第12話 潜入は裸城のように 下
第12話 潜入は裸城のように 下
館に着いた。玄関にはやはり衛兵が二名、立っている。先程と同じ要領で衛兵を追い払うと、素早く館の中に入る。
館の中は夜にもかかわらず、騒々しい雰囲気に包まれていた。不審者が次々と現れて、警戒しているようだった。
領主の部屋は西側の三階にある。衛兵の格好のまま、素知らぬ顔で進む。衛兵の中には弓兵もいるらしく、トムが背中に背負った矢筒も目立たなかった。
階段を上がり二階に出る。防衛の都合上なのか、三階に上がる階段は、一つしかない。あとは通路を進んだ突き当たりにある階段を登れば、領主の部屋だ。通路の両端には、火の灯るロウソクが等間隔で並ぶ。
階段の前にはやはり警護の兵士が二人立っている。身を隠すところもないので、すでに諭吉たちに気づいており、近付くと「待て!」と声が上がる。
「持ち場を離れるとは何事だ、何があった」
「侵入者です。怪しい格好をした者たちが現れました。我々はその報告を領主様に」
「わかった。お前たちはここで待て」
一人が階段の奥へと消えていく。好都合だ。一人なら『早着替え』でどうとでもなる。
指を鳴らそうとした時、背後から足音が近付いてくるのが聞こえた。
「待てお前ら」
「騙されるな、その二人はニセモノだ」
振り返ると、衛兵たちが走ってくるのが見えた。十人以上はいる。
もうバレたのか。諭吉は焦った。
「くそっ」
舌打ちしながら指を鳴らそうとした時、後ろから羽交い締めにされる。
「おとなしくしろ」
階段前の衛兵に取り押さえられて集中が途切れる。しまった、と後悔するがその間に衛兵たちは更に距離を縮めてくる。
まずい。このままでは捕まる。自分はともかく、トムまで捕まったら。何か策はないか。策はないか。
不意に背中にのし掛かっていた重しが軽くなる。続けて壁にぶつかる音がした。
トムが諭吉の上に乗っていた衛兵を跳び蹴りで押しのけたのだ。
諭吉が顔を上げると、トムが言った。
「まかせて」
トムが矢継ぎ早に射かける。次々と放たれた矢は正確にロウソクを射貫き、火を消していく。
突然、真っ暗になった通路に衛兵たちの足並みが乱れる。
「助かる」
諭吉はその隙に立ち上がり、立て続けに指を鳴らした。
上下逆さまになった衣服に、衛兵たちは次々と転倒していく。
「今のうちに」
トムに急かされて、諭吉は階段を駆け上がる。階段の途中で先程報告に上がった衛兵が立ちはだかる。
どこからか取り出した弓を構えていた。目一杯弦が引かれ、矢尻が諭吉に向けられている。
諭吉が指を鳴らす瞬間、顔の横を鋭いものが駆け抜けていった。
トムの放った矢が、衛兵の弦を切り裂き、階段の途中に突き刺さった。
呆然とする衛兵の前で指を鳴らす。自身の鎧に足を取られ、諭吉とトムの間を転がり落ちていった。
「さ、急ごう。すぐそこだよ」
「……」
「ん、どうしたの?」
「いや、お前。本当にで弓上手かったんだな」
てっきり付いてくるためのハッタリかと思っていた。
「あの腕ならアダム先輩とか楽勝じゃあ」
「いくら弓が上手くっても、土地持ちになれるわけじゃないし」
トムが自嘲気味に言った。弓の腕前があっても権力は射抜けない、言いたいのだろう。
階段の下がまた騒がしくなる。鎧を脱いだ衛兵たちが武器だけを手に向かってくる。
「今度は俺に任せろ」
諭吉は指を鳴らした。衛兵たちは一瞬で元の鎧姿に変わる。
悲鳴を上げて衛兵たちは次々と倒れ込む。子供サイズにまで縮んだ鎧に関節が上手く動かせず、今度は鎧を脱ごうともがいている。
「さっきの『裾直し』か」
トムが感心したように言った。
「こんなこともできるんだ」
「まあな。急ごう。すぐに追いつかれる」
その後は障害もなく、領主の部屋に辿り着いた。
諭吉は鍵穴から中を覗く。いた。白髪混じりの黒い髪をした男が椅子にふんぞり返っている。クリフトン・クィントン伯爵だ。校長からの資料によると、年齢は五〇歳を一つ二つ過ぎた頃だ。この世界ではもう老人と呼んでいい年齢に差し掛かっている。
老成という言葉にはほど遠く、鋭い目や太い顎には生々しい野望が漂っている。すでに階下の物音は聞きつけているのだろう。鎧こそ身につけてはいないが、傍らには大剣を引き寄せている。警戒は怠っていないようだ。
「それじゃあ、打ち合わせどおりにやるぞ」
諭吉は鍵穴から目を離すと、懐から紙を取りだした。大声で読み始める。
トムも落ち着かない様子で取りだした紙を読み上げる。
「どうだ、侵入者は見つかったか」
「ダメです、ぜんぜんみつかりません!」
「何をしている! もっと探せ!」
「はい、もうしわけありません!」
「外の連中も呼び戻せ、何としても侵入者を見つけ出すのだ!」
「かしこまりました!」
紙を読み上げながらトムが頭を下げる。領主を誘い出すための台本である。
即興では難しいだろうと、予め用意していたものだ。
トムも頑張って付き合ってくれている。棒読みがひどいのは、ご愛敬だ。
「奴らの目的はなんだ」
「はい、『リターナー』のふういんがナントカカントカいっていました!」
「『リターナー』だと? バカが、そんな昔話を信じているのか」
「いえ、わたしがいったのではなくしんにゅうしゃが」
「もういい! 貴様はここにいろ! 私も直接指示を出す!」
「はい、しょうちしました。ユキ……じゃなかった、せんぱい」
諭吉は階段を駆け下りていく。実際に降りた後、足音を殺してまた登る。
途中で鎧を脱いだ衛兵を何人か見かけたので、また寸法の合わない鎧を着ていただいた。
「どうだ?」
鍵穴を覗いていたトムが、返事の代わりに指で丸を作る。こちらの世界にもある、OKのサインだ。
トムに代わって鍵穴を覗く。領主が壁側に移動する。途中で視界の外に消えてしまい、何をしているかはうかがい知ることは出来ない。
「ユキチ?」
「静かに」
耳を澄ませれば、何か開けている音がする。隠し金庫の類だろう。金属の軋む音は、蝶番のこすれる音だろう。
諭吉は音を頼りに意識を集中させる。大事なのはタイミングだ。
ため息。これは安堵だろう。けれどそれだけどは安心出来ないはずだ。目の前にあるものがすり替えられていないと何故言い切れる? 見た目はそっくりでも真っ赤な偽物かも知れない。手に取って確かめたくなるはずだ。
わずかに金属を動かしたような音がした。
今だ。諭吉は指を二度鳴らした。
「よっしゃ」
小さくガッツポーズを取る。諭吉の手の中には小さな鍵が収まっていた。
トムが声を出そうとして、あわてて自分の口を塞いだ。諭吉は微笑しながらもういいぞ、と言った。
「お互いの服を交換して、元に戻したんだよ。鍵以外はな」
「それが、その、校長先生の言っていた『鍵』なの?」
「みたいだな」
事前に聞いたとおりだ。鈍色の鍵は錆一つ浮いていない。持ち手の部分には、女神を象った装飾が施されている。鍵の部分は奇妙に枝分かれして、以前教科書で見た七支刀を思い出した。わずかに温かいのは領主の体温が移っているためだろう。固い反面、肌触りは人肌のようになめらかだ。この世界にしかない金属で作られているのかも知れない。
「なんだ、おい、何が起こった!」
部屋の中から困惑した声が聞こえる。領主からすれば、突然手の中から鍵が消えたのだ。びっくりするのが当たり前だろう。
「もうここに用はない。ずらかるぞ」
『早着替え』を駆使して無事、一階まで降りる。あとは塀を越えれば、脱出成功だ。
「どうするの?」
「さっきと同じ要領でいく」
諭吉が構えた。目標は門の手前にいる衛兵だ。あの位置ならちょうどいい。二人同時にやるのは疲れるが、何とかなる。
指先に意識を集中させる。
その瞬間。
夜闇を切り裂いて近付いてくる音がした。とっさに見上げると、月光を浴びながら白い人影が落ちてくるのが見えた。まっすぐ諭吉たちのいる方向に飛んでくる。考えるより早くトムの腕を掴み、その場を飛び退いた。もつれるように倒れ込む。入れ違いに地面に衝撃が走り、土煙が上がる。
「今度はなんだ!」
「襲撃か?」
轟音を聞きつけ、衛兵たちが口々に叫びながら集まってくる。
トムにケガがないのを確かめながら諭吉は顔を上げた。風に吹かれ、土煙が晴れていく。
白い狼の顔をしたモノがそこにはいた。全身を覆う白い毛に、尖った耳に突き出た口はまさしく狼のそれだが、首から下は落ち武者のような歪な鎧姿だった。それだけなら、かつてホラー映画で見た狼男のような出で立ちだが、鎧と肉体との境目らしきものは感じられず、彫刻のように一体化して見えた。
真白な全身で唯一、肩甲骨の辺りに濃緑色の紋様が浮かんでいる。
「こんな夜遅くに、随分とにぎやかだな。もしかして俺のサプライズパーティとか?」
諭吉は怖気だった。
この世界にはネズミや蜥蜴や熊といった、動物の容姿を色濃く残した種族が存在する。諭吉自身、そういう人を何度か見かけたことがある。人間を超えた身体能力を持つ反面、数が少ないため、人に追われて森や荒野にひっそりと移り住んでいるという。
だが、違う。あれはそんな生やさしい存在ではない。あれは、この世界の理とは相容れない存在だ。
「……逃げろ」
「え?」
「いいから逃げるぞ、あいつはヤバイ!」
トムの手を引いて館の方へと戻る。逃走経路から逆方向だが、アレを相手にするよりはるかにマシだ。
だが、行く手を塞ぐかのように、館から衛兵たちが次々と現れるのが見えた。
この忙しいときに、と諭吉は舌打ちすると、トムの腕を引いて茂みに隠れる。幸いにも衛兵たちが諭吉らに気づいた様子はなく、目の前を走りすぎていく。目標は、白い狼男のようだ。
「おのれ、貴様も侵入者か!」
「ケダモノ風情が!」
「生かして返すな、放て!」
号令とともに弓兵が矢をつがえ、一斉に狼男目がけて放った。放物線を描いて、矢の雨は狼男へ降り注ぐ。狼男は逃げなかった。
矢は次々と突き刺さった。胸や二の腕に太股、首や眼球に脳天と深々と食い込む。やがて刺さった勢いに押され、仰向けに倒れ込んだ。
「バカめ。ケダモノはケダモノらしく、ねぐらでおとなしくしていればいいものを」
隊長なのだろう。一際立派な兜を被った男が、狼男の体を蹴りつける。
「しかし、どうしてこの町に。二年前の反乱の生き残りでしょうか」
「さあな。大方群れから追い出された、はぐれ狼だろう」
隊長がせせら笑う。
「ですが、殺してしまっては侵入者の情報も」
「どうせ口を割るとも思えん。殺した方が手っ取り早い」
彼らは閉鎖的で仲間意識が強く、人間に敵愾心を抱いているという。
拷問は無意味だと判断したようだ。
「それより、侵入者を捜せ。まだ遠くには……」
命令は最後まで伝えられなかった。隊長の腹から血に染まった手刀が生えていた。
「いてえな、おい。加減しろよ。こっちはまだ目覚めたてなんだからよ」
全身を矢で射貫かれたまま、狼男が背中から隊長の体を貫いていた。
「これでおあいこだな」
にやりと笑うと、狼男は手刀を引き抜いた。血の海に沈む隊長のかたわらで、狼男は自身の体に突き刺さった矢を一本ずつ引っこ抜き始めた。
「バカな、生きているだと……」
「まさか、『不死者』か?」
違う。
衛兵たちの推測を諭吉は心の中で否定する。
幽霊やゾンビといった、『不死者』がこの世界に存在するのは諭吉も知っている。だがそれは、大気中に含まれた魔力が冬虫夏草のように死体に取り憑くことで発生する、れっきとした自然現象なのである。諭吉にとっては異質であっても、それでも魔法のあるこの世界では、起こりうる現象なのだ。
けれど、目の前のあれは、『不死者』似て非なる存在である。
衛兵たちの驚愕は留まらなかった。
狼男が矢を引っこ抜くと、穴の開いていた箇所が脈打ち始めた。肉が盛り上がり、矢傷を塞いでいく。それだけではなかった。
右目に刺さった矢を引っこ抜くと、肉が盛り上がり、目玉まで元通りに再生した。
「ふん、まあ、今のところはこんなものか」
瞬きをしながら傷の具合を確かめる。
のんきそうに首を傾げる狼男を、衛兵たちは一様に驚愕と恐れに支配された目で見ていた。
「まあ、そうビビんなよ。俺、こっちに来たばかりでさ。まだ右も左もわかんねえんだよ」
あの狼男は、この世界の住人であって住人ではない。
死者を媒介として、諭吉とも異なる世界からやってきた異世界人。
人間を超えた身体能力と生命力を誇る。だが、何よりその特異性は『不死』、体を引き裂かれようと焼かれようと決して死ぬことはない。
三百年前にも現れ、この世界に破壊と恐怖と死を振りまいた。
この世界の住人たちは恐れを込めてこう呼んだ。
「『転生者』」
誰かが呟いた。




