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資源回収

 傭兵団を壊滅させたライムジーア軍は大きく三つに分かれた。

 一つは、ヴァスケ・ボルトに駐留するザフィーリら親衛隊とサンブルート旅団を中心としながら、配下に置いたエントックら千六百を合わせた二千百の軍。

 二つ、ヴィルトたち獣人部隊を中心とし、傭兵団『ランサ・パドレ』の残兵を併呑した四千九百の軍。

 三つ、ライムジーア自身とシャハラル率いる市民軍、モスティア、ベレグリナらと『クエルボ・イエロ』の残兵を合わせた七千余りの軍。

 この三つだ。

 各軍とも、正式に味方として編成できない兵士も多いので、数は概算だ。

 今後増えるかもしれないし減るかもしれない。

 だいいち、基地内の警備兵は数に入っていない。

 この三つの軍にはそれぞれ役目が担わされていた。

 一つ、ヴァスケ・ボルトについては当然ながら、専守防衛と空き家の資材化。

 二つ、ヴィルトたちには『ランサ・パドレ』が駐留していた基地スルズートの資材化。

 三つ、ライムジーア軍は『クエルボ・イエロ』が駐留していたエステオト基地の資材化。

 という具合に、ヴァスケ・ボルトにはこのあとも別の基地から軍が送り込まれる可能性があるし、二つの基地については早めに解体してしまって跡形もなく消してしまいたかった。

 あったはずの基地が、文字通り無くなっているというサプライズはきっと、大公の気にいるに違いない。

任務は怖くなるほど順調だ。

 『ランサ・パドレ(父の槍)』と『クエルボ・イエロ (鉄の体)』。二つの傭兵団を壊滅させたことで、その二つが駐留していた基地もまた壊滅していたからだ。

 両方とも、団長が生きていて降伏の意思を示している。

 逃げたところで行き先がない。

 これらの理由から、基地内に残っていた兵は誰も抵抗する素振りすら見せずに海賊『プロスティトゥタ・アマンテ(娼婦の恋人)』の支配を受け入れた。

 つい先日まで、そこを守っていた軍が敵の配下になったという報せを受けて、スルズートとエステオト基地は無血開城し、ライムジーア軍は正面から乗り込むことができたのだ。

 基地は、元は帝国に対抗すべく作られた砦だったそうで、結構しっかりとした建物が作られていた。

 兵器製造工場がそのまま生産工場となっていて、兵舎が住居、物資倉庫が素材と製品、食料の保管庫になっている。

 「解体した資材の運搬の方は、手を打ったわよ」

 エステオト基地で合流したエリダが、そう報告してくる。

 彼女には制圧した基地を解体したあとで、資材を運搬するための荷車や荷馬車の手配を頼んでおいたのだ。

 側にレティアがいないのは、実際の指揮を行っているからだろう。

 「あなたが言ってたとおりね。この辺りの荷馬車は農産物の運搬を終えて暇そうにしていたわ。酒代を稼げるって大喜びよ。木材の運搬ならいくらでもするって言ってたわ」

 「それは助かるね」

 これは荷馬車に限ったことではない。

 このエステオト基地とヴァスケ・ボルトの間には町が三つあるが、それらの町からも職人と人足を大量に雇ってきている。

 基地内にいた者たちも協力してくれているので、基地の解体が期待以上の速さで進められていた。

すでに製造工場になっていた、かなりの広さがあった兵の訓練場が消えている。

 それもそのはず。

 「ほっほっほっ。いけすかんかった建物が一つ一つ畳まれていくのを見るのは爽快じゃな!」

 酒臭い息を吐きながら刺抜きで鼻毛を抜くような軽さで、髭のおっさんが木材に刺さっている釘を抜く。

 小柄ながら筋肉質の体付き。

 髭が濃く。

 酒好きで。

 おそろしく器用。

 そんな生き物と言ったら何を思い浮かべるだろうか?

 そう。

 そんなの一つしかない。

 基地内で働かされていたのは、ドワーフたちだった。

 精錬された鉄を使い、手の込んだ鉄製品を作っていたのだ。

 武器に防具に日用品。

 あらゆるものが作られては、方々に売り飛ばされていたらしい。

 もちろん給料なんかない。

 好きなものを好きに作るのが生きがいの彼等に、大公は決められたものを決められた数だけ、決められた時間で作るよう強制していた。

 そのことに飽き飽きしていた彼らは、実に手際よく基地を解体していく。

 「それにしても、あえて解体して再利用する理由って何かあるの? なくすだけなら火を放って全部焼けばいいのに」

 「はあ!?」

 エリダの暴言に僕は思わず叫んでしまった。

 ありえない話だ。

 「何言っちゃってるの?! こんだけの建物作るのに必要な資材、買うとなったらいくらするかわかってるの?!」

 これだから貴族令嬢は!

 前世では病院から出たことなかったから、金のありがたみが身に染みていないんじゃなかろうか?

 「でも運ぶのにだってお金かかるし、解体するのにだってそうでしょう?」

 「それでも新しいの買うよりは安いの! だいいちもったいないじゃないか! 『まず、捨てるっていう発想を捨ててみよう』よ!」

 うっわ、という顔をエリダがした。

 なにを言いたいかはわかる。

 「ほんっきで、魂にまで刷り込まれちゃってるわね。そんなに信奉者だった? 私がいなくなってから何かあったの?」

 ・・・あったんだよ。

 言ってしまいたい気持ちが頭をもたげるが、僕は抑え込んだ。

 話す気にはなれない。

 まだ無理だ。

 僕の気持ちの整理がついていない。

 死んで生まれ変わった今でも。

 「なにか、あった・・・の?」

 そんな僕の心情に気が付いたのだろうか、表情を神妙なものに変えてエリダは再度問い掛けてくる。

 僕は無視した。

 「・・・ねぇ、あなたはいつ死んだの? いくつのときに?」

 僕と彼女の年齢差は一歳だ。

 彼女の方が一つ年上。

 前世では同じ年齢だった。

 誕生日は彼女の方が五月十八日、僕が十二月二十二日で彼女の方が七か月早かったけど。

 前世とこの世界との間の時間軸がどうなっているかは知らない。

 死んですぐに転生するのか、いろいろな宗教で言われているように死んだあとは何かしらの修行があって、その後に転生するものなのかもわからない。

 記憶がないだけで、実は前世と転生の間には長い修業期間があったかもしれないのだ。

 だから、彼女と僕の、この世界での出生年月日にはあまり意味がないかもしれない。

 白瀬凛音の死んだ日付と、エリダ・アクシデンテの出生時期には三か月余りのずれがあるが、これは単に世界間の時差でしかなく彼女は死んだ瞬間に転生したのかもしれない。死んでから数百年たっているかもしれない。

 それはわからない。

 ただ、偶然かもしれないが前世での彼女が死んだ日付と僕の死んだ日付のずれは、この世界での出生時期のずれとほぼ重なる。

 彼女の後に死んだ僕にはそれが判る。

 彼女にはそれを知る手段がない。僕に聞かない限りは。または、僕より後に死んだ知り合いが見つかりでもしない限りは。

 「・・・資材の種類と量のリストアップは進んでるのか?」

 「?!・・・誤魔化すんだ? いつもそうよね、都合が悪いことは隠すんだわ。そういうところ、大っ嫌い!」

 うぐぐぐぐっと睨み付けて、エリダは決然と背を向けて去っていく。

 その背を見送る。

 切なさが胸に募った。

 以前は立ち去るのは僕だった。

 機動力のない彼女が追いかけてこれないことを知っていて、なにか急用を思いついては引き止める彼女の声を振り切って逃げたものだ。

 彼女はいつも、どんな気持ちで僕の背中を見送っていたのだろうか?

 「でもね、これは君を誤魔化しているわけじゃないんだよ。誤魔化したいのは僕自身さ」

 小さな声で呟いて、この世界のことに頭を切り替えた。

 まずは生き延びることが肝心だ。

 長く生きれば、少しは整理が付くかもしれないし。

 基地の解体は進んでいる。

 順調だ。

 朝あったはずの大きな建物が、夕方には更地になっているほどなのだ。

 それも一棟や二棟ではなくダース単位で。

 おかげで巡視に出ると必ず道に迷いまくる。

 目印としていたものが次々になくなってしまって道の覚えようがない。

 もっとも、三日と経たないうちに迷子の心配もなくなった。

 主要な建物以外は完全になくなるか、骨組みだけになっていたからだ。

 骨組みを崩すには――エンジンのついたクレーンなんてないので――人手がかかる。骨組み崩しは特に頑強な者たちのチーム二つが、専門にこなしていているので内装と外装外しだけが先行している状態なのだ。

 内装?

 そんなものあたっけ?

 「お見事ですね。さすがです」

 あまりにも見事なので、仕事中のドワーフに声をかけた。

 「いんやー、なんのこたねぇ。寝床について寝るまでに考えることといったら、この忌々しい工場なんてものを解体する方法ばかりだったでな。目ぇ瞑ってたって作業できるってもんでさぁ」

 イメージトレーニングを毎晩じっくりやり込んであったようだ。

 頼もしい。

 解体され、木材と化した建物が荷馬車に乗せて運ばれていく。

 どこへ?

 もちろん、アルテサノだ。

 全ての資材はアルテサノに集める。

 運搬ルートの周囲には巡回を置いて、大公の手の者をみつけしだい始末するようにしていた。そうはしていても、いずれ大公にもその情報は知られるだろうが、少しでもそのときが遅れればいい。

 遅れれば遅れるほど、こちらが有利になる。

 まず基地を全て解体して、資源としてアルテサノに集めてしまえる。

 アルテサノで進めている兵員募集や訓練が進む。

 降伏させ、手勢に加えた傭兵の順化が進む。

 各基地の解体のために各地に散らせている戦力を結集させる時間がとれる。

 住民候補者と資材のフエルォルトへの運搬も進む。

リスクはある。

 これらがまだ中途にあるときに、大公がどこかを攻撃してくるかもしれない。

 ヴァスケ・ボルトに限らず、二つの基地かもしれないし、アルテサノかもしれない。

 それがどこであっても、戦力が少なく真正面から受けて立つのは無理、奇策の使いようもない。

 ヴァスケ・ボルトとアルテサノは兵数が少なすぎ、二つの基地は解体中で防御力自体皆無、という状態だから当然そうなる。

 だが、実はそうなったらなったで、手は考えてあった。

 大公が戦力を置いている基地の数と場所は押さえてあるので、各所とも厳重な監視下にある。動きがあれば即座に連絡が来るように。

 動きがあったなら、そのいく先を突き止めて各地の戦力を向かわせて包囲する、という作戦だ。敵の戦力が一団体ずつ分けてあると知っているからこその離れ業的戦略。

 あまりにも賭けの要素が強いので、正直やりたくはないのだが。やらなきゃなんなくなったときには、成功させる自信はある。

 自信を持てるだけの準備はしてある。

 大公側が、この準備に気付いて手を出してこないなら、その時は各基地を完全に消した後で戦力をアルテサノに結集させて決戦、となるだろう。

 一時的に敵の目を集めるのには便利だったから使ったが、まだ住民のいるヴァスケ・ボルトを決戦場にするつもりはない。

 「それはそうと、ちょいと小耳にはさんだんじゃが。お前さん、大公の持ちもんを全部丸っと奪い取るつもりだそうじゃねぇか?」

 解体されていく建物をぼーっと眺めていると、ドワーフの一人が気遣わしげな表情を浮かべつつも聞いてきた。

 「ええ、そのつもりですが?」

 「この基地の周りに、三つほど収容所? ちゅうのか? そんなんがあるんだが、それはどうするね?」

 知っていた情報だった。

 エリダの報告にもあったから。

 どの収容所も、騎兵なら二・三時間、歩兵でも半日あれば行ける距離にある。

 三つとも炭焼きをするためのもので、この作業所へ燃料を供給するための設備だ。

 この世界では・・・ドワーフは、なのかもしれないが、木炭で金属加工をするらしい。

 それはいいが。

 ただ・・・。

 「戦力を、これ以上分散するのは得策ではないと思ってまして。解体してしまえるならそうしたいところではありますがね」

 一応、ここの資材化がもう少し進んだら、人員だけでも連れ出せないかと計画を立てようとはしたが無理だった。

 収容所に捕らわれている人たちは体力が落ちている。

 ヴァスケ・ボルトまで連れて行くには時間がかかりすぎるのだ。

 付近の町に預けるというのもまずい。

 最悪町はそれを理由に略奪の対象とされる危険がある。

 僕には、自分の領民ではないからと、そんな彼等を見捨てるようなことはできない。

 自分たちだけに大公の憎悪を集め、基地から解放した者だけでも守り切る。

 そのためには、収容所にまで手を伸ばすわけにはいかない。

 「大公の傭兵団に襲われる可能性を考えとるわけじゃな?」

 「そうです」

 思慮深げに話すドワーフに、僕はうなずいた。

 イメージ的にドワーフは野趣あふれる性格と思ってしまいがちだが、美しい細工物を作り出す繊細さと、新しい道具を生み出すひらめき、緻密な設計を成し遂げる数学的な頭脳をも髭面の頭に宿している。

 腕力バカでは決してない。

 傭兵団を打ち倒し、基地を占領してからすでに四日目。

 大公の下にも、この状況が報告された頃合いだろう。

 近くにある基地とその部隊に出動が命じられるのに二日、用意をして出撃するのに三日、ここまで来るのに五日。十日後には敵が到着するものと思っておいて間違いない。

 基地の解体に八日かかるとの見積もりをもらっている。

 それだけあれば、基地は跡形もなく消せるだろうとのことだ。本当にそんな短時間で済むのだろうかと疑い、消せないようなら途中で放棄することを考えていたが、このペースなら可能だ。

 基地の解体にあと四日かかり、ヴァスケ・ボルトに帰還するのに三日かかるとすれば・・・時間的な余裕は二日しかない。

 働いてくれていた街の人間を帰し、ドワーフたちはアルテサノへ送り出して、僕たちは大公が送り出してくる軍を牽制しながらヴァスケ・ボルトに進む。

 ここまでなら、何とか間に合う。

 というか、そこまでが限界。

 収容所にまで手を伸ばすのは不可能。

 それが僕の判断だ。

 そう説明する。

 「ふむ、そうか。兵の帰還も考慮すると難しいのじゃろうな」

 難しげに、ドワーフは呻いた。

 彫りの深いその顔に、悲しみと諦めが浮かびあがって見える。

 ・・・まさか。

 「ひょっとして、家族がその収容所の一つにいる、とか?」

 「・・・いや、別にそんなことはない!」

 ぱっ、と表情を変えて、そのドワーフはさも忙しそうに作業に戻っていった。

 「・・・わかりやすすぎる」

 単純で、腹芸ができない性格。

 ドワーフ族の特徴がもろに出ている気がする。

 そして、頑固にして忍耐強い。

 自分の望みを叶えるために他人を犠牲にはできないという思いが、兵士の身を危険にさらしてまで家族のいる収容所を解放するよう頼むことを許さないのだ。

 「・・・ドワーフ一人の希望も叶えられないようで、国を作るなんて大それたことができるか?」

 自分に問いかける。

 答えは、出ていた。

 巡視のルートを外れ、僕は軍事教練場跡地へと向かった。

 そこは、いまでも軍事教練場だ。

 建物は完全に撤去されているが、役目は本来のものに戻っている。

 エヌンフトとモスティアが『クレルボ・イエロ』の残兵を自分の部下として鍛え直す場として活用しているからだ。

 どちらも騎兵隊ではあるが、騎兵は――というか馬の――数が少なく、一軍の将となる人材はさらに少ない。

騎兵だけでなく歩兵も預けて、戦力を上げたいと思うのは軍団を率いる者としては当然のことだ。

 なので、エヌンフトには騎兵二百と歩兵千三百。モスティアには騎兵七百と歩兵八百を加えて一軍を成すよう編成し直したのだ。

 ベレグリナは、彼が連れて来た歩兵二千。

 シャハラルは、市民兵二千。

 僕自身は基地内の警備兵を主体とした三百余りを指揮下に置いてある。

 各軍とも、それぞれの主体の兵に他所からの兵を混ぜての混成になっているため、訓練は必須だった。連携を取れるようにするには、なにを置いても訓練をしないことにはどうにもならない。

 収容所の攻略に手を付けなかった理由の一つでもある。。

 せっかく配下としたのに収容所への攻略途中で逃げられてはつまらないし、主力のシャハラルを攻略に振り向けている間に、エステオト内で反乱を起こされては目も当てられない。兵の総数では、元クレルボ・イエロの方が多いのだ。

 まして、あまりにもあっけなかったので傭兵たちの中にはまだ負けたという感覚のないものもいる。それらの整合を取るためにも訓練は絶対に必要だったのだ。

 だから時間を分けて、各隊がちゃんと訓練を積めるようにしてある。

 三日程度で足りたのかどうか。

 「提督!」

 僕が訓練場に入っていくと、すぐにエヌンフトが挨拶に来た。少し遅れてモスティア。そのあとにベレグリナも、のそっと顔を出した。

 ベレグリナの隊の訓練時間にはまだ早いはずだが、待ちきれなかったのかもしれない。というか、彼の場合仕事を部下に丸投げして一日中ここに居そうだ。

 まぁ、それで物事が円滑に動くなら、僕には文句を言うつもりなんてない。

 とくにいまは。

 「ベレグリナもいたか。ちょうどよかった」

 「ほう、俺にもなんか用がありましたんで?」

 戦闘以外には能がないので、そう言って訓練をする以外は基地内をぶらつくだけだったベレグリナが、面白くなさそうな顔を向けてきた。

 「戦闘に出たいなら、ね」

 「! それなら大いに用がおありでしょうよ」

 戦闘という言葉を聞いた途端、ベレグリナが身を乗り出した。

 リードを手にしたご主人様にすり寄る大型犬のように。

 犬ならともかく、この大男に摺り寄られると怖いだけなんだが・・・。

 「この基地の周囲には、三つの強制収容所がある。これを、一隊で一カ所攻略してもらう」

 ギラリッ!

 目つきが三人とも変わった。

 生粋の軍人ということか。

 「実地訓練ができます」

 「実戦に勝る訓練はありません」

 「いつでも行けますぜ!」

 三者三様に答えが返ってきた。

 頼もしい。

 「では、東側にある強制収容所はモスティアが担当してくれ。可及的速やかに攻略し、捕虜と解放した人員を引き連れて速やかに戻ってこい」

 「承知いたしました」

 「南側のはエヌンフトだ。やることは同じ。攻略後は捕虜と解放した者たちを、ここエステオト基地に移動させてくれ。君たちが護衛して確実に連れて来くるように」

 「お任せください」

 「ベレグリナは西側だ。攻略後は、その場にとどまり守備を固めろ。場合によっては敵の攻撃をまともに支えてもらうことになるかもしれないから、気を抜くなよ」

 西側の収容所のそのさらに西に、もう一つ基地がある。

 エステオトより二回りも大きな、一度は捨てられた街を再建して作られた基地。駐留している軍団の規模も大きく万を越えているらしい。

 大公が次に動かすとしたら、この軍になるだろう。

 僕が大公なら、拠点となる城から離れて基地を占拠している軍を殲滅して敵兵力を削り、その事実を持って城に籠る敵の戦意をくじく。

 多分、大公もそうするに違いない。

 こちらの方が数は少ない上に、拠点の砦は砦としての機能を失って久しいことを知っているのだから。

 それ以外の選択肢はヴァスケ・ボルトを急襲するという賭けか、様子を見るという怠惰だけだ。だから、収容所の占拠を行えば、敵の最初の攻撃目標は間違いなくそこになる。

 「おお! そいつは面白れぇや。やってみせまさぁ!」

 そういったことを説明すると、ベレグリナは楽し気に腕を回した。

 ・・・ファルレたちの同類がここにもいた。

 頼もしくていいけど。

 「各自、準備できしだい実行!」

 「はっ!」

 三人とも気合のこもった返事をくれて散った。

 配下の者たちを連れて、直ちに出撃していくことだろう。

 ・・・僕はとんでもない愚行をしているのかもしれない。

 戦力の分散は戦術的には危険な賭けだし、戦略的には暴挙だ。

 「でも、やってみる価値はある」

 自分に言い聞かせるようにつぶやき、ドワーフを束ねる長老たちの下へと向かった。

 収容所には監視のための兵はいても、防衛のための軍はいない。

 占領するのに不安はない。

 ただし、攻略に時間を割くことで、全軍のヴァスケ・ボルトへの帰還が遅れる。

 攻撃を受ける確率が増える。

 いや、間違いなく攻撃を受けることになるだろう。

 問題は、攻撃を受けるのがどのタイミングか、だ。

 こちらが準備を整え終える前なのか、後なのか。

 時間との勝負。

 そして、時間との勝敗がどうであれ、一つの節目を迎えることになるだろう。

 今までとは戦いの質がまるっきり変わる。

 これまでは、相手は盗賊や海賊だった。

 ヴァスケ・ボルトの防衛戦や、その後に続いた傭兵団との戦いでは海賊を名乗る武装集団だと思い込んで叩き潰しに来た軍との戦いだった。

 敵にこちらの情報を与えないことで、そう見せた。

 海賊程度、そう思っている隙を突くことができたのだ。

 それが、これからは違う。

 軍隊対軍隊。

 初めての会戦になる。



次回更新は9/16に行います。

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