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第2話 裸一貫の異世界人 下

 第2話 裸一貫の異世界人 下


 夜になった。

 校舎に忍び込んだ諭吉とトムは、二階の職員室に向かう。日本の学校のように机が並び、壁には書棚が据え置かれている。


 奥には小さな小部屋があって、教師用の制服がハンガーで掛けられている。更衣室になっているようだ。机の間をしゃがみながら進み、奥の壁際の箱から問題用紙を盗み出した。


「これからどうするの? もしかしてニセモノとすり替えるとか?」

「それじゃ解決にならない」

 不正は防げるだろうけど、アダム先輩にバレたらトムが責められる。


「俺のことはアダム先輩たちには言ってないよな」

「うん、僕一人で来ていることになっているよ」

「それでいい」


 守衛の巡回をかいくぐり、塀のところまで戻って来る。三メートルはある。草むらに隠しておいたハシゴで乗り越えれば、ミッションコンプリートだ。


 トムに問題用紙を渡し、先に登らせる。塀を乗り越えたところで校舎の角の辺りが明かりが揺らめくのが見えた。


「まずい、守衛か」

「ユキチ、早く!」


 塀の上からトムが手を伸ばす。諭吉はその手を取る代わりに、ハシゴを木の陰に片付ける。気持ちは有り難いが、間に合わない。登っている間に見つかってしまう。


「ユキチ?」

「早く行け」

 ためらうトムを強引に送り出すと、諭吉は前髪を上げながらにやりと笑った。


 トムに遅れること数分、学院の門を開けて(・・・・・)外に出ると、森の方へ向かう。

 さほど深い森でもなく、月明かりが出ているため、歩くのにさほど困難はなかった。


 大きなの木の下にトムはいた。向かって三人の男が立っている。真ん中に赤い髪を逆立てた、目付きの悪い男が立っている。足下にはカンテラを置いている。あれがアダム先輩とやらだろう。その手には解答用紙入りの包みが握られている。テストの成功を確信しているのか、胸糞の悪い笑みを浮かべている。左右にいる太っちょとゴリラが、不良仲間のビルとチャーリーか。


 どちらがビルでチャーリーかはわからないが、真面目な学生でないのは一目でわかる。

 トムは肩をふるわせながら今にも泣きそうな顔で俯いている。


 諭吉は久し振りに胸が疼くのを感じた。咳払いすると、大きく息を吸い込んだ。

「コラ、お前ら! 何をやっているんだ!」

 野太い声を出すつもりだったが、自分でも予想外に大声になってしまった。


 諭吉の声に四人全員が振り返った。アダムたちの顔が強ばる。

「げ、教師か!」

 司教のような(・・・・・・)服を着た諭吉を見て、背を翻して逃げ出そうとする。


「動くな! お前ら五年のアダム、ビル、チャーリー……と四年のトムだな! 逃げればその場で退学だぞ!」


 学院における教師の権限は強い。場合によっては、退学させるのも可能である。正体までばれているのか、悟って観念したのだろう。アダムたちの足が止まる。


「森の中で妙な光が見えたから来てみれば、お前たち! こんな夜中に学園近くの森で何やっていたんだ? ええ」

 高圧的な態度に出ると、アダムたちはふて腐れたようにそっぽを向く。トムだけがただ無言で目を丸くしている。


「アンタこそ、教師がこんな森で何やっているんだよ」

「口答えするな! 質問しているのはこっちだ!」

 反論を許さず、大声で相手の気力をそぎ取る。正直、嫌いな方法だが、下手に突っ込まれるとボロが出てしまう。


「それはなんだ?」

 これ以上突っ込まれる前に、と諭吉はアダムの手から問題用紙の入った包みを引ったくる。


「これは、問題用紙じゃないか! さてはお前ら」

「いや、違うんだって!」

 アダムがだだっこのように両手を振りながら視線をさまよわせる。


「これは……そう、トムが! トムが勝手にやったんだ! 俺らそれを止めようとして!」

「なら、どうしてお前がこいつを持っていたんだ? しかも中身を確認してから懐にしまい込もうとしていただろう」


 そこまで知られていたのか、とアダムが顔を青ざめさせる。

「おっと、妙なマネは考えるなよ」と諭吉は首から提げていた小さな笛を口元に近づける。

「これを吹けば、すぐに守衛がすっ飛んでくる。逃げられると思うなよ」


 後ろにいたビルだかチャーリーだかが、とち狂って口封じなど考えないように牽制する。教師殺しは大罪である。犯人探しが徹底的に行われる。たかが地方の地主程度にもみ消せる罪ではない、と以前教師が冗談めかして言っていたのを思い出していた。


 がっくりと肩を落とす不良立ちを見て諭吉は内心ほっとした。素手でのケンカとなれば、三人がかりで掛かってこられたらまず勝てないだろう。タイマンでも怪しい。

 警戒のために距離を取りながら包みを開ける。やっぱりか、と大げさに驚いてみせる。


「お前ら明日には、全員退学だ。覚悟しておけ! とっとと帰って荷物をまとめておくんだな」

「そんな!」

 アダムが恥も見栄もなく諭吉の足にすがりついてきた。


「勘弁して下さい。うちの親は厳しいんっすよ。退学なんて知られたら殺されちまいますよ! お願いします。どう見逃して下さい。えーと」

「フクザワだ」

 諭吉は偽名を口にした。


「お願いします、フクザワ先生! どうか勘弁して下さい!」

 アダムに続いてビルとチャーリーも頭を下げる。その後ろでトムも頭を下げている。芝居に合わせてくれたのかと思ったが、ぽかんとした顔を見るに、場の空気に流されただけのようだ。


「……いいだろう」

 三分ほど無言を続けてから重々しい口調で言った。アダムたちの顔が一斉に明るくなる。

「ただし、今回だけだ。今後、真面目に学問に取り組むというのなら今日のことは忘れてやろう」


「は、はい! ありがとうございます!」

「この問題は俺が元の場所に返しておく。……もう行け」

「ありがとうございます!」

 アダムたちは緊張の糸が切れたのか、目に涙を浮かべながら走り去っていった。トムを置き去りにして。


「上手く行ったみたいだな」

 戻って来ないのを確かめてから諭吉はかき上げていた髪を手櫛で元に戻した。


「とりあえず、これでしばらくはおとなしくなるだろ。ん、どうした?」

 トムは内股でその場にへたり込んでいた。


「ゴメン、ほっとしたら気が抜けちゃって」

「仕方ねえな」

 手を取って立ち上がらせる。


「すごいよ、ユキチ! でもその服どうしたの? これどう見ても本物だよね」

「職員室行った時に拝借してきた」

「それで付いて来るって言ったのか」


 仕掛けは簡単だ。職員室で教師用の制服や小道具をクローゼットに放り込む。トムと別れた後、『早着替え』で教師に扮すると、守衛には忘れ物を取りに来た教員の振りをして堂々と門から出る。あとはそのまま教師の格好で不良どもを説教するだけだ。見つかったのは、自分たちの持って来たカンテラの光が原因なのだからトムの責任にはならない。


「でもよくバレなかったよね。僕いつ見抜かれるんじゃないかと冷や冷やしたよ」

「勝算はあったよ」


 ユキチがアダムたちの顔を知らないように、アダムたちも諭吉の顔は知らない、と踏んだのだが正解だったようだ。仮に知っていたとしても別人で押し切るつもりではあった。学院には東方出身の教師もいる。元の世界でも西洋人には東洋人の顔は見分けが付きにくい。何より今は夜の森の中である。そっぽを向いていたアダムたちも、まともに顔など見ていなかっただろう。たとえ校内ですれ違ったとしても別人で押し通せばいい。自信はある。


「教師に尻尾つかまれたんだ。当分はおとなしくしているだろう。もし、また絡まれたら言え。フクザワ先生(・・・・・・)が力になるからよ。とりあえず、俺は問題用紙と制服戻しておくから。先に帰ってろ」


「うん、あ、でも」

「どうした?」

「アダム先輩たち、大丈夫かな」


「知らねえよ。あとは本人次第だ。試験勉強がんばるのもあきらめて退学になるのも」

「どうせなら、きちんと勉強してくれるといいんだけど」

 諭吉は間の抜けた声を上げた。


「お前、よくあいつらの心配なんかできるな。天然か」

「天然? なにそれ」

「いや、まあ。なんでもない」

 日本の言い回しはうまく伝わらなかったようだ。


「ま、いいや」

 諭吉はトムの頭を撫でた。

「お前はそのままでいいんだよ」


 トムは諭吉の手を取り、自分の頬に当てるとうっとりとした表情でつぶやいた。

「ユキチの手……あったかいね」

 お前、そういうとこだぞ。


お読みいただき有り難うございました。

次回は5/9に投稿予定です。


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