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懐柔


 捕虜は鎖と枷で、ひとまとめにしてあった。

 こういう事態を想定して、海賊たちが使っていた鎖を持ち込んでおいたのだ。

 漕ぎ手を船に拘束していた、あの鎖だ。

 二千いた敵兵は四百とすこしの死者と、それに倍する負傷者を出している。

 負傷者は一カ所に集め、ちゃんとした治療を受けさせていた。

 この世界では『敵は皆殺し』という考えがいまだ主流で、これは非常に珍しいことだった。

 ファルレなどに言わせれば、敵即斬、が当然となる。

 どちらかというとザフィーリも、そちら側の考え方をする人間だった。

 考え方を変えたのは、ライムジーアの薫陶と影響、それに自身の経験のためだ。

 敗北して、寄る辺もなくさまよっていた自分を拾ってくれたのはライムジーアだ。それがなければ、今ごろ自分と部下たちはどこかの異郷で野垂死にしていたかもしれない。

 敗者に手を差し伸べることこそ、勝者の度量。

 ライムジーアの部下として、主の度量を見せつけることが自分の役目。

 捕虜との話し合いなど自分には無縁なものと思っていたが、敬愛する皇子に主将の任を与えられたからには全力で当たるのみ。

 話し合いの相手はすでに決めていた。

 傭兵隊長が戦死したあとすぐに、まだ戦おうとしていた傭兵の多くを降伏に向かわせたあの副長だ。

 彼だけは、離れた場所に繋いである。敗軍の将は部下たちに殺されてしまったり、逆に部下たちを扇動するかもしれないからだ。

 ファルレやフファルが交渉なんてものに興味のあろうはずもなく、ザフィーリは一人で副長を収容している建物へと向かっていた。

 「隊長。彼は中です。怪我もしていませんし、先ほど食事もとらせました。健康状態は良好のはずです」

 捕虜の監視をさせている部下の一人が、彼女に気が付いて敬礼した。

 「お疲れさま」

 軽く頭を下げて答礼し、中に入る。

 ついてくる必要はない。との無言の宣言だ。

 部下は正確に読み取り、下がる。

 建物の中は薄暗い。

 太い柱に鎖が巻かれ、捕虜の手と足にはめられた枷に繋がっている。

 「まず、名前を聞かせてもらえるか? わ・・・名前を知らないと不便だからな」

 そう声をかける。

 つい、自分の名を名乗りそうになって、慌てて呑み込んだ。

 アバハビルド、の家名を知っているかもしれない。

 もし知っていたら、正体がバレバレだ。

 その様子を訝しんだのか、怪訝そうな瞳を副長は投げかけてきた。

 ひび割れた口を開く。

 「エントック。エントック・デミエント」

 「では、エントック。不自由な思いをさせてすまない。言い訳をさせてもらえば、こちらは知っての通り人数が少ない。騒ぎを起こされては困るのだ」

 「そうでしょうな。もとより、捕虜になった傭兵は斬首が相場。鎖に繋がれる程度のことはどうということもない」

 まったく気にしていないわけはないのだろうが、それでも平静な態度と口調を崩しはしなかった。

 「そうか、そうだな。・・・私は、武に偏り過ぎていてな。交渉事は苦手だ。だから、搦手は使えん。簡潔に言う。我らの仲間になる気はないか?」

エントックは、目をすがめた。

 半ば以上瞼に隠れた瞳の奥で、いくつもの思考がぶつかり合っているような気がする。

 「・・・その前に聞きたい。お前たちは何者なのだ? なぜ、この城に居座っている?」

 当然の疑問。

 そして、絶対に正解を答えるわけにはいかない質問。

 「・・・・・・」

 ザフィーリは答えに詰まった。

 必死に考えを巡らせる。

 その様子をエントックが、じっと見つめているのにも気が付かない。

 やがて、ザフィーリは意を決したようにエントックに顔を向けた。

 真正面から向き合う。

 「何者か? との問いには、今は海賊だとしか答えられない。この城にいる理由は、大公に対抗するためだ。大公の兵力をここに集めて、撃破するのが我らの任務だ」

 エントックの目がかすかに見開かれた。

 なにかを言いたそうに唇が動く。

 だが、言葉にはせず、目を閉じた。

 「・・・・・・」

 なにかを思案しているのだろうか、沈黙が続く。

 ザフィーリは急かさなかった。

 じっと、答えを待つ。

 「・・・部下たちはどうなる?」

 その質問なら、答えられる。

 ほっとした。

 「あなたが配下についてくれるのなら、部下たちの前でそう宣言してもらいます。そのうえで、ついてくる者がいるのなら歓迎します。それを望まない者は、捕虜のまましばらくは人足で働いてもらうことになる」

 「しばらくは?」

 「ここはいずれ引き払う。そのときに解放することになるだろう」

 「なるほど・・・」

 ジャラ・・・鎖が鳴った。

 顎に手を当てようと腕を上げたらしい。

 鎖が重かったのか、途中まで上げかけた腕を戻してエントックはザフィーリに目を向けた。じっと見つめる。

 「いいだろう。どのみち、敗北したのだ。おめおめと大公のところには帰れない。厄介になろう。ただし、大公配下の部隊との戦闘には参加しない。今日までの味方を明日から敵にしたくはない」

 十分だ。

 そうザフィーリは判断した。

 直接戦闘をしない部隊でも、警備や見回り、監視には使える。

 そちらに回さなくてよくなった兵を前戦に移せば、それで戦力の強化は可能だ。

 「それでいい」

 大きく頷いて、ザフィーリは彼の拘束を解いた。

 「・・・いいのか?」

 武器をも返して寄越したザフィーリに、エントックは戸惑ったように確認した。

 「もちろんだ。あなたは我々の仲間になったのだ。武器を取り上げたままにしておくのはおかしかろう?」

 「・・・そうか」

 愛用の武器を腰に佩いてエントックは、歩き始めたザフィーリの後ろを追いかけた。

 目の前に、ついさっきまでの敵将の背中がある。

 斬りつければ簡単に殺せる。

 自分でも知らぬ間に、エントックは笑みを浮かべていた。

 雇い主にすら信用されないのが当たり前の傭兵を、この女騎士は信用しているらしい。そう思ったら、何か妙にうれしかったのだ。

 「仲間・・・か」

 こうして、ヴァスケ・ボルトを奪還すべく大公が放った傭兵団の第一陣は全滅した。

 死者四百名。

 負傷者二百名。

 投降者千四百名。

 生き残った千六百名の傭兵はエントックの説得により、このあとザフィーリの部下として働くことになる。


 帝国の版図を広げるのに、多大な貢献をした初代宰相アンセフォーア・ストロスターには戦術上の癖があった。

 幾度もの戦場で勝利してきた必勝のパターンが。

 そのことを、ライムジーアはよく知っている。

 ラインベリオ王国が、ラインベリオ帝国になるまでの歴史を、念入りに調べてあったおかげだ。

 いつか戦う相手と思い定めていた・・・わけでは全くない。

 単に戦史好きだっただけだ。

 ほんの十数年前の記録。

その気になれば、当時従軍していた兵士に生の声を聴くことすらできた。

 お茶をやっつけながら、誇張された自慢話を聞く羽目になるが、それはそれで面白い。

 テレビがあるわけでもなく、城に閉じ込められていてはそれぐらいしか楽しみがなかったのだ。

 退役した、または最前線から身を引いた老兵を城内に招いて話を聞くだけなら、皇妃も皇帝も文句を言わなかったし。

 そのおかげでわかった。

 大公の得意な用兵が。

 前世で有名だった孫子の兵法で言えば、東声撃西。

 東に声を発して、西を撃つ。

 簡単に言えば、「東を攻撃するよ―」と言っておいて、東の敵が防御に入った隙に西を攻撃するというものだ。

 攻撃されると思い込んだ東の敵が必死に防戦準備をする。防戦しようとしているのだから、積極的に攻撃してくる可能性が減る。

 西の敵を攻撃して戻るまで動かないでいてくれれば万々歳。

 逆に、西の敵は反対側に攻め込んでいくのなら自分たちは安全と油断する。または、この機会に手薄になったところに攻め込んでやろうと軍を出してくる。

 それを叩く。

 敵は東に行っていると思い込んでいるのだから、伏兵を布いて待ち構えれば有利な立場で奇襲ができるというわけだ。

 今回も、ご多分に漏れず。

大公はそのようにシナリオを書いた。

 ヴァスケ・ボルトに真正面から二千の軍をぶつける。

 実際には、戦闘は行わずに正門で睨み合いに持ち込む。

 そうして敵の注意を正門に向かわせている間に、背後から別の軍勢に襲わせる、と。

 それが判っていれば、先を読んでの対処が可能だ。

 ヴァスケ・ボルトの正門である南門と東と北は平野に向いていて、西側は丘から尾根へと続く斜面。密度は薄いが森もある。

 となれば、城の見張りに気付かれずに接近しようと思えば西側から来るのが定石。

 動きを読むのに、苦労がない。

 「来たのにゃん!」

 ファルレたちが戦闘に突入したのとほぼ同じ時刻、ライムジーアたちも接敵した。


 クリシス・ミューエは帝国に攻め滅ぼされた大陸西海岸出身の兵士だ。

 祖国の危機、と。女だてらに十五歳で従軍して、最初の二年は祖国のため、次の三年は帝国に抵抗する他国の傭兵として戦った。そして、この五年間は大公のもとで働いている。

 傭兵としては熟練だが、結局は敗残兵という扱いで給金も何とか食っていけるという程度のものだった。

 そして、与えられる仕事は地味で報いの少ない偵察任務や本隊の露払いばかりだ。

 今回も、本隊のために先行して道を確保するのが任務だ。

 雪がちらつく中、駐留する基地を出た彼女は百五十名の歩兵を率いて森に入った。

 他にも何隊かが同じようにしているはずだ。

 先頭を進む騎兵三騎は大公の直臣子飼いの兵士で、歩兵は全てあちこちの戦場から拾われてきた残兵の寄せ集め。

 なぜか女が多い。

 男は果敢に死地に飛び込むが、女は一度立ち止まるからだろうか?

 理由はわからないが、男女比は三対七ぐらいで女が多かった。

 細い獣道を列をなして歩く。

息が白い煙となって背後に流れていく。雪が強くなってきたようだ。

こんな時に行軍するなんて!

クリシスは内心で毒づく。

大公に忠誠心などない。給金だって雀の涙。場合によっては食べ物の現物支給しかもらえないことすらある。

それでも逃げ出さないのは他に行き場がないからだ。

故国はすでにない。

一家は離散していて生きているのかどうかすらわからなかった。

十五から兵隊をしているから、いまさら他の仕事ができるとも思えない。

「・・・・・・」

ふと、顔に手を添えた。

いつどこで付けたのだったかも覚えていない十字傷が右頬にある。

これがなかったら、どこかに嫁に行く手があっただろうか?

野営飯しか作れないのに?

馬鹿げた夢想を振り払う。

森が深まっていた。

それでも、樵か猟師が時折通るらしい道が続いている。

 本隊が通るのにも支障はなさそうだ。

 森は深まったものの、人の手が入っているらしく下生は刈られているし下枝も落とされている。

 それでも枝に積もった雪が、ただでさえ暗い太陽をさらに暗くした。

 この森の先に町があり、この行軍は町を占拠した野盗を打ち倒すためのものだと聞いている。

 なにをしたいんだか、と苛立つ。

その町には行ったことがある。

 なにもない、あとは消えていくだけの町だった。

 そんなのを占領してどうしようというのか。

 「っ!?」

 なにかが飛んでくる!

 戦場を渡り歩いてきたことで培われた勘が、そう告げた。

 反射的にしゃがみ込む。

 飛んできたのは矢だった。

 先頭を行く騎士の軽装鎧に当たった。金属音を上げて弾かれる。

 待ち伏せ?!

 それが合図だったかのように森の奥から声が上がった。いくつもの叫び声が折り重なり、地響きを立てて無数の足音が近づいてくる。

 十数とか百数十の話ではない。

 戦闘の騎士が慌てて馬を止めた。うわずった悲鳴を上げる。

 「な、なんだ?!」

 「止まってないで進みなさいよ!」

 クリシスは思わず上官である騎士に怒鳴った。

 足を止めたら、それこそ囲まれてしまう。

 戻ろうにも後ろはまだ事態が分かっていない。

 前に進むしかない!

 同じことを考えたのだろう、他の傭兵たちは思い思いに木々の間に身を踊り込ませた。散り散りになって逃げ始める。

 間抜けな騎士を助ける義理もない。

 ここは逃げの一手だ。

 敵の正体が分からない。

 私たちが攻め手だったんじゃないの!?

 敵は城に籠っていると聞いていた。

 もちろんわかっている。敵がこちらの予想通りに動くことなんてないってことぐらい。

 だが、こんな森の中に伏兵を置くなど、考えられないことだった。森の中では兵士が少人数にばらける。指揮を執りづらいのだ。

 まともな軍人なら、絶対に考えない作戦だった。

考えたとしても実行しない。できないものだ。

 森の中に隠れて、道を進んでくる敵を待ち伏せるというのはあり得ても、森の中での奇襲なんて聞いたことがない。

 しかも、こんな雪の日に。

 「囲まれてる!」

 誰かが悲鳴にも似た声を上げた。

 逃げに転じていた傭兵たちだったが、逃げる先を見失ってしまう。誰の指示を受けたのでもなく固まっていく。

 じわじわと包囲が狭まっているのが分かった。

 なのに、足音一つ聞こえない。

 最初はあんなにはっきり聞こえていたのに!

 わざとだったんだ。

 慌てさせるためにわざと足音を聞かせておいて、今度は気配だけで追い詰めてくる。

 何者なのよ!

 そう叫びたくなった、その時。

 答えが姿を現す。

 獣の毛皮を羽織って、剣や槍を持っている。そして・・・耳が獣耳だった。

 獣人だ。

 いろんなことが、スッと腑に落ちた。

 森の中で伏兵なんてありえない。

それは間違いなくそうだ。

だけど、それは人間の兵なら、だ。

獣人族になら、それも可能。

ましてや・・・。

「猫耳族・・・」

茫然とした呟きが漏れる。

森の中は彼らの領域だ。

森の中で猫耳族を相手にして、勝てるわけがない。

こんなのがいるなんて聞いてない!

クリシスは内心で唾を吐いた。

「私たちをどうするつもり? 皮でも剥ぐ? 毛皮にはならないから温かくないと思うんだけど?」

膝が震えている。

このまま跪いてしまいたいくらいだが、なんとか踏ん張った。

「剣を捨てるにゃ、歯向かわなければ殺しはしないのにゃ」

森の中では戦闘にすらならないと知っているからこその余裕だろうか、獣人の態度は穏やかですらある。殺さないというのは本当らしい。

傭兵たちが互いに顔を見合わせる。

選択の余地はない。

クリシスは剣を雪上に投げ捨てた。


 敵の先遣隊を全て捕らえたとの報告を受けたライムジーアは、暖を取っていた森の中にある狩猟小屋から出た。すると、狭くはない森の切れ間が人で埋まっていた。

 獣を近づけさせないようにと、小屋の周りは木が伐採されているのだが、そうやってできた空間に人がびっしりと座っている。

 ざっと見ただけで千は越えていそうだ。

 しかも全員が無傷。

 武装を解除したうえで、ロープで縛ってある。

 「見事だね。さすがは猫耳族だ」

 森での戦いは猫耳族が得意だとは知っていたが、これほどとは思っていなかった。

 素直に驚く。

 確かに、森の中を進むために本隊に先駆けて兵を送り込んでくるだろうから、これをできれば無傷で捕らえてほしい。

 そう言ったのはライムジーアだ。

 でも、まさかここまで鮮やかにやってのけてくれるとは。

 「これで勝てるのかニィ?」

 ヴィルトが聞いてくる。

 これほどの戦果を上げたというのに、気負う様子もない。

 「勝てる。本隊はばらけたりせずに一気に森の中へ入ってくるはずだ。そうしないとヴァスケ・ボルトに正面から攻めている別動隊との、挟撃の効果が薄くなってしまう。大公は攻撃の時間をきっちりと指定しただろうから、それに合わせなければならない」

 おそらくその時刻とは夕刻だ。

 前世世界で言うところの『逢魔が時』。

 明るさと暗さの間の時間に、森を通って敵の背後に出る。

 それが大公の狙いだ。

 そこまでわかっていれば、できることは多い。

 先行部隊を全て綺麗に片づけさせたのはそのためでもある。

 「来たにゃん!」

 リンセルが駆け込んできた。

 敵本隊の動向を探ってもらっていたのだ。

 「さぁて、何人辿り着けるかな?」

 つぶやいた僕のために、エレヴァとシアが小屋の前にテーブルと椅子を出し、コーヒーを淹れてくれた。

 敵にとっての悪夢が始まる。


次回更新も、来週日曜の午前中です。

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