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会談


 「・・・あー、落ち着いた?」

 しばらく抱きとめていたあと、身体の震えが収まったのを見て問い掛けた。

 「・・・・・・ぅん。なんとか・・・」

 そっと顔を上げる。

 目元と頬がほんのり色づいていて色っぽいんだけど・・・鼻水はいただけないかも。

 とか思ったらすごい顔で睨まれた。

 さっと顔を背ける。

 ずっと見ていた女騎士が心得顔で側により、鼻を拭いてあげている。

 僕は急に興味が湧いてきたテントの編み目を、凝視していた。

 「・・・こほん・・・・・・いいわよ?」

 元通り、椅子に座った・・・えっと。

 「エリダ。そう呼んだ方がいいだろうな?」

 「・・・そう、ね」

 うん。

 元通り、椅子に座ったエリダが、僕を見つめてきている。

 「なんか、すっごく二枚目になったのね」

 まじまじと見つめて、そんなことをいうのは「セクハラですっ!」。なのだが、今はふざけるより前に聞いておかないといけないことがある。

 「そう言う君は・・・あんま変わんないかな。機動力以外は」

 「き、機動力って・・・」

 うぬぬぬっ・・・と睨んでくる。

 うん。すくなくとも、これは変わってない。

 「それより、なんで僕に目を付けたんだ?」

 屋敷に呼び寄せるとかではなく軍を動かしたり、人払いをした理由は理解できる。

 僕が、自分と同じ特殊な人間かもしれないと当たりをつけ、正否を確認するのに慎重にならざるを得なかったからだ。

 それはいい。

 確認すべきは、その『当たり』をつけた理由だ。

 なにか、変なことをしていただろうか?

 「船の名前よ。漢字を書かせたでしょ?」

 「ああ!」

 それか!

 「状況を考えるようになった私は、前世っていう概念に遅まきながら辿り着いた。それで、『夢見る国の少女』を封印して、ともかく周囲の情報を収集し始めたわ。今度は慎重にね。それで、思いついたのが文字よ。思い出とか聞いたって答えてなんてもらえないのはわかりきっているものね」

 なるほど。

 目の付け所はいいようだ。

 「もちろん、文字にしたって読める人間がいないはずのものを書く理由がない。表には出さないでいると考えられるでしょう。仕方ないから、私はいろんな人に手紙を送ったのよ。ちょっとでも変わりものって評判のある人や著名人に漢字入りでね。絵のように見えるように工夫して」

 ネット上でよく見た。絵のようにも見える文字での認証、そんなようなものだろう。

 日本人か、日本語を学んだ人間だけが文字だと気が付く、そんな形の。

 「でも一人も反応してくれた人はいなかった。正直、諦めかけていたわ。そしたら、つい先日あなたが船に取り付けた板の文字を、私の部下が見つけたわけよ。私の絵に似てるってね。それで、全部書き写させた。メモを見たときには震えが止まらなかったわよ」

 なるほど。

 僕にだけ意味のある・・・じゃなかったんだ。

 日本語を、漢字を読むことのできる人間だけに意味のある、だった。

 「それで? 日本のことを知ってる人間見つけて、なにをしようっていうのかな?」

 このまま思い出話に花を咲かせるのも悪くはないが、一応は停戦中だ。あまり帰りが遅いと、ザフィーリがファルレたちを巻き込んで突撃してこないとも限らない。

 用事を手早く済ませたいところだ。

 「・・・ぁ」

 目を見開いて、エリダは固まった。

 ・・・もしかして。

 「なにも考えてなかったんかい!」

 「ぅ・・・」

 「『歩き出す前に、目的地を選べ』だろ?!」

 ぶふっ!

 こっちは真剣だというのに、エリダが噴いた。

 「あ、相変わらず。忠実なのね? なに? 無意識レベルどころか魂にまで刷り込まれちゃってるの?」

 「い、いいだろ、別に。実際役に立つんだから!」

 口うるさかった友人の『警句』は前世ではもちろん、皇子様の行動にも少なからず影響している。助けになっている。

 その点については、誰にも否定はさせない。

 「・・・はぁ」

 笑い疲れたのか、溜息を一つ落としてエリダは沈黙した。

 眉を寄せて何かを考えている様子だ。

 「決めたわ。・・・皇子様に、私もお仕えさせていただきます」

 「はい?」

 「あなたの部下になると言っているのよ。何なりと命令してくれていいわ。お望みなら・・・脱ぎましょうか?」

 ドレスを肩からずらして見せる。

 白い肌が露わになった。

 「質の悪い冗談だな」

 思わずドキッとしたのを誤魔化すように言い返した。

 下ネタ系は聞くのは好きでも、自分からは絶対言わない子だったのに。

 今も昔も、目を引く美人だけにシャレにならない。

 「半分本気なんだけどな・・・まえは、その・・・足りないとこが多かったから自信なかったし、度胸もなかったけど・・・そのせいで結局は誰ともそういうことしないで終わっちゃった。心残りっていうか、ちょっと後悔しているの」

 「その分を取り戻そうって? 短絡的!」

 指摘してやると、プクッと膨れた。

 容姿がちょっと変わっちゃってるけど、懐かしの友なんだなってわかって変にうれしい。

 「冗談はさておき、僕は今ひどく微妙なことになっているから、味方は多いほどうれしい。歓迎するよ」

 「うん。情報収集なら任せてくれていいわ。私の部下たちはみんなすごく優秀よ」

 「僕を炙り出すくらいには、ね」

 あと、実は相思相愛なのに歳の差や身分差で諦めていた男女を発見してくっつけたり、数日中に街に迫るだろう山火事を察知したりもしていた。

 『運命の女神』は関係なかったのだ。

 そういうこと、とエリダはうなずいた。

 「あ、紹介しておくわね。私の腹心、レティア・ムート。手を出したかったら出していいけど、私に許可を取ってからにしてね」

 傍らに立つ女騎士を指し示して、エリダ。

 主の紹介を得て、レティアが僕に頭を下げた。

 「よろしくな、レティア」

 「・・・」

 気さくに声をかけてみるが、反応はない。

 口を利く気はないようだ。

 とはいえ、レティアは間違いなく美形だった。

 キリリとした眼差し、鎧の上からもわかる引き締まった身体。

 タカラジェンヌの男役なら、大スター間違いなし。

 そんなタイプ。

 肩口で切りそろえられた蜂蜜色の髪、アンバーの瞳。騎士をしているのが信じられない抜けるような白い肌。

 確かに、手を出したくなる逸材だ。

 自分のことを話されているというのに、表情一つ変えずにいるのがちょっとだけ不気味ではあるにしても。

 「・・・・・・」

 頭を振る。

 「そういうことは、もう少し落ち着いた時にしてくれ。僕は今、死ぬか生きるかの瀬戸際にいるんだから」

 「そこがよくわからないんだけど?」

 絶妙な角度でエリダが首をひねった。

 ただでさえ人形的な容姿が強調される仕草だ。

 「皇子様がなんで海賊なんてやっているのかなって」

 「皇妃に憎まれてて、機会があれば殺されそうだからだよ。安全に安心して暮らせる場所を作るのに必死なの!」

 事情を簡潔に説明してやる。

 まったく、情報収集が得意だと言っている貴族令嬢のくせに、世事に疎すぎる。

 事情説明を聞くうちに、顔を青褪めさせるエリダに苛立ちを感じてしまった。

 深窓の令嬢か?!

 内心でツッコミを入れて、思い至る。

 ・・・あ。

 そっか、事実。深窓の令嬢なんだ。

 幼いころは『夢見る国の少女』。

 そのあとは自室に軟禁状態。

 そこから出たあとは、漢字に気付く人間を探す毎日。

 そりゃ世事に疎くもなる。

 「わかった?」

 一通り説明して確認する。

 「う、うん。わかった。・・・たぶん?」

 うっわ・・・すっごく不安!

 まぁいい。

 「とりあえず、アルテサノ・・・つまり造船所跡への攻撃はやめさせて、軍を退いてくれ。何年も居座ろうっていうわけじゃない。せいぜい一年だ」

 何年も前から海賊に占拠されていたのを放置してたんだから、あと一年僕に貸しといてくれたっていいじゃないか。

 「あー・・・うん。軍団長の方からも、控えめな抗議が来てたから。それはいいよ」

 「ぁ・・・」

 そう、か。

 今になって気が付いた。

 軍団長が、ここを海賊が占拠していたことを知らないはずはない。

 知っていて知らないふりをしていたということは・・・。

 海賊と癒着していたか、大公に遠慮していたか。

もしくは両方?

 「軍団長がではなく、偵察の中級管理官たちが海賊と癒着しているのです」

 考えが顔に出ていたのだろうか、突然に答えが提示された。

 「そうなの? というか、偵察の中級管理官って誰?」

 ここにきてようやく、口を開いたレティアにエリダが質問を浴びせる。僕はそこに割って入った。

 「海賊と偵察の中級管理官とやらの間でどんな取り決めがされているか、具体的にわかっているのか?」

今のやり取りではっきりした。

 エリダの情報網の肝はレティアだ。

 この様子だと、エリダも知らない情報を、レティアが管理しているのだろうと思える。

 情報というのは、ともかく大量に集めるだけ集めて、そこから随時必要な、役に立ちそうな情報を抽出しなければ手に入らない。

 とくに、『変わった絵のような文字、あるいはそれを使っている人間』なんて抽象的なものを探すとなればなおさらだ。

 きっと、エリダの優秀な部下たちというのは、かなり膨大な情報を持っている。

 それにしても、軍団長がではなく偵察の中級管理官たち、か。

 思いのほか、根は浅く。規模も小さそうだ。

 「取り決めというほどのものはございません。偵察がてら寄っては金品や女を要求する、その代わり跡地は跡地のままであると上に報告する。それだけです。始まりは海賊に籠絡されて、ですが最近は逆にゆすりたかりをはたらく体たらくです」

 どこの世界にも小悪党はいるということか。

 小悪魔なら歓迎だが、小悪党なんて米蔵のネズミ以下だ。

 この機会に懲らしめるか。

 「その偵察の中級管理官とやらの名前は? 把握してるの?」

 「もちろんです」

 まあ、そうだろうな。

 そうでなければ、あんなにすんなりと答えを出したりはしないだろう。

 「なら、その名前を書きだしてくれ」

 レティアに頼むと、彼女は一礼してテントの奥に置いてあった小さな箱を開けた。紙と筆記具を出すらしい。

 そのあいだに。

 「レティアがリスト作ったら、軍団長呼んで事実を突きつければいい。今回の遠征はそのためだったと説明して、軍団内の風紀の乱れについての調査を命じて撤退する。ここに住み着いている海賊については、州内からの退去を命じ。それが守られることを確認するために、君が監督官としてここに常駐することとする。海賊以外の者に関しては、その事情を聴取の上、監督官の君が個別に対応する」

 エリダに策を授ける。

 我ながら完璧だ。

 「うっわ。よくそんな方便がすらすらと出てくるよね」

 呆れたような口調でありながら、顔は見事に笑っている。

 「・・・事前に落としどころも用意しないで動いた君には言われたくないね。見つかったのが僕じゃなくて別の人間なら、君の命令で斬首刑にしなきゃいけなくなっていたかもしれないんだよ?」

 「ぁ・・・ごめんなさい」

 瞬時に笑みがなくなった顔から血の気を失せさせて、エリダが深々と頭を下げた。

 「昔より機動力が上がったんだから、よく考えて行動しないと転ぶぞ」

 「また機動力とか!」

 うぬぬぬぬっ、と睨んでくるがもう無視だ。

 そんな暇はない。

 エレヴァとシアが何とか抑えてくれていればいいが、マジで奇襲戦を挑んできかねないぐらいの時間が経ってしまっている。

 「あとは任せるからな。うまくやれよ?」

 「わかった・・・けど! なんで私じゃなく、レティアに言うのよ!?」

 僕は顔をリストを書き上げたレティアに向けていた。

 「実際に働くのはレティアみたいだからな。実行者に言うほうが効率的だろ?」

 「あ、あ、あんたは! ぜんっぜんっ、かわってないっ!!」

 「あははは」

 声を立てて笑い、僕は指令所を出た。

 さっき指令所に案内してくれた騎士が慌てたように駆け寄ってくる。

 「ご用は済んだようだ。戻らせてもらう」

 騎士は一瞬だけ指令所に目を向け、なにも言わずに再び正門まで先導してくれた。

 おかげて、石を投げつけられずに済んだ。

 別に先導がいなくても、そんなことはしないだろうが。

 ・・・わからないか?

 まあ、いい。

 ともかく問題はほぼ解決した。

 城壁から垂らされたロープにつかまり、引き上げてくれるのを待つ。

 エリダのことをみんなに説明しなくてはならない。


 「どうでしたか?」

 城壁に引き上げてくれたのはザフィーリとエヌンフトだ。

 ヴィルトとガゼットが駆けつけてくるのは、部下たちを督励していたからだろう。

 エレヴァとシアが静かに、銀のお盆を差し出してくる。

 冷たい水と、気付けのつもりかウィスキーの入ったグラス。クッキーなどがのっていた。

 さすがに気が利く。

 あとは、ファルレとフファル。サンブルート旅団も待ち構えていた。

 やはり、指令室への奇襲数分前、だったようだ。

 危なかった。

 「話はついたよ。じきに彼等は軍を退く。丁重に見送ればいい」

 「信用できるのですか?」

 エヌンフトは懐疑的だ。

 「今回に限って言えば、信用がどうこういう問題じゃない。確実な話だ」

 そこまで言ったところで、エリダのことをどう説明しものかと、逡巡してしまった。

なかなかにややこしい。

 「実は、先方の統率者。エリダ・アクシデンテとは古い友人でね。といってもお互いにいろいろと背負ってたもんだから相手の素性をよく知らなかったんだけど」

 古い友人。

 訳ありの関係にある人間を紹介するときの定番だ。

 ちょっと恥ずかしいが、こう言うしかない。

 「今回、面と向かって逢ったことで、お互いそのことが分かった。んで、こちらの事情を慮ってもらえたってわけ」

 真実というわけではないが、概ね間違ってはいない説明のつもりだ。

 前世だの生まれ変わりだのを説明するのは、無駄だしいい考えとは言えない。

 「一度撤退したあとで、エリダ・アクシデンテと何人かがここに常駐することになるから、そのつもりでいてくれ。対外的には、ここに住む者たちの監督官という名目だが、実質的には僕の部下ということになるから心配いらない」

 「部下、ですか? 伯爵令嬢ですよね?」

 ザフィーリが驚いた顔をするが、まぁ、当然だ。

 「納得できないのはわかる。できれば説明したいんだが、込み入った事情があって説明はできない。僕を信じてほしい」

 ザフィーリだけでなく、僕を支えてくれている幹部たちの顔を見ながら、真摯に訴えた。

 「もちろん、信じてはおります。気になっただけです。問題ありません」

 ザフィーリが敬礼した。

 隣でエヌンフトも敬礼している。

 「あたしらはそんなことどうでもいいわよ」

 ファルレが言うと、フファルも「そうだそうだ」とうなずいた。

 「俺たちも、だニィ」

 「おう、にゃ」

 「うんうん、にゃんにゃん」

 ヴィルトとガゼット、リンセルもうなずく。

 エレヴァとシアは聞くまでもない。

 どうやら、心配なさそうだ。

 事実。

 スエルリュック州軍団とアクシデンテ伯爵家貴族軍は撤退していった。

 あとを追ったリンセルによると、十キロほど後退した平地に陣を布いたのだという。

 翌日の昼。

 兵士十数人が、処刑された。

 軍団はその後、本来の駐留基地へと完全に撤退。

 貴族軍も伯爵家まで下がっていったらしい。

 州長官の伯爵へ、報告しないわけにはいかないだろうから、当然だ。

 家を出ることをエリダはどうやって、父親に認めさせる気なのか。

 そちらの方が、僕的には気にかかった。

 普通に考えれば、認めるはずがない。

 僕の危惧は、多分当たっていた。

 きっと、説得は熾烈極まりない言い合いに発展したのだろう。

 エリダがレティアとともにアルテサノに到着したのは、四日後のことだ。

 彼女は自分の部下として偵察兵五十人を連れてきた。

 監督官の職責が、便宜上の方便でしかないことが、これではっきりした。

 本当に監督官なのであれば最低でも十倍、五百の兵力が必要なはずなのだから。


次回から、更新は日曜の午前中にします。

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