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悪夢


 太陽が下降を始めた昼下がり。

 傭兵団『ランサ・パドレ(父の槍)』は森へと足を踏み入れた。

 先行させた使い捨てどもとの連絡は途絶えているが、もとから期待はしていない。

 罠や伏兵があれば悲鳴一つで知らせてくれる。

 そんな『坑道の鳥』でしかないのだ。

 いちいち連絡など寄越されても煩わしいだけ。

 森はいたって静か、ならば危険なものは何もないだろうというのが団長アインザームの判断だ。

 木々の隙間から薄い雲に覆われた太陽の心細い明かりがのぞく。

 彼等は無造作ともいえる態度で森へ踏み入った。

 なにかしら罠が張ってあるなら、先行させた者たちがすでに知らせてきているはずだ。

 使者を使ってではなく、悲鳴によってだとしても。

 それがないということは、罠も伏兵もないということだ。

 もちろん、彼等も経験豊富な傭兵だ。念には念を入れて、周囲の気配を探りながら森の中の移動を開始する。

 傭兵団全てが森に入った。

 直後、風切り音が鳴った。

 どこから?

 彼等の背後、あるいは頭上だ。

 森の外縁部。その樹上に潜んだ射手が、傭兵団の最後尾に向け一斉に矢を放ったのだ。

 数としては三百程度。

 ただし、その全部が的を射ていた。

 敵に気配を悟らせず、しっかり狙いを定めての斉射が見事に決まった。

 「な?!」

 「伏兵か?」

 「使い捨てどもめ、役に立たん!」

 罵声を放ちつつ、彼等は前進した。

 直ちに後方へと逃げ出せば、安全圏に逃げだせるのは明らかだった。自分たちで安全を確認して通ってきたばかりの道に出られるのだから。

 なのに、彼等は前進を選んだ。

 味方は全て前に居たからだ。

 後方には誰もいない。

 仲間とともに進むが吉。

 そう思ったのは仕方のないことだっただろう。

 彼等は気付けなかった。

 これが、自分たちを救う最初で最後のターニングポイントであることに。

 森に入った集団は、すでに集団ではない。

 木が邪魔をして、まとまったままでは移動できないからだ。

 四千人は森に入った途端に数百人単位になり、百人単位、三十人単位、十人単位へと割られていく。

 それでも、互いの存在を目で追えるくらいの近くにはいる。全体の中央を攻撃すれば周囲から集まった敵の抵抗を受けてしまうだろう。

 でも、端っこならどうか?

 左右に広がる集団の、両端なら?

 前へ前へと急ぐ傭兵たち。

 「森の中に伏兵とは、味なまねを!」

 怨嗟を込めて吐き捨てながら足を速めて進む。

 「っ?」

 その足が止まった。

 なぜなら、八人ほどで固まっていた仲間の一人が突然倒れたからだ。

 頭に、矢が刺さって。

 薄明りの中、雪の上に血が広がるのが妙にはっきりと見える。

 「ぐはっ!」

 別の男の腹にも矢が刺さった。

 「がはっ!」

 もう一人。

 「ぐふっ・・・」

 また一人。

 「ひぃいぃぃぃっ!?」

 男は悲鳴を上げて、まだ無事な仲間までも置き捨てて森を疾駆して逃げる。

 距離を離して、木の陰にしゃがみ込む。

 ここまでくれば、一人になれば安全だ。

 気を抜いた途端腹部に矢が突き立った。喉からせり上がる鉄の臭いと血の味に絶望感が混じる。

 仲間を置き捨ててきた。

 周りには誰もいない。

 手当てをしてくれる者はいないのだ。

 死が、目の前にある。

 「た、助け―――」

 助けを呼ぼうとした咽喉が掻き切られた。

 「悪いにゃあ、静かなうちに死んでほしいのにゃあ」

 傭兵団全体が必要以上にパニックになられても困る。

 獣人はすまなそうに、「ごめん!」と片手で拝むと次の獲物を探すため、森の闇に身を溶け込ませた。

 薄い日差しの中、黒い尻尾がクルリと弧を描いて、消える。

 戦闘は静かに、しかし苛烈な冷酷さを持って進められた。

 兵力差があるので、取り囲んでの捕縛は不可能なのだから仕方がない。

 端から、確実に殺す。

 とはいえ、皆殺しを命じられているわけでもない。

 可能ならば捕縛、ないし投降する機会を与えるように命じられていた。

 周囲からときおり、仲間の魂消る声が届いてくる。

 傭兵団の者たちは生きた心地がしなかった。

 敵の姿が見えるのなら、まだ戦えた。

 見えないのではどうしようもなかった。

 敵の姿を見ることができないのに、敵からは自分たちの姿がはっきり見えているらしい。

 飛んで来る矢が、的確に、確実に仲間の命を刈り取るのを見せられれば、いやでもそう感じる。理解する。

 世の不条理をいくつも見てきた傭兵たちだが、ここまでの不条理は過去にないものだ。

 進むのを恐れ木陰に身を隠した者の中には、獣人の伏兵と勘違いされて仲間に殺されてしまった者もいた。

 枝から落ちる雪があれば、それは敵。

 鳥が頭上飛んで影が動けば、それも敵。

 しまいには、自分の影すらも敵に見えた。

 幻の敵に警戒の目を向ける。

 その背中に、敵は容赦なく打ちかかる。

 傭兵団『ランサ・パドレ』は進むごとにその数を確実に減らし続けた。

 惨殺死体になり、カラスどもに求愛されている者。

 投降して、武装解除されたうえで縛られている者。

 当身を当てられて気を失い、縛られて転がされている者。

 状態は様々だが、ともかく兵力は間違いなく減殺されていく。

 団長アインザームが森のほぼ中央、狩猟小屋に辿り着いたとき、彼等は三百名前後にまで数を減らしていた。

 「射るニィ!」

 短い命令とともに、矢が一斉に放たれた。

 自分たちに向け、矢が飛んでくるのを見た彼らの目には安堵があった。

 もう、悪夢は終わるのだ、と。

 それは正しくもあり、間違ってもいた。

 矢は確かに放たれはしたが、誰にも当たらなかったから。

 威嚇されただけだった。

 だがそれは、戦意を根こそぎ奪うには十分すぎるものだった。

 アインザームは震えながら降伏し、傭兵団『ランサ・パドレ(父の槍)』は、壊滅した。


 森での殺戮戦が始まったとき、僕はもう森を出ていた。

 コーヒーを一杯飲み干す間に、町からの伝令が届いたのだ。

 敵の第一陣を殲滅した、と。

 「予想してたよりずいぶん早いな」

 コーヒーカップの縁についた汚れを指で拭き取りながらつぶやく。

 「敵将が・・・その、・・・」

 「アマゾネスの色香に辛抱できなかった、と」

 使者が言いにくそうにするのを引き取って言ってやる。

 ザフィーリの部下なので、顔見知りの彼は苦笑いを隠しもしなかった。

 彼自身、何人かのアマゾネスに求愛して、そのたびに身体のどこかにあざを作っている。

 つまりフラれまくっているわけなのだが、ちっともめげていなかった。

 いわく、「彼女たちが本気で俺を嫌がっているのなら、骨が折れているか関節を外されている。このあざは、子作り相手の候補に数えてはおくという約束の印なんだ」、だそうだ。

 ほんとかよ、と思うがリューリに聞いたところでは間違ってはいないらしい。

 まったく興味のない男をあしらう場合。アマゾネスは痕を一切残さずに痛めつけるのだとか。

 あざを残すのは、「このオスをわたしは試してます」との意味を持つ。

 アマゾネスの仲間内での地位によって、あざや傷をつけていい場所には明確な決まりがあるのだというのだ。

 たとえば、団長のファルレなら右頬だし、副団長のフファルなら左頬という具合だ。そこからは右手の甲、二の腕の外側、内側・・・と続いていく。

 地位の高い者ほど、誰にでも見ることができる場所につけられるわけだ。

 ちなみに、リューリが付けるとすれば、それはケツの左だそうな。

 何千人とアマゾネスの住む地域では形骸化しているが、二百人程度のサンブルート旅団内ではきちんと機能するものなのだと。

 体中をアマゾネスのマーキングだらけにした使者の報告を受けて、僕は次の行動に移った。シャハラルが率いる歩兵三千六百とともに、捕虜を引き連れて森を出る。

 森の町側に隠れていただけの部隊だ。

 正面に町の城壁を見ながら隊列を整える。

 左手に小麦畑、小麦畑の向こうに街道が見えた。

 僕たちはそこを目指して進む。

 途中、迎えに出てきたフファルに捕虜を預けて町へ向かわせた。捕虜の尋問はザフィーリがやってくれるだろう。

 僕たちは町へは寄らず、そのまま前進を開始した。エレヴァとシアが御者をする馬車に揺られながら、この先の戦略に思いを馳せる。

 馬車には度重なる偵察で疲れ果てたリンセルも乗っているが、それだけだ。サティオもエリダも、別の任務に就いてもらっている。

 シャハラルを主将とした兵三千六百が、敵第一陣の行軍ルートを逆にたどっていく。

 それはつまり、敵の索敵網が整備されている中へ入り込むことを意味していた。

 行軍ルート上に展開して、こちらの動きを見張っている者たちに見せつけるようにして移動する。

 一種の示威行動だった。

 町に攻め込んだはずの味方が戻らず、敵の一団らしいのが進撃してくる。

 敵にとってはプレッシャーを感じないわけにいかないことだろう。

 だからなのか、敵側の反応は早かった。

 「来たようです」

 落ち着いた声が、ライムジーアの乗る馬車の外からかけられた。

 いつもならザフィーリの役だが、今回はシャハラルだ。

 真っ直ぐ続く街道の地平線上に、猛然と駆けてくる騎兵の集団を発見したのだ。

 間違いない。

 僕たちの進撃を知って駆けつけてきたヴァスケ・ボルト攻撃第一陣の片割れだ。陽動だから二千で充分、と基地に留守番をさせられていた者たち。

 本隊なのか、戦力とみてもらえなかった者たちなのかは知らないが、よほど急いで駆け付けてきたらしい。

 見ている間に二百から三百メートル先まで近づいてきて、そこで止まった。

 騎兵ばかりが六百ほど近づいてくる。

 「あんな少数で戦えるつもりでしょうか?」

 「後ろから歩兵も来るだろうさ。ただ、大公から任せられた役を果たせなかったことが分かった彼等としてはこれ以上の失態は犯したくないだろうな」

 「では敵の歩兵が来る前に殲滅できるかどうか、少し試してみましょう」

 行軍中であったため、陣は整っていないがシャハラルは攻撃を優先させる気だ。

 それができるなら万々歳なので、軽く頷いて了承を与える。

 「全体、進め!」

 シャハラルの命令で三千六百人の歩兵が前進した。

 しかし敵の司令官は戦う気がなさそうだった。こちらと同速度で後退し始める。そこからはしばらく奇妙な追撃が続いたが、距離が縮まる様子はない。

 向こうは騎兵ばかりだし、当然ではある。

 「止まれ!」

 命令が飛んで、歩兵は立ち止った。

 「当然ではありますが、あの数で戦う気はないようです。これ以上進ませないための牽制ということでしょうか? 結果的には進んでいますが」

 「相手には僕たちが何者かがわかっていないからね。近くの町で略奪でもされるのではないか、とでも思っているんだろ。その牽制に張り付いてるんだよ、きっと」

 「ああ、なるほど」

 そういうことか、とシャハラル。

 こっちの目的は町の略奪ではなくて、大公の基地を潰すことなのたが敵にはわからないことだ。警戒しないわけにはいかないだろう。

 「さてと、それはそうと、もう少し軍を進めてくれ。もう少し行くと右側に小さな丘があるはずだ。とりあえず、そこに布陣する」

 「丘ですか・・・そこで迎え撃つと?」

 「そのとおり、と言いたいところだが違う」

 僕の答えに、シャハラルは戸惑ったようだ。首を傾げている。

 「僕たちはたった今敵の姿を確認した。このままでは戦いになるかもしれないわけだが、街道上での会戦などあり得ない。すぐにどこかに陣を布くべきだ・・・となった場合、君ならどこに布陣する?」

 「・・・そう、ですね」

 質問に質問で返された彼女は困惑したように辺りを見回した。

 草原と、小麦の刈り取られた畑が広がっている。

 「草原や畑はあり得ません。近くには山もなさそうです。となると・・・やはり丘か・・・町、ですか?」

 敵より高い場所が基本だから丘、それがだめなら城壁がある町。

 オーソドックスな答えだ。

 「それぞれの問題点は?」

 さらに聞く。

 「丘ですと・・・この辺りの丘はなだらかなようですから地形効果があまり得られません。街ですと、城壁を使って有利な防戦を展開できます。ただし、ここは敵の地元ですから、住民による破壊ないし妨害工作の可能性があります」

 そのとおり、僕はうなずいた。

 「さて、では今の問題を敵の立場で見るとしたらどうなる?」

 「・・・軍事的に有利な防壁がありますから、町への駐留。この一択です!」

 目を見開いて、シャハラルは僕を見つめてきた。

 「つまり、提督は敵を町に駐留させておいて、そこを攻撃するというのですか?」

 「そうだ。僕たちは、町の住民を巻き込まないように丘への布陣を選択した。ところが、敵は住民の迷惑など歯牙にもかけず軍を入れる。街に入った軍が最初にするのは何だろうね? 違法なことをしているような連中は?」

 「間違いなく、大きな建物を接収して食料を強奪するでしょう。そして市民の抵抗にあいます。少なくとも市民たちは皆、その軍に嫌悪感を抱くでしょう」

 「そうなったところで、僕たちは市民の解放のために突撃し、暴君による搾取から民衆を救う、ってわけさ」

 うっ、とシャハラルが頭を仰け反らせた。

 「隊長から聞いてはいましたが・・・おう、いえ、提督は本当になんというか・・・すごいですね。やりくちが・・・」

 なにか、言外にひどいことを言われている気がする。

 ・・・まぁいい。

 「そういうことだから、よろしく」

 「はい、お任せください」

 こうして、シャハラル率いる歩兵三千六百はティーアカの町近郊の丘に布陣した。

 

 「調べてきたにゃん」

 丘への布陣が終了したのを待って偵察に出ていたリンセルが、戻ってきた。

 すでに町の中へ敵の軍勢が駐留しつつあることは分かっている。

 街道を進んできた歩兵が、町の城壁の中へと消えていくのが見えているのだ。

 「駐留しているのは傭兵団『クエルボ・イエロ (鉄の体)』にゃん。兵力は騎兵七百、歩兵三千二百にゃん。率いているのは、バリシアっていう傭兵隊長にゃん」

 「・・・それって?」

 隊長自ら来ているということは。

 「エステオト基地って名前の基地に残ってたやつみんなしてきてるらしいのにゃん」

 ・・・やっぱりか。

 一つの基地に一つの部隊。

 自分の部下を各所に分散することで、反逆の可能性を断つ。

 部下同士がなれ合って、おかしな野心を持つことのないように横のつながりを切って分断しておく。

 信用できる部下のいない為政者がよくやる方策だ。

 うまくいっている間は、部下同士が互いに牽制し合い競争し合うため、反逆される心配もなく機能する。

 ただし、一度関係が崩れ始めれば・・・。

 ヴァスケ・ボルトの町に送った部隊が全滅して、大公から見限られようとしている。

 失点を取り返すため、形振り構っていられない状況に置かれているのだろう。

 落とすはずの城を落とせず、逆進撃を受けているとなってはなおさらだ。

基地を出てここまで兵を出したのは、おそらく独断だ。

 大公に成功の報告以外送りたくない。

 経過がどうであれ、ヴァスケ・ボルトにいる勢力を廃滅させてしまえば格好がつく、そう考えたのだろう。

 中級指揮官が陥りやすい、そして絶対に陥ってはならない考え方だ。

 指揮官失格者が指揮を執っているらしい。

 好都合だというべきだろうか。

 「敵は、我々がここで自分たちを待ち受けていると思っているはずだ。その隙を撃つぞ。シャハラル!」

 「はい」

 シャハラルが表情のなくなった顔を向けてきた。

 これが彼女の戦闘時の顔なのだろう。

 「千を率いて先行しろ。とにかく街の中へと侵攻するんだ」

 「仰せのままに!」

 シャハラルは歩兵をまとめるために馬を蹴った。

 「リンセルは歩兵千を率いて、城壁上を押さえろ。シャハラルの侵攻に気を取らせている間に城壁を占拠して、矢による狙撃に専念してくれ」

 「わかったのにゃん」

 偵察しかさせてこなかったリンセルだが、目がよくて敵のも味方のも動きを完全に把握できている。報告の的確性から見ても、流れを読む力があるのは間違いない。おそらく千や二千程度の兵なら率いる能力があると見た。

 本人もいきなり兵を預けられたのに平然と受けている。

 いけそうだ。

 「ついてくるのにゃん!」

 率いていく千名をさっと決めると、リンセルが先に立って進み始める。

 百名を一小隊としているので、小隊長を指名するだけで必要な兵数を連れて行けるのだ。

 「残りの千六百は僕とともにシャハラルとは別の門から攻撃する。敵は油断している。今が好機だ。全軍進め!」


次回更新も来週日曜に行います。

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