表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/43

帝都からの報せ

 敗走するデセデティ・エンテナ軍の姿が見えている。

 周囲には敵の死体が転がっていた。

 「何とか、勝てましたな」

 疲れ切った声でドゥラスが言った。

 言うと同時に腰が抜けたように地べたに腰を下ろす。

 敵の第四軍と第五軍は戦いに参加させなかったとはいえ、二倍の兵を相手に死闘を繰り広げたのだ。

 疲労の極にあった。

 正直、あのまま敵将が押して来ていれば、わずかに上回っていた優勢を失って全滅していたかもしれなかった。

 ベレグリナのあの一言は、限界点から転げ落ちる直前の強がりだ。

 「こっちの被害はどうだ?」

 「そうですな・・・ざっと見て、三十人ぐらいおっちんだようですな」

 千五百余りの敵を討ち倒して三十。

 こちらの兵一人につき敵兵は五十人倒した計算だ

 「そうか・・・いい仕事をしたな」

 「ええ。死んだ奴らも、誇りに思うでしょう」

 ベレグリナもドゥラスも、いつもの野卑た口調を抑えている。

 仲間を失った悲しみは、千五百人でも三十人でも、変わらない。

 「さて、んじゃ。戦死者の弔いを済ませるとするか。その間には手土産の準備も終わるだろう」

 「ええ。あとは壁だけだっつってたんで問題ねぇでしょうよ」

 収容所に籠っていた間、元からいた者たちには体力の回復をさせると同時に建物の解体も進ませていた。

 戦闘開始直前の段階で残っていたのは指令室にしていた建物と、防壁だけだったのだ。

 「運ぶための馬も手に入れましたしね」

 敵の第一軍と第三軍の騎兵隊から、所有者をなくした馬を鹵獲しておいたのだ。

 死んだ馬や逃げた馬もいるが、六百頭は手に入れてある。

 これだけでも大した手柄だ。

 荷物運びが終われば、騎兵隊をさらに六百騎増やせることになる。

 「よし。そんじゃ、雑用はさっさと済ませて、戻るとしようぜ」

 ベレグリナが陽気に声を上げる。

 戦場のあちこちで死体の横に座ったり横になったりしていた者たちが起き上がった。

と、そのとき。

 「ふみゃあ! なんか来るにゃん!」

 リンセルが叫ぶ。

 森の北側を横切るように飛び出してきた騎兵があった。

 数、およそ千。

 さらに、その後ろから歩兵も二千ほど現れた。

 新手の敵か?!

 緊張が走る。

 「ふみゃ! 味方だにゃん。エヌンフトとモスティアなのにゃん!」

 「ふっ・・・なるほどな」

 大剣を杖代わりに立ち、ベレグリナが息をつく。

 「我々だけでは手に余るだろうと思ったようですな」

 バレシアが小さく笑った。

 「我々が敵を押しとどめている間に、あの部隊が敵の背後を襲う計画だったわけだ。提督さんは」

 「初めから計画していたわけではねぇでしょうよ。タイミングが合えば、という程度だったんだと思いやすね。だからはっきりとは言わなかったんでしょう」

 さばさばとドゥラスが指摘した。

 「おお。こいつぁいけねぇ。悪いことしちまったぜ」

 おどけた調子で、ベレグリナ。

 「提督の予想よりも、俺たちゃちょいと強すぎたみてぇだな」

 周囲を見回しながら、ベラグリナは大声で言った。

 疲れ切っていたはずの兵たちが、声を上げて笑った。

 「ふふ、そのようで」

 「あー、なるほど。そういうことになりますな」

 所在なげにたたずむエヌンフトとモスティアを笑い声が包んだ。

 二人はさも居心地悪そうに身動ぎを繰り返すほかなかった。

 彼等は二日後の夜、エステオト基地に帰還することになる。

 そこで軍を編成し直して、兵とドワーフたちはヴァスケ・ボルトに。

 基地と三つの収容所が平らに均された地盤以外、残すことなく消え去って、荷馬車がアルテサノへと運び込んだ。


 「一見、うまくいっているようだけど。実際はどう思う?」

 ヴァスケ・ボルトの王城、その会議室の上座に座って、僕はエリダに問いかけた。

 あれ以来、彼女は少しよそよそしくなったが、それでもケンカしているというわけでもない。話し相手にはなってくれる。

 「私より、あんたの方がそういうの得意でしょ?」

 まぁたしかに。

 夢見る文学少女の彼女よりも、戦史好きの僕の方が戦略的見地は高いといえるかもしれない。

だけど。

 「一般的な忌憚のない答えを聞きたいんだよ」

 専門的な知識がありすぎると、価値観が偏ってしまっていることも多い。なににも毒されていない第三者の目というのが必要なこともある。

 「なら、言うけど。『虎の尾を踏んだ』んじゃないかしら?」

 言いたいことはわかる。

 先の会戦で、大公の秘蔵っ子だとの報告を受けた将軍を、あと一歩で戦死させるところまで追い込んだのだ。

 あまり大規模な騒ぎにはしたくないし、なにより長引かせたくないという思いがあるはず、となると全戦力を投じての決戦。あるいは僕の暗殺を企てることが考えられる。

 だが、暗殺は成功率が低い。

 短期に、確実に収拾を図るなら、やはり決戦だろう。

 「やはり、そうなるか」

 「ほら、初めからそう思っていたんじゃない!」

 ムッ、と口を尖らせて睨み付けてくる。

 似合ってなくてすごくかわいい。

 「キスなら、人の目がないときにね」

 ウィンク付きで言ってやる。

 ちょうどザフィーリが会議室に入ってきたところだ。

 「こ、このぉ!」

 拳を震わせて、エリダが目尻に涙を溜めて悔しそうだ。

 ・・・そんな顔されたら、からかいたくもなるって。

 僕が悪いんじゃないやい。

 でも・・・決戦か。

 会議室に続々と集まってくる部下たちを見ながら、考える。

 現在の戦力。

 ザフィーリ軍。サンブルート旅団とエントック軍合わせて二千。

 ヴィルト軍。市民兵と傭兵含めて、四千九百。

 エヌンスト、モスティア、ベレグリナ、各千五百。四千五百。

 シャハラル、二千。

 総勢、一万六千四百。

 数で言えば、三個軍団が作れる兵数ではある。

 しかし、その半分が降伏させた元敵だ。

 勝ってるうちはいいが、苦しい戦況になれば逃亡者が大量に出ることが予想できる。

 「無謀だな」

 この状況で決戦なんて不可能だ。

 左隣にエリダ。右隣にザフィーリが座った。

 エレヴァとシアは今は各人にお茶を出しているが、それが終われば僕の後ろに控えることになる。

 ザフィーリの横にはベレグリナ、エヌンスト、モスティアが並び、ザフィーリの後ろにエントック、ベレグリナの後ろにはバレシアがいた。

 エリダの横にはシャハラル、ファルレとフファル、ヴェルトとガゼットが並んでいて、ヴェルトの後ろにアインザームがいる。

 すでに一度僕の旗の下で従軍を果たしたバレシアが落ち着いているのに対して、居心地悪げなエントックと、アインザームの挙動不審具合が目立っている。

 居心地悪げと言えば、ガゼットから少し離れたところにぽつんと座っているクリシスもだ。彼女のことは僕が気に入って、この会議に呼んだ。

 獣人に囲まれて動揺する仲間を、叱咤激励している姿が目に入ったのだ。

 幹部というわけではないが、いずれ一隊を任せるつもりでいる。

 どこを見たらいいかもわからないようで目を泳がせ、しきりに頬の十字傷を指先で掻いていた。

 彼女のことはいい。

 問題は、その真正面に座ったサティオだ。

 アルテサノで物資の受け入れと移送の指揮を担当していたはずの彼女が、何でここにいるのか。ついさっき、なにか報告があると言ってやってきた。タイミングがいいので、その報告は会議で聞くことにしたのだが・・・何を言い出すのか。

 「まずは、サティオからの報告を聞くとしようか」

 会議に出席すべきものが全員そろったのを確認して、口を開いた。

 とはいえ、出席者の半数は彼女を知らない。

 他の者たちは、この街での合流時にそれぞれ紹介は住んでいるのだが、サティオのことはもとから僕と行動を共にしていた者たちしか知らないのだ。

 会議に出席することを僕にも予見できなかったのだから仕方ない。

 「・・・久しぶりに会えたっていうのにぃ。なんか冷たくなぁい?」

 拗ねたように抗議をしつつ、サティオが立ち上がって会議の参加者の顔ぶれを眺めた。

 「戦うたびに味方を増やすのよねぇ、ほんと、不思議」

 呆れたようにため息をつく。

 またか!

 英雄とか神話はいい!

 いいから、とっとと報告しろ!

 目で先を促す。

 殺意のこもった視線だ。

 懇願する視線ともいう。

 「帝都からの報告が届いたのよ」

 僕の視線を一身に受けて、サティオが言う。

 その瞬間、ザフィーリとシャハラルがビクッと肩を揺らした。

 僕もさすがに息を呑んで固まってしまった。

 このタイミングで来る報告。

 朗報であるはずはなかった。

 「な、内容、は?」

 「皇帝陛下直属の軍が、戻ってこないんですって。一月前に連絡があったっきりだそうよ。現状、行方不明ね」

 遠征に出ているのは知っている。

 東の戦線へ向かったはずだ。

 何年も膠着状態の戦線だから、大きな動きにはならないだろうと思っていた。以前、叔父上と会ったとき、軽口でその帰還に合わせて帝都に帰ろうかな、なんて話もした。

 それが、戻っていない?

 「それでか・・・」

 と、誰かが呟きを落とした。

 誰だろう? と視線を向けるとモスティアだった。

 「ぁ・・・会議中に、申し訳ありません」

 不用意な私語を口にしたことを詫びて、立ち上がって頭を下げてくるが、そんなことはどうでもよかっ た。

 「なにか知っているのか?」

 問いかけると、一瞬、バレシアやアインザームに視線を向けたあと、再び僕を見て、口を開いた。

 「皇妃様が・・・。かなりせわしなく動いているようでした。我々の隊にも帰還命令が出ていました。無視してこちらに参陣してきたので、実際に何をしようとしていたかまではわかりませんが」

 なるほど。

 彼は所属が皇妃護衛隊だ。

 そういう情報に一番近い。

 「一月前・・・僕が城を抜け出してしばらくしたあとだね。皇妃がさかんに動いていたころだ」

 皇妃の動きに対するものだろうか?

 東方の戦線で何かがあった?

 それとも?

 「そして、もう一つ。これはまだ不確定なんだけど。それに先立って宰相にも何か動きがあったようだ・・・ですって」

 ようだ、か。

 「で、クレオルの読みでは、こちらに来る可能性が高いそうよ。つまり、皇帝の狙いは大公かもしれないってことね」

 「あー。ずいぶん派手に動いているのに、バレてないなんてすごいなぁ・・・と思っていたけど、さすがに中央にバレてたってことか」

 思わず、顔がにやけた。

 そういうことなら、決戦を避けられる可能性が高い。

 ならば・・・。

 「決戦はやはり、アルテサノだ。全軍をそちらに向けるよ」

 「承知いたしました」

 大きな声はザフィーリのものだ。

 他はほとんど反応がない。

 ベレグリナとかはアルテサノを知らないし、バレシアとかは僕の正体すら知らないから皇妃とか皇帝とか言われても意味が分からないだろうから無理もない。

 それでも、やることは変わらないのだから、その辺の説明はしない。

 このあと、誰が何をするか、それを確認するのがこの会議の目的なのだし、バックボーンの説明は必要ない。

 「まず、来たばかりでご苦労だけどサティオにはすぐにアルテサノに戻ってもらう。移送を進めてくれ、食料以外は空にするつもりでね」

 「人員もってことね? わかったわぁ」

 無駄に優雅な礼をして、着席した。

 「エリダも同行すること」

 「たぶん、途中でレティアと会えるでしょうから、一緒に行くけどいいのよね?」

 ちょっと考える素振りを見せて聞いてくるのに、頷いて答えた。

 「先陣はエルンスト。アルテサノまでの道案内と露払いが任務ね」

 「お任せください」

 こういうことは、堅実な人間に任せるに限る。

 「つづいて、アインザーム」

 「は、はい」

 彼と彼の部下は正直、戦力として見るには不安がありすぎる。

 さっさと拠点に移して、なんなら船に乗せてしまいたいとさえ思っている。

 なので・・・そっと視線を動かした。

 「・・・?」

 クリシスが僕の視線に気が付いて、小首を傾げたが、そのままじっと見ていると何かに気が付いたような顔で一礼した。

 アインザームのお目付け役。それが彼女の役割だ。全体的に戦意をなくして、怯える羊の群れと化した傭兵団の中で、未だ士気を保つ兵を集めてもらっているのもそのためだった。

 このために、彼女には僕の正体も教えてある。

 かなり驚いていたが、動転はしていなかったから大丈夫だろう。

 何か問題があれば、彼女が動いてくれるはずだ。

 「つぎがヴェルトとガゼット」

 これもアインザームへの牽制だ、打ち負かされた相手がすぐ後ろにいたのでは下手なことはできまい。

 「敵の動きによっては遊撃に出てもらうことになるから、前方よりも後方の動きに注意すること」

 「にゃあたちの得意分野だニィ」

 ヴェルトとガゼットが、まさに猫の顔で笑みを浮かべた。

 奇抜な軍事行動に慣れた彼らなら、行軍中に何があってもちゃんと戦力として運用可能だとの信頼感がある。

 頼もしい。

 「そのあとにシャハラルと僕ね」

 シャハラルは無言で頭を下げた。

 その横顔をザフィーリが怖い顔で睨んでいる。

 僕のそばにいるのは本来自分だ、そう言いたいらしい。

 だから、シャハラルは無言だし、必死に顔を正面に向けたまま動かさないのだ。

 「次が、ザフィーリ。僕の尻が野犬に噛まれないように守ってね」

 「はっ。お・・・提督を守るのが私の任務であります!!」

 危うく「皇子」と言いかけて何とか修正した。

 まったく。危ない子だ。

 「最後がベレグリナとモスティア。敵が動いたとなれば、真っ先に接敵することになる。事実上の先陣だから張り切ってくれ」

 「おお!? そうでなくっちゃいけやせんや。楽しませてもらいやすぜ」

 ガハガハ笑ってベレグリナ。

 「りょ、了解、です」

 この大男のお守りか、と顔を暗くするモスティア。

 なかなかいいコンビかもしれない。

 モスティアにはあとでエレヴァに言って胃薬を届けさせよう。

 「では、全員早速動いてくれ」

 ヴァスケ・ボルトからの撤退は整然と行われた。

 そもそも敵対していなかったし、食料も結局接収した分の三割ほどしか消費しないまま返すことになったから、街の者たちにとっても負担は大きくない。

 もちろん、占領されていたにしては、だ。

 金銭的な損害は通常あるべき料の一割に上るだろう。こんな小さな町では死活問題になるかもしれない。そうも思ったが、違っていた。

 そもそも人口が少ないので、ほぼ自給自足状態。現金収入への依存度が少ないらしい。

 なので、久しぶりに活気があった、という以外にはこれといって普段と変わらないという話だ。

 平和すぎる街は、少々のことでは動じない。




次回の更新は10/7です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ