表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/43

山賊


 一行は再び五人、一台の馬車と三騎の騎兵となって移動していた。

 元の、旅人風の服装にも戻っている。

 「囲まれてるぞ」

 馬車に馬を寄せて、シャルディがライムジーアに告げた。

 「数は? というより相手は何者だろうね?」

 馬車の窓を開け、ライムジーアはシャルディに問いかけた。

 「三十人くらいだな。何者かはわからねぇ」

 答えを聞いてライムジーアは顎に手を当てた。

 「連隊と別れるのが早すぎたかな」

 ちょっとだけ後悔する。

 他の隊とのつなぎを依頼して、モスティアたちと別れたばかりだ。

 いずれどこかで、再び合流しようと約して。

 結果、護衛を一人も連れていないわけだが、それほど深刻には考えていない。ザフィーリとシャルディがいれば三十人ぐらいの襲撃者なら脅威ではない。

 「シア、馬車を止めてくれ」

 考えても答えは出ない。ライムジーアは、考えるのをやめた。このまま警戒し続けて消耗するよりも、さっさと相手との対面に臨むほうが簡単だし楽だ。

 「シャルディ、様子を見てきて。何者か確認するだけだよ? いいね?」

 「わかってまさぁ」

 シャルディは馬を降りて森の方へと歩いて行った。

 まぁ確かに、元傭兵にかける言葉ではなかった気がする。

 ほどなくしてシャルディが駆け戻ってきた。

 「狩人を名乗ってますぜ。話をしたいとさ」

 そう彼が報告すると、すぐに数人の男がライムジーアたちの前に姿を現した。

 なるほど獣の毛皮を羽織り、いかにも狩人という出で立ちだ。

 その中の一人が進み出てきた。

 「代表者は誰だ?」

 問いかけてきたその男は目付きが鋭く、腰に鉈を差している。

 背後に控えている仲間も、弓や鉈、剣などの得物を持っていた。

 ・・・狩人にしては物々しすぎるな。

 と思いつつ、ライムジーアは右手を挙げて一歩、前に出た。彼を守るように、ザフィーリが横に立つ。

 「僕だ」

 「すぐに暗くなる。先には進まないほうがいい。俺たちの里に泊めてやる。朝になったらまた進め」

 確かに夕刻は近い。

 だが、道はしっかりしているし夜目の利くシャルディがいるから、問題ないと思っていたのだが・・・。

隣に立っているザフィーリが、どうしますか? といった顔で見たので、僕は小さく頷いてから男に応えた。

 「では、ご厚意に甘えさせてもらおうかな」

 「ついてくるがいい」

 こうして男たちに先導され山中を進んでいったライムジーア一行は、やがて山の中の窪地にある男たちの集落に着いた。

 周囲に簡単な木柵を巡らせてあるが、大小の掘っ立て小屋が幾つか建っているだけの、小さくて粗末な集落だった。

 集落?

 ふと、疑念が頭をもたげた。

 ライムジーアたちは、着いてすぐ、集団の長だという男の下へ連れていかれた。

 男の住居棟は掘っ立て小屋の中でいちばん大きい。

 中には長だけでなく、集団の主だった者が勢揃いしていた。

 おそらく先に連絡を受けて集まり、ライムジーアたちが来るのを待っていたのだろう。

 「俺がこの集落の長ベレグリナだ」

 そう名乗った男は恐るべき巨漢だった。

 木床の上に敷物を敷いて腰を下ろしているのだが、同様に座っている他の男たちよりも頭の位置が抜きん出て高く、一人だけ中腰でいるのではないかと思うほどだ。

 背が高いだけではない。鍛え上げられた男の肉体が見事な筋肉の鎧を纏っているのが、厚手の服の上からでもわかる。巌のような彼の体は、恐ろしいほどの迫力と凄まじい量感で見る者を圧倒した。

 ・・・二メートルあるかもね。

 ライムジーアたち五人が敷物に腰を下ろしたとたん、その巨漢の男が口を開いた。

 「よけいな世話かもしれんが、この先はずっと森しかねぇ。だから、ここで休んでいくことをすすめるのさ」

 「大丈夫、とは思っていましたがそれは近場に休める場がないからこそ、思うことですからね。休ませてもらえるなら、それに越したことはありません。ありがたいことです」

 「ああ、ただな」

 男は丸太のように太い腕を組んだまま、ライムジーアを睨めつける。

 「ただじゃねぇ。二人で金貨一枚、五人で三枚もらう。それほど無体な要求ではないと思うが?」

 ・・・なるほど、そういうことか。

 無償の好意なんて裏になにがあるのかと疑っていたライムジーアだが、相手もちゃんと打算で動いているらしい。安心した。

 ・・・打算があった方が安心というのも変だけどね。

 内心で自嘲の笑みを浮かべつつ、ライムジーアは頭を下げた。

 「ええ、妥当なところでしょう。お世話になります」

 「とはいえ、空いてる小屋はひとつしかねえがな」

 「雨露をしのげれば、十分ですよ」

 「ドゥラス」

 ライムジーア一行を案内してきた目つきの鋭い男が、はい、と返事をした。

 「小屋へ案内してやれ」

 一言、承知、とだけ応えて、ドゥラスという男が立ち上がった。

 「こっちだ。ついてこい」

 と手招くので、ライムジーア以下も立ち上がる。

 立ち上がったライムジーアにペレグリナが声をかけてきた。

 「ところでお前の名は?」

 「ライヒトゥームと言います」

 ライムジーアは、いつもの偽名を口にした。

 「そうか、ライヒトゥーム、まぁゆっくり休みな」

 「ありがとうございます」

 ライムジーアが丁寧に腰を折ると、ペレグリナは軽く手を挙げた。

 こっちだ、と呼ぶドゥラスのあとについて八人は小屋を出た。


 五人の足音が遠ざかると、控えていた男たちが腰を浮かせ、素早くペレグリナの周りに集まった。

 「あんな連中が本当に金になるんですかい?」

 と一人が訊くと、ペレグリナは、ふん、と鼻を鳴らして面白くなさそうに目の前の皿から木の実を掴み取って口に放り込んだ。

 「おそらくはどこぞの貴族のお坊ちゃんがお忍びで旅行ってとこなんだろうよ。親に頼まれて家に連れ帰ろうっていうのか、実家に恨みのある奴らが捕まえて殺そうとしてんのかは知らねぇ。どっちにしろ、貴族の息子だったら身代金をとれる。女は好きにしていいって言われてる。売り払えば、いい金になるだろう」

 「ですな。上玉でしたしね」

 別の一人がいやらしい笑いを浮かべて膝を進めてきた。

 「売り払う前に楽しんじゃダメですかい」

 「傷物にしたら売値が下がるだろうが。おまえが同じ値段で買い取るってんなら、それでもいいがな」

 「あ、いや、俺にそんな金はねぇですし」

 「俺たちはな金を稼がなきゃならんのだ。悲願のため、百五十人からの仲間を養うためにな。最近は帝国部隊が巡回する頻度も上がってるし兵数も増えている。なにか別の方法で金を稼がねぇとな。これはそのための一歩だ」

 自分でそう言っておきながら、ペレグリナは少し虚しくなった。

 悲願が、達成可能なものだとは全く思っていなかった。できるわけがないと分かっていながら、それを目指すのだと言い張っているに過ぎない。

 悲願のためだと、そう言わなければ心が折れてしまう。

 心が折れてしまえば、こんなところで山賊を続けてはいられない。全員が散り散りバラバラになるだけだ。

 だからペレグリナは集団の長として、悲願のためと言い続けなくてはならなかった。

 今のペレグリナの心を占めているのは、虚しさや迷いだけだ。帝国の輸送部隊を襲い、帝国兵と戦い、まんまと積み荷を奪っても、彼の心が以前のような充実感に包まれることなど、まったくなかった。

 そこに、得体のしれない相手から持ち掛けられたのが、この仕事だった。

 森を通りかかる馬車の一行を捕まえろ、と。

 心の内の虚しさ、迷いを押し殺してペレグリナは部下を睨めつけた。

 「だから今は、女より金だ」

 部下は震えあがり、かくかくと首を縦に振った。

 「すぐに襲いますかい?」

 と別の男が訊いたが、ペレグリナは、いや、と否定した。

 「寝入ってからにしよう。リザードマンがいたからな。抵抗されると面倒だ。女の顔に傷でもつけたら売値が下がるし、坊ちゃんの方は一応生かしたままっていう注文だしな」

 「ですね」

 「眠り薬を入れた水や酒、食い物を差し入れてやれ」

 「了解でさぁ」

 男が二人、小屋から外に出て走り去っていった。


 ライムジーアたちが案内されたのは住居というよりも物置小屋で、部屋のあちこちに雑然とした荷物や道具が散乱していた。

 案内役の男たちが散らかっている物を部屋の隅におしやり、木床の中央に空きを作ってくれた。ライムジーア一行はそこに敷物を敷いて腰を下ろした。

 荷物が片付けられているあいだに、豪勢とは程遠いものの充分な量の食べ物と飲み物が運び込まれ、ささやかながら酒宴の準備ができている。

 「いやぁ、親切な人たちですね。一夜の宿を提供してくれるだけでなく、こうして飲食物まで差し入れてくれるとは。遠慮なく頂戴するとしやすか」

 目を輝かせたシャルディが酒食に手を伸ばそうとするのをランドリークが押し留めた。

 「ちょっと待て!」

 「なんだ? 好物でもあったか?」

 冗談と嫌味の中間。

 そんな口調でシャルディが笑う。

 「いや、そうではない」

 シャルディが、怪訝そうな顔をランドリークに向けた。

 ランドリークは真顔だった。

 「・・・どうしたってんだよ?」

 「そこの食べ物は本当に安全か? という話だ」

 「・・・?」

 シャルディは不思議そうな顔で首をひねった。

 「つまり、彼らが狩人を装った山賊だと言いたいのかい?」

 ライムジーアの指摘に、シャルディやザフィーリが目を丸くした。

 「その可能性があると思いましてね」

 「どこを怪しいと思ったの?」

 問うと、ランドリークは顎に手を当て、そうですね、と応えた。

 「狩人にしては統制がとれすぎている気がしやしてね」

 というランドリークの指摘に、ライムジーアは頷いた。

 「言われてみれば、という話だね。僕も長だというあの大男、狩人というには凄腕過ぎる気がしてはいたけど」

 さすがに僕も狩人の実態までは把握していなかったし、疑惑を感じた直後に金の話を持ち出されたことで逆に安心していたから、男たちが山賊かもしれないとまでは考えが至らなかった。

 「何よりおかしいのは」

 とランドリークが言ったので、全員の視線が彼に集中する。

 「女がいない」

 ライムジーアが先を越して言う。

 「食い物を差し入れておいて、女の一人も出てこない。里とかじゃないって考えた方が自然だ」

 「なるほど・・・それは気がつきませんでした」

 「あれ? じゃ何に気がついたの?」

 ランドリークは、顔を深刻なものに換えた。

 「この辺りは、エスファール王国のゲリラ戦で帝国が痛撃を受けたことで知られた場所です」

 そうか! とライムジーアは小さく叫んだ。

 「なるほど、それでいろんな事が説明できるね」

 不思議には思っていた。

 なぜ、この森なのか? と。

 皇妃が自分の手の者に襲わせようとした場所が。

 ずいぶん早いな? とも。

 アファレグート公爵の動きが。

 「ここにはエスファール王国の残党が潜んでいたんだな」

 皇妃はその仕業に見せかけて僕たちを殺すつもりだったのだ。

 そして、公爵はいつでも、この山賊を討てるように出撃体制を取っていたのだ。

 まだ、拠点を探り出すには至っていなかったのだろう。

 ザフィーリが大きく上体を仰け反らせた。

 「では皇子様は・・・奴らが王国再興を狙って、山賊をしながら帝国打倒の機会を窺っていると言うのですか!?」

 「しっ、声が大きいよ。ザフィーリ!」

 ライムジーアに嗜められ、ザフィーリは慌て自分の口を自分の手で覆った。

 「彼らが王国再興なんてことを夢想しているかはわからないけれど、この辺りで山賊行為をしていたのは確かだろうな」

 そう言って頷いたライムジーアは、ザフィーリに顔を向ける。

 「ペレグリナというあの頭目はかなりの手練れと僕にでも見える。そうなんだろ、ザフィーリ?」

 「あ、はい。恐ろしく腕の立つ男だと思いました」

 「やりあって勝てる?」

 「どうでしょう。負けるとは思わないですが、確実に勝てるかと問われれば少しばかり考えてしまいます」

 「シャルディは?」

 「勝ちですか? 殺す自信はありますがね」

 「あー。うん、わかった」

 苦笑しつつ、ライムジーアは一同の顔を見渡した。

 「君たちが揃って苦戦を覚悟するような手練れ、その事実だけ見ても狩人や山賊とは考えにくいね。エスファール王国の残党で間違いないんじゃないかな」

 ライムジーアは真面目な顔を崩さないまま告げる。

 「では、どうしやす? そういうことでしたら、たぶん夜中に襲ってきやがりますよ。逃げますかい?」

と訊いてきたシャルディに対して、ライムジーアは首を左右に振る。

 「いや、もう見張られているだろうし、黙って逃がしてはくれないな」

 「なら、こちらから先制攻撃するか? 俺とザフィーリでかかればあの男がいくら強くても倒せるだろうぜ」

 「あの男だけならその手もありだけど、他に仲間が百はいるようだ。君たちがあの頭目と闘っているときに僕たちが襲われると、ちょっと厳しいかな。ねえ、ランドリーク?」

 「言っときますが、俺は戦力外ですからね」

 ・・・よくいうよ。

 つい先日野盗を見事に斬り捨てていたのは何なんだと言いたい。

 なにか理由があるのかもしれないので、藪に手を突っ込むような真似はしないが。

 「で、これから僕たちはどうするか、ということだけど」

 全員の視線がライムジーアに集中した。

 「彼らを配下にしてしまおう」

 「・・・・・・はい?」

 ライムジーアの言葉を聞いて、ある者は首をひねり、ある者は目を瞬かせた。

 「あの頭目、ペレグリナはかなりの手練れだ。配下にすれば頼もしい味方になってくれると思うんだ」

 「あ・・・いえ・・・」

 ザフィーリは困った顔でライムジーアを見ている。彼女だけではなく、シャルディもランドリークも困惑の色を隠せなかった。とくに困っても驚いてもいないのは、シアだけだが、シアの立場からすれば当然だ。

 「部下にすると仰せられますが、どのようにして、でありますか、皇子様?」

とザフィーリがもっともなことを訊いた。

 「うん、問題はそこだね」

 とライムジーアも言わずもがなのことを言う。

 「まずシャルディ、君一人だけなら、見張りに気付かれないで、ここから抜け出せるかな?」

 シャルディは考えるまでもない、とばかりに頷いた。

 「俺だけなら、簡単だぜ。いつでも抜け出せる」

 「ザフィーリ、あの頭目に勝てるかは分からないって言ってたけど、勝ちも負けもしないで時間稼ぎをすることはできるかな?」

 「時間を稼ぐつもりでは負けるかもしれません。ですが、勝ちを狙い続けて結果として時間稼ぎにすることはできると思います」

 「よし、じゃあ、シャルディには抜け出してもらって、モスティアを連れて来てもらう。彼も元エスファール王国の兵士だ。ここの連中と顔見知りの可能性が高い。彼から説得してもらおう」

 モスティアとは、わかれたばかりだし目立たないように移動しているはずだ。ライムジーア一行とそれほど離れてはいないだろう。

 シャルディは単身なら、馬に乗っているのと変わらない速度で走ることができるしモスティアは騎馬。行って、来るだけなら四十分というところだ。多少の遅滞があるとしても一時間半。短いとは言えないが、長くもない。

 「で、僕らはシャルディが来るまで時間を稼ぐ。状況次第ではザフィーリにペレグリナと一対一で仕合をしてもらう、いいかな?」

 「承知! です!」

 ビシッと音がしそうな勢いでザフィーリが敬礼した。

 「うん。あとはどうやって話し合いに持ち込むか、だけど・・・」

 ライムジーアは差し入れられた酒食に目を落とし、それからシャルディを見やった。

 「これを味見してみてくれる、シャルディ?」

 「おう! わかりやした」

 シャルディはライムジーアの言わんとすることを理解したようで、持ち上げた酒瓶を傾け、一滴、二滴と掌に落とし、それを舌先でしょうすくい取った。それから皿に盛られた乾し肉やキノコの和え物を手で小さくちぎり、口の中に放り込むと、軽く咀嚼し、すぐに吐き出した。

 「毒ではないな。たぶん眠り薬だろ」

 ザフィーリが驚いているが、ライムジーアは、やはりそうか、と呟いた。

 「ということは、少ししたら、寝入った僕たちを拘束しに来るね」

 「じゃあ、眠った振りをしておいて、捕まえに来た連中を逆に捕まえるのはどうです?」

 「僕もそう思ってたところ。で、捕まえた人間を人質にしてペレグリナのところへ連れていってもらおう」

 「わぁお」

 ザフィーリが小さく仰け反った。

 「皇子様の・・・深謀遠慮には感じ入るばかりです」

 ザフィーリがそう言うと、すかさずシャルディがツッコんだ。

 「どうしてそこで言葉に詰まるだ、ザフィーリ?」

 「つ、詰まってはおりません。感動のあまり言葉が出てこなかっただけです」

 ライムジーアがニヤニヤ笑いながら声をかけてきた。

 「言ってて苦しくないかい、ザフィーリ?」

 「ううう、申し訳ありません」

 「はい、素直に言うと?」

 とライムジーアに促されたザフィーリは、つい本音を漏らしてしまった。

 「皇子様の悪巧みには感じ入るばかりでした」

 「なるほど。でも悪巧みというほど悪くはないと思うんだけどな」

 「あぁぁ、も、申し訳ありません」

 恐縮の体で何度も何度も頭を下げるザフィーリを押し留め、ライムジーアは準備をしようと皆に呼び掛けました。

 「まずはシャルディ、行ってくれるかい?」

 「お任せを」

 シャルディはほんの少し膝を曲げただけで、ほとんど予備動作なく飛び上がる。天井近くの梁に掴まり、どうやったのか天井板を一枚はがして、わずかに空いた空間に体を滑り込ませた。

 「むう。あの能力が妬ましい!」

 悔しげにうなるザフィーリ。気持ちはわからなくもない。

 ・・・あれができたらいろんなところで覗き放題なのに。

 「こっちも始めよう。杯は倒しておけばいい、睡魔に襲われ転がした、と見てくれるだろうからね。食べ物は、僕らが持ち込んだものを食べて、空いた空間に用意されたものを押し込めばいい」

 言いながらライムジーアは戸口から一番遠い壁の辺りへ移動した。

 シアを手招いて自分の横に。逆側にランドリーク。酒食を挟んだ向かい側、戸口の真ん前にザフィーリを着かせる。

 戦力外のライムジーアとランドリークを邪魔にならないよう奥に、入って来る者たちを捕らえるのはザフィーリに任せる、という布陣だ。

 「あの頭目さえ出てこなければ、対応できると思うよ?」

 皇子の護衛が手薄だ、と目で訴えているザフィーリに、ライムジーアがそう言うと。

 「そうですね。なんとかなりますか」

 ザフィーリの視線が、一瞬だけシアを見た。

 「よし、じゃあ、そろそろお喋りは止めて、居眠りするとしょうか。連中が僕たちの様子を見に来るかもしれない」

 ライムジーアの指示に従い、おのおのがそれぞれの場所で寝転がり、自称狩人が来るのを待った。


 ライムジーアたちが入った小屋の外で、数人の男たちが耳を扉につけ、中を窺っている。

 「どうだ?」

 「いびきが聞こえるぜ」

 「眠ったかな。おい、そっと窓から覗いてみろ」

 一人が窓の板戸を静かに持ち上げ、隙間から室内を覗き込むと、燭台で燃える蝋燭の炎に照らされた薄暗い部屋の中で、男女五人がごろごろと転がっているのが確認できた。男は親指を立てて、仲間に合図を送った。

 「よし、踏み込むぞ」

 眠り薬で眠ったのだから遠慮はいらない。男たちは乱暴に戸を開け、ずかずかと室内に踏み込んだ。

 「とりあえず全員を縛り上げろ。男の二人はとくに念入りにな」

 指示を出している男は経験をあまり積んでいないらしく、または男尊女卑の考えに染まってでもいるのか、一番危険のないにも関わらずライムジーアとランドリークの拘束を優先した。それが命取りだとも知らずに。

 入って来た男たちは六人だった。

 一人がザフィーリを監視、一人が指示を出し、四人が二人一組でライムジーアとランドリークに近づこうとしている。

 だが、このときすでに監視役はザフィーリの手刀を受けて気絶し、床に転がされていた。ほとんど同時に指示役の男もザフィーリの抉るような肘打ちを鳩尾に受けて昏倒している。四人が異変を感じて振り返ったときには、目の前にザフィーリがいて舜殺で当て身を当てられた。

 この間、一分と経っていない。

 「お見事。とりあえず縛り上げて」

 ライムジーアの指示で、ザフィーリとランドリークとシアが、彼らが用意した縄で彼らの手足を縛り上げていく。

 「全員を連れていくわけにもいかないから、三人にしょうか」

 「はい、皇子様」

 ザフィーリは両肩に気絶した男二人を担いだ。それで足下がふらつきもしないのだから、ザフィーリの足腰がそうとうに鍛えられているのがわかる。一方、ランドリークは一人の男の襟首を掴んで引きずっていく。


 巨漢の長が怒りに燃えた目でこちらを睨み付けているが、ライムジーアは平然と受け流し、周囲を見回した。

 場所は集落の広場。といっても、ようするにただの空き地だが、ライムジーアは自分たちの存在を誇示すべく、開けた場所を探して移動し、事態を聞き付けたペレグリナが駆けつけて来るのを待ったのだ。ライムジーアたちは山賊に取り囲まれていた。その数はざっと百人ほどで、全員がすでに得物を抜いて身構えている。

 ペレグリナが一声かければ、一斉に斬りかかってくるだろう。けれどライムジーアは恐れることも怯えることもなく、ペレグリナと相対していた。

 「てめぇ、すぐさま仲間を離せ。そしたら楽に殺してやる。仲間に手ぇ出しやがったら、死ぬより辛い殺し方をしてやるぞ」

 ペレグリナの全身から闘気が噴き出しているのがわかる。

 ・・・手下じゃなく仲間・・・ねぇ。そして、その仲間を大事にするわけか。やはりただの山賊じゃないな。エスファール王国の残党で間違いなさそうだ。

 「そう言わずに、話し合わないかい?」

 「話し合う? なにをだ!?」

 ライムジーアは単刀直入に斬りつけた。

 「君たち、エスファール王国に仕えていた兵士じゃないのかな? そして頭目の君は・・・もしかするとエスファール王国軍の将軍かなにかだったのかな?」

 ペレグリナは驚きに目をみはる。その反応でライムジーアは確信した。

 ・・・大当り。

 「で、そのエスファール王国の残党が集まってなにをしてるのか、問題はそこだ」

 取り囲む山賊たち一人一人に目を向け、ライムジーアは人差し指を振った。

 「正直、君たちがエスファール王国の再興を目指して帝国の打倒を考えているのなら、僕としてはどうしようもない。だけど、他に生きる道を見出だせず足掻いているのなら、僕には道を提示することができる。僕と一緒に来ないか?」

 「・・・・・・」

 ペレグリナも部下たちも、ライムジーアがなにを言っているのか理解できないでいる。沈黙が夜の広場を支配する。やがてペレグリナが重い沈黙を破った。

 「・・・幾つか確認させてくれねぇか、兄ちゃん」

 「なにかな?」

 「貴様はどこの何者だ? どうして俺たちがエスファール王国の兵士だとわかった? 一緒に来いって、どこにだ?」

 「一つずつ答えよう。まず、僕がどこの何者かという質問に対する答えだけど」

 ライムジーアは何気ない仕草で自分を指し示した。

 「ラインベリオ帝国皇帝の一子にして、帝位継承権18位。ライムジーア・エン・カイラドルだ」

 ある者はぱかっと顎を落とし。

 ある者は腹を抱えて笑いだし。

 ある者は、可哀想な子を見る目付きになった。

 その全てを、ペレグリナの一瞥が押さえ込んだ。

 「王族の詐称は、どこの王国でも問答無用で死罪だ。その点は信用してやる」

 ほんの少しだけ姿勢を正してペレグリナが言う。

 ・・・思ったとおり。ただの筋肉馬鹿じゃない。

 考える頭がある。やはり元は将軍かな?

 妙に納得のいった顔をしているのがなぜかはわからないが。。

 「なら、二つ目の答えだけど。君たちの中に女性や年寄りが少なすぎる、というか僕は一度も見ていない。ここを里、と呼ぶならいないわけがないのにね」

 ライムジーアの話しを聞きながら、集落に目を向けたペレグリナが、顔を歪めた。自嘲しているらしい。

 「最後に、どこへ? て、質問の答えは不確定、としか言えないな。皇妃の追っ手から逃げ回っている最中なのでね」

 「・・・!?・・・返事を、聞きてぇか?」

 重く、低く、問うペレグリナ。

 「もちろ・・・ん」

 言いかけた言葉が途切れた。ペレグリナが背後に立てていた槍、槍の形はしているがあまりにも大きいので飾りかと思っていた、を振り上げ、叩きつけてきたのだ。

 背丈ほどの長さ、人の腕ほどの太さ、尋常ではない剛槍が、ごぉっ、と轟音を立てて空気を切り裂く。

 そこにザフィーリが割り込み、ペレグリナと対峙した。

 「なんだ? てめぇ!?」

 「ライムジーア皇子の親衛隊長ザフィーリです。皇子に仇なす者は、このザフィーリが相手になります!」

 「ほぉ?」

 ペレグリナはたった今、自分が振り下ろした大剣の切っ先、地面を抉りめり込んだそれを視線で指し示し、ニヤリと口を歪めた。

 「俺の得物、大槍を号して『地竜斬』。まともに食らえば、おめぇ挽き肉になるぜ」

 ライムジーアは自分の顔から、血の気が引いたのを感じた。

 ・・・まさか、これほどの使い手とは。

 「だ、大丈夫かい? ザフィーリ?」

 心配になったライムジーアだが。

 「わたしも聖槍スキールニルの使い手であります。相手が地を斬るのでしたら、わたしは天を切り裂きます!」

 ザフィーリは自分の得物を手に取り、穂先に被せてあった革製の覆いを外した。滅多に使わない、伝家の宝刀・・・いや、宝槍だ。

 そして、ゆっくりと構えを取った。

 ザフィーリが持つ槍の穂先が、松明の炎を受けて虹色に煌めいている。

 かつて、名匠の名をほしいままにした鍛冶師が生涯の傑作と認めた五つの武器の一つ、聖槍スキールニル。

 国と王家の者たる一族を失ったザフィーリには唯一の、形見の品だ。

 「いざ、存分に勝負!」

 ・・・緊張はしても臆しはしない、か。さすがザフィーリ、見事なものだ。

 あとは彼女に託そうとライムジーアも覚悟を決めた。

 「面白ぇ。おめぇの聖槍が上か、俺の地竜斬が上か、試してみようじゃねぇか」

 二人が広場の中程へ進み出ると、他の者が一斉に後退した。

 地裂斬の威力を知っているペレグリナの部下たちは、逃げるようにして二人から距離を取った。

ライムジーアたちも大きく下がって、息を詰め、二人の勝負の行方を見つめる。

 「勝ち負けはどう決める?」

 とペレグリナが問うた。

 「得物を落とすか、地に倒れるか、参ったと言うか。それで如何です?」

 「倒れる間もなくおまえの体が開きになっちまったら、どうするんでぇ?」

 「わたしの負けでいいですよ」

 「そうか、なら、俺に異存はねぇ。じゃ、行くぜ」

 大槍を右肩に担ぐ体勢でペレグリナが前に進み出てきた。

 そして、いきなり大槍を振り上げ、振り下ろした。間合いを計ることすらしない。知らら任せの攻撃だ。

あまりに無茶な攻撃に、ザフィーリの動きが止まる。

 その瞬間、ペレグリナが跳んだ。

 巨体に似合わぬ身軽さと、重いだろう大槍を持っているとも思えぬ素早さで。

 一足飛びにザフィーリの間合いに飛び込んだペレグリナが大槍を振るう。

 ザフィーリには逃げる術がないように思えた。

 であれば、受けるしかない。

 だが、いくら彼女の得物が聖槍であろうと、あの大槍を受けきれるとは思えなかった。

 「うわっ!?」

 ライムジーアが小さく叫んで思わず目を瞑る。

 ザフィーリは逃げも受けもせず、迫るペレグリナめがけて逆に踏み込んでいった。

 自らの体を大槍の間合いに入るのは自殺行為とも見えたが、頭上から恐るべき速さで振り下ろされる重い大槍を、ザフィーリは手にした槍の穂先で軽く突いて軌道を逸らせた。

 ザフィーリの体のすぐ脇を大槍が通過していく。

 槍を短く、穂先の方に持ち換えていたザフィーリが一気に間合いを詰めた。

 長い槍は、ある程度距離を取っての戦いには有利だが、手元にまで入り込まれるとリーチの長さが逆に弱点ともなる。

 「おおっ! ・・・・こいつぁ、驚いたな」

 体勢を立て直したペレグリナがザフィーリに向かって呼びかけた。

 「俺の地竜斬をそこまで見事にかわしたのは、おめぇが初めてだ」

 「わたしも必殺の突きを外されたのは初めてです」

 ペレグリナから距離を取り、油断なく身構えたザフィーリがそう応えた。

 「惜しいな」

 「なにがですか?」

 「それほどの腕を持っているおめぇが、ここで死んじまうのが惜しいと言ってるのさ」

 「それはわたしの腕を認めてくださったという理解でよろしいですか?」

 「ああ、認めたな。で、あまりに惜しいから一つ提案があるんだが」

 「なんでしょう? 降参しろとかは駄目ですよ?」

 「おめぇ、あいつの」

 ペレグリナがライムジーアを指さした。

 「部下を辞めて俺の部下にならねぇか?」

 「お断りです!!」

 「なんだとぉ!?」

 ペレグリナは目を剥いた。

 「どうしてだ!? そんなへなちょこより俺のほうがずっと強い。俺の相手を自分でせずにおまえに任せてる時点で、腰抜けもいいとこだろうが!!」

 「もちろん、剣や槍を取れば、わたしは皇子様より遥かに強いです」

 ・・・まったくもって、そのとおり。

 「ですが人の価値は、いえ、人の大きさは、斬った張ったで決まるものではありませんよ、ペレグリナ殿」

 「だったらなんで決まると言うんだ!?」

 「人の大きさは存在の大きさで決まる、と申し上げればいいでありましょうか」

 ペレグリナの顔に戸惑いの色が浮かんだ。

 「そ、存在の、大きさ?」

 「たとえばあなたはここでなにをしているのですか? 亡国の再興なんてことを本気で考えているのですか?」

 痛いところを衝かれ、ペレグリナの視線が揺れる。

 「い・・・いや、別に幾らとかいつとか決めてるわけじゃねぇ。とにかく十二分の資金を貯めないと動けないからな。金があって、こいつらがいれば、王国の再建も・・・できる」

 それはかなり苦しい答えだった。

 そんな簡単なわけがないことは、誰にだってわかる。とくに、ザフィーリもまた国を失った者であるのだ。

 「できませんよ!」

 ザフィーリはだから、ズバリと斬り捨てた。

 「いったい誰が、山賊の建てた国を信じますか? 信頼されない国に集まる国民などいません。集まるとすれば犯罪者かそれに類する者。そんな国が、エスファール王国なのですか?」

 ペレグリナの視線が地面に落ちた。山賊と犯罪者の国。そんなものに祖国の名を、名乗らせられるわけがない。

 「だが、俺は昔の部下を食わせていかなきゃならねぇ。家族を持っている奴もいるし、どうしたって金がいるんだよ!」

 顔を上げ、ペレグリナは怒号を上げた。仲間の生活を支えるため、これは非難させない。そう思ったのだろうが、ザフィーリは容赦なく否定した。

 「山賊の家族に、どんな未來がありますか? 自身は処刑されるだけ、家族は野垂れ死にが関の山でしょう」

 「・・・・・・」

 ペレグリナは答えなかった。応えられなかった。

 「そして今、あなたは自分と仲間たちに立ち直る機会を与えようとしてくれる人に牙を剥いている。そんな人を人として大きいとは言えません」

 「く・・・こ・・・な」

 ペレグリナは目を白黒させつつ、顔を赤くしたり青くしたりしている。やがて彼は怒りの形相でライムジーアを睨んだ。

 「じゃあ、そっちのそいつはどうなんだ!? 皇妃から逃げてる? そんな惨めな境遇でおまえらを従えているそいつのどこが人として大きいんだ!?」

 「勘違いしないでいただきたいのですが。そもそも、皇子だから従っているのではありません。ライムジーア様だから、放っておけなくてついてきているのです」

 「なんだ・・・そりゃ」

 ペレグリナは疑い深そうな目でザフィーリを、その他の者たちを見回した。

 「な・・・なら、貴様たちはどうしてそいつに従っている!?」

 なにを今さらという顔でザフィーリが応える。

 「わたしが皇子様の親衛隊長だからでありますが?」

 「いや、皇子とか関係ないとか言わなかったか!? そうじゃなくて! なんでおまえらはそんな逃げ回るような奴に好き好んで付いていくのかって訊いてんだよ!」

 ペレグリナは苛立たしげな顔で体を揺すり、ザフィーリは少し考える素振りを見せた。が、彼女はすぐに顔を上げた。

 「皇子様がいずれ一国の主になるお方だと思っているからでありますよ。なにより、皇子様は私にとって生涯の友です。ついてくるのは当然でしょう」

 ペレグリナは目を見開き、口をぽかんと開けた。

 皇妃に追われているという状況で、こんなセリフが出る。

 これはただ事ではない。

 そこまで主君が部下に信頼され、むしろ心酔される事例はそう多くない。

 人は利によって動く生き物だ。

 王国が滅亡する際、ペレグリナはそのことを嫌というほど思い知らされた。劣勢に陥るや、沈む船から鼠が逃げ出すが如く帝国に通じる幹部が続出し、最後の決戦すら叶わねままにエスファール王国は滅亡したのだ。

 寝返った幹部も小者なら、そんな幹部を引き留められなかった王も小者。そして、離反する兵を抑えられず、最後まで戦えなかった自分も小者。

 あの時を振り返れば、なるほど、そう言えるのかもしれない。

 「なるほど、おまえの言うことにも一理あるのかもしれねぇな」

 再び、大槍を持つ手に力を込めて、ベラグリナは半歩前に出た。

 「おまえが勝ったら、いいだろう、部下ともどもあいつの兵卒になってやる。だが、俺が勝ったらおまえを俺のモノになってもらうぜ」

 ザフィーリの眉が一瞬跳ねた。

 またしても、自分が戦利品とみられていることに驚いたらしい。

 「・・・承知しました」

 二人は再び得物を構えて睨み合う。

 「行くぜ!」

 「どこからでも!」

 ペレグリナは大槍を振り上げ、ザフィーリは槍を突き出した。

 間合いが近すぎて、二人とも槍を好きには振れない。

 殴り合いでは膂力に劣るザフィーリに勝ち目はない。

 彼女は思い切りペレグリナの体を蹴り、その反動で宙に舞い、大きく背後に飛んで見事に着地した。

 ザフィーリに蹴られたくらいで倒れるペレグリナではないが、足を踏ん張ったせいでザフィーリを追撃することはできず、二人は再び間合いを取って睨み合う。

 そうして二人は、大槍と聖槍を振るい、何合も斬り結んだ。だが、ペレグリナは勝てなかった。ザフィーリも勝てなかった。仕合は膠着状態に陥り始めていた。

 その直後。互角に思えた勝負は意外なことで均衡が崩れた。


 馬が駆け込んできたのだ。それとほぼ同時に、どこから降ってきたのかシャルディが広場の真ん中に降り立った。ちょうどザフィーリとペレグリナが、仕合を仕切り直すために開けた間合いの中間だった。

 「間に合ったか?」

 周囲をぐるりと見回して、シャルディが小首を傾げた。

 「なんでぇ、いったいなにが・・・」

 不満げになにやら言いかけたペレグリナが、目を点にして駆け込んできた馬を見た。いや、その馬に跨がった男をだ。

 「モスティア、か?」

 「お久しぶりです。ペレグリナ大将軍」

 馬を下りたモスティアが、地に膝を着いて頭を下げた。

 「生きていたのか・・・」

 呆然と呟くペレグリナ。

 「はい、帝国に敗北したあと、兵士たちの命を安堵することを条件に膝を屈し生き長らえておりました」

 モスティアが、手短に自分の変遷を話し始めた。

 「シャルディ、ご苦労様」

 ともかく、仕合は停止したと見たライムジーアはシャルディの肩に手を置いて、労をねぎらった。もちろん、ザフィーリのことも忘れない。

 「・・・勝負は引き分け、かな?」

 モスティアの話が、一息つくのを待ってライムジーアは声をかけた。

 「・・・・・・」

 ペレグリナはライムジーアを見つめたままなにかを考えているようだ。

 「いや、ちょっと待て」

 ペレグリナはライムジーアとモスティアとを見比べるように視線を交互に動かしている。

 「なにか不満が?」

 「不満というか・・・。結局のところ、お前たちはこれからどうする気なんだ?」

 ペレグリナは探るような目でライムジーアを見つめた。

 「そうだな・・・」

 ライムジーアは少し考えてみる。

 「とりあえず、逃げ回りながら信頼できる仲間を増やす。そして、機を見てどこかの辺境で国を建てるつもりだ。できれば帝国内で自治権を持つ国をね。そうじゃないと帝国に滅ぼされてしまうから」

 「・・・さっき、エスファール王国再興なんて無理とか言ってた気がするが?」

 「僕は山賊じゃないよ?」

 「ああ・・・そうかい」

 間っ平らな声を、ベレグリナは吐き出した。

 なんとも、調子の狂う皇子様だ。

 「いいだろう」

 ペレグリナは大きく長く、息を吐き出すと、決意を込めた瞳を部下たちに向けた。

 「俺は、たった今からライムジーア様の部下になる。それが嫌な奴はまっとうな仕事を探せ。山賊でいれば俺は敵になるかもしれんからな」

 それから、驚いているライムジーアにニヤリと笑いかけて膝を曲げた。

 「ここで山賊なんかしてるよりは、いい人生を送れそうだ。力しか能がねぇ俺でよけりゃ、使ってくれ」

 「ありがとう。助かるよ。仲間は一人でも多い方が心強い」

 破願して、ライムジーアはペレグリナに手を貸して立たせた。

 仲間と呼ばれたペレグリナが微妙な顔で頭を下げた。

 照れたらしい。

 「ただ、今はまだ連れてはいけない。あまり目立ちたくないからね。時が来たら報せを送る、それまでは静かにしててもらえるかな? 潜伏先や、資金に困るようなら人を紹介できるよ?」

 「いや。その心配はいらねぇ。二、三年暮らせるぐらいの金はある。王国の再建にはレンガ一つ分にもならねぇ金でも、俺たちを養うには十分な額だ」

 「そうか。なら、なるべく早く報せを送れるようにするよ」

 もしかすると、その日は意外に近いのかもしれない。

 そんな予感とともに、ライムジーアは約束した。

 「おお。待ってるぜ」

 ペレグリナのごつい手は、意外に温かかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ