空しく流れた。恐ろしさのあまり、喉の筋肉が萎縮しているのだと悟った。何とか落ち着こうと懸命に言い聞かせる。その眼前に狼男の爪が閃いた。


「あ……」


 ようやく声が出せたと思った刹那、鋭い手刀がケイトの胸を貫いた。


「こいつは謎解きのお礼さ」

 白い狼男は冗談めかした口調で手刀を引っこ抜いた。


「死ぬ間際に恋人の本音を聞かせてやったんだ。親切だろ。なあに、釣りは要らねえよ」


 どさり、と床に叩き付けられるが痛みは感じなかった。心臓から血が溢れているのだけは感覚でわかっていた。全身から力が抜けて、黒い幕が落ちてくる。


 最後に見えたのは、白い狼男の哄笑だった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ