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乙女ゲームのヒロインに転生しました! ~なぜか性別は♂で~

作者: 豊川颯希

 落ち着いて状況を整理しよう。

 俺の名前は、シリル。

 より正確に言うなら、シリル・ラクトラム。

 どうやら俺は、前世で遊んだ乙女ゲームのヒロインポジションに転生してしまったらしい。

 ──なぜか、性別は男で。

 

 

 俺が混入している乙女ゲームの名は、“ミラクル・ドリーム”。その安っぽい名前のとおり、奇跡(ミラクル)を起こして玉の輿(ドリーム)を掴む、ありがちなシナリオの乙女ゲームだ。

 主人公のシリルは孤児院で育ったが、実は貴族のご落胤であり、15の時に実父であるラクトラム伯爵家に引き取られる。慣れない貴族の習慣に戸惑いながら彼女は一年後、貴族の子息や一部の平民が集う王立学園に入学する。ゲームは、ここからスタートしていた。俺の半生と、性別を除けば完璧に一致している。

 なんとなく既視感はあったのだ。シリル・ラクトラムって字面何か見覚えあるなあと。物心つく前に見たのを覚えているのかなとさらっと流していたが、とんだ伏線回収だ。

 それにしても、なぜヒロインであるはずの自分が男になっているのか。まさかゲームのシリルは男の娘だった!? ……いやそんな馬鹿な。

 現に、俺は王立学園の男子生徒用の制服を着ているが、ゲームの彼女は女子生徒用の制服をまとっていた。

「どうしたの、シリル」

 何らかのバグか? と一人ぶつぶつ呟いていた俺に声をかけてきたのは、アルト・ディンス。親は王都で名の知れた商人で、シリルが入っていた孤児院にも多額の寄付をしていた。その関係で、孤児院時代に遊んだこともある、いわば幼馴染みだ。乙女ゲームではヒロインを助けるサポートキャラにあたる。その頭の良さから、平民の特待生として王立学園に入学し、侯爵令嬢となったシリルと再会するわけだが、──そう、俺がミラクル・ドリームのことを思い出したのは、こいつと出会って王立学園の校門を目にした時だ。この場面が、ゲームの冒頭部分にあたる。

「わりい、ちょっと目眩がして」

「大丈夫なのか?」

「ああうん、もうへーきへーき」

 目眩どころの騒ぎではないが、そう言い訳して俺は誤魔化した。

 幼馴染みに心配され、何とか俺は持ち直す。そして内心思い直した。

 ゲームのシリルは女性だったからこそ、様々な男に惚れられ波乱万丈の学生生活を送ったのだと。

 そうだ、よく思い出せ俺。

 シリルはその貴族らしくない天然と共感の高さ(そして幸運)から、自ら男たちの繊細な部分に立ち入り、気に入られていた。

 なら話は簡単だ。こちらから積極的に関わらなければ、俺は攻略対象者たちにとって十把一絡げのモブ貴族(しかも庶子)。注目されることはまずない。

「……何だ、回避けっこう楽じゃね?」

「シリル?」

「ああうん、何でもない」

 しかし俺の見通しは、どこまでも甘かった。

 

 

 俺が自分の認識の甘さを思い知らされたのは、入学して一週間後のことだった。

 その日、俺の机の中に見覚えのない便せんが入っていた。

「何だこれ?」

 表裏をひっくり返して隅々まで見ても、差出人の名前はない。こんなもの、ゲームにもなかったよな、と思い返しつつ封を開ける。

「なになに……」

“シリル・ラクトラム様

 あなたに、どうしても伝えたいことがあります。

 放課後、旧校舎の裏手でお待ちしています”

 宛名からして俺宛で間違いない。少し丸みを帯びた、女の子っぽい字体だ。

 ということは。

「ひょっとして、ラブレター? うっひょー、マジで!?」

 一気に舞い上がった俺は、るんるん気分で旧校舎裏手に向かった。

 そんな俺を待ち受けていたのは。

「シリル・ラクトラム、ですわね?」

「……はい」

 太陽にきらめく黄金の髪。気の強そうな、けれど美しい紫紺の瞳。制服ごしでも分かる、女性として理想的なプロポーション。

 女の子は女の子でも、ミラクル・ドリームの悪役、エリザベス・ルフェリア公爵令嬢だった。

 ミラクル・ドリームの攻略対象の一人である俺様王太子の婚約者であり、王太子ルートでは王太子に近付くヒロインをあの手この手で排除しようと画策する冷血無比な女性だ。ちなみに別のルートでもその攻略対象の婚約者から依頼を受けて彼女がヒロインと攻略対象の仲を邪魔する。そんな職業:悪役ともいえる彼女がどうして俺を呼んだのか。

 うっきうきな気分は彼女の姿を認めた瞬間に消え失せた。正直逃げ出したいが、後が怖い。一貴族(しかも庶子)の俺が公爵令嬢である彼女の呼び出しをけったとなれば、社会的に死んだも同然だ。しかしなぜだ。本当のヒロインならまだしも、俺はまだ何もしていない。

 狼に囲まれた子兎よろしく若干プルプル震えながら待っていると、彼女は口を開いた。

「あなた」

「はい」

「焼きそばパンってご存知?」

「はい! ちょっ早で買ってきます!」

 そのまま走り出そうとした俺の腕をとり、エリザベスは大きくため息をついた。

「落ち着きなさい。この世界に焼きそばパンはありません」

「あっ……そうでした」

「けれど、あなたの反応で分かりましたわ」

 エリザベスはにっこりと笑った。美女の笑みだが、美女は美女でも白雪姫の継母的な笑みだと思った。

「あなたも、転生者ですのね」


  

 

 小一時間後、俺たちはすっかり打ち解けていた。

「いやあ、まさかエリザベス様も転生者だったとは!」

「わたくしも気付いた時は驚きました。でもまあ」

 エリザベスはちらりと俺を見た。

「ヒロインが男であることに比べれば、些細な問題ですわ」

「ですよねー。俺も何で? って思いましたもん」

「一応確認しておきますが、男装しているわけではありませんよね?」

「もちろんです」

 エリザベスも転生者で、同じくミラクル・ドリームを知っていた。学園に主人公=俺が入学したのを知り、公爵家の密偵を使い俺の動向を探らせていたらしい。何それ怖い。その過程で俺が男であることを知り、興味を持って俺に接触したというわけだ。

「時にシリル」

「はい?」

「あなた、そろそろイベントが始まるのは分かっていらっしゃいますか?」

「え、ああ、はい」

 確か、いちばん最初のイベントは中庭の目立たないところで俺様王太子が子猫になつかれ、おろおろしていたところにヒロインが通りかかり、一緒に猫の面倒をみるというものだ。もちろん俺は回避する予定だ。

 そうエリザベスに伝えると、彼女はふむと唸った。

「王太子でないとすると……誰を攻略するつもりですの?」

「え、誰も攻略する気はありませんけど」

「え?」

「えっ?」

 俺たちはしばらく見つめ合った。何だろう、すごく嫌な予感がする。

「シリルあなた、まさか誰も攻略しなかった場合のENDがどうなるか、知らないのですか?」

「そんなENDがあるんですか?」

 前世の俺は、5人いる攻略者を一通り攻略し終えたあとは別のゲームに興味が移った。元々、あまりひとつのゲームをやりこむタイプではなかったし、所謂エンジョイ勢というやつだ。

 首を捻る俺に、エリザベスははあっと大きく嘆息した。頭痛でもするかのように、頭に手をあてている。

「そう、あなた、知らないのですね。……誰も攻略しない、すなわち誰の好感度も一定以上にならない場合、この国は滅亡します」

「え、えっ、えええええ!?」

 驚愕の事実に、俺はぽかんと大口を開けてエリザベスを凝視した。エリザベスは宥めるように俺の肩を叩く。

「落ち着きなさい。誰かと相思相愛にならずとも、最悪友情ENDさえ迎えれば、滅亡しません」

「いや、そもそも何で滅亡するんですか!? たかが乙女ゲームで!」

「逆ですわシリル。乙女の恋を燃え上がらせるなら滅亡くらいはスパイスのひとつに過ぎませんわ」

 そんなスナック感覚で国が滅びるとか勘弁してほしい。

 俺は頭を抱えつつ、エリザベスに聞いた。

「つまり、俺が攻略対象者の最低一人と友情ENDを迎えれば滅亡しないんですよね?」

 よくできました、と花丸をあげる教師のような笑顔をエリザベスは浮かべる。

「理解が早くて結構。いっそ友情以上のものを築いてもよろしくてよ?」

「……いや、俺はできたらかわいい女の子と付き合いたいので」

「あら、そうですの……」

 心なしか残念そうなエリザベスを半眼で見ながら、俺ははたと気づく。

 エリザベスの末路──もとい、END後の彼女についてだ。

 職業:悪役な彼女は、最後に自分の悪行を全て暴露され、衆人環境の中で糾弾される。そればかりか、実家の公爵家が行っていた不正や収賄まで白日の下明らかになり、公爵家は没落、彼女自身は修道院へ送られるという事実上の追放だ。

 俺が何とも言えない顔をしていたのだろう、彼女はえっへんとばかりに胸を張った。

「わたくしについては心配ご無用ですわ。わたくしはあなたをいじめたりしませんし、いじめようとする動きがあれば事前に察知して防ぎます。実家についても、既に改革を終えて品行方正につとめ、探られても痛くも痒くもないようにしておりますの」

 ですから、とエリザベスはがしっと俺の肩を掴んだ。そのままがくがくと俺を揺さぶる。

「ここで国が滅亡しますと、わたくしの今までの血の滲むような苦労が全てパーですので、あなたには何としてでも滅亡回避をお願いいたしますわ! 協力は惜しみませんから!」

「わ、分かりました、……善処します」

 ヒロインポジになっている俺も大概だが、悪役令嬢は悪役令嬢でとんでもない烈女が入っているようだ。

 ともあれ、グッバイ俺の平穏な学園生活。

 この日から、俺の波乱の学園生活が幕を開けることとなった。

 

 

 それから数年後。

「よくやった、俺……」

 俺は今、王立学園の卒業パーティーに出席している。目元を手で覆いつつ、俺はむせび泣いていた。

 振り返ると、イケメンの精神的介護に忙殺された3年間だった。何が誰か一人と友情ENDを迎えればいいだ、結局俺は攻略対象者5人全員と友情ENDを迎えるはめになっていた。何しろ、5人とも国の重鎮の息子、誰か一人でも好感度が足りないと、すぐ国の体制が揺らぐのである(この辺りはエリザベスの密偵から情報を得ていた。この国の屋台骨わりと脆くないか……?)。それに、わずかでも関わってしまうとそれなりに情はわく。あいつら面倒くさい所はあるけど、悪い奴ではないんだよな。

 まあでも、何はともあれ滅亡ENDは回避した。がんばったな俺。ちなみに彼女はできなかった。作ってる暇が無かったんだよ(そうに違いないとかたく信じている)!

 その代わり。

「シリル、こんな所にいたのか」

 俺を呼びに来たのは、俺様王太子だ。隣にはエリザベスや他の攻略対象者の姿もある。

「何でしょうか、殿下?」

「なに、お前に世話になった話を父上と母上にしたら、お前に会ってお礼がしたいと言われてな」

「殿下のご両親といえば、両陛下じゃないですか! 無理です、荷が重い!」

 おそれ多いと脱兎のごとく逃げ出そうとした俺を、騎士団長の息子(攻略対象者2)と王太子の側近候補(攻略対象者3)が挟んで阻む。

「身分がはるかに上の俺たちに、積極的に絡んできた奴が今更何を言っている」

「いえ、それはよんどころない事情がありまして」

「はは、何だその事情って。お前の話はいつも面白いな」

 ははっと軽く笑い飛ばす王太子の腕をちゃっかりとっているエリザベスに視線でヘルプを送ったが、扇の向こうでアルカイックスマイルを浮かべられただけだった。畜生、いつか絶対王太子の前で本性ばらしてやるからな!

 

 

 乙女ゲームのヒロインポジションになぜか男として転生して十数年。

 俺は、無事に攻略対象者たちのマブダチ(兼いじられ役)となっていた。

 

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