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追撃


 それは、当初から撤退中の敵への追撃戦の様相を呈していた。

 普通、城を持つ軍団で相手が攻撃してくると知っていたら、城にこもるものだ。

 だというのに、『娼婦の恋人』を名乗る軍団は城を捨てて移動を始めた。

 その報は、偵察のための兵を大量投入していた大公側にも伝わっている。

 「チッ・・・わざとか偶然かは知らんが。面倒な」

 デセデティは舌打ちをすると同時に石の床を踵で蹴りつけた。

 城にこもったままであれば、その後の運用はともかく始まりは単純だ。

 全軍を持って城を囲む。

 四方から間断なく戦いを強いて疲弊させ、頃合いを図って城へ潜入、開門して、袋叩きにする。それでいい。

 だが、城を出て移動しているとなるとそうはいかない。

 どの時点で、敵のどの部分に攻撃するのか、戦闘中にない部隊をどこに置くのか、補給は? 考えることが増える。

 兵士は言われた通りに動いて、目の前の敵を叩けばいいが、司令官というのは気苦労が絶えないものなのだ。

 「どこに向かっているかはわかるか?」

 デセデティは側に控える新任の副官を見た。

 以前の副官のもとで情報参謀をしていた男だ。

 総合的な信頼では前の副官に遠く及ばないが、情報分析には信頼を置いている。

 「斥候の報告によれば、スエルリュック州にある港町に向かっているようだ、とのことです。奴らが無駄に大回りの迂回ルートを進んでいるということでなければ、そこに向かって直進しているということになります」

 「おまえ自身の分析では、どうだ?」

 「もともと、奴らは海賊を名乗っていましたからね。港に向かうというのはあり得ることです。それと近隣から集めた情報によると多くの荷馬車が同じ場所目指して動いた形跡が確認できます。まず間違いないでしょう」

 敵の進む方角について、ある種の確信をもって報告した副官は、さらに言葉を続けた。

 「もとより、敵の目的が何なのかという問題があります」

 国家設立や領土の占拠が目的とは思えなかった。

 仮にも帝国内である。いかに忘れ去られようとしている片田舎とはいえ、帝国政府の目は届くのだ。

 自国内に得体のしれない武装勢力がいることを、良しとする帝国ではないからには、多少の時間的猶予はあるにしても、放置され続けることなどありえない。

 いずれ殲滅される。

 それがわからぬような奴らなら、デセデティたちが苦戦(敗北とは認めていない)などするはずがない。

考えられるのはイナゴだ。

 大挙して餌場に訪れ、めぼしいものを食べつくして次に行く。

 そういう集団だろうという推察だ。

 だが、それだとするならばヴァスケ・ボルトからの食糧の運び出しが少なすぎた。

 近隣の荷運びに駆り出された人夫を捕まえ、穏便に、あくまでも穏便に話を聞いたところでは、廃屋の資材などは大量に運び出したのに、食料はごくわずかしか運び出していないという。

 わけがわからない。

 目的が読めないのだ。

 「親父への嫌がらせ、そうとしか思えんな」

 狙われたのは強制収容所にヴァスケ・ボルトの王城。大公ゆかりの場所ばかりが狙い撃ちされている。

確かにそう見えなくもない。

 だが・・・。

 「いやがらせにしては、大規模ですね」

 というか、嫌がらせ相手に傭兵団を二つ壊滅させられ、収容所も六つ崩壊、デセデティは敗死寸前になって逃げかえってきたことになる。

 「いやがらせがダメなら・・・ケンカを売りに来ているってことでもいいが」

 重苦しい声で、デセデティが唸るように言った。

 危険信号だ。

 逆鱗に息がかかったようだ。

 「大公様を敵に回して生き延びることができると本気で考えているのでしょうか?」

 触ってしまう前に、と副官は発言の軌道を修正した。

 「噂によると、『生まれてきちゃった皇子』が関わっているって話だからな。逃げ切る当てがある可能性はあるな」

 幸いなことに、デセデティは深く追求してこなかった。

 自分の敗北を完全になかったことにするほど横暴ではないらしい。

 「王妃様に命を狙われている最中だとも聞きますが?」

 王妃の手の者たちは、対抗にも情報提供を求めてきていた。

 中には、大公を脅すようなものもいたらしい。

 帝国国内で、好き勝手していることを皇帝に知らせてもいいんだぞ、と。

 そんな奴らは早々に、この地上から旅立つことになったが。

 「噂が本当なら、それを見事にかわしているんだ。自信があるんだろうよ」

 話の内容だけで考えれば無茶苦茶な話だが、現実に逃げ回り、軍を率いて自分たちをまかしてすらいる相手なのだ。

 それなりの考えと、判断のもとに動いている可能性は高い。

 「だとしますと、極論として、このまま逃げさせてしまった方がいいような気もするんですが・・・それでも追撃しますか?」

 このまま、河に船で逃げてくれれば、この辺りは再び大公の支配下に収まる。

 わざわざ戦力を減らす愚行に走らなくてもよいのではないか、副官はそう指摘した。

 「言いたいことはわかる。だがな、このまま逃げられちゃ親父の権威は失墜し、影響力は薄まるだろうな。近隣の領主や海賊に舐められる。傭兵たちにも見放されかねない。少なくとも一度は勝って『追い出した』としないと格好がつかないだろ」

 傭兵団を二つ壊滅させられ、デセデティも一時的撤退を余儀なくされた。あるいは敗北した、という情報は隠そうとしてもいずれは漏れる。

 そうなれば、でかいこと言っていてもその程度、と思われるのは必定だ。

 これまでほどには無茶を利かせられなくなる。

 最悪、離反や反抗も出てくるかもしれない。

 それを防ぐためにも、一度は勝っておかなければならないのだ。

 勝ち逃げを許すわけにはいかなかった。

 今後の支配力の維持のため、彼らは負けはもちろん、逃げられることも許されない。勝たずば生きて戻れぬ状況に追い込まれていた。

 「格好つけのための勝利・・・ですか」

 副官は思わずため息が出た。

 そういう発想になる時点で、もう負けてるも同然ではないか。と思ってしまっている。

 デセデティはそれを否定することができなかった。

 「くだらないとは思うが、それが現実だ。とにかく、勝てる作戦を立ててくれ」

 「それが任務ですから、もちろんそうしますけどね」

 そう答えて、副官はテーブルに広げた地図と、部下達から送られてきた報告とに目と意識を集中させた。

 撤退していく敵を追っての追撃戦。

 とにかく、どんな形でもいい。一度は勝たねばならない。


 「あの旗、見覚えがあるな」

 しだいに大きく、はっきりと見え始める敵軍の背中を遠望して、デセデティは抑揚のまったくない平坦な声を絞り出した。

 つい先日、二倍以上の兵力で相対しながら、無様な敗走を強いられた相手が、そこにいる。

 このとき、デセデティのもとには九千に及ぶ兵がいた。

 各地から搔き集めた軍勢だ。

 ただ、本来であれば、もう一万はいるはずだった。大公のもとで働いている三つの傭兵部隊が、新たに指揮下に入る予定になっていたからだ。

 それがいない。

 荷馬車の数が足りず兵站が崩れる、基地内の奴隷どもが反乱を企図したためその対応に時間がかかっている、日が悪い・・・。理由は様々だが、ようするにデセデティが前回負けたことが伝わり、腰が重くなっているのだ。

 恐れていた以上に、話が広まる速度は速く、範囲も広かったらしい。

 このあとの一戦で、確実な勝利を得なければ、彼らは二度とデセデティの指示・命令には従わないだろう。

 ここにいる九千で、勝たねばならない。

 追い詰められたわけだが、そのための相手が先日敗北を喫した相手というのは、どうにもやりにくい。

もちろん、ライムジーアはそれも見越して、ベレグリナをこの位置に置いたのだ。

 「臆していても始まらぬ。行くぞ!」

 作戦はすでに決めてある。

 あとは実行するだけなのだ。

 自分の迷いを断ち切るかのごとく、声を上げ、デセデティは馬の腹を蹴った。

 敵の背中が、一気に大きくなる。

 作戦自体は単純にしてオーソドックスなものだった。

 敵は撤退している。

 つまり、行軍中なのだ。

 列を作って進んでいる。

 どんな大群でも列を作っての最後尾はごく少数の固まりに過ぎない。

 この最後尾に、凹陣形で攻めかかる。

 最初の一撃は言うまでもなく、こちらが多勢。

 三方からの包囲戦で一気に殲滅。

 慌てる敵の陣列をそのまま突き崩しつつ進む。

 一匹の蛇の尾にくらいついた蛇が、そのまま呑み込んでしまおうというかのように。

 もちろん、そのまま蛇を丸ごと呑み込んでしまえると考えるほど、楽観視はしていない。

 とにかく、初手で相手を動転させ、混乱しているうちに戦果を拡大して、相手が態勢を整え終える寸前に引き上げる。

 これが、デセデティとその副官が出した戦術だった。

 この勝利を持って、傭兵団に喝を入れて戦力を糾合、もう一撃を加える。

 そうすれば、この地における支配権と、影響力を取り戻せる。

 現在、見えている敵はこちらの三分の一にも満たない。

 急襲して一撃、ひと息に叩き潰せる。

 そのあとば順次、攻めかかって来る、または逃げに掛かる敵をなぎ倒して進むだけでいい。

 「しょ、将軍!?」

 だけでいい。

 そう自分に言い聞かせるように馬を走らせるデセデティの横で、副官が青ざめた顔で、悲鳴のような声を出した。

 なにごとか?!

 聞く必要はなかった。

 デセデティにも、それは見えていた。

 敵兵が、わっ、とばかりに前へと走りだしたのだ。

 それが慌てふためいてのものならばいい。

 そうではなかった。

 明らかに予期していて、用意していた行動だった。

 整然としていて動揺しているようには見えない。

 予測されていた!?

 ギリィッ!!

 歯を食いしばる。

 こちらの思い通りに動いてくれる義理が相手にあるわけはなし。自分たちが攻める立場なら、とこの戦術を予想することはさほど難しくはなかっただろう。

 それならば、対応策も考えていて当然。

 敵の行軍隊形は、自分たちの戦術を予想可能なものになるよう誘うものであったのだ。

 しかし、そこまではデセデティたちも、もちろん考えていた。

 予想していたし、対応を検討もした。

 だが・・・。

 いきなり逃げ出すとは予想していなかった。

 デセデティたちが考えていた相手の対応は、最後尾の一部隊が後衛を任された部隊から切り離され、命を捨てて壁となるあいだに残りの兵が陣形を形作って殿となる。

 その間、本体はかまわず前進を続ける、というものだった。

 まさか、いきなり逃げ出すとは!

 「だ、だからどうした。こちらの戦術を特定するためであろうとなんであろうと、隙を作っていることに変わりはない。追え! 追えぇぇえぇえぇぇ!!」

 ここで引き揚げるわけにはいかない。

 先日は敗北し、この度は戦わず逃げた。

 そんな話が伝われば、もはやデセデティに未来はない。

 相手の予想を上回る速度で追いつき、相手の予想を上回る圧力で罠を蹴破る。そして、敵を叩きのめす。

 そのうえで、予定より早く撤退する。

 それしかない!

 このときすでに、デセデティには選択肢が無くなっていた。


 「逃げるのは性に合わねぇんだがな」

 続々と自分を追い抜いていく配下の兵たちを見送って、ベレグリナは楽しそうだ。

 逃げるのは・・・と言いつつ自分は逃げるどころか立ち止まる勢いで歩調を落としている。

 「なにも、自分から追いつかれに行くこともないでしょうに」

 そんなベレグリナを、モスティアは呆れたように見ていた。

 もっとも、そんなことを言いつつ、彼ものんびりとした歩調で馬を歩かせているので、説得力は皆無だ。

 デセデティたちが追いかけなくてはならないのと同様、ベレグリナたちは逃げなければならなかった。

 ある程度は。

 「敵、迫ります!」

 後方で敵の動きを監視していたドゥラスが、駆け寄ってきながら報告した。

 いよいよ、敵の先鋒がこちらに噛みつけるところまで近づいたのだ。

 だが、それは逆に言えばベレグリナたちが噛みつける距離にまで、敵が来てくれたともいえる。

 「ようし、テメェら、お客さんをおもてなしすんぞ!」

 ベレグリナが怒鳴る。

 周囲にいた兵たちが、一様に口元を三日月形に歪めた。

 ベレグリナの周囲にいるのは、デセデティの軍が最初に攻撃する羽目になった相手は、三度の飯の次に斬り合いが大好きな、戦闘狂たちだ。


 デセデティたちは予想外に頑強な壁にぶち当たった。

 兵力数では断然こちらが有利、敵一人をこちらは四人から五人で相手にできる。それほどの差がある。

 普通、これだけの兵力差を示せば、敵は及び腰になるものだ。場合によっては戦わずして崩れ去る。それなのに・・・。

 「奴らバカですな。数を数えられないと見える」

 副官が憎々しげに吐き捨てた。

 そう。

 数の差など目に入っていないかのように、敵兵は嬉々として剣を振り回している。

 その姿はすでに返り血と死んだ味方の血で赤く染まってすらいた。

 数で押しているはずのデセデティ兵の方が、その姿に気圧されて及び腰になりそう・・・いや、すでになりつつある。

 だが、それは敵のごく一部だった。

 価値観のおかしい一部の兵が、熱狂的な戦闘に溺れているだけ。

 あれをさえ越えれば、予定通りの戦いが展開できる。

 あの壁さえ越えれば。

 デセデティの目が、そのおかしな奴らの真ん中に、先日の大男を捉えていた。

 あいつさえ、あいつさえ殺せば!

 視線に殺意が宿る。

 と、突然、前方ではない場所で怒号が発せられた。

 副官が弾かれるようにしてそちらに顔を向けても、デセデティの視線はベレグリナから外れることがなかった。

 「将軍!」

 その肩を、副官がつかんで揺さぶった。

 何事か、ようやくベレグリナから視線を外し、副官の指さす方を見たデセデティは目を疑った。


 「ひゃっほーい!」

 陽気な声が放たれるたび、首が一つ宙に飛びあがる。

 それは、アマゾネス姉妹の妹、フファルだ。

 特徴的な曲刀を振り回す妖艶な美女。褐色の肌に血が飛び散るのも構わずに、目につく敵を実に楽しげに惨殺していく。

 「たく! 調子に乗って!」

 イラ立ったように吐き捨てた姉、ファルレの周りには首筋を切り裂かれた敵兵が積み重なっていた。

 それなのに、返り血は浴びていない。

 「あれじゃ、そのうち剣が鈍るでしょうに!」

 首の骨を切り、大量の血油を浴びる。

 どんな業物の剣でも、切れ味が落ちることは確実だ。

 獲物がまだまだいる状況、少しでも長く肉を斬る感触を楽しもうと、繊細な剣裁きを己に課しているファルレには妹の奔放ぶりが羨ましくもあり、腹立たしくもある。

 彼女たちサンブルート旅団は、ベレグリナ軍のケツに噛みついたデセデティ軍の右側面に喰らいついていた。

 わずか200人程度の少数。

 喰いつかれるまで、デセデティの軍は接近にまったく気が付かずにいた。

 そして、気が付いたときには手遅れだった。

 まるで、体長10センチにも満たない毒蛇に噛みつかれた馬のようなものだ。

 傷は小さく、見た目の大きさは比較にならない。だが、致命傷に近いダメージを受けているのは馬の方。

 毒が、ゆっくりとだが広がっていく。

 「バケモノか!」

 恐怖に苛まれて、悲鳴を上げた兵士もまた、物言わぬ躯と化す。

 「斬れなくなったら、殴ればいいんだよ!」

 姉の声が聞こえたのだろうか、フファルがただの鉄の棒と化した曲刀で敵兵の鼻を殴りつけた。

 敵兵が、断末魔を上げる間もなく息と鼓動を止めて吹っ飛んだ。

 「きゃはははは!」

 笑いながら、身体を半回転。

 逃げようとしていた兵士の背中にとびかかる。

 「だめだよ、逃げちゃ。殺されちゃうぞ?」

 ボキっ!

 片手を回した首が、明後日の方向に曲がり、兵士はそのまま崩れ落ちた。

 「ほらね」

 びょん、と背中から飛び降りるついでに、振られた曲刀が別の兵士の目をえぐる。

 「ひっ、ひぃぃぃぃっっ!!!」

 兵士たちが目の前で繰り広げられる理不尽な惨状に戦意を失っていく。

 戦意を失った兵は、アマゾネスたちにとっては、単なる遊び道具に過ぎない。

 次々に命を刈り取られていった。

 兵士たちの悲鳴と、アマゾネスたちの楽しげな笑い声が、広がっていく。

 悪夢に取りつかれたデセデティ軍の兵たちは、次第に左側へと押しやられ、陣形が崩れ始めた。


 「なんなんだ、あれは」

 惨状を遠くから見るデセデティは、呆けたようにそうつぶやくのがやっとだった。

 アマゾネスという種族は知っていた。

 戦闘力が高いという噂なら耳に親しんでいる。

 だが、その猛威を見せつけられると、それまで聞いていた、知っていた話が意味をなくしてしまった。

 これほどまでか?!

 という思いがある。

 こんなに恐ろしいものだとは思わなかった。

 前方の壁は固い、右側には小さいが猛毒の蛇がいる。

 デセデティ軍の兵たちに動揺が走っていた。

 そこに。

 「将軍! 前方の敵兵が!」

 「崩れたか?!」

 やっとか!

 そう思い喜色に顔を輝かせたデセデティの顔が土気色になる。

 崩れたのは確かに崩れていた。

 壁ではなくなったのだ。

 かわりに、槍になっていた。

 交戦時、全力で前へ前へと逃げた兵たちが戻っていた。

 そのかわりに、壁となっていた兵たちが槍の矛先となって、こちらに逆進を始めている。

 しかも、その左翼、デセデティからみれば右側に敵兵が壁を作っていた。

 アマゾネスともども、右への退路を断とうという形。

 わかりやすい陣形だ。

 右には逃がさない。つまり、左に誘導しようという陣形である。

 わかっていて、デセデティの兵たちは左へと避けた。

 右は怖い。

 左は開いている。

 逃げるなら左だ。

 その動きが大きくなる。

 大きくなって・・・破綻した。

 わかっていたことだ、誘導されていることは。

 誘導されているということは、なにかあるということ。

 頭ではわかっていた。

 しかし、目の前に敵のいない開けた場所があれば、そちらに行きたくなるのも仕方のないことだったろう。

 結果、陣形の崩れたデセデティ軍は別の悪夢と対面することになる。

 「ネズミは袋に入れて殴るのが一番だニィ」

 獲物を見つけた猫がいた。

 数は自分たちの総力の半数ほど。

 ただし、正面からは巨大な槍が迫り、後方には蛇がいる。

 デセデティ軍は逃げ惑うネズミの群れと化した。

 「ばかな・・・かなり離れていたはずだ! こんな短期間で戻れるはずがない!」

 副官が口角泡を吹く勢いで必死に叫んだ。

 こうなることは考えに入れていた。

 陣形の後方を敢えて攻撃される戦法を敵がとった場合。その目指す戦術は、これしかなかったからだ。

先に攻撃させ、引き寄せておいて、そのあいだに別の軍勢を左右に広げて包囲する。

 全軍合わせての総数では、向こうが上であればこそ可能な戦法。

 わかっていたから、戦果に執着することなく、一戦して勝ちを取ったら即引き上げるつもりだった。

 万一にも、敵の別動隊がこちらの予想より早く、展開するようならば途中でも引き上げる。それを可能にするため、多数の斥候を放ってもいた。

 それなのに!

 斥候は役に立たず、敵の反撃を警告してこなかった。

 その結果、デセデティ軍はライムジーア軍が広げた袋に、頭を突っ込んでしまったのだ。

 彼は知らなかった。

 ライムジーアのもとに、天性の見張りともいえるリンセルがいることを。

 彼は気づかなかった。

 アマゾネスの一隊が、移動先に伏せて獲物が来るのを待っていたことに。

 彼は予想できなかった。

 獣人たちの機動力を。

 彼は気づかなかった。

 最初の攻撃時に逃げる敵を追いかけたことで、敵陣の奥へと誘い込まれていたことに。

 彼は選べなかった。

 戦わずに済ませるという選択を。

 デセデティ軍は、またしても敗北した。




次回更新は10/28とします。

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