会戦
強制収容所。
名前はなく、たんにエステオト西と呼ばれていた収容所、のいちばん頑丈な建物の中に暑苦しい男が三人頭を寄せ合っていた。
つい先日、山賊改め海賊の手下となったベレグリナと、その副官ドゥラスとバレシアだ。
敗戦した将でもあるバレシアは、味方の傭兵たちに憎まれるかよくて信用されなくなっている状態であるため、ベレグリナは自分の副官として拾い上げていた。
ベレグリナ配下の部下たちは、ベレグリナが認めているなら昨日の敵の下にでも喜んでつく気質の者ばかりなので彼を副官とすることにも抵抗はない。
「敵が来るにゃん!」
戦場には似つかわしくない少女が駆け込んでくる。
なんでこんなのを、とベレグリナは当初首を傾げたものだ。
ライムジーアが出立に際して貸してきた意図を理解できなかった。
だが、今なら分かる。
その目の良さと情報収集の速度は驚異的だった。
天性の偵察兵。
そう呼んでいいかもしれない。
「数は八千で、うち三千が騎兵だにゃん! あと、今度のは大公の旗を掲げているにゃん」
・・・おいおい。
この距離で旗印なんか判別できるのかよ?
相当に近くまで寄ったのかとも思うが、そうだとしたらこの少女は馬の三倍の速度で走れることになる。
見えるのだと考える方がまだ納得できそうだ。
「行軍状況はどうだ?」
八千の軍勢がひと固まりで動くとは考えにくかった。
一見まとまっている方が強いような気もするが、敵の奇襲攻撃などがあったとき、まとまっていては機敏な動きができず、外側の兵に被害が出るだけということにもなりかねない。
それを避けるため、たいていは軍をいくつかに分け、それぞれに指揮官を置いて行軍するものだ。
少なくとも騎兵と歩兵に分かれているだろうし、それぞれも分かれているはずだ。
「にゃぁ。第一軍は騎兵にゃん。五百が先行してるのにゃん」
先行・・・敵の姿を見つけたら即座に威力・強行偵察を行えるようにしているのだろう。数が少ないのは機動力重視で戦闘力は期待していないからか。
「第二軍が歩兵だにゃん。三千にゃん」
「それが主力だな」
それだけでもこちらの戦力の二倍だ。
「第三軍は騎兵二千にゃん。旗がすごくいっぱいだったのにゃん」
「本隊ですな。誰が将軍かは知りやせんが」
面白くなさそうにドゥラスが吐き捨てた。
逃げ足重視の騎兵隊に将軍がいるのが気に入らないらしい。
「第四軍が歩兵、二千なのにゃん」
「後詰、か。主力が手間取るようなとき、または拠点への突入路を確保したら押し出してくるってわけだ」
バレシアが顎をつまんで呟くように言った。
「あとは後ろからの攻撃に備えている、ってことかもしれねぇぞ」
「ですな」
ベレグリナの言葉に、ドゥラスが同意する。
「最後の第五軍は騎兵七百にゃん」
「偵察要員と、予備戦力、遊撃用と考えていいかと思います」
顎から手を離して、バレシア。
「それしかねぇだろうな」
大きく頷いて、ベレグリナは腕を組んだ。
「なんにしても、こっちの四倍の兵力ってわけでさぁ。提督の野郎、俺たちにずいぶんと獲物を振り分けてくれやがる」
不満を漏らしているのかと思う言葉だが、ドゥラスはクックックッと笑っていた。
敵が多いのがうれしいらしい。
「昔を思い出してきやしたよ。少数で多数を翻弄する。ゲリラ屋本来の戦い方を見せてやりやしょうや。部下たちも喜びやすぜ」
なにか、ナイフを取り出して舐めそうな顔と声でドゥラスが言うと、ベレグリナは破願した。虚勢ではなく、心底楽しそうなところが、彼等の闇の深さを現している。
「おおともよ。血が滾ってきやがった」
うかれるベレグリナとドゥラス。
バレシアとリンセルは顔を見合わせて「処置なし」と頭を振った。
「ええっと、具体的にはどうしますか? 行軍中を奇襲でもしてみますか?」
二人に対しては処置なしと投げてもいいが、敵にはそういうわけにもいかない。バレシアが軍議を進めるべく促した。
「向きが逆で、連中が森の中を来るんなら考えてもいいが、平野の真ん中を街道沿いに来てやがる。兵を隠せる場所がねぇから奇襲は無理だな」
ほんのちょっとだけ、ベレグリナは考え込むような様子を見せた。
だが、本当に考えたのだとしても一瞬だった。
「だから、真正面から突っ込もう」
ニヤリ、会心の笑みを浮かべてベラグリナは作戦を話し始めた。
セトロミッテ基地に置かれていた軍団の指揮官デセデティ・エンテナーハは20を過ぎたばかりの痩身の男だった。豪奢な金髪と血のような赤い目を持つ色男だ。
すでに妻が三人と愛人が五人いる。
そんな男がただの傭兵なわけはもちろんない。
世間には知られていないが、大公アンセフォーア・ストロスターの妾腹の子だった。
表舞台の息子が現帝国宰相アプレディス・ストロスターなら、裏舞台での後継者がデセデティということになる。
「敵の数は?」
馬上、デセデティはかたわらの副官に問いかけた。
眼光鋭く睨み付ける。
中途半端な情報など聞かせてくれるなよ?
そう声高に伝えてくる眼だ。
以前、小さな盗賊団を打倒する際に「調べる必要もない小勢」と報告してきた情報官を自ら斬ったこともある。
自分の仕事に不実な人間が心底嫌いな男なのだ。
貴族の、それも皇帝の次に権力のある宰相を父に持ちながら、貴族としての生活などしたことのないデセデティに傲慢や横着は無縁だった。
「二千の歩兵です。敵の他部隊は各収容所の攻略にばらけていて、この部隊だけが突出し過ぎている状況です」
それを知る副官は知り得た事実だけを伝えた。
推測や予測は廃して。
「ふむ・・・敵は欲をかきすぎた、ということだな?」
「罠でないとすれば、そうなります」
その可能性はあるだろう。
情報の報告ではなく、副官としての提言でなら推測を述べることも許されている。
「罠か・・・可能性は否定できんか・・・。確度は? 高いと思うか?」
「ここが谷間か森の中だというなら高いと思いますが、この地形では・・・低いでしょう」
「同感だ。罠を張れるような隙のありようがない」
遠くまで遠望できる平野を眺めまわしてデセデティは副官の見識を認めた。
「敵はどう動くと思う?」
見識を認めたうえで問うてみる。
「そうですね・・・わたくしならばギリギリまで引き付け、攻撃側の圧力が最大になる直前、収容所に火をかけて森の中に逃走、仲間の部隊との合流を急ぐ、というところです」
拠点の背後に広がる森を指差して、副官が自説を展開した。
それは概ね、デセデティの考えと同じであった。
「うむ。そんなところであろうな」
常識的な応手としてはそのあたりが妥当なところだ。
こんな小さな拠点を守って死ぬまで戦うなど、愚策以外の何物でもない。
敵のこもる収容所が見えてきている。
第一軍の騎兵が、戦闘に入れる距離まで近づきつつあった。
「第一軍に伝令。速やかに突撃せよ! 目的は敵に対する強行偵察だ。ひとまず攻撃して様子を見る。決して深入りせぬように」
「はっ」
伝令役の騎兵が、第一軍まで走った。
第一軍が隊列を整え、突撃していく。
敵の反応を見るのと同時に、重圧を加える示威行動の意味合いも強い。
敵が、こちらを引き付ける心づもりでいるならば、この突撃は無視し、主力の歩兵が接近するのを待つだろう。
第一軍が収容所の周囲を囲む簡素な防壁に接近した。
矢が数本飛んできて地面に刺さるのが見えた。
迎撃と呼ぶにはあまりにもお粗末だ。
「やはり、予想したとおりであるらしいな」
「はい。なれば、退路を断ち、叩き潰すまでと存じます」
「そういうことだ」
デセデティは伝令兵を呼び寄せ、命令を伝える。
「第一軍は防壁を回り込み、敵の退路を断て。第二軍は突撃し、敵を押し潰せ」
機動力のある騎兵を背後に回して退路を断つ姿を見せつけて敵に焦燥を強い、背後に気を取らせておいて前面から主力を叩きつける。
戦意の低い敵ならば、これだけでも潰えるであろうと思われた。
騎兵が防壁の陰に回っていき、姿が消えた。
歩兵隊主力が、防壁に迫る。
鬨の声を上げて歩兵が突貫していく。
弓矢による迎撃が散発的に放たれるが、それだけだ。
敵は拠点に籠って、逃げだす機会を探しあぐねている。
思いのほか早く片が付きそうだ。
「将軍!」
存外もろい敵であったな、そう考えていたデセデティの耳を副官の声が叩いた。
「?!」
何事か? と目を向けると副官は戦場を指差していた。
「なに?!」
デセデティは目を疑った。
歩兵隊が、挟撃されていた。
突如、湧き出すように森から飛び出して来た歩兵部隊が、左右から第二軍を叩いている。
「ばかな!?」
いったい何が起きたのだ?
疑問を持つ、だが答えは瞬時に出た。
「やられた! 奴らは拠点に籠らず、森で我らを待ち構えていたのだ」
「な、なんですと?!」
「拠点そのものを囮にして突撃させ、その腹を横から攻撃する策であったのだ!」
驚倒する副官に教えてやりながらも、デセデティは打開策を考えている。
裏に回った騎兵隊は?
ここまで姿を見ないということはすでに全滅しているとみるべき。
歩兵隊に撤退を命じるか?
いや、そんなことをすれば追撃されて戦線が崩れる。
かといって、このまま何もしなければ、みすみす主力を壊滅させられる。
打つべき手立ては一つだけ。
「全軍、続け!」
デセデティは手綱を握りしめると馬の腹を蹴って突撃した。
馬上で剣を抜く。
本隊の騎兵二千が、慌てて続いた。
第四軍の歩兵では間に合わない。
それなら第三軍が行くしかない。
見る間に近づいてくる味方の背中。
その背中越しに拠点の正門が開くのが見えた。
敵もすべての兵を出し切ったわけではなかったということか。
二千しかいないんじゃなかったのか?!
思わず副官を叱責しそうになって、デセデティは自分を抑えた。
よく見れば、敵が寡兵であることはハッキリしていた。
全軍集めても二千というところ。
ならば、副官の報告は間違っていない。
彼に落ち度はない。
この失策の責任は自分にある。
デセデティは自分の失敗を認めることに素直な性格だった。他人にもそうだが自分に対しても、仕事に不実でいることを許さないのだ。
全軍を統括し、判断と決断を下すのが自分の責務である以上、現在の状況をもたらしたのは自分以外にはありえない。
だが、責任がどうこう言うのは、目の前の主力を救ってからだ。
拠点から飛び出した兵は歩兵三百。
数で言えば主力の五割程度。
たいした数ではない。
そのはずだ。
だが、予想外の横からの、それも挟撃に第二軍は混乱していた。
ようやく中央の指揮官たちが声を嗄らして左右からの攻撃に対処しようと態勢を整えかけたところへの、中央への攻撃。
左右に戦力を送ったばかりだった第二軍中央は、支えきれなかった。
一瞬にして中央を割られる。
そのタイミングで、左右から迫ってきていた敵が攻勢を強めた。
必死に駆ける第三軍の目前で、第二軍は支えを失ったテントのように崩れ落ちる。
指揮系統を失い、逃げ惑う人の群れへと成り下がった第二軍が、殺戮されていく。
「どうした、どうした? 早く逃げた方がいいぞぉ?」
野太い声が不吉な響きを伴い聞こえてきた。
目を向ければ、人ひとりに相当するほどの巨大な剣を縦横無尽に振り回す巨漢が、第二軍の歩兵の首を雑草を刈るがのごとき勢いで切り落としている。
「お、おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
慟哭と憤怒に絶叫を上げた。
それは確かに傭兵がほとんどだ。
素行の悪い者も多い。
殺人狂すらいるだろう。
だが!
仲間だった。
共に戦う仲間であり、野望叶いしときには共に楽地で平和を享受するはずだった仲間。
それが?!
雑草のように斬り捨てられている?!
「させるかぁあぁぁぁぁ!!」
「将軍?! いけません、ここは一度撤退を!」
副官がなにやら喚くが、聞いてなどいない。
馬をさらに蹴る。
馬が喘いで、口から泡を吹く。
よろめいた。
「ぬぅっ!」
崩れ落ちる馬から咄嗟に飛び降りて走る。
剣技には自信がある。
少なくとも一対一でなら負けはしない。
それに。
兵数ではなおこちらが多い!
ここで第二軍の全滅を防ぎ切れれば!
決死の思いを込めて剣を手に駆け寄るデセデティの目に、あの巨漢が映った。
なにかを叫んでいるようだ。
そう思ったとき、その声が聞こえた。
「いたぞ! あれが敵将だ! 討ち取って敵兵すべてに無駄死にさせてやれ!」
「・・・っ?!」
背中を氷の塊が滑り降りた。
一気に冷静さを取り戻していく。
そうだ、なにをしているんだ?
ここで総力戦を挑むことにどんな意味がある?
敵は全軍の一部でしかない。
二千の敵と雌雄を決するために、八千を死なせる?
そんなバカな戦いがあるか!?
ギリッィィィィ!!
このまま走り続けたい思いを、歯を食いしばって押し込める。
「全軍退け! 撤退しろ!」
声を張り上げる。
すぐそばに馬が来た。
兜も剣も捨てた副官が手を伸ばしてきて、デセデティを馬に引き上げてくれる。
直後。
「っ・・・ごふっ!?」
頭上で湿った音がした。
馬の背に覆い被さるように乗せられたデセデティの顔に血の塊が降ってくる。
副官の胸に、投げつけられたらしい長剣の刃が突き出ていた。
背中から串刺しにされたのだと気づく。
「っ・・・」
声をかけようとしたが声にならない。
致命傷であることはわかっている。
騎兵が近付いてきて、壁を作った。
一人が、デセデティを乗せた馬の手綱を掴んで後方へ連れて行こうとしている。
後方から、副官が漏らしたのと同種の音が立て続けに聞こえてきた。
馬に揺さぶられながら後方へと目を向ければ、あの巨漢の戦士が歩兵から奪った剣を投げナイフのように投げつけてきていた。
「く・・・ぐっ・・・」
怒りと嘆きで言葉にならない、息すらできない。
「ぉ、ううっ・・・・おおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
敵の四倍の兵を持ちながら、初手をしくじっただけでデセデティ・エンテナは軍を返して、自身の拠点へと逃げ帰った。
第一軍の騎兵七百。第二軍の歩兵およそ七百。第三軍の騎兵およそ二百を失って。
次回更新は9/23を予定しております。




