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11.地獄の業火で蒸してやる(1)

 噎せ返るような酒の匂いと、騒々しい笑い声で満ち溢れた、室内。


 不躾な男たちの手を躱しながら、慣れぬ手つきで酌をしてまわっていた瑠璃は、柱の陰に落ち着くと、はぁ、と溜息を落とした。


「なぜ、倶生神くしょうじんのわたくしが、夜な夜な酌などせねばならないのかしら……」


 外見よりずっと大人びた口調には、怒りと焦燥の念が滲む。


 彼女は、人間の善悪を記録し、閻魔王に報告する神――倶生神。その中でも、悪行を記録する役回りだ。

 情に流されず、厳正な報告を求められてきた彼女は、人の善い面ばかりを記録してきた弟・玻璃に比べても、ずっと責任感が強かった。

 だからこそ、彼女はこの現状を憂えずにはいられないのだ。


(今代は沙汰などそっちのけで、美鬼を侍らせ宴ばかり。わたくしたちが苦心して仕上げた報告書もろくろく読まず、適当に判を押して……倶生神の存在を、なんだと思っているのかしら)


 今代閻魔王・大傲は、スピード判決と言えば聞こえはいいが、とにかく仕事が雑だった。

 なにしろ、三途の川を渡らせてから閻魔庁で裁くことすらせず、死者の今わの際にさっさと判決まで済ませてしまうのだ。

 建前上は、迎魂の手間を省くためとのことだが、実際のところ、宴会場と化した裁きの間を片付けさせるのが手間なのだろうと、瑠璃たちは読んでいた。


(宗さま……いえ、長官さまがなにかと手を回してくれているから、今のところ、暴動もないけれど。こんな状態、いつまで持つか……)


 宗のことまで考えを及ばせたとき、瑠璃は小さな口をへの字に曲げた。


 腐敗した閻魔庁で、唯一機能を維持している美貌の長官――宗。

 けれど、彼も最近、少し行動がおかしい。


(今代の催す爛れた宴には顔を出さないけれど、宗さまもまた、夜な夜な閻魔庁を抜け出しては、酒の匂いを帯びて帰ってくるわ。行き先は教えてくださらないけど……懇意にしている遊び女でもいるのかしら?)


 宗は、穏やかな物腰とは裏腹に、皆と親しく飲み交わすといったことはしない。

 酒は好んでも、宴席はむしろ嫌いな様子だ。にも拘わらず連日酒を飲んでいるという点、そして、もともと彼が相応に遊び人として名を馳せていた点から、瑠璃は女の存在を疑った。


 恋人でもない瑠璃が、宗がどんな女の元に通おうと文句を言う権利はないが、絶賛腐敗中である冥府の、最後の砦たる彼までもが、骨抜きになってしまうのは困る。

 というか、正直に言えば、宗がほかの女に振り回されるというのは大変面白くない。


 それに、と瑠璃は眉を寄せた。


(先日は、長官さまには珍しく、随分苛立っておいでだったわ。物事にあまり頓着されないあの方が心を乱されるとは、いったいなにが――)


 だが、瑠璃の思考はそこで打ち切られた。

 少し離れた場所で、陶器が割れる音と、幼い声が響き渡ったからだ。


「も、申し訳ございません……!」


 怯え切った、少年の声。

 弟の玻璃だ。


 瑠璃は柱の陰から飛び出し、現場へと駆けつける。

 そこでは、酒で正体を失った鬼の一人が、玻璃に凄みを利かせていた。


「申し訳ございませんじゃねえよ! 俺の道着が酒でびしょびしょだ。どうしてくれんだ、ああ!?」

「も、申し訳……――」

「突っ立ってんじゃねえよ! 土下座の一つもできねえのか、ああ!?」


 その言葉と、ひっくり返った酒瓶を見るに、どうやら玻璃が転ぶかなにかして、酒をこの鬼に引っ掛けてしまったらしい。

 大声を上げている鬼は、人型をした上に獅子の面を付け、そこそこ上等な道着をまとっている。

 服装から察するに、冥府の宴に招かれた獄卒ではなく、閻魔庁の役人ということだ。

 宴席も、大傲の座す玉座から、さほど離れてはいない。


(つまり――今代におもねる、能力なし、権力ありの役人ってことね)


 状況を整理して、瑠璃は唇を歪めた。

 今代が即位してから、随分とこの手合いが増えたものだ。


 瑠璃は小さく拳を握ると、弟の胸倉を掴もうとする鬼の間に割って入った。


「もし。我が弟が、なにか粗相をいたしましたでしょうか」

「ああ? ――おお、女の方か」


 振り返った鬼は、瑠璃の整った容貌を見て一瞬好色そうに顔を輝かせ、だがすぐに興覚めしたように鼻を鳴らす。


「ふん、毒づき女に用は無えよ」


 なぜなら、善良で素直な者の多い善行神と異なり、瑠璃のような悪行神は、「毒づき女」だとか「粗さがし婆」として疎まれているからだった。


(そりゃあ確かに、私たちは悪事を見慣れているぶん、斜に構えがちだし、気の強い者も多いけれど……なんて腹の立つ)


 瑠璃は内心で青筋を立てた。

 こんな下種な獣鬼に言い寄られたところで嬉しくはないが、こんな下種にすら蔑ろにされるというのが許せない。


「あら、さようでございますか。でしたら、弟ともども、お目汚しをせぬよう失礼いたしますわ」


 怒りを押し殺して弟を連れ去ろうとすると、「待てよ」と手首を掴まれる。

 じっとりとした感触に顔を強張らせる瑠璃に、鬼はにいと笑いかけた。


「まだ俺は満足の行く詫びを受けたわけじゃねえんだ。この際、毒づき女でも仕方ねえ。弟の手落ちを、おまえの酌で埋めてくれよ。口さえ塞げば、毒も吐けまい」


 そう言って、ぐいと顔を近付けてくる。

 咄嗟に抗うと、男は業を煮やしたように腕の力を込め、瑠璃を無理やり傍に座らせた。


「おら、座れって」

「いや……っ、離して!」

「瑠璃ちゃん……! お願いです、おやめください! おやめください!」


 吐きかけられる酒臭い息に背筋が粟立つ。べたついた手が気持ち悪い。

 弟が真っ青になって訴えている。

 彼を安心させてやらねばと思うのに、強がりを言うよりも早く、助けを求める念で頭がいっぱいになった。


 助けて。

 誰か助けて。


「――見苦しいねぇ」


 突然、涼やかな声が頭上から降ってきて、瑠璃ははっと顔を上げた。

 見れば、いつもと同じ、気だるげな空気をまとわせた宗が、冷ややかにこちらを見下ろしていた。

 いや、――瑠璃をというよりは、相手の男を。


「それに、臭い。この子たちに近付かないでくれる?」


 柔らかな声。

 なのに、ぞくりとするほど剣呑な響きを帯びている。

 現に相手は、宗に話しかけられただけで、瑠璃から手を引き、身を縮こませた。


「あ、いや、これは……」

「行って」


 たった一言。なのに、男は怯え切り、尻尾を撒いて去っていった。

 その心理は瑠璃たちでもわかる。

 宗と男では、あまりに格が違い過ぎた。


「やだやだ。子どもの姿をした相手にすら盛るだなんて」

「宗さま……っ」


 侮蔑も露わに肩を竦めた宗に、瑠璃は思わずしがみつく。目を潤ませた玻璃も同様だ。

 宗はそんな二人をぽんぽんと撫で、落ち着かせると、それからなぜか、小さく溜息を落とした。


「――まったく。このくらい素直なら、可愛げもあるのにねえ」

「え?」

「いいや。君たちは、窮地に追い詰められたらきちんと助けを求められて、偉いね、って話」


 妙なところを褒められて、弟の玻璃は困惑顔で首を傾げている。

 が、瑠璃はぴんと閃くものがあった。


「……もしや、あのおなごの話でございますか?」


 以前、地獄送りにして縋らせる、と笑って語っていた少女のことだ。

 そういえば、その後彼女がどうなったかを瑠璃は知らない。

 興味を込めて聞けば、宗は皮肉気に唇を歪めた。


「まあね」


 女性には不自由せず、たいていは意のままに操ってみせる宗が、異性に対してそのような態度を取るのは珍しい。

 不思議に思った瑠璃は、玻璃と目配せをしあい、その場に落ち着く。


 甘すぎない酒を取り寄せ、酌をしながら聞き出すと、宗は軽い溜息の後、地獄送りにした少女が、一向にこちらに頼ってくるそぶりを見せないのだと告げた。


「頼らない? 獄卒と死者で溢れる地獄に放り込まれても、泣き言一つ言わないということですか?」

「うん。たしかに容赦する気持ちもあって『おんぼろ地獄』送りにしたんだけど、それにしたって、血の池を見るや、温度を確かめにいく豪胆ぶり」


 なんでも少女は、怯え一つ滲ませず地獄を観察して、即座にその地獄が脅威でないことを見破り、見る間に死者たちと打ち解け、拷問器具を使って調理し、獄卒二人を懐柔したという。


「落ち込んでいるところに付け込むつもりで接触したら、なぜか目を輝かせて拷問器具に駆け寄って行くし、剣を振るう馬頭鬼相手にも、がんがん攻めにいくしねえ」


 次々飛び出す武勇伝に、瑠璃と玻璃は顔を見合わせて、微妙な表情を浮かべた。


「それは……」

「豪胆な、おなごですわね……」


 宗は「でしょ」と頷き、それからそっと目を細めた。


「それに、彼女は自身が傷付くことにあまりに無頓着だし、頑固だし、……呼吸するように嘘をつく」

「嘘?」


 瑠璃は首を傾げたが、宗は答えない。

 代わりに彼はひとくち酒を啜り、「嫌なんだよね」と呟いた。


「誰かのために、平然と自分の身を差し出す子ども。無力で、無様で、どうしようもなくいじらしくて……抱きしめ殺したくなるっていうか」

「ふ、複雑ですね……」


 幼い外見を自覚している玻璃は、顔を強張らせて相槌を打つが、瑠璃は無言で視線を伏せた。

 弟よりも少しばかり事情に通じた彼女は、宗の発言が誰を思い描いたものであるか、わかってしまったからだ。


 一人はもちろん、養父のために地獄までやってきた、向こう見ずな少女のこと。

 けれど、もう一人――。


「……あの少年は、未だあそこに?」


 静かに問えば、宗は無言で盃を乾した。

 つるりとした底面を覗かせた酒杯を、美貌の鬼はぼんやりと見つめる。


「……まったく、嫌になるよね」


 それから、口元を歪めながら呟いた。


「救いの手を振り払う頑固な子どもも、約束一つに囚われる鬼も」


 自嘲、という表現がぴったりくるような、苦い笑みだった。





***





「次に胃袋を掴むべき相手を、教えて欲しい?」


 由はあどけない瞳をまん丸にして、石を積む手を休めた。


 賽の河原でのことである。

 みのりは今、繁や麗雪、豪炎を連れ立って、由をぐるりと取り囲みながら、真剣な顔でヒアリングに臨んでいた。


「そうなの。すでに、この第十六小地獄は味方につけたわ。けど、閻魔王の沙汰をひっくり返すには、もっと多く、そしてもっと権力のある人物を引き込まないといけないと思うの。由くん、いいターゲットを、誰か知らない?」


 それというのは、「おんぼろ地獄」を掌握してしまった今、次の一手を考えあぐねていたからである。

当初は、頼れる兄貴分の真に相談しようとしたのだが、


「すまねえ。俺たちゃ、この地獄以外の世界については、ちいとも知らねえんだわ」


 の一言で撃沈。

 では獄卒である麗雪や豪炎に、と水を向けたところ、


「知らぬ。獄卒の中で私が最下層ということは自覚しておるが、では上層部の中で誰が偉いかなど考えたことがなかった。ところで、今日の飯はなんぞ? 肉か?」

「俺も知らん。目の前の亡者を責め立てることしか考えてこなかった。ところで飯はまだか」


 全く役に立たないうえに、飯の催促をされる始末だったのだ。


「思った以上に、この人たち、てんで使えなくて……!」

「人じゃないぞ、牛頭鬼ぞ」

「なあ、市で柔らかそうな子豚を一頭買いしてきたんだが食わないか?」

「働かざる者食うべからずよ、まずはアイディアを出してったら!」


 叫ぶみのりと、呑気に問いかける獄卒たちを見て、由は同情的な表情を浮かべた。


「ああ……お姉さんは、この獄卒たちの残念具合を把握しきってなかったんだね……」

「由くん、大人しそうな顔して結構言うよね」

「僕、これで結構、古株だから」


 横から繁がぼそっと指摘すると、由は軽く笑って答える。

 なんでも、どこの地獄にも属さず、かつ、冥府に繋がる賽の(かわ)近辺で過ごしていると、獄内にいるのではわからない情報が色々と手に入るらしい。


「こう見えて僕、獄卒同士の恋愛事情とか、小地獄間の縄張り争いとか、冥府の後継者戦争の系譜とか詳しいんで、その点では頼ってくれていいよ」

「心強いわ……! けど、なんかそれもどうなの……?」


 ほのかに黒い笑みを浮かべる由に、思わずみのりは呟く。

 なんでも彼は、小地獄間の人間模様観察に熱中するあまり、閻魔代替わりの際に、恩赦で降りてきた蜘蛛の糸を掴みそびれたらしい。


「代替わりの際には、新しい閻魔大王の格に応じて、天から救済の糸が下りてくるみたいなんだよね。ほかの子たちは、みんなそれで極楽に行っちゃったんだけど。でも、そういうときに限って、獄卒間闘争が見逃せない展開を迎えたり、石塔づくりが手を離せない局面になったり、って感じで、僕はついつい見逃しちゃって」


 てへ、と笑う由に、麗雪ら獄卒は「救済の糸を、つい……?」と瞠目する。

 みのりと繁もまた、複雑な表情を浮かべて顔を見合わせた。


 冷静そうに見えて、この少年もまた静かに狂っている。


 困惑するみのりたちをよそに、由はさっさと話を戻した。


「で、誰を懐柔すべきかって話だけど、それならやっぱり、宗おにいさん……じゃなくて、長官さまなんじゃないかな。元『河原のお兄さん』だけあって、子どもには特に優しいし、権力あるし」

「待って、一文内のツッコミどころは一個までにしてくれる?」


 宗おにいさんって何よ、とみのりは額を押さえたが、由は動じなかった。


「あの人ね、一見柔和だけど、ものすごく意地悪で、でもその実、すごく優しい人だよ」

「結局どっちなの……?」


 ツイスト具合に戸惑うみのりに、由は小さく微笑んだ。


「……あのね。賽の河原担当って、獄卒的には本当に嫌な仕事みたいなんだ。ここにいる子たちって、基本的には『親より先に死んだ』って罪しか犯してないわけでしょ。なのに、小さい手で無理やり石を積みあげさせられて、挙げ句崩される。言葉も話せない子どもが、手を真っ赤にしたまま泣く光景って、なかなかだよ。本人ももちろん嫌だけど、獄卒側としても、精神的負担っていうのかな、結構しんどいみたい」


 思いもかけぬ視点に、みのりは目を見開いた。


「罪深い亡者が喚くのは毛ほども気にならんが、赤子の涙は、さすがに俺も見たくないな」


 横で、豪炎たちも神妙に頷いているところを見るに、由の発言は本当であるらしい。

 賽の河原では、そんなわけで、機械的な無表情か、そうでなければ腫れ物を触るような態度で接してくる獄卒が多かったという。


「ところが宗おにいさんは、最初からして違った。賽の河原担当に着任するや、笑顔で僕たちの積み上げた石を見てさ、『ははは、見苦しいねえ』って華麗に一突き。ぱーん! と音を立てて一斉に石塔が崩れていった光景、今でも忘れられないなぁ」

「どこまでも鬼畜の所業じゃない!」


 ぎょっとしてみのりは叫んだが、由は「うん、でもね」と頬を掻いた。


「僕たちが石を積みあげるのは、それで立派な塔を建てて、徳を積むためなんだ。だから、きれいな塔を整えないと、その行為に意味はない。逆に言えば、きれいな塔を作れれば、僕たちは徳を積んで、早くこの地獄から脱出できる、っていうことになる」


 それすらも、宗以外の獄卒は教えてくれなかったけど。

 由は微笑んで続けた。


「宗おにいさんは、必ず石塔を壊したよ。でもいつも、朗らかに潔く壊した。それで、次に作る塔の最初の石は、必ずおにいさんがくれるんだ。平たくて、積みやすい、きれいな石。それで僕たちはだんだん、要領っていうものを掴んでくる」


 優しい言葉は掛けない。同情もしない。

 けれど絶対に、見放さない。

 見守られている、ということは、肌でわかった。


「口では『愚かだねえ』とか『馬鹿だねえ』とか言うし……たぶん、実際、心底僕たち人間のことを馬鹿にしてるんだとも思うよ。でも、不思議と見放しはしないんだ。心折れちゃう子もいたけど、結局、かなりの子が、見事に石塔を仕上げて、自力で天に昇っていった。だから、僕は宗おにいさんのこと、優しい人なんじゃないかなあって、そう思ってる。それに……無理強いは、しないしね」


 最後、彼がなにを思ってそう付け加えたのかはわからない。

 が、由の言葉からは、宗への確かな信頼が感じられたし――また、そこで描かれる宗の性格も、あながち嘘ではないように思われた。


 「結果的に」過ごしやすいおんぼろ地獄への配置や、押し付けられた酒の数々、結局のところみのりに何も強要していない事実。

 あの鬼は、なかなか真意を見せようとしないが、その行動にはどこか、誠実さの片鱗を感じる。


 同時に――こちらの秘密を容赦なく暴き立ててきそうな、不穏な正義感も。


 あの美貌の鬼は、みのりが思っていたよりも公平な男で、だからこそ、こちらがなにかを隠し立てしようとするのを許さない。

 そんな気がした。


「……だとしても、今はまだ時期尚早よ。もっと捻くれてない、中ボスくらいの相手はいないのかしら」


 そういえば、麻婆茄子の日に凄まれて以降、宗は姿を現していない。

 別に日参していたわけではないが、これだけ日が開くのは初めてだ。


 単にみのりに飽きただけかもしれないが、その真意は知れない。

 じわりと滲んだ不安を押し殺し、あえて軽い口調で問うと、由は困ったように肩を竦めた。


「捻くれてない、でもある程度権力のある相手か……――あ」


 そこで、はたと目を見開く。由はぱっと笑顔になると、すぐ隣の麗雪に話しかけた。


「倶生神! 倶生神とかどうかな」

「おお、その手があったか。繁付きの倶生神だったら言うことなしだが、まあ、それ以外であっても、倶生神内の評判を良くしておくのは好手よな」


 麗雪は感心したように請け負う。

 倶生神? と首を傾げると、人間が生きている間の行いを記録する双子神のことだと答えるので、みのりは顔を輝かせた。


「それだ! 懐柔して、繁さんの記録をまるっと改ざんしてもらえばいいんだわ!」

「朗らかに犯罪に走らないでくれる!?」


 当事者であるはずの繁はぎょっと肩を揺らすが、みのりは気にしない。

 すぐさま倶生神に接触を、と肩を回しはじめたが、その横で麗雪が表情を曇らせた。


「とはいえ、やつらも冥府に連なる神々だ。担当した死者の行く末を見に、時折地獄まで足を伸ばす奴らもいるが、基本的にこの辺りではあまり見かけぬ。どうやったら――」


 接触できるか、と彼女が続ける前に、豪炎がふと視線を上げた。


「む」


 なぜかやおら立ち上がり、第十六小地獄上空の、濁った赤闇を見つめる。

 それから彼は、佩いていた剣を掴み取ると、無造作に空に向かって投擲した。


 剣は宙の途中で、まるで何かにめり込んだかのように、切っ先が見えなくなる。


 ごく一瞬の、沈黙。


「き……きゃあああああああ!」

「う……うわあああああああ!」


 一拍置いて、幼い悲鳴と、どしんと何かが落ちるような音が響き渡った。

 どちらも、美しく音が重なった二重奏だ。


 何ごとかとみのりたちが駆けつけてみれば、そこには破けた衣を握りしめながら、尻をさする子どもたちがいた。


「こ、この、無礼者……っ! 倶生神の翔透衣(しょうとうい)を裂くだなんて……っ」

「る、瑠璃ちゃぁん……、だから、変に隠れたりしないで、堂々と見に行こうって言ったのにぃ……。宗さまのお相手を見に行くためだけに、翔透衣を使ったなんてばれたら――」

「玻璃はお黙り! そこの馬頭鬼、名前はなんと言うの!? おまえの悪行、しかと担当に記録させるんだから……!」


 全く同じ顔をした、男女の双子。

 そういえば先日の宴の席でも見かけた気がする彼らの正体は、その会話の内容からも明らかだ。


「倶生神、一丁」


 きゃんきゃん騒ぐ双子神の横で、豪炎がぼそっと呟く。

 それから彼は、くるりとみのりに向き直って、片手を差し出した。


「お望みのものを仕留めたぞ。俺は働いた。だから――飯を作れ」

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