父
皇宮まで、帝都を貫く大通りを馬車で運ばれた。
一応は皇族用の馬車を用意してくれてはいたが、中は見えないからと僕にザフィーリとサティオ、三人の警護兵を押し込められたのでは、平民の乗合馬車と大して変わらない。
内装は豪華だったが。
「相変わらずの厚遇ですわねぇ」
サティオが、僕の胸に頬擦りしながら言ってくる。
その僕はと言えば、隣に座るザフィーリの胸に、食い込むような格好になっていた。
狭すぎる。
特にサティオがいる状況では。
皇宮内へと向かう馬車、しかも場合によっては反逆罪が適応できてしまう状況。ザフィーリが武装を解除されているのが、幸いと言うべきかもしれない。
これで、鎧を付けて長剣でも佩かれていたら、あちこちぶつかって怪我をしてしまう。
「皇子様と従者を同じ馬車にのせるなんて!」
ザフィーリが憤慨しているが、僕としてはバラバラにされるよりは安心なので有難い。
僕自身のことなどどうでもいいが、知らないところでザフィーリが拷問を受けるとか想像したくもない。
目の前に本人がいればその心配はしなくていいわけだ。
相手の言葉の節々に、人質の有無を匂わせるものがないかと気を張ることもない。
安心だ。
皇宮内についたところで、馬車から降ろされる。
広い通路が親衛隊の兵士で埋まっていた。
僕が降りると、ザッと一度だけ音がして、兵士たちは左右に整列して細い通路を作り出した。そこを歩けということだろう。
左右に武装した兵士がいる状況で歩かされる。
緊張しないわけがないが、僕は努めてリラックスした表情を心掛けた。
こんなに大勢の兵士がいる前で暗殺とか、ありえない。
暗殺する気なら、帝都までの旅の途中でいくらでも機会はあったはずだ。
途中で捕らえて、地下牢へ放り込むのにも。
何とも思っていない顔を作って、いかつい顔の兵士たちに手を振った。懐かしの我が家に帰って来た子供が、飼い犬のドーベルマンに手を振るようなものだ。
「皇子様」
後ろから、ザフィーリが声をかけてきた。
目顔で通路の先を差している。
目を向けると、兵士が作る狭い通路の先に懐かしい顔があった。
亜麻色の髪に鳶色の瞳。僕より二つ年上の少年だ。
「クレオル!」
一声かけて、駆け寄った。
ずっと帝都で情報収集をしてくれていた、信頼する家臣だ。
唯一の不満は、こいつが美少女でないこと。
それぐらい優秀な奴だ。
「おかえりなさい、皇子様」
へらへら笑って手を差し出す。僕は思い切り握手し、感極まって抱きしめた。
男とのハグなんて、僕の趣味ではないが、それはクレオルも同じ。それが口元にニヤニヤ笑いを貼り付け、目だけは真顔で手をさし出してくる。
なにか内密に話したいことでもあるのだ。
「盟友たちも集まっていますよ。『盟友の友』に関わることなら事情を聞きたいし、ことによってはひとこと言わせてもらう、とね」
思った通り、耳元に口を寄せて囁いてくる。
口調が真剣だ。
顔の表情とは裏腹に、結構緊迫している状況のようだ。
とはいえ、この短い報告は朗報だった。
どうやら孤立無援ということはなさそうなのだ。
「わかった」
小さく囁いて、顔を上げる。
そして、ぱっと離れた。
すぐに、クレオルはザフィーリの後ろに控える。
理由は、後ろの兵士がザフィーリに斬りかかろうとしたら盾になるためだ。
ザフィーリは有能で頼れる護衛だが、目が顔にしかなくて、しかもその眼は僕と僕に近づくすべての者を監視するのに忙しい。背中側を見ることができない。
なので、万が一暗殺や伏兵があっても、背中をいきなり斬りつけられて終わりにしないためには背中に盾が必要なのだ。
バカげていると思わなくはないが、それでも可能性が少しでもあるならやる意味がある。
ここはもう、敵地なのだから。
もっとも、その一撃を何とかしのいだとしても、ここにいる兵士がすべて敵となったなら、僕が生きて外に出られる可能性は皆無だ。
そんなことは、承知の上ではあるだろうが。
皇宮内に入り、通路を進んだ。
まだ勝手口ということもあり、派手さはない。
兵士たちの多くは入る資格すら持っていないからだろう、人気のない廊下が続く。
人気がないと言っても、仲間内で気楽におしゃべりできるわけではない。前には案内役の皇宮警護隊の兵士が、後ろにはこの三日間ともにいた五人の騎士が、それぞれついている。
そして、外ではさっきの兵士たちが向きを変えて立っていて、僕が飛び出せば即座に生け捕る態勢をとっていることだろう。
そんなことを考えながら、角を曲がる。
・・・そうだろうな。
当然だ、と思わず口元が歪んだ。
廊下の向こう端に、検問所か兵の詰め所かと思わせるものが見えたのだ。完全武装の兵士が多数いる。
皇宮の内外で、騒ぎがあったときのため、一定間隔で配置される兵士たちだ。
皇帝直属の近衛兵。
そのはずだ。
だが、何かおかしい。
「変だな。軍装がおかしいぞ」
歩く速度は変えずに、首を傾げた。
「近衛に限らず、皇宮内に入る資格を持つ兵士のほとんどが皇宮内にいます。めったにないケースですね」
天気の話でも始めたかのような気楽さで、クレオルが教えてくれた。
なるほど、そういうことかと思う。
皇宮内に入る資格を持つ兵士。
近衛騎士はもちろんのこと。そうではない兵士の中にも、特に禁止されない限りは自由に出入りを許されている兵士というのが存在するのだ。
人数は厳しく制限されているが、大貴族の私兵の一部や、過去に大きな功績を上げた騎士などには入る資格が与えられている。
僕が皇宮に軟禁状態だったときに、話を聞こうと呼び寄せた老兵士たちもこれに当たるのだ。
それに・・・。
「・・・・・・」
笑い出しそうになった。
盟友たちが送り込んできた兵士も、近衛や貴族の私兵たちが作る壁の向こうに見ることができる。
なかなか見れない光景だ。
盟友たちが皇宮内を歩き回るなんて。
それも、代表者たちではなく兵士が、だ。
資格は与えられていても、わざわざ皇宮内にまで入り込んでくるというのは見たことがない。
普段見ることがないというのは、近衛兵たちにとっても同様だ。
僕は盟友たちとは言葉も交わすし、会食やハグもしあう中だが、兵士たち、とくに帝都にいる兵たちにとっての盟友とは得体のしれない生き物だ。
緊張もひとしおだろう。
「元の宰相と内戦を起こしかけた皇子を、見物にでも来たのかな」
気軽そうに言って、笑ってみる。
無表情の近衛とは異なり、貴族の私兵たちは激しく動揺した。見物という表現はともかく、それぞれの雇い主には何らかの思惑や考えがあるのだろう。
皇妃の手の者もいるのだろうし。
近衛兵の何人かは、皇帝じきじきにその監視を命じられているはずだ。
そう考えるとなかなかに緊張感がある。
集団の中に、敵と味方と、どっちなのかわからないものとがごちゃごちゃとまじりあっているのだから。
盟友たちの兵は、僕と一緒になって笑っている。
こちらは、あまりものを考えないし、規律なんてものもないからゆるゆるだ。
たぶん、与えられている命令はただ一つ。
僕が、他の兵士に殺されそうだったら助けて外に逃がすこと。
大体、そんな感じのはずだ。
この辺はわかりやすいし、予測も立てやすい。
問題になるのは、陛下がどう考えているか、だ。
これが、どうにも読み切れない。
僕を反乱分子と公表するリスクをとってまで処刑するつもりなのか、はたまた逆賊の大公を燻りだすのに功績があったとして勲章の一つでもくれるつもりなのか、だ。
兵たちが屯している場所は他にもあった。
各集団を、検問所かなにかのように通り過ぎる。
表面上はどこも落ち着いていた。だが、皇宮を進むにつれ、本来ならそこかしこで見かけるはずのメイドが全くいないことに気付かされたりして、ひどく不気味だった。
それでも、生まれてからずっと暮らしていた『家』だ。
いまさら驚くような発見などない。
どんどん進む。
そして、どうやら目的の場所にたどり着いたらしい。
先を進んでいた近衛が立ち止まり、踵を支点に直角に身を回した。
『紫水晶の間』。
そう名付けられた広間だ。
とりあえず、この場で斬首はないな。
少しだけホッとした。
ここは、贅をつくした「お茶会」などをするための部屋だ。血生臭い話をするような部屋ではない。
もちろん、部屋の本来の使い方と違うことをしないなどという保証のあるはずもないが、それはそれで、あえて今、この部屋を使う理由もないともいえる。
状況に会う部屋なら、ほかにいくらでも探してこられるのだから。
近衛が、重々しく扉を引き開いた。
重々しく、であって、重い扉を、ではない。
普段使いの広間だ。そんな開け閉めに苦労するような扉など意味がない。
格式などと言うモノのために、軽い扉を重そうに。音もたてずに開け閉めできるものをわざと音をきしませる。
近衛の兵が一番に覚えなくてはならない、最も重要な『演技』技術だ。
案内役と、護衛兼監視役の騎士はここまでだ、ここからは僕とその付き人のみが入ることを許される。
「元気そうだな」
部屋に入り、背中で扉の閉まる音がしたかと思うと、すぐに威厳ある声が掛けられた。
僕の背後で、ザフィーリが息を呑む音がした。だけど、サティオなんかは平然としているようだし、クレオルもあまり畏れる様子がない。
僕も、あまり畏れはなかった。
アバリシア・ハーブギリ・モナルカ・カイラドル。帝国皇帝が、そこに立ってはいた。しかし、目の前にいるのは皇帝という服を脱いだ父親だったから。
皇帝の略綬を付けず、服も権威などを表すための色がない。つまり真っ白な服を着ている。これは、階級や社会的立場という意味において、裸になっているということを意味するのだ。
「お、おめずらしいですね」
畏れはしなかったが、緊張はする。
なにしろ、父親としての姿を見るのは3年ぶりくらいだ。
「まあな。理由はわかっているな?」
「ええ、まあ・・・」
皇妃をあまり刺激したくなかったからだというのはわかっている。
皇帝の寵愛を受けている、なんてことが皇妃の耳に入ったら最後、どんな『事故』が起きるか分かったものではない。
子として気にはかけているが、重用するようなつもりはない。
そう思わせておく必要があったのだ。
建国記念の式典で、外交官として称号を与えつつも実質的には何も与えない決定をしたのも、そのため だ。
「だが、もはやその手で逃げるのも難しくなってきた」
父は、ため息をついた。
政戦両略でさんざん悩んできただろう男が、一人の息子を思っての溜息。
規模は恐ろしく小さいが、一人の人間としては最高に重いものと言えるだろう。
「難しと言うより、ムリと言うべきかと思いますけど?」
可能な限り軽い口調で言って、僕はザフィーリたちに控えの間へ行くよう指示を出した。同時に、僕自身は反対側のVIPルームへと歩き出す。
この部屋が選ばれた理由は、これだと察しがついたからだ。
『紫水晶の間』は廊下との入り口が一つしかないのに、部屋は三つに分かれているという特殊な構造をしている。
いろんなところから送り込まれている騎士や兵士たちのいる廊下を扉と広間で区切り、『盟友たち』を控えの間で待機させ、VIPルームとして使われる個室で僕と二人きりで話を付ける。
そのための部屋として、ここは最善の場所だ。
個室には、丸テーブルと椅子が数脚置いてある。
一つに腰を下ろすと、父も入ってきて椅子に座った。
「その通り、ムリだ」
お手上げ、と肩で手を開いて首を振る。
「一応言っておくが、お前の母にたいしては罪を感じている。まさか、あそこまでするとは思っていなかったのだ」
苦しげな声で、弁解じみたことを言い出した父親を、僕は意識して冷静に見た。
前世の記憶もあるが、こちらの世界での母のことも知らないわけではない。
生まれた時から意識がはっきりとあったから、おむつを替えてくれた相手のことは全員知っている。それはつまり、この世界出てきて最初に見た、母親の顔もているということなのだ。
「どこかの田舎で、暮らしてくれることを望んでいた。死なせる気などなかった」
皇帝たる者の威圧的な姿とはかけ離れた、一人の男としての彼は普通に弱い人間であるらしい。
頭を抱えて泣きだされてしまった。
「すんだことを言っても、なににもなりはしませんよ」
酷な言い方かとも思うが、時を巻き戻せない以上。こんなとこでクヨクヨ泣かれても、こちらがいたたまれなくなるだけだ。
やめてほしい。
「わかっている。私が言いたいのは、お前まで死なせるのに私は耐えられないということだ。何としても守りたい。しかし、その方法がわからない」
いや。
これは嘘だ。
いくつかの方法は頭に浮かんでいるはずだ。
ただ、実行したくないだけで。
国を興すまで、何千という人間を死なせてきた君主だというのに、自分の身内を殺すことはできないようだ。
そう、皇妃を処刑すればいいだけなのだ。
僕を生かすため、自分の妻を殺す。
守りたいのが僕だけなら、それが簡単な解決法だ。でも、できない。
皇妃もまた、問題が多く、憎むべき理由があるとしても、『家族』には違いない。
僕は、微笑んだ。
父が、驚いたように目を見張る。
「僕を追放すればいいんです。できるだけ辺境に。たとえば、フエルォルトとか」
「『盟友たち』からも似たような案が出ていた。・・・あれは、お前の意を汲んでのものなのか?」
ちらっと、皇帝の顔がのぞいた。
なにか思惑があると感じたのだろう。
「そういうことです」
なので、答えは短くした。
余計な情報を伝える気はない。
こんな父の顔を見たあとでは、隠す気もなくしてしまったし。
「よかろう。・・・要望はそれだけか?」
「行動の自由と、いま僕が持っている人や物を取り上げられないことを確約していただければ、他はありません」
これだけは、もうずっと前から答えとして用意していた。
これほど穏やかな交渉ができるとは思ってもいなかったけれど。
「わかった。その線で話を進めよう。確約までは約束せんがな」
「かまいませんよ。僕も、本音をすべて晒したとは言いませんから」
父は、ニヤリとして僕の肩を叩くと、部屋を出ていった。
数分後、僕は近衛兵の呼び出しを受けて地下牢に入り、一月後にフエルォルトへの追放を命じられた。
次回更新は12/9に行います。
↑すみません、ムリでした。
本来はここで2部のエピローグを更新していったん停止するつもりだったのですが、時間が無くなりました。
2部のエピローグはなしとして、3部のアバンタイトルへと切り替えます。
ですので、次の更新は4月の中頃。3部となって始まります。




