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アマゾネス


 アルメティをドリュアドの森に預けたあと、ライムジーア一行がタブロタルへの道を進む旅程は、しばらくのあいだ何事も起きない平和な時間だった。。

 変化があったのは七日目の昼過ぎだ。

 馬車の窓から首を出して外の風景を眺めていると、前方から駆けてくる小隊が見えた。

 ライムジーア一行の周囲に散っている偵察隊のひとつだ。

 様子が少し変だった。

 慌ただしく合流してきて、ザフィーリに何事か報告している。

 報告を聞き終え、こちらに馬首を巡らせたザフィーリに特段、慌てた様子はない。それでも、なにかあったのだというのは聞かずともわかる。

 「なにかあった?」ライムジーアは声を発するまでもなく、視線ひとつでそう問うた。

 「この先で少女が、数人の男に襲われているとのことです!」

それに対して、ザフィーリは、そう報告してきた。

 「っ!? ザフィーリ、先行して!」

 ほとんど反射的に叫ぶ。しかし、意味はなかった。

 報告を終えたザフィーリはすでに馬首をめぐらして、馬の腹を蹴っていたから。

 「・・・いや、判断は完璧なんだけど。僕の指示なしで突入ってどうなの?」

 半ば以上笑いながら、ライムジーアは頭を掻いた。

 ザフィーリとその部下数名が遠ざかっていくのを、ライムジーアを乗せた馬車が少しだけ速度を上げて追いかけた。

 

 ザフィーリが駆けて行った先、問題の襲われている少女は必死に走っている。

 少女の名はリューリ。

 黒髪に褐色の肌、紅い目。

 彼女はさすがにまずいと思い始めていた。

 既に本隊からはかなり離れてしまっている。

 なんとか追っ手を撒いて合流したいところなのだが・・・チラッと後ろを向いて小さく頭を振った――無理そう。

 思考の結果ではなく、肌で感じる勘がそう告げていた。

 追いかけてきているのは全部で六人。しかもご丁寧に扇状に広がって半包囲を崩さずについてきている。

 「ん―、これは死んだかなぁ」

 あははっと、乾いた声が漏れた。

 生まれた時から戦闘で死ぬのが本望という生い立ちだ。死ぬことには全く恐怖を感じていなかった。気に食わないのは、いま自分を追いかけてきている連中の狙いが、『命』ではなく『身体』らしいことだった。

 この『身体』はより優秀な子供を産むためのものだ。

 あんなカス連中の子種を流し込まれるなんて御免だった。たとえ、流し込まれたところで結実する前に命を奪われることになるだろうとしても、だ。

 「姉様たちならともかく、あたしなんかの身体にあんなに目血走らせるって、どんな変態なんだかっ!」

 ちょっと腹立たしくなって罵声を吐く。

 まだまだ成長途上の胸は団長の三分の一もない。その妹よりは幾分か成長していると思っているが、身長は低いし、腰のくびれと臀部の差もあまりないなだらかな体。雌と呼ぶには未熟な自覚がある。

 ・・・もちろん、未熟な雌が好きな男もいることは知識として知ってはいたが、実際に自分が狙われているとなるとキモさ数千倍である。

 「絶対千切ってやる!」

 強がってみるが、それで現実が変わるわけではない。

 「せめて武器があればなぁ・・・」

 全速力で走りながら、今更ながら愚痴が出る。

 彼女は傭兵だ。

 所属しているサンブルート旅団はラインベリオ帝国に雇用されており、地方の治安維持を任されている。正規軍を動かすようなことではないが、各地の州軍では手に余るような事態に派遣される機動部隊という位置づけだ。

 帝国としては、地方領主が高い戦力を有するのを許したくない。ゆえに兵力の増大は認めない。だが、同時に各地の治安維持のため常に帝国の正規軍を投入するというのは国としての権威を損ねる。なにより、コストがバカにならない。

 そこで登場するのが、正規軍ではなく、特定の領主子飼いでもない。そんな中規模の軍団だった。そのほとんどは国外からのものだ。特定の地域や人との間にしがらみがない分使いやすいのである。

 彼女たちサンブルート旅団もそうだった。

 海の向こう、遥か西方を出身とする異種族。アマゾネスで構成されている

 最近帝国に来たばかりの新興軍団だ。

 アマゾネスは褐色の肌と赤茶けた髪、総じて美女の多い種族で雄がいないことで知られる。アマゾネスには女しかいないのだ。生殖をするときには他の亜人や人間の男を誘って、または無理矢理押し倒して子種を得る。

 そうやって生まれてくる子供も必ず女なのだ。

 今回、サンブルート旅団に与えられた任務はヌメロ城近郊に棲みついた盗賊の討伐だった。事前に得た情報では盗賊の数は30前後、山小屋を根城に近辺を荒らし回っているということだった。

 これに対して、サンブルート旅団の団長ファルレ・サンブルートは部下の半分、百名ほど引き連れて現地に向かっていた。

 数は3倍、楽勝のつもりだった。

 それがまさか、数が100を超えていて、しかも待ち伏せての奇襲を仕掛てこようとは。

 油断があったわけではない。警戒はもちろんしていた。ただ、襲撃の規模と勢いが想定をはるかに超えていたのだ。

 警戒は、死角をついての暗殺、闇夜に隠れての夜襲と火計、遠距離からのいわば嫌がらせに対応するためのもので、朝の早い時間からの殲滅を企図した攻撃は予想外過ぎた。

 初撃で指揮系統を寸断され、個々に防御、あるいは反撃に移る。

 集団対個。圧倒的不利な形勢。それを個人個人の戦闘力でかろうじて支えるサンブルート旅団の戦闘員たち。だが、戦力というより使い走りとして従軍していたリューリに、それを可能にするだけの力などない。

 仲間たちが必死に応戦する中を逃げ惑うしかなかった。

 そうして、気が付くと仲間からはぐれ、ただ一人敵に追われる身となっていた。

 身に寸鉄も帯びずに。

 「・・・ん?」

 自分の上を、影が通り過ぎた。

 鳥にしては大きい。

 自分の目が捉えたそれに、疑問を持つ。同時に、背後から悲鳴が聞こえた。

 「・・・」

 振り返って呆然とした。

 追いかけていた者たちの一人に、投げ槍が突き刺さっている。心臓を一突き。その正確さに思わず見とれた。

 思わず立ち止まり、弾む呼吸の合間に呟く。

 「すご・・・」

 その横を、今度は馬が通り過ぎた。

 肩口で切りそろえた髪が風に舞う。

 戦闘種族であるアマゾネスの目が、騎乗しているのが女騎士であることを確認した。

 やがて、その女騎士が追っ手と戦い始める。そこへ、さらに一本、投げ槍が飛んできて、またしても心臓を貫いた。

 信じがたい状況に、リューリは振り返りリザードマンを認めて目を丸くした。

 しばし、その光景を見つめ続ける。

 ライムジーアたちが現場に到着した時、戦闘はすでに終わっていた。

 襲われていたリューリが呆然と立ち、その視線の先では六人の男が倒れている。

 二名は既に事切れているようだし、三名は虫の息、ザフィーリに取り押さえられた男だけがガタガタと震えながら必死に何かを叫んでいた。

 その腹からは臓物がはみ出ているので、騒いでいるのが聞こえなくなった時が死亡時刻ということになりそうだ。

 「制圧は完了しております」

 他の五人がもう戦えない状態―――遠からず死体となるのを確認したザフィーリが、ライムジーアのもとに駆け寄って報告した。

 喚いていた男は、今や断続的にうめき声と血を吐きながら地面をのたくっている。

 「申し訳ありません。生かしたまま捕えるには腕が足りませんでした」

 馬を降りて跪く。

 事情確認もないまま、相手を斬り伏せてしまったことを詫びた。

 事情、たとえば追いかけていた男たちが街の自警団か何かで、追われていた少女が殺人犯、という可能性がないわけではない。そういう状況だとすれば、善悪が逆。ライムジーアの立場がひどく悪いものになる。 それを懸念したのだ。

 「問題ないよ。どう見ても、悪人面だし」

 倒れている男たちを一瞥して、ライムジーアは肩を竦めた。

 面、とは言ったが本当は顔なんて見ていなかった。死体を見ることになんて慣れていない。

 『どっちを助ける?』『女ぁ!!』・・・有名なセリフが頭をよぎった。

 「えっと、もし落ち着いたなら、事情を教えてもらえるかな?」

 軽く頭を振って妄想と現実を切り替えると、ライムジーアは立ち尽くしている少女へと向き直った。

 「・・・・え? ぁ・・・うん」

 呆然としていたリューリが、はっとしたように顔を振り向かせて頷いた。


 その少し後。

 リューリが助けられたところからさらに西へ向かった先で、行軍する一団があった。

 その一団は、どんよりとした空気をまとわせて歩を進めていた。時折、思い出されるように怒気が漂うが、長くは持たずに消えて行ってしまう。

 敗残兵。

 そう呼ぶしかない印象だ。

 ただ救いだったのは、彼らの引きずる荷物の中に死体がなかったことだろう。

 その場で処理をした、というわけでもない。

 皆一様に手傷を負ってはいたが、死者を出すまではいかずに済んだのだ。それは相手も同様で、戦闘がひと段落した後で確認してみても死体はなく。仲間からも致命傷を負わせたという報告はなかった。

 集団対集団であれば、結果は違っただろうが。

 結果としては個人対個人の戦いになっていたし、襲ってきた側よりも襲われた側の方が強かった。攻め手が逃げたことで終わった戦いだから犠牲が出なかったのだ。

 痛み分け、といったところか。

 ただ、気がかりなのは一人行方不明者がいること。

 うわぁ・・・めちゃくちゃ機嫌悪いよ。

 団長ファルレの横を歩きながら、妹のフファルはその事実に汗を流した。

 ちらちらと目を向けるとファルレは静謐なほどの透明な表情を湛えていた。

 妹の・・・いや、ファルレと付き合いの長い者たちの目は、それが煮えたぎる激情を覆い隠す氷の仮面であることを見抜いていた。

 ちょっとした刺激で爆発するだろう。

 そうなったら―――手が付けられない。

 怒りで我を忘れた時のファルレの恐ろしさは、サンブルート旅団の面々すべての知るところだ。なので、今や団長の周囲三メートル以内に身を置くのは妹フファル一人だけだ。

 「まいっちゃうよねー。数も装備も聞いてたのと全然違うじゃん」

 姉とは比喩ではなく本気で殺し合ったこともある。いまさら怖がる理由などない。フファルは頭の後ろで手を組んで、呑気そうな声を上げた。

 ギロリ、氷の仮面の隙間から怒気を溢れさせたファルレの、殺気を含んだ視線が向けられる。

 フファルに、ではない。

 「ふ、副団長の見積もりが甘かったのは認めるほかありません」

 半径3メートルの境界ぎりぎりを、馬の手綱を引きながら歩く鎧姿の男が、慌てて弁明を始める。

 『ラインベリオ帝国軍北東部方面隊アトヒラテン州駐留騎士団』から派遣されている騎士の一人だった。 実働部隊としてサンブルート旅団をこの地に向かわせているが、領主からの援軍要請を受けたのは帝国軍である。厳密に言えば、その中でも帝国領の北東部を管轄とする軍団のアトヒラテンに駐留する騎士団だ。

 アトヒラテン州東部方面駐留騎士団の総数は五千。

 五千でライムジーアたちの元世界日本における県一つ分の領地を管轄している。しかも、そのうちの二千は事務をつかさどる裏方と設備管理などをする作業員。

 実戦部隊は三千ほど。

 三千ではとてもではないが手が足りない。

 そのための傭兵部隊だ。

 現地駐留騎士団が各町からの要請を受け付け、帝国軍へ報告、帝国軍からの派遣許可を得て、いくつかある傭兵部隊の一つに命令を出す。

 そのため、現地に派遣される傭兵部隊の規模を決めるのは駐留騎士団だ。騎士団の斥候が敵勢力の情報を収集し、それを踏まえて騎士団の事務方が派遣する傭兵部隊を選出、数を指定して命令を下す。

 アトヒラテン州東方駐留騎士団では、この裏方を統べるのが副団長であった。部下の報告から敵の規模と装備を特定し、それに対処するのに適当と思われる部隊・数を決める。

 今回で言えば、敵となるのが単なる盗賊であることから実績のないサンブルート旅団のいわば腕試しをしようとして、これを選出。多すぎるくらいだといいつつ百名と数を指定して、盗賊討伐の命がファルレに出されていた。

 騎士団からも監督官と、その部下30人が同行している。

 監督官ははるか後方をとぼとぼと馬を歩かせていて、ファルレに応えたのは部下30を束ねる騎士だ。30代中盤、これといって特徴のない男である。先の奮戦のせいか、鎧姿だというのに兜をなくしていて薄汚れた 金髪が跳ねまくっていた。

 敵数は30前後。武器は手斧や片剣。そう聞いていた。それが間違いであることは明らかだ。騎士としても 「聞いていたのと違う!」と罵声を上げたいくらいだった。

 「・・・ねぇ、ちょっと聞いていい?」

 「は、はいっ、なんでしょう?」

 自分を睨み付けてくるファルレから目を逸らすこともできず汗を流していた騎士は、横から声を掛けてきたフファルに、救われた顔で体ごと振り向いた。

 「あんたたちは、あれを山小屋って呼ぶの?」

 盗賊たちが根城にしているという山小屋に向かって歩いていたのだが、どうやら着いたらしい。

 騎士が目を転じ・・・。

 「ざけんなっ!!」

 今度こそ、罵声を放った。

 行く手にある小さな里山、その頂上付近をフファルは指差していて、そこには山小屋ならぬ、紛れもない砦がそびえていた。

 彼にとって救いだったのは、この罵声でかえってアマゾネスたちの心証が向上した点だっただろう。彼女たちは美辞麗句で取り繕う者よりも、本音をぶちまけてみせるような者の方に好感を持つ種族であった。

 騎士を見る彼女たちの目が、ほんの少しだけ柔らかくなる。

 だが、目の前の現実は変わらない。

 予想より数も多く装備も充実している盗賊を、あの砦から叩き出して打ち倒さなくてはならない。

 そこから、砦に到着するのに彼女たちはさらに三時間をかけた。

 進むうちにその全容が見えてきた。山頂にそびえる石造りの建築物だ。

 いつから建っていたものなのか苔生し、蔦が這って、石が欠けたり摩り減っているが、大きな損傷は認められない。頑丈に作られた砦は長い風雨に耐え屹立している。

 砦の前にはやや広めの空き地があった。石を敷き詰めてあったのだろう、背の低い雑草が生えてはいるが樹木の浸食を免れている。

 城壁の上には盗賊たちが並んで顔を見せている。

 ファルレの眉が顰められた。

 予想してはいたが、あきらかに数が多い。

 見えているだけで50。中に潜む者も入れればおそらく200にも届くと思える。

 砦も頑丈そうだ。

 山小屋と聞いていた彼女たちは、城攻めの用意などしていない。兵力でも向こうが上となると不利は確実だった。

 だが、ファルレは決然と胸を張ると、門の前まで進み出た。

 「ラインベリオ王国軍北西部方面隊アトヒラテン州東方駐留騎士団の要請を受け、お前たちの討伐に来たサンブルート旅団のファルレ・サンブルートよ!」

 城壁から見下ろす盗賊たちに向かって、堂々と名乗りを上げる。

 「降伏を勧告します! 抵抗は何物にも益をもたらさないでしょう!」

 だが盗賊たちはそれに感銘を受けたりはしなかった。容赦なく罵声を浴びせてくる。

 「誰が降伏なんぞするかよ!」

 「どうせ死刑だろうが!」

 たしかに、わざわざ生かしておく理由はない。下手に生かして捕らえて、どこかに収容ということにでもなれば食費や監視の人出などで余計なコストがかかる。殺してしまう方が楽なのだ。

 「姉ちゃんの身体と引き換えなら考えてやってもいいぜ」

 「そこで服を脱いで踊れ!」

 以下、聞くに堪えない下卑た雑言が飛ぶ。ファルレは表情一つ変えずに平然としていた。アマゾネスという種族の特性上、下系のからかいや嘲弄には慣れている。

 「だいたい、そんな少数で何ができんだよっ!」

 一人の盗賊が指を指してせせら笑った。

 「お仲間に逃げられたようじゃねぇか?」

 ファルレの後ろについてきているのは30にも満たないアマゾネスの一団だけだった。

数の優位は明らか、目の前にいるのは高い戦闘力を誇るアマゾネスといえども若い女。盗賊たちの目に現状がどう映ったか。

 その答えが、すぐに出た。

 目の前の門が開き、80人ほどの盗賊が舌なめずりしながらにじり寄ってくる。

 その手には、獣を捕らえるような網があった。

 「・・・退くわよ!」

 悔しそうに顔を歪めて、ファルレは仲間たちに退却を命じた。

 全員が急いで逃げ始める。

 盗賊たちは当然追いかけた。

 昼の奇襲で怪我を負い、戦意を失っているせいだろう。アマゾネスたちの脚は重く、追いつくのは容易そうだった。

 容易『そう』だったのだ。

 変化は突然だった。

 山を半ばまで下りたところで、山道の両側から新手のアマゾネスが飛び出す。

 逃げていた者たちも一斉に振り返って武器を構えた。

 80人からの盗賊たちは包囲されようとしていた。

 「チッ、待ち伏せかよ!」

 罠にはめられたと気付き、盗賊たちが砦への退路を開こうと武器を振り上げた。予想できた罠だ。めんどくさいとは思っていても、そこに驚きはない。が、盗賊たちの予想は的外れだった。個々の戦闘力ではアマゾネスたちの方が強かったのだ。

 三対一の比率でも。

 予想をはるかに超えて。

 盗賊たちは次々に打ち倒されていく。

 このままでは戦力の半数が失われる。危機感を持ったのだろう、砦からさらに50ほどが飛び出した。

いかに戦闘力が高くても、数の猛威に対抗し続けるのは難しい。それも相手が逃げようとしていればなおさらだ。

 盗賊たちはついに包囲を突き崩し、砦へと逃亡していく。

 しかし・・・。

 「な!?」

 砦へと先頭切って飛び込んだ盗賊の首が飛んだ。

 なにが起きたかわからなかったのだろう、地面に転がった彼の首は驚愕に目を見開いている。

 「おかえりー!」

 楽しげな少女の声が、盗賊を出迎えた。

 両刃の大剣を頭上でくるくると回しながら、フファルが満面の笑みを浮かべている。

 「へ?・・・・」

 自分たちの置かれた状況が把握しきれず、思考を停止させた盗賊どもが、砦の中からと外からの挟撃で全滅するのに、さほどの時間は要しなかった。


 「うっわ、見事にはまったね!」

 目の上にひさしを作り、離れた戦場を眺めていたリューリがびょんっと跳ねた。

 ファルレたちサンブルート旅団本隊が砦を発見した直後に、彼女は合流を果たしていた。

 保護した形のライムジーアたちとともに。

 今は制圧が完了した砦の中にいる。

 半ば崩れていて、一部の壁がなくなって外が見えたりはするが。

 そこそこ広い部屋だ。

 ザフィーリの部下300ちょっとと、サンブルート旅団100人。400人丸々とはいかないが半分くらいなら余裕をもって座れる。

 そういう意味で言えば、今は異様に広く見える。

 周囲の警戒をおろそかにするわけにはいかないし、どちらの陣営も相手に依存するわけにもいかない。現在のところ二つの軍がそれぞれに警戒している。つまり、非効率ながら全軍の半数は見張りと周辺の警戒に出ているわけで、二百を少し下回る現在ではちょうどいい広さだ。

 「ここまでうまくいくとは思わなかったわ」

 後処理を部下に任せたファルレが歩いてきながら話に加わった。心持ち、呆然としているようにも見える。

 その後ろには、紙のように白くなった顔で監督官がくっついていた。

 彼だけ城勤めの官服を着ているから一目でわかる。

 もはや誰一人、一顧だにしない。

 存在していないかのように無視された。

 彼が悪いわけではないのだが。

 ちょっとだけ、同情してしまった。

 「監督官、君に罪はない。監督官の務めは、命令を受けた傭兵が副団長の立てた計画通りに動くことを確認すること。それだけなんだから」

 なので、そう声をかけておいた。

 倍以上の敵に、何の準備もなく攻撃をさせたのは討伐計画を立てたラインベリオ帝国軍北西部方面隊アトヒラテン州東部駐留騎士団副団長だ。

 ずいぶんと上から目線の発言。

 彼は怪訝そうな顔で僕を見つめ、「私の不徳で迷惑をかけた」と一礼するとアトヒラテン州東部駐留騎士団の30人と一塊になって、部屋の隅の方へ移動していった。

 その間にファルレは僕の目の前まで近づいてきていた。指呼の間。いや、目と鼻の先に。

 「やるじゃない」

 口元に笑みを浮かべ、ファルレはライムジーアの肩を掴んだ。顔をぐっと寄せてくる。

 目が怖い・・・。

 「み、皆さんがお強いからですよ」

 戦意を失いかけていた彼女たちに、ライムジーアは協力を申し出た。

 敵の戦力を分断するため彼女たちを囮にして盗賊が砦を出るよう仕向け、取り囲んで主力と分断、その様子を見せつけて砦から援軍を引き寄せる。そうして戦力を減らした砦を少数の兵で制圧する、という献策をしたのもだ。

 「・・・よくいうわ」

 目にさらに力を込めたファルレがライムジーアを睨むように凝視した。

 強いのはあんたでしょう! その眼はそう声高に叫ぶようだった。

 たしかに、前線で盗賊たちと戦い、抑えたのはファルレ率いるアマゾネスたちだ。だが、砦を落したのは間違いなくライムジーアの指示を受けた手勢で、その効果たるや絶大なものがあった。

 まさか、城壁を上るとは。

 リザードマンのシャルディが道具も使わずに砦裏面の壁を上り、ロープを降す。ザフィーリの部下たちが、そのロープを苦も無く登る。

 見張りなんて置いていなかった盗賊は、背中を斬りつけられるまで敵の侵入に気付けなかった。砦の中を秒殺で掃除してしまえば、あとは挟み撃ちにするだけ。

 実に簡単な仕事だった。

 アマゾネスはより優秀な子孫を作るため、自分より強いものに執着する性質がある。それは通常、剣を取っての武力に偏るものだが、一団を率いるファルレは策を考える頭や他者を従えるカリスマ性にも注意が向く。

 人材を集めて意思通りに動かすカリスマ、集めた人材を自在に操って作戦を立てる頭脳。彼女の中で、ライムジーアは『よさげな雄』リストに書き込むに十分な男として映っていた。

 「リザードマンを従わせる。それって、大金を積むか、剣で屈服させるか、家族を人質にでも取っているか・・・。どれにしても、なかなかできることじゃないわよね?」

 リザードマンは、シャルディが今回活躍したことからもわかるように高い戦闘力を誇っている。

 プライドも高い。

 人間の指示に従うのは、金で雇われて仕事としてである場合か、個人の戦闘力で打ち負かし実力が上だと認めさせたか、なにか弱みを握った上で脅しているかしかない。

 それが、常識だ。

 ち、近い!

 息がかかるほどの至近距離からにらまれて、ライムジーアは背中をダラダラと汗が流れ落ちるのを感じていた。

 「えっと。別に従わせてはいないんですけど・・・」

 「はぁ!?」

 さらに顔が近付いた。顎を突き出して、下から見上げるような。不良漫画などで、ガンをつけるときの感じだ。

 「おいおい、ねぇちゃん。うちの坊主をあんまりいじめてくれるなよな。泣いちまうだろ?」

ファルレの背後に音もなく近づいたシャルディが、彼女の肩を掴んでライムジーアから引き離す。

 「あ、シャルディ。ご苦労だったね」

 「別に壁登るぐれいどうってことはねぇよ。木のほうが高ぇしな」

 「高さの問題かな?」

 「他に何があるってんだ?」

 二人して軽口を飛ばし合う。

 「あ、えっと。さっきの質問の答えだけど。従えているんじゃないよ。仲間なんだ」

 じとっ、と呆れたように見つめてきているファルレにライムジーアはにっこりと微笑んで見せた。

 「仲間・・・ね」

 ライムジーアとシャルディを交互に睨みながら、ファルレは納得いかない表情で呟きを落す。

 「まぁいいわ。私たちは忙しいの。任務は果たしたけど報酬の受け取りと・・・けじめをつけに急いでタブロタルに行かないといけないからね」

 ざわり、背筋に悪寒が走った。

 濃密な殺意がファルレから・・・いや、サンブルート旅団全体から立ち上っている。

 「あ、そこ。僕たちの目的地でもあります。ついてっていいですか?」

 が、ライムジーアは「のほほん」と笑いかけた。

 「・・・いいけど」

 毒気を抜かれた顔で、ファルレ。

 「あっははははは・・・ファルレの殺気に当てられてその顔でそれ言える!? 見所ありそうじゃん。おもしろそう! よろしくね、ライム」

 「ラ、ライム・・・ですか?」

 僕は果物か!

 「ん? ダメなの? じゃあ・・・ジーヤ!」

 そこはジーアじゃないのか?!

 爺や?

 ていうか、年寄か!

 「ラ、ライムで・・・」

 「うん! よろしくー!」

 いや、それ以前に普通にライムジーアと呼ぶわけにはいかないのだろうか?

 まぁ、いいけど。

 「貴女とは気が合いそうです」

 ガシッ! と、ザフィーリがなぜか力強くフファルの両手を握っているが無視する。

 「ふぉっふぉっふぉっ。いや、若い女性は元気でいいですな。若返りますわい」

7 0くらいのジジイみたいなこと言ってる中年も無視だ。

 「皆さん、お食事はおとりにならないのでしょうか?」

 こんな状況でも食事の心配しかしないメイドも。

 ・・・無視してどうする。

 もう夕方だ。

 どのみち、これ以上なにかをするような時間はない。早めに夕食を取って明日の朝早くに移動するのがいいだろう。

 「そだね。シア、食事の支度にかかってくれるか」

 声に疲れがにじんだ。

 「はい。ライムジーア様」

 完璧な作法で頭を下げ、シアが動き始める。

 砦の中を迷いのない足取りで歩いていく。砦内の炊事場の様子はすでに確認済み・・・なわけはないな。

 そう思っていると、案の定わたわたと戻ってきて、首をひねっている。

 炊事場を探しているのだろう。

 仕方がないので、僕が方向を指差してやる。

 砦の間取りは、さっきザフィーリに報告を受けて知っていた。

 ぱぁっ、と顔を明るくしてシアがそちらへ歩いて行く。

 見送っているとザフィーリが部下たちに何か合図を送った。

 部下たちのうち十数人が、シアのために食糧袋と調理器具の入った荷物を開け始めた。手の振りだけで部下たちに指示を出したらしい。

 火を起こそうと周囲から燃えやすそうな小枝を集める者もいる。

 「よっし。手の空いてる奴はついてこい。そこらのごみを片付けんぞ。あんなものが目に入っちゃ飯がまずくなるからな」

 残った大半の者はシャルディの指示で、盗賊どもの死体を目につかないところに運び始めた。

 「金目のものはこちらで預かっておきますぞ」

 揉み手までしてランドリークが笑みを浮かべた。

 盗賊どもの装備品やズボンのポケットに入った小銭まで、洗いざらい奪い取る気だ。追剥よりタチが悪いかもしれない。

 卑しいというか、みみっちいというか・・・僕の薫陶が行き届き過ぎているようだ。

 「ごはんだ、ごはんだ、うっれっしっいっなっ、ごーはーん!」

 リューリが妙な歌を歌いながら、くるくると動いて、かつては砦の食堂だっただろう空間がわずかながら清潔さを取り戻していく。

 やがてうまそうな匂いが砦内を縦横無尽に漂い、兵士たちに空腹を否応なく意識させた。

 石の床に敷物を敷いて腰を下ろし、食事をとる。盗賊どもが蓄えていた食材でささやかな酒宴を開いた。酒も、一人に一杯ずつつけてやった。

 肉がメインのメニューに、身体が資本の兵たちは目の色を変えて食いついた。

 「おかわり、ありますよー」

 シアが一人で、兵たちの間を給仕して回っている。

 城内でのドジっ子ぶりは消えていた。

 僕の中で、『シア、実は優秀』説が頭をもたげてくる。

 確かめようとは思わないが。というか、確かめるわけにはいかないが。

 「それでそれで? なんでライムはタブロタルに行くの? あそこってホントなんもない軍事基地だよ?」

 いつの間ににじり寄ったものやら、フファルが横にいた。

 ・・・うすいな。

 「あ、いま、口にしたら命がなくなりそうなこと考えたね?」

 ギロリ、と目を剥いて凝視してくる。

 赤みの強い瞳が、さらに赤くなった気が・・・。

 死亡フラグが立ったようだ。

 「あー、とね。厩の掃除を頼まれて、掃除に行くとこさ」

 慌てて胸元から視線を逸らした。

 見ようとして見たわけじゃない。

 「へ? なにそれー?!」

 とりあえず殺気は消してくれたが、目を真ん丸にして叫ばれた。

 途端、周囲の目がこちらに向く。

 ファルレや、管理官たちも。

 んー。

 まぁ当然の反応か。

 あんまり言いたくないんだけど。

 名乗らないわけにもいかないよね。

 「僕の名前はライムジーア。ライムジーア・エン・カイラドル。ラインベリオ帝国皇帝の一子にして帝位継承権18位。・・・皇妃様直々に『お願い』していただき、久しぶりに城の外に出られた、というわけさ」

 「あ―! あれだ!! 『産まれてきちゃった皇子』!」

 おっと出た。

 世間一般における僕の別名。

 「そう、それ」

 耳に親しんだ蔑称を、大きく頷いて肯定した。

 「噂には聞いてたけど・・・ほんとに存在したんだね!」

 僕は珍獣か、UMAか、都市伝説か!?

 皇子として街中に出たことなんかないから、仕方ないとはいえるかもだけど。

 「皇子様なのっ?!」

 リューリが素っ頓狂な声を上げた。

 「まあ、一応」

 それ以外になんか言いようがあるだろうか?

 「・・・厩の掃除ねぇ・・・・・・皇族に生まれるのも大変なのね」

 ファルレが溜息混じりに呟く。

 いや、まったくもってそのとおり。

 すでに追っ手が差し向けられている状況で、いまさらこんな取ってつけたような理由はどうでもいいような気もするが、建前は必要だ。まだ。

 そんなこんなで、その日はさっさと寝た。

 ランドリークとシャルディは遅くまで、盗賊からはぎ取った装備品の手入れをしていたようだったが。


 早朝、まだ日も出ていない時間に腹の虫を刺激するいい匂いで目が覚めた。

 シアはシアで、朝早くに起きて朝食の支度をはじめていたようだ。

 朝食は雑穀と刻み野菜の入った粥だった。比較的仕込みが楽で、栄養バランスも良く、調理も簡単。何より食べやすい。

 大人数の朝食を短時間で作るとなると、このチョイスは当然だ。

 移動時に重さが気にかかる穀物系と、傷みやすそうな野菜を大量に消費するため。というのも、理由だろう。

 ちなみに、盗賊どもが溜め込んでいた生肉は昨夜のうちに使いきっておいたらしい。元々数も少なかったのかもしれない。

 保存の利く乾燥肉や干し魚、根菜類はありがたく頂戴した。

 ザフィーリの部下たちが分散して運んでくれる。

 武器や兵が少ないのは知恵と勇気でどうにでもなるが、糧食がないのはどうにもできない。・・・とは、とある用兵家の言葉だが、まぎれもない真実だ。

 食料の問題はあたら疎かにできない。

 ここからタブロタルには馬車で一日半だが、ファルレらサンブルート旅団の者たちは徒歩なので二日半かかる。

 その二日を、僕は思考と情報収集にあてた。

 ザフィーリの部下たちを、再び小隊ごとに分けて送り出しもした。

 一時期はザフィーリ直属の本隊20人だけになっていた。

 収集すべき情報の最優先事項は、今回の一件に関する前後事情だ。

 討伐計画を立てたラインベリオ帝国軍北東部方面隊アトヒラテン州駐留騎士団副団長とやらが、どうしてファルレに間違った情報を流したのか。

 その謎を突き止めたかった。

 考えるに、答えは大まかに分けて二つ。

 一つが思い込み、あるいは錯誤によって事実認識を誤った。

 つまりは、本人の無能が原因。

 もう一つは少ない兵力で戦わせることで、サンブルート旅団に打撃を与えようとした。

 つまりは、故意。

 無能ならいい。

 ファルレにぶん殴らせて、職務不適格を団長に指摘するだけだ。

 問題となるのは故意。

 意識して行った場合だ。

 理由は何だろうか?

 ファルレやサンブルート旅団の関係者、あるいはアマゾネスという種族そのものに恨みがある・・・ちょっと考えにくい。

 あるいは、傭兵隊そのものを疎んじている?

 国の防御は名誉ある騎士団のもの、傭兵ごときに自分たちの縄張りを侵されたくない、かな? これなら、ちょっとは現実味を帯びてきた気がするが・・・どうも腑に落ちない。

 「シャルディ、おまえも元は傭兵だ。なにか心当たりの一つでもないか?」

 ダメもとの質問だった。

 もう明日はタブロタルに着く、という夕食後のことだ。

 情報収集に出したザフィーリの部下たちも全員戻ってきているが、『これ』といえる情報はなかった。

 「金でしょう」

 それなのに、シャルディはこともなげに断言した。

 「金?」

 「よくいるんですよ。雇っている兵を少し水増しして予算を申請して、予算が下りてくるころに解雇したり殺したりして余剰分を懐に入れるやつが。おそらく・・・っつうかほぼそれでしょう」

 「・・・そんなのが通るのか?」

 現場の兵たちが大人しく従うとは思えないが。

 「長く務めたとか現地登用で地元に縁故のある兵には手を出しゃしねぇですよ。やられるのは身寄りのなさそうな新兵、または・・・新顔の傭兵隊でさぁ。死んだとしても『未熟だった』『運が悪かった』でかたづくんでね」

 説明を要求される心配のない余所者から死なせられると。

 「前線から平和な内地勤務について、それまで見たこともない金を見せられた。そんな叩き上げの兵隊によくいるタイプですなぁ」

 「なるほど・・・」

 腐ってやがる。

 前線にいるわけじゃないから、味方の兵の損失が自分の身の危険に直結することもない。それで仲間同士の結束が緩んでいるわけだ。元々前線で敵を倒してきたし、味方の死にも慣れているから心も痛まないと。

 壊れてやがんな。

 「ただ。今回はちょいと、やりすぎやしたね」

 「ん? どういうことだ?」

 意味が分からず問うと、シャルディは目線だけでどこかの方角を指した。そっと視線を追うと・・・。

 管理官と30人の騎士がいた。

 「身内にまで手をかけちまった。これが基地内で広まれば・・・いささか居心地が悪くなるでしょうなぁ」

 事前の見積もりと実際の状況に甚だしい乖離があったことは疑うべくもない。その点、副団長の無能は揺るがない。故意かどうかは調べればすぐにわかるだろう。

 そうなったら・・・。

 「ひと騒動あると思うかい?」

 「いや、そんなでかい火にはならんでしょうよ。関わる人間が多ければ、自分の懐に入る金が減りやすからね。仲間は多くねぇと思います」

 人を使えば分け前が、秘密を知る者が多ければ口止め料が。それぞれ増える。危ない橋を渡ってまで金を作るうまみが減る。

 確かに。単独犯か多くて数人といったところか。

 「ん? あれ? まてよ、もしかして・・・」

 ふと心づいて、僕はアトヒラテンの管理官と騎士たちのいるところへと向かった。シャルディも天幕から出て、立哨していたザフィーリと入れ替わる。

 僕の護衛にザフィーリがついて、かわりにシャルディが警戒に入った。

 リザードマンは出会う相手に警戒心を呼び起こす。誰かと面会しようという場面では威圧的すぎるのだ。

面会ではなく、脅迫的な取引ならもってこいではある。だが、情理を尽くして忌憚のない話し合いをしたいときにはザフィーリがいい。見た目美少女で警戒させないし、いざ斬った張ったになれば並の騎士五人分は強いのだ。

 だてに何年も流浪してはいない。

 しかも、元お姫様。

 外交や折衝も得意ときている。

 アトヒラテンの者たちはサンブルート旅団とは、僕たちのいる天幕をはさんで反対側の天幕にいる。やはりまだ、わだかまりが残っているようだ。

 「お邪魔するよ」

 天幕の前で、立哨をしている騎士に声をかける。

 僕が近付いてくるのには、もっと前から気付いていただろう。もし、仲間内でしかできない話をしていたとしても、一時中断しているはずだ。天幕の中では、くつろいでいた、と思わせるべく必死に取り繕っているのではないだろうか。

 「お、皇子様。なにか?」

 そっと幕を押し広げて中に入る。

 ザフィーリは外で待機だ。

 天幕では、騎士たちが思い思いに座ったり寝そべったりしていた。管理官も、木杯で木の根を煎じた茶をすすっている。

 思った通りか。

 くつろいでいた姿勢ではあるが、服の折り目が歪んでいない。

 ついさっきまで、きちっと座っていたのだ。

 「打ち合わせておこうかと思ってね」

 「打ち合わせ、ですか?」

 胡乱な目でオウム返し。

 この人、外交任務には向かないな。

 わかりやすい。

 「副団長の粛清」

 静謐な空気を放つ湖に、言葉の小石を投げ込んだ。

 その途端。

 空気が揺れた。

 緊張感が膨れ上がる。

 「・・・やっぱり、それを考えていたんだね」

 予想した通りらしい。

 さっきシャルディは管理官たちを巻き込もうとしたのを、「身内に手をかけた」ことをミスのように表現した。

 でも、もしも、「手をかける」ことを前提に今回のことが仕組まれていたら?

 先日、「君に責任はない」と声をかけたとき管理官が口にした「私の不徳で迷惑をかけた」という言葉が、真実であったら?

 管理官に死んでもらうことが、副団長の目的だったら?

 「君が命を狙われているのがなぜなのか、教えてもらえるかな?」

 「・・・そこまで、お気づきでしたか」

 軽く目を見張って、管理官は居住まいを正した。

 僕を子供だと侮っていたことを改めてくれるようだ。周囲で様子を窺っていた騎士たちも、同様に顔を真剣なものに変えた。侮られるように振舞っている身としては、ちょっと複雑な気持ちになるが今回はしょうがない。

 「地位を奪われやしないかと気が気でないからでしょう。アトヒラテン騎士団では副団長は所属するすべての人員による投票で決められます。前回は私と彼の他もう一人いて、私は次点で落選しました」

次点・・・。

 「票差は?」

 「騎士兵士合わせて総数5976票。それぞれの得票は記憶にありませんが、私と彼の票差は147票です」

 接戦だったわけだ。

 ほんの少し風向きが違えば負けていたかもしれない。

 なるほど、脛に傷もつ身としては枕を高くして眠れない状況だろう。

 「それって最近のこと?」

 副団長になったばかり、いつも比べられることにストレスを感じていてそれが限度を超えた・・・ということだろうか?

 「いえ、二年半ほど前ですが?」

 結構時間経っているのか。

 となると・・・。

 「もしかすると、最近なにかへまをしでかしているかもしれないね。君を殺す以外の手立てがなくなるような」

 「そういうことですか・・・私もなぜ今になって、と考えていたのですが・・・」

 「君にはなんてことないように思えても、相手にとっては見られたくないとこを見た、聞かれたくないことを聞いた、ということはないかな?」

 「そう言われましても・・・」

 難しげに眉を寄せる。

 さすがに漠然とし過ぎるか。

 「副団長とした会話を全部思い出せ。監督官としてこの戦いに同行するようにとの指示をもらう以前のことを最後から順に。二人で話す前、そいつがどこで誰となにについて話していたかも含めてだ」

 「わ、わかりました」

 時間がかかりそうだが仕方がない。

 しらみつぶしに潰して行こう。

 僕は管理官の言葉に耳を傾けた。

 十分、二十分・・・一時間。

 時間がどんどんと過ぎていく。

 「!? 待て!」

 二時間になろうかというところで、僕はそれらしき断片を見つけた。

 「今の話をもう一度」

 「は、はい・・・騎士団の予算を運ぶための荷駄隊の経路変更を指示・・・あ!?」

 思い当たったようだ。

 管理官も、周囲で話を聞いていた騎士たちも、一様に血の気の引いた顔を見合わせている。

 水増しして申請、人員を減らして余剰金を着服・・・では足りなくなったのだ。

 予算を丸ごと奪うつもり・・・。

 「経路は? 覚えているか? 思い出せ!」

 「地図は見ました・・・正規の経路から北側・・・・・・」

 荷物をぶちまけるようにして地図を引っ張り出す。

 地図上に指を走らせて・・・。

 「これです!」

 一本の線を指し示した。

 「今からで間に合うか?!」

 「待ってください。経路はわかっても、ポイントが・・・」

 地図上を指と視線が何度も行きかう。

 「レブルへスリ・・・レブルへスリ谷ですよ!」

 騎士の一人が叫んだ。ライムジーアは知らないが、ファルレと会話をしていた騎士だ。

 地図上の一点を指差している。

 「レブルへスリ谷・・・そうだ! この経路上で襲うなら、ここしかない」

 騎士たちが一斉にうなずく。

 地元の彼等には自明のポイントということなのだろう。信憑性がありそうだ。

 「間に合うか?」

 もう一度聞く。

 「・・・出発の時間が・・・あそこで必ず足止めを・・・馬が・・・」

 管理官は額にびっしりと汗をかきながら、地図を見つめている。

 細かな計算をしているようだ。

 「・・・くっ、難しいですね。馬で駆けに駆けたとして間に合うかどうか・・・」

 間に合うかどうか・・・。

 可能性は、ある!

 「ザフィーリ!」

 叫んだ。

 「はっ!」

 間髪を置かず、ザフィーリが天幕の中に走り込んできた。長剣の柄を握りしめ、いつでも抜けるようにして。

 「すぐに部下を集めろ! 出撃だ! 管理官! 戦わずともよい、道案内のできる者を。できれば二人、預けてくれ!」

 「っ! いえ、これは我らが身内の不始末。全員参ります!」

 管理官の言葉に、30人の騎士が全員大きく頷いて立ち上がった。


 レブルへスリ谷。

 それは草原に走る一本のしわだった。

 傷や裂け目、というほど深くはなく、広くもない。

 だが、一面の草原にある唯一の窪地というのは身を隠すには最適といえた。

 一面草しかない。

 その光景から突如、敵が躍りかかってくる恐怖。

 尋常なものではない。

 帝都を立った10数台に及ぶ荷馬車隊は、二百名ほどの帝都守備隊と、百五十ほどのアトヒラテン州騎士団に守られてゆっくりゆっくり移動していた。

 電子マネーなど想像の外、紙幣の概念さえないこの世界で金、といえば貨幣である。金貨に銀貨、それが 約六千人分。

 大金である。

 そして重い。

 速度は上がらない。

 「のどかだな」

 帝都の喧騒から進発した兵士の一人が、飛ぶ鳥さえたまにしか見かけない草原の移動に飽きたのか、のんきそうに呟く。

 「・・・・・・」

同僚は沈黙で答えた。

 「なんだよ。返事ぐらいしろよ」

 不機嫌さでざらついた声を吐き出した兵士の胸に、羽が生えた。

 一本、二本・・・。

 「ぐほ! でぎじゅぶ!」

 敵襲!、そう叫んだはずが口から噴いた血でくぐもる。

 それでも、仲間に異常を知らせることはできた。

 笛が吹き鳴らされ、兵たちが一団となって敵に備える。荷馬車に乗せていた盾が、槍が持ち上げられた。撃ち込まれて来る矢は、帝都守備隊の持つ大きな板の大盾が防いでくれる。

 だが・・・。

 「なんでこんなことに」

 兵士は何度目かの呟きを繰り返した。

 彼の周囲には、すでに錆びた鉄の臭いと死臭が立ち込めている。

 ほんの数分前、この呟きに「知るかっ!」と怒声を返してくれた仲間もいまや足元を危うくする障害物でしかない。

 それは突然すぎるものだった。

 大盾の内側にかくまい、盗賊どもの矢から守ってやっていたアトヒラテン州騎士団が、より正確に言うならばその一部が、突然襲い掛かってきたのだ。

 まさかの裏切り。

 なすすべもなく切り刻まれていく味方。

 それでも、まだ80人ほどが徹底抗戦を続けている。

 最初に攻撃してきた野盗らしき者たちを前面、裏切りを働いたアトヒラテン州軍団を後背に置いての挟撃。

 数は200を少し下回るぐらい。それでも味方の二倍以上だ。

 明らかな不利。

 もう、ここまでか?

 絶望が頭をよぎる。

 諦めれば楽になれる。

 囁きに耳を貸しそうになってしまう。

 それでも、軍人たるものの矜持が足を踏ん張らせる。

 一人、また一人、仲間が倒れていく。

 そのたびに、後退を余儀なくされた。

 彼等は30人ほどにまで減り、二つの敵は一塊になって彼等を押し潰そうとしてきている。

 全滅。

 この言葉が現実になろうとしていた。

 そこへ、救いの手は差し伸べられた。

 どこから現れたのか、騎兵隊330騎あまりが鬼となって敵に襲い掛かる。

 戦況が一変した。

 急いで駆け付けてきたこの騎兵隊は疲労の極にあったが、理不尽な攻撃を行った敵に対する憤怒を吐き出さんとして、その攻撃は苛烈だった。

 速度ののった馬の巨体は、それだけでもう人間の身一つでどうにかなるものではない。最初の攻撃・・・単に一団の右側を通過しただけ・・・で三割が土くれとなった。

 たった今まで肩を並べていた仲間が、泥なのか血なのか、石なのか骨なのかも判然としない汚泥となったのを見て、呆然とする残りの敵に、馬首を返した騎兵隊の槍が、剣が、突き込まれ、斬り込まれる。

 反射的に逃げようと背中を向ければ、騎兵隊の後方から放たれた矢が突き立った。

 もちろん、追い詰められていた帝都守備隊も黙ってはいない。

 失った仲間の無念よ晴れよと、残りの体力を根こそぎ捨てるような猛反撃に出た。

 わずかな時間で、野盗は全滅した。

 「待て! そいつらは殺すな、捕らえるんだ!」

 誰かが叫んだ。

 管理官だ。

 「生け捕れ!」

 即座に反応して、ザフィーリも指示を出す。

 騎兵隊がぐるりと輪になって、数人となった敵を囲んだ。

 帝都守備隊の者たちが、ガクリと膝をつき、状況を見守るなか敵は・・・裏切り者は捕らえられた。

 「い、インスティ・トリーブ・・・様・・・・・・」

 馬を降り、歩いて近付いてくる管理官を見て、生き残りの裏切り者はひび割れた呟きを漏らした。

 「『生きていたのか!?』と聞いてくれないのか?」

 裏切り者の男は、目を泳がせた。

 死ぬように仕向けられていたことを知っていたのだ。つまり一連の動きを全て知った上で加担していたと、白状したようなものだ。

 「おまえたちには証人になってもらおう。アハトゥング副団長の罪科についてのな!」

 「・・・くっ」

 男は、顔を歪めて項垂れた。

 死に損なった彼等には、死ぬ以上の苦痛が待っている。

 証人になるということは、かつての仲間たち友人たち、家族たちの前に出て、自分が薄汚い裏切り者だということを知らしめられることになるのだから。


 「あ、あの・・・皇子様にそんなことをしていただくわけには・・・」

 タブロタルの馬番頭はほとほと困り顔で、厩の中で働くライムジーアに何度目かの声をかけた。それほど汚していたつもりはないが、しょせんは厩だ。馬の排泄物や体を拭いてやった後の藁の塊なんかが落ちていたりはする。

 それを、こともあろうに皇子が片付けているのだ。

 気も遣おうというもの。

 「いやいや、皇妃様直々の依頼を果たしているだけだ。気にするな」

 三股の槍みたいな道具で床に落ちていた藁を集め、運びながら、ライムジーアは笑った。ランドリークとシャルディもせっせと仕事をこなしている。

 そして・・・。

 「んー。おっ、こいつ。なかなかいいものもってるぞ」

 「すごっ・・・」

 なぜか、フファルとリューリもいた。

 馬の股間を覗き込んで、感心したように「うん、うん」と頷いている。

 昨夜遅く、ライムジーアはタブロタルに到着した。

 ファルレとは別に、ランドリークとシャルディ、それにシアだけを供にして。

すでにザフィーリの部下を介して到着することは伝わっていたので、すぐに宿舎に案内された。軍事施設とはいえ精いっぱい上等な部屋を用意してくれたので、ライムジーアはゆっくりと休むことができた。

 狭さや傷み具合を軍団長がずいぶんと恐縮していたが、はっきり言って帝都の住居より数段上等だ。ライムジーアに文句などない。

 ただし、基地内の掃除のことについて、少々長々と説明しなければならなかった。

 ザフィーリとインスティ・トーブからの現状を伝える使者が駆けこんできたのは朝食を終えたころだった。

 荷駄隊の警護を引き継ぐための騎士と兵士が昼前に進発していったので、ザフィーリたちが合流してくるのは明日の夕方というところだろう。

 少し遅れたとして、明日の午前中か。

 部隊に被害は出ておらず、完璧な勝利だとザフィーリは伝えてきていた。

 副団長の・・・いや、元副団長のアハトゥングは使者の到着直前、軍団長直属の騎士によって逮捕された。基地内で下手に騒がれても困るということで、寝ているところに踏み込んでの逮捕となった。

 インスティ・トーブが証人を連れて戻り次第、即決裁判が開かれて斬首刑になる予定だ。

 仲間はもういないらしい。

 全員が荷駄隊襲撃に回っていたようだ。まあ、無理もないだろう。大金を載せた荷馬車を人目に付かないように運んで隠そうとしたら、人手がかかるだろうから。

 サンブルート旅団がタブロタルに入ったのはその直後だ。アハトゥングが計画の失敗を知る前に片をつけたかったので、夜は外で野営してもらっていた。

 「このような不祥事をお目にかけ、慙愧に絶えません」

 軍団長が頭を下げる。

 わざわざ厩にまで来て、だ。

 帝都に今回のことがばれては困るのだろう。

 遠回しに口止めを頼みに来ているのだ。

 「僕が見たのは馬の糞と湿った藁、それだけだ。掃除しに来ただけなのでね。帝都への報告でも、『きれいに掃除していただいた』以外のことは書かなくていい」

 「・・・よろしいので?」

 もちろんだ。

 ・・・というより。

 「問題ない。なんなら報告自体しなくていい。僕ごときのことで皇帝陛下を煩わせることもない」

 「それは・・・そうなのかもしれませんが・・・」

 軍人としての義務感に苛まれてでもいるのか、歯切れ悪く呟きを漏らしている。

 表面上、困ったような顔はして見せているが、多分報告はしないだろう。

 「それよりも、この近くで『掃除』が必要な軍事基地に心当たりはないかな?」

 「は?」

 唐突な質問に軍団長は呆けた顔になった。

 まぁ、掃除が必要な軍事基地、と言われてもピンとは来ないだろう。

 でも、わざわざヒントを出してやることもない。

 僕はしばし待つことにした。

 「おや、まだ続けるんでございますか?」

 ランドリークが面白そうに聞いてくる。

 それに対して、僕は直接答えず。せっせと掃き掃除をしているシアに目を向けた。

 「シア、皇妃様になんて言われたか、覚えてるかい?」

 「皇妃様は『軍の厩舎はとても汚れているようです。掃除してくださるとよろしいのではなくて?』と仰せになられました」

 そのとおり、だ。

 「どこの軍とは言われていないな? 何ヵ所をとか、いつまでかとかも?」

 「はい。指定はありませんでした」

 「そういうことだ」

 自信満々胸を張る。

 「そういうことですな」

 ランドリークが、にやりと笑みを浮かべた。

 旅は続くのだ。

 まあ、事実として追っ手がかけられているのだから帝都に帰ることなど考えられないのだが、『追われている』と気付いていないことにしておいた方が都合がいいかもしれない。

 少なくとも、何かの間違いで皇妃との間で落としどころを探す必要が生じたときに、役立つかもしれない。

 可能性は低いが。

 「そ、そうですね・・・掃除が・・・というと・・・」

 『掃除』という言葉の裏の意味を考えているのだろう。

 軍団長はしばし考え込み、一つの軍事基地の名を挙げた。

 それはザフィーリの部下たちの報告にもあった名前だった。

 次の目的地が決まったのだ。



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