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プロローグ 着の身着のまま

頭の悪いタイトルですが、流行り物にのっかってやってみました。

新章の始まりです。

 プロローグ 着の身着のまま


 異世界に転移して早一年。諭吉は、二年目の朝を古びた下宿の二階で迎えた。


 黒ずんだ板張りの壁と天井もすっかり見慣れた。六畳程度の部屋にも、天井から吊した白いカーテンにも違和感を覚えなくなった。時折はがれた床板につまづくのだけは、慣れそうにないが。


 固いベッドの上で半身を起こしながら時間の流れの速さに一瞬、めまいを覚えた。下半身に掛かっている、薄汚れたシーツの感触に居心地の悪さを感じる。


 思い起こせば、一年前。いつものように高校へと向かう道を歩いていた途中、前触れもなく淡い光に包まれ、気を失った。


 気がつけば石ばかりの部屋に寝転がっていた。しかも全裸で。

 目の前にいたのは五人の男女。どいつもこいつも中世ファンタジーに出て来る貴族のような格好をしていた。


 コスプレ会場にでも迷い込んだのかと思ったが、そこがリアルな(・・・・)異世界だと気づくのに時間が必要だった。


「成功ですぞ、ダニエル様」

「これ、陛下と呼ばぬか。即位されてもう一年だぞ」

「構わぬ、婆にとっては余はいつまでも赤子のままのようだからな」

「しかし、果たして役に立つのでしょうか? 体つきといい、顔立ちといい、とうてい戦えるようには見えませぬが」

「こればかりは実際に試してみなければなんとも申せませんな。人は見た目ではありませんから」


 困惑する諭吉に構わず、口々に好き勝手を話し合っている。召還した「ホレスカール王国」という国の面々だった。王国に怪物の危機が迫っているから戦って欲しいなどと頼まれた。いや、命令と呼ぶべきだろう。


 なんやかんやあって王宮から追放された諭吉は、唯一同情的だった執事のツテを借りて、辺境にある王立イースティルム学院に学生として潜り込んでいる。


「ユキチ、朝だよ。起きているの?」


 カーテンの向こうから声がした。下宿の同居人であるトムだ。学院には寮などという気の利いた施設はないため、学生は近隣に部屋を借りるなり買うなりして、そこから通っている。執事は当面の生活費は出してくれたが、住む場所までは探してくれなかった。


 放浪の末、たまたま知り合ったトムの下宿に転がり込んだのだ。平民の出なので名字はない。


 この国で名字を持っているのは貴族か、一部の大商人だけだ。そのため諭吉も名字を隠している。日本ではベストテンに入るくらいありふれた名字も、この国では厄介事の種でしかない。


「早く起きないと授業はじまっちゃうよ」

 トムがカーテンを開けた。悲鳴が上がった。

「ユ、ユキチ! また裸で! 寝間着はどうしたのさ」


 金髪碧眼の美少年が恥ずかしそうに手で顔を覆う。顔立ちが女っぽい上に声も高いのでよく勘違いされるのだが、男である。

 足首辺りまで伸びた黒いコート姿。まるで神父のカソックのような出で立ちは、学院の制服である。


「こっちの方が楽なんだよ」

 日本にいるときから寝るときはパンツ一枚だった。季節も春に入り、風邪を引く不安もない。


「うわ、すごい寝ぐせ! もう、だらしないな。また髪を乾かさないで寝たんでしょ」

 トムが勝手に手櫛で髪を整え出した。諭吉は要らぬお世話とばかりに、その手を払いのける。


「寝起きなんだから当たり前だろ」

「いいから、ほら。おばさんも朝食準備出来ているってさ」

「俺、メシいいわ。お前も食っておいて」


 二度寝しようとしたところでトムの叱責が飛んだ。

「もう、いい加減にしてよ」

 シーツを強引に引っぺがすと、一際大きな悲鳴が上がった。


「ユ、ユキチ! どうしてパンツまで着てないのさ!」

「はいてないから」

「そういうことじゃなくって!」


 真っ赤になった顔を引き寄せたシーツで隠す。時折シーツの陰から視線を感じるのだが、諭吉はあえて気づかないふりをする。


「もういいから、制服に着替えてよ!」

 乱暴にシーツを投げ捨てると、カーテンを閉める。階段を駆け下りる音がした。


「んじゃ、着替えるか」

 大あくびをすると指を鳴らす。刹那、諭吉は制服姿に変わっていた。


 召還された異世界人には、二つの特殊能力が与えられる。一つは『言語理解』という異世界の言葉を理解出来る能力、もう一つが『スキル』と呼ばれる異能力だ。


 ドラゴンが空を飛び、魔法で炎を出すのが当然のこの世界においても異端にして不条理な力、それが『スキル』だ。元の世界で言うところの超能力のようなものだと諭吉は解釈している。


 本来であれば何十万人に一人しか持ち合わせていない『スキル』を、異世界人は転移の際に身につけている。何故か、はわかっていない。未だ原因ははっきりしていないがそういうものだ、ということは知られている。ちなみに『言語理解』は『スキル』ではなく、召還魔法に組み込まれた魔術の一種らしい。


 過去、呼び出された異世界人も空を飛んだり、動物と話したり、触れただけで生き物を黄金に変える力をもっていたという。


 諭吉も例外ではなかった。自分に異質な力が備わっているのが感覚で理解出来た。わざわざ「ステータスオープン!」と叫ばなくても自身の力を理解していた。


 諭吉に与えられた『スキル』は『早着替え』だった。


 この『スキル』を使えば、いつでもどこでも一瞬で服を着替えられる。それ以上でもそれ以下でもない。成長チートもデタラメなパワーも全く持ち合わせていなかった。もしクラスまるごと転移していれば、地下迷宮にでも置き去りにされていただろう。


 この世界にも魔法はあり、この世界の住人は皆魔力を持っているのだが、諭吉には魔力がまるでなかった。ロウソクに火を付けることすらできない。


 『早着替え』に付随して、亜空間に物を出し入れすることもできる。正方形の収納庫のようなその場所を、諭吉は『クローゼット』と呼んでいる。


 『クローゼット』の中に入っている服を念じるだけで取り出し、着替えられる。制服も『クローゼット』の中から引っ張り出した。本来ならば指を鳴らす必要もないのだが、ルーティンを決めることで意識の集中を図っている。


 ただし広さは一辺二メートル程であり、倒した魔物を冒険者ギルド(この世界にもある)のカウンターの上に山積みにしたり、受付(美女かどうかは定かではない)の目を丸くしたり、「あれ、このくらい普通だよね」(キョトン)というリアクションを取ったりは出来ない。


 諭吉自身、最初はハズレのような力だと嘆いたが、別の使い方はないかと試行錯誤を繰り返し、できることも増えた。今ではそう悪い能力でもないと思っている。要は使い方だ。使い方次第では、役に立つ。


 少なくとも、この異世界で無双する程度には。


明日5月6日(月)は7時と17時に二回更新します。


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