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1.地獄へ(1)

 どうやって起こしてやろう。

 もう何度反芻したかわからぬ問いをもう一度繰り返して、みのりは目の前の棺桶を見つめた。


 清潔な空間だ。

 柔らかな色合いに調節された照明に、大量の白い花。ずらりと並んだ、今はまだ無人の椅子に、それから棺。


 棺の上部には小さな窓が取り付けられており、観音開きとなったそこからは、穏やかに目を閉じる養父――大沢繁雄おおさわしげおの顔が見えた。


 事故で負ったという後頭部の傷はきれいに隠されているので、一見する限りでは、ただ眠っているようである。

 大好きな養父に欠点などないけれど、うまい料理と酒が大好きな彼は、ときどき飲み過ぎて所かまわず寝てしまう癖があって、それを起こすのは、一人暮らしを始めるまでずっと、みのりの役目だった。


 だから、今も。

 事故の連絡を受けて病院へ駆けつけ、そのまま慌ただしく通夜を迎えた今となっても、みのりはこう思わずにはいられないのだ。


 なんだ、寝てるだけじゃない。

 早く、起こしてあげなきゃと。


「……しげさん、起きよ? じゃないとハグしちゃうよ。観察日記も再開しちゃう。ご近所さんに怪しまれるまで、大好きって叫びつづけるよ」


 自分の養父に対する愛情表現は、繁からすれば過剰に映るらしく、こうした言葉を耳元で囁けば、彼は飛び起きたものだったが、ガラス越しに見える顔は、瞼を閉ざしたままだ。

 みのりは棺桶の小窓に顔を寄せて、呟いた。


「……早く、起きて。このままだと繁さん、焼かれちゃうよ」


 自分の声が、掠れているのが不思議だった。


 あともう一時間ほどで、通夜が始まる。

 友人の多い養父だから、きっとあと十分もしないうちに、続々と参列者がやってくるだろう。


 繁雄の母や兄、その家族は、会場の続きになった控え室で、先ほどから慌ただしく動き回っている。

 諸方面への連絡や挨拶の準備、弁当の手配に葬儀屋との打合せにと、やることは山のようにあるのだ。 おかげで彼らは涙を忘れられているという面もある。


 そんな中、義理とはいえ娘であるみのりは、なにを手伝うでもなく、無人の会場でじっと棺のそばに佇んでいた。

 だって、これが死に顔だなんて、とても信じられないから。


 気のよい大沢家の皆は、涙一つこぼさないみのりを不審がるどころか、心配に思っているようだ。

 膜一枚を隔てたような世界の向こうから、時折、労し気な視線を感じる。


 そのたびに、申し訳なさが頭をもたげるが、感情はすべて、すぐに蓋をされたように消えてしまう。

 みのりは奇妙に静かな心持ちのまま、ガラス越しに養父の輪郭をなぞった。


「ねえ、繁さん――」


 今一度、眠りから覚めぬかと呼びかけようとした、その瞬間。


 ――ふ……っ


 突然、部屋全体の照明が落ちたので、みのりは驚いて顔を上げた。


(停電……?)


 それにしては、周囲から悲鳴の一つも聞こえない。

 控え室には、繁雄の兄の孫娘もいるはずで、三歳の彼女なら、こうした場面で真っ先に号泣するだろうに。


(ううん、悲鳴だけじゃない。なんの音も、聞こえない……?)


 例えば、かすかに聞こえていた暖房の音であるとか、時計の針の音であるとか。

 隣の控え室から響いていた話し声や、足音、衣擦れの音、そうしたものが、一切聞こえない――。


 にわかに胸騒ぎを覚え、みのりは無意識に棺桶に身を寄せた。

 そこに、


 ――ぼっ!


「きゃ……っ」


 突然、棺桶のすぐ上に炎が出現し、びくりと肩を揺らす。

 次に炎の中から立ち現れたものを認めて、彼女は息を呑んだ。


 そこにあったのは、燃え盛る車。

 古典の資料集でしか見たことのないような、巨大な車輪を二つ据えた、箱型の車――牛車ぎっしゃだった。


(ううん。これは燃え盛っているから、……なんだっけ、怪談に出てくる——)


 火車だ。

 呆然としながら、みのりはようやく目の前の車にふさわしい名前を引っ張り出した。


 火車。

 死人や罪人を、地獄へと連れて行く車。


(地獄へ……?)


 己の発想に不吉なものを覚え、眉を寄せる。

 まるでそれに応えるように、突然目の前の籠からばっと影が飛び出してきたので、みのりは再びぎくりと肩を揺らした。


『きききっ。迎える魂はどこですかいの』

『きききっ。迎える魂はここですかいの』

『…………』


 火車から飛び出してきたのは、果たして三匹の猿であった。


 いや、一見する限りでは猿そのものだが、明らかに風体がおかしい。

 どの猿も、まるで人のように立派な着物を身に着け、一匹は目を、一匹は耳を、一匹は口を白い布で覆っている。

 極めつけには、彼らの両耳の上には、小さくとがった角が生えていた。


「な…………」


 理解を超えた生き物の登場に、みのりが言葉を失う。

 角を持った猿。

 しかも、人の言葉を話すだなんて、あまりに非現実的だ。


 三匹は、絶句するみのりのことなど見えていないとでもいうように、ぴょこぴょこと棺桶の上に飛び乗った。


『見つけたぞい、大沢繁雄。享年五十五、男。間違いないかね?』

『間違っていたって知るものか。さくさくと片付けてゆかねば、今日の鬼籍ノルマが一向に片付かぬわ』

『…………』


 耳を塞いだ猿が問うたのを、目隠し猿が適当にいなす。

 口を封じた猿が、棺の小窓に手を差し込み、ぐいと何かを引っ張り上げる仕草をすると、ふわりと生温かい風が吹きわたった。


「…………!」


 みのりはとうとう真ん丸に目を見開く。

 猿たちが乗った、棺の上。

 まるで、吹き上がった風に引っ張られるようにして、人の姿が立ち現れたからである。


しげさん……!」


 ぽっちゃりとした体つきに、子犬のようにうるんだ小さな目。

 身長もあるいい大人だというのに、どこか頼りなげな雰囲気をたたえているその人物は、つい二日前、車に撥ねられてこの世を去ったみのりの養父、大沢繁雄であった。


『……あれえ?』


 繁雄は、まるでうたた寝から覚めた人のように、眠そうに目をこする。

 すぐにみのりの姿を見つけて、「やあ」といった感じで片手を挙げかけ――それから自身を取り囲む葬花と鬼猿を見て、ぎょっと肩を揺らした。


『へ!? え、なになになに!? これなに!? っていうか頭痛ァ! うわ僕死んでる!?』


 叫ぶ声は、どこかエコーがかかったような、不思議な響きを帯びている。

 ついでに言えば、彼は棺に入れられた時とも異なる、真っ白な着物——いわゆる死装束をまとっていた。


『ほい、起きた。さあ、乗った、乗った』

『ええと、行き先は何番地獄だったかの。ほうら、この天冠も身に着けぬか。紐を結ぶのに肩は回るか? 回るよな、五十代だもの』

『…………』


 三匹は、戸惑う繁雄に白い三角巾を押し付け、さっさと火車へと引きずり込もうとする。

 目を白黒させたまま、訳も分からず右足をあぶみに乗せかけた養父を見て、みのりははっと我に返った。


「ま……待ちなさいよ……っ」


 緊張からか、声がかすれる。

 みのりは怯えを吹き飛ばすように、大声で叫びなおした。


「待ちなさいよ!」


 途端に、ごうっと風が唸り、三匹がぎょっとして棺にしがみつく。

 彼らは慌てて衣服の乱れを直すと、今さらながらにみのりの姿を認め、一斉に両手を挙げた。


『ややっ、この娘、我らの姿が見えるのか!』

『言葉を二度繰り返しおったぞ……「二重言霊」を知っているとは、さては陰陽師の類か?』

『…………!』


 三匹目は相変わらず無言だが、一様に驚いているのはわかる。

 みのりはぎゅっとこぶしを握り、彼らに一歩詰め寄った。


「あなたたち、なんなの!? その人をどこに連れていくつもり!?」

『どこもなにも、地獄よ。おう、未未無みみなし。この娘、我らに正体と行き先を聞いておるぞ』

『まことか、芽無めなし。正体を知らぬということは、その手のものではないのだな。この男の親族か? 捨ておけ、捨ておけ。おい、久地無くちなしや、早くその男を火車に押し込め』

『…………』


 未未無みみなしと呼ばれた、耳を塞いだ猿は、どうやら三匹のリーダー格であるらしい。

 久地無くちなしと呼ばれる無口な猿に指示を飛ばすと、自らもさっさと火車に乗り込もうとした。


 が、それを許すみのりではない。

 燃え盛る車に押し込められる前にと、繁雄の腕を掴もうとし、それがするりと擦り抜けてしまうと理解するや、再度大声を上げた。


「ちょっと、待ちなさい! 繁さんが地獄行きってなんの冗談!? こんなに優しくて大らかでちょっと抜けてるけどそこがまた可愛い癒し系イケオジが、地獄なんて行くはずないでしょ!? なんなら死んだことすら冗談でしょ!?」

『いや、死んだのは事実だと思うんだけど……あの、それよりみのりちゃん、ご近所さんに怪しまれるから、あんまり僕のことを大声でのろけないでと何度も――』

「今そんなこと突っ込んでる場合じゃないでしょ!? 繁さんもなんで抵抗しないのよ!」


 もごもごと要らぬ指摘を挟む繁雄に、みのりがいら立って怒鳴りつける。

 非現実的な事態、それでも明らかに理不尽な事態に、彼女は一瞬でいつもの勝気な態度を取り戻していた。


「いったい誰の許しで、繁さんを地獄送りなんかにしようっていうのよ。どう見てもこの人が、地獄になんか行くはずがないでしょ?」

『誰も何も、我らは閻魔様からの鬼籍リストに従っているだけで――』

『よせ、芽無めなし。時間がないぞ。さっさとゆかねば黄泉路の渋滞にはまってしまう。久地無、早くその男を――』

「させないわよ!」


 久地無と呼ばれた猿が再び繁雄を押し込もうとしたのを、みのりは凛とした声で遮った。


 突然現れた火車。

 人の言葉を話す猿。

 そして、白装束をまとった繁雄の霊。


 とうてい現実のものとは思われないような事態だが、それでも、養父が地獄に連れていかれると聞いて、黙って見てはいられない。

 彼が地獄に落とされるような人間でないことは、誰より自分が知っている。


「繁さんを離しなさい。繁さんを、離しなさい」


 みのりは素早く唇を湿らせ、二度、力強く言い放った。

 言霊、などというものをみのりは知らない。

 だがしかし、「二度繰り返して」発した言葉が、目の前の猿たちになんらかの効力を発することは、先ほどの相手の発言からわかっていた。

 ならば、それを使わぬ手はなかった。


「繁さんを、絶対にこのまま行かせたりなんかしないわ」


 みのりは、ぎっとサルを見据え、きっぱりとした口調で繰り返した。


「絶対に、このまま行かせたりなんか、しない!」

『や、やめぬか……!』


 みのりの言葉を聞き取った芽無が、焦ったように棺の上で飛び跳ねる。

 その横で、久無のまま、傍の未未無をぐいと棺に押し付け、身構えるような体勢を取った。


『そのような言霊を発したら——黄泉路(みち)が壊れる……!』

「え――?」


 怪訝な思いでみのりが眉を寄せた途端、それは起こった。


 ――ごごごご……!


 まるで巨大な獣の唸り声のような音を立てて、突然、床が揺れはじめたのである。


「きゃ……っ」

『おわ!? え、なに、え!? 地震!?』


 慌てふためく二人と三匹の前で、床がぐらりと波打つ(・・・)

 そして次の瞬間。


 ――ぐしゃああああああっ!


 猛々しい音とともに、床が一気に崩落した。


「――…………っ!」


 全身を打ち付けるように吹き上げる風に、悲鳴も出ない。

 ともに落下する瓦礫に縋ろうとして宙を掻く、それを何度も繰り返しながら、みのりたちはひたすら落下を続けた。


 下へ。

 下へ、さらに下へ。

 衆生(しゅじょう)の住まう閻浮提(えんぶたい)より四万由旬、裁きの闇が待つ、奈落の底へ――。




***




 第三十九代目閻魔王・大傲(たいごう)が夜毎開く宴会は、今日もまた贅の限りを尽くしたものであった。


 百もの朱塗り柱に囲まれた黒木の間には、畏界に住まう巨獣の毛皮を敷き、宝石や螺鈿で彩られた盆の上には、天界より掠め取った甘露の酒と、強さを誇る珍獣たちの首が並ぶ。


 八大地獄から成る全百二十八地獄の中から、綺麗どころの獄卒たちを集め、薄布をまとわせて踊らせ、あるいは剣戟で戦わせる。

 本来静謐が守られるべき裁きの間には、酒の匂いと歓声、獣の匂いと血飛沫とで溢れかえっていた。


 頽廃の気配が立ち込める空間。

 そんな中でも、よくよく見れば、閻魔王に擦り寄る者どもは玉座の近くを占め、醒めた表情を浮かべた者どもは末席に置かれと、ささやかな権力闘争も行われているようだ。


「やれやれ、今代陛下は、毎晩代わり映えもしない宴を開いて、よく飽きないもんだねえ」


 と、宴の喧騒に紛れ、耳に心地よい低音で嘯く者が一人。

 玉座から遠くもなく、かといって近すぎもせずといった、絶妙な位置に座す彼は、一本角を持つ鬼――そうであった。


 その際立った美貌は、冥界の住人にとっても魅力的に映るのか、しきりと女鬼がやって来ては、しなだれかかってくる。

 宗はそれを慣れた素振りであしらい、気だるげに酒を啜っては、「甘すぎ」と整った顔を顰めていた。


「宗さま、宗さま、お酒のお代わりはいかがです?」

「馬鹿ね、玻璃はり。宗さまはもう獄卒ではないのだから、ちゃんと長官さまとお呼びなさいませ」

瑠璃るりちゃん、つねらないで……」


 自らに掛けられた幼い声に、宗はふと顔を上げる。

 視線を巡らせた先では、着物姿の幼子二人が、拙い手付きと足取りで、盆に酒瓶を載せてやってくるところであった。


 二人は、驚くほど似通った顔をしている。

 肩まで伸ばした髪を、そのまま下ろした少女の方が瑠璃、後ろで一つに縛っている少年の方が玻璃と言った。


 瑠璃は宗に気があるらしく、姿を見るなり声を甘くしていたが、幼い外見と相俟ってそれが愛らしく映ったので、宗は追い払うことはせず、代わりに片手を挙げた。


「やあ、倶生くしょうツインズ。今日の仕事はもう終わり? ――ああ、その酒ならいらないよ。ごめんね」


 宗が応じると、瑠璃と玻璃は幼い顔に似合わぬアンニュイな表情を浮かべる。


「終わりもなにも、半年前に最後の帳簿を納めてから、わたくしたち、誰一人の善行も悪行も記録していませんわ……」

「僕たちの仕事は、最近では専ら宴会のお酌係です……」

「ああ、今代は、とかく宴好きだからねえ」


 がっくりと肩を落とす二人に、宗は緩い相槌を打った。

 倶生神くしょうじん

 人が生まれた時からその両肩に取り付いて、それぞれ善行と悪行を記録し、死後の裁きの際に閻魔王に奏上する役目を担う、双子の神のことである。


 瑠璃と玻璃は、幾万と存在する倶生神の一対であったが、最近ではその本分を果たせていないと嘆いているのであった。


「今代様ったら、御即位以降、ろくろく裁きもせずに宴ばかり。ここ最近、転職すべきかと悩まぬ日はございませんわ」

「でも瑠璃ちゃん。僕たちは、閻魔王陛下のお側で働くために生み出された神のわけだから、それは……」

「馬鹿ね、できないことくらい重々承知よ。ああ、ほかの十王陛下の側近神たちが羨ましい限りですわ。少なくとも、こんな毎夜、むくつけき獣鬼たちに絡まれながらお酌させられることはないでしょうに!」


 獣鬼とは、牛や馬、虎といった獣から成った鬼のことである。

 常時は人の姿を取り、元の獣を象った面を付けている。鬼の中でも一階級劣る存在とされ、その獣臭い鬼たちに擦り寄られることを、神のはしくれである瑠璃は嘆いているのであった。


 瑠璃がさめざめと嘆くと、不味い酒杯を乾かすことを放棄した宗は、軽く肩を竦めた。


「ま、十王とて宴は開くが、開くにしても、もう少しまともな酒と余興を用意するね」


 そう嘯く彼は、閻魔王の長官でありながら、まるで他の十王たちの宴の好みを知っているようでもある。


「宗さま……いえ、長官さまは、獄卒を終えてからはずっと閻魔王陛下付きだというのに、ほかの十王陛下のお好みをご存じですの?」

「宴会にこっそり顔を出す程度には、仲良しなものでね。あちらのほうが、よほど有意義な時間を過ごせるからねえ――」


 宗は甘ったるい匂いを湛えた酒杯を弄びつつ、ぼんやりと答えていたが、ふと言葉を切って顔を上げた。


「……なんだ?」


 美しい彫刻の施された黒木の天井を、じっと見つめる。

 異変は、次の瞬間起こった。


 ――ガラッ……


 堅固であるはずの裁きの間の天井が、不吉な音を立てて崩落したのである。


『きゃああああああ!』

「うわああああああ!」


 獄卒とて到底耐えられぬ重量の崩落に、辺りが騒然となる。

 床に叩きつけられた瓦礫から大量の土煙が舞ったが、道服の裾でとっさに己と双子をかばった宗は、その中に人型の影が動くのを見て取り、目を細めた。


「亡者か……?」


 影は、二つ。

 一つ目、中年の男の影は、明らかに亡者であるらしく、見慣れた白装束と天冠をまとっている。

 もう一つの影の下敷きになっていたその男は、情けない声で「こ、腰が割れる……」と嘆き声を上げていた。


 そしてもう一つ。


『ご、ごめん! 大丈夫!? でも繁さんに抱き着いちゃったラッキー! ぷよぷよのお腹も素敵! マシュマロボディ! っていうかここどこ!?』


 相当取り乱しているのか、傍らの男の魂に縋るようにして捲し立てているのは――年若い、生きた人間の娘であった。


「生きた人間だ……」

「それもおなごじゃ。生者がなぜこの場に……?」


 天井崩落の動揺から抜け出し、事態を把握した者たちがざわめき始める。

 人間の血を好む魔獣や獣鬼の中には、舌なめずりをするものもあった。


「み、みのりちゃん、落ち着いて! なんか、お腹とかマシュマロとか、それどころじゃないような感じなんだけど……!」


 自分たちが何に囲まれているかに気付いたらしく、先に男のほうが蒼褪める。

 その言葉で我に返ったのか、娘はぱっと顔を上げ、ぎこちない動きで一周見渡すと、やがてぽつんと呟いた。


『まさか……地獄……? あそこに座ってるのは……閻魔、大王……?』


 普通の娘なら、ここで狼狽し、涙ぐむところだ。

 ただでさえくだらない宴に、泣きわめく女まで登場したらいよいよ興ざめだな、と冷ややかに見守っていた宗は、しかし、続く娘の行動を見て、少しだけ目を見開いた。


『……きたこれ』


 彼女は、泣き出すどころか、ぱっと喜色を浮かべたからだ。

 猫のような黒目がちの瞳には、なにか強い意志が滲みはじめている。


 宗は「へえ」と片頬を持ち上げた。


「……今回に限っては、なかなか面白い余興が期待できそうじゃない?」

1日2話を目標に、最後までがんがん投稿予定です。

初日の今日は、このあともう1話投稿します!

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