邂逅
水上戦を勝利で終えて帰還したライムジーアは、事態の急変を知って頭を抱えた。
港に凱旋しようという甲板上だ。
凱旋してきたのは、キャラック『紅炎』とガレー『初音』と『胡蝶』の三隻。
残りの船はペスイッシュの漁港に留まって、カナルナールからの輸送船を待っている。
輸送船が到着しだい、ペスイッシュ港は港としての機能は残しつつ街としては完全に消えることになっていた。
すでに町の三割が木材や金属片に姿を変え、やがてはすべて、土台となににも使えないゴミ以外はすべて、消えてなくなる。
二千人に及ぶ、住人も込みで。
とりあえず、カナルナールに移送させる予定だった。
船団は、輸送船団の護衛をしつつ、大規模海賊の情報を収集。
そして、すべての物資を運び終えたときには、全船がカナルナールに集結するのだ。
それらの行動をとらせるため、水軍指令ルグリオ・シュトルツに一切の指揮権を委ねての帰還だった。
それが・・・。
「あーあ、燃えてるよ?」
そう。
フファルの言うとおりだ。
アルテサノが燃えていた。
正確には、陸側の防御壁。その向こうに積み上げられていた資材としては使えず、塩で腐敗し始めているので薪にも使えないと、街から投げ出されていた木屑が、燃えている。
祭りでもおこなっていると思いたいところだが、そんなはずはなかった。
街が、攻撃されている。
船から飛び降りる『ようにして』、降りる。
ファルレやフファルは、すでに文字通り飛び降りていて得物を軽く振っていた。
準備運動のつもりなのか、早く闘わせろとのアピールなのかはちょっと判然としないが。
「ふみゃあぁ! 帰ってきたのにゃん!」
聞き違いようのない声がして、華奢な体が飛びついてきた。
ぎゅうッと、抱きしめられる。
「ああ、帰ってきた。帰ってきたから、状況を教えてくれ。リンセル」
抱き付かれているので、手を回して背中を撫でてやりながら聞く。
ついでに頭と、ネコミミも撫でる。
そうしてようやく、僕は気持ちが鎮まった。
状況説明を聞く態勢を整える。
「えっと。まず、敵は何者だ? 大公の手の者か?」
それ以外ないだろう、と思いつつ聞いてみる。
簡単なことから答えを引き出していこうと思ったわけなのだが・・・。
「違うのにゃん。貴族軍なのにゃん!」
まったく予期していなかった答えが返ってきた。
それは、世の中の大部分がそうであるように。
理不尽な不運によるものだった。
アルテサノ―――地図上の名称としては造船所跡―――のあるスエルリュック州の長官ウンファル・アクシデテン伯爵の長女エリダ・アクシデテンは自らを魔女と称して占いに没頭する日々を送っていた。
ある時はカード占いで屋敷の下働きの女を街の少年に嫁がせ、ある時は雲を見て突然に収穫間近の麦畑を焼き払った。
これらが、貴族の娘の我ままによる『悲劇』であれば、あるいは問題がなかったかもしれない。
だが、彼女の占いによる奇行は『悲劇』ではなく、『幸運』を呼ぶものだった。
下働きの女は少年と意気投合して今では二男三女を育てる幸せな母だったし、麦畑が焼き払われていたおかげで、翌日発生した大規模な山火事が焼け跡となった畑に遮られて街に被害を出さなかった。
だから、彼女を知る人々はエリダのことを『運命の女神の弟子』とまで称して敬ってすらいた。
そんなエリダが二日前の深夜。
飛び起きたかと思うと夜着のまま裸足で家を飛び出し、州軍の軍団長の家まで走った。
そして叫んだ。
「全軍を上げて、造船所跡へ進軍しなさい! 運命の時は近い!」
運命の女神による託宣が告げられたのだ。
軍団長は、すぐさま全軍を率いて造船所跡へ進軍。
誰もいないはずの跡地に大勢の人間がいるのを発見した。
そして、戦いが始まった。
「・・・なんだ、そりゃ」
茫然とした。
そんなことで・・・。
「不覚だったにゃん。大公のことしか見張ってなくて、地元の貴族が軍を出すのを見逃すにゃんて!」
確かに不覚だ。
ただし、それはリンセルのではなく僕のだ。
その可能性を考えるのは僕の仕事だった。
剣を振り回す英雄になれるようなチート能力は持っていないのだから、せめて頭脳労働では皆を引っ張っていける存在になろうと決めているというのに。
とんだ間抜け野郎だ、僕は。
「その責めは僕が受ける。僕の不明だ。リンセルが悪いわけじゃないよ」
言い聞かせるような口調になりそうなのを、なんとか平坦な口調にならして声をかけておく。仕事をしてくれている者を、子ども扱いするような非礼はできない。
「そんなことより、まずは戦況を確認しないと。どこに行けばいい? 案内してくれ」
「こっちにゃん!」
落ち込んでいても、仕事はしっかりやる。
リンセルが先に立って促した。
なにを考えていたかは知らないが、この造船所を作った人には感謝すべきだろう。
城郭並みの防壁が街全体を覆っている。
土台となるのは二メートルを超える石垣。その上に木造とはいえ燃やされないよう漆喰を塗った壁が繋がっている。
その奥行も二メートルを超えていて、人が三人並んで走れるぐらいだ。
武器を持ったままでもすれ違うことができる。
まさに城壁。
その城壁を駆け上がる。
城壁の上では、獣人たちがすでに戦闘状態に突入していて、作らせたばかりの矢を止めどなく射かけていた。
相手は大公のつもりだったし、拠点攻略を想定してのことだったが、職人たちに作らせていたものだ。
まさか、地元貴族軍との間での防戦に使うことになるとは。
それもこのタイミングで。
こんな事なら、職人たちはここに残したまま武器の製造に力を注がせるべきだった。
職人たちは今、海賊の根城の解体に行っている。
今ある矢は、すぐにでも尽きるだろう。
何万本も用意するだけの時間はなかった。せいぜい数千というところだ。
この勢いでは、今この瞬間に尽きても不思議じゃない。
ヴィルトとガゼットが仲間たちを声を限りに励まし、指揮を執っていた。
「ここが一番よく見えるにゃん」
リンセルが立ち止まって、指差した。
確かに、敵の情勢がよく見える。
横陣を布いた侵攻軍は、城壁の全面に攻勢をかけてきていた。すべての面に圧力を加えることで、まずは守りの弱いところを探ろうというのだろう。
「数は一万ほどなのにゃん。州の守備軍団が二つと、貴族軍でだにゃん」
州の守備軍団は実戦部隊三千と、偵察・補給・工作を担当する支援兵二千で構成されている。この支援兵も必要とあれば攻撃に参加するが、その数は一軍団当たり五百、最大で千と軍規によって決められていた。
となれば、およそ六千から八千というところが総数となる。
一方、貴族軍は貴族法により三千を超えてはならないとされていた。
つまり、法定数は九千から一万一千。
その全軍がここに集まっていることになる。
比較して、こちらの軍勢はといえば。
エヌンフトの騎士、百八十。
ヴィルトとガゼットの獣人兵、千四百。
アルテサノの整備のために残していた八百余りの市民兵。
ここにアマゾネスのサンブルート旅団二百を合わせても、二千六百程度。
防衛戦は攻撃よりも高いアドバンテージを得られるとしても、兵力差は四倍。
もちろん、街の中に居る女子供、年寄も含んだ一般人にも武器を持たせるなら互角の人数を集めることはできる。
できるが、そんなことをするところまで堕ちる気はなかった。
「せめて、ロロホフとシャハラルの部隊が戻って来ていれば・・・」
海賊の港を占領するために輸送船で向かわせた二千の兵がいれば、勢力は二対一、城壁があることを上乗せすれば互角に戦えたかもしれない。
「伝令は送ったのにゃん。でも、どうしたって三日はかかるのにゃん」
輸送船の足では、ここまで来るのに三日かかる。
携帯が通じるとして、だ。
当然ながら、この世界にはスマホも携帯も、無線すらない。
伝令が―――曳舟が目的地に着くのに一日、用意に半日かかって、そこから三日。
到着するのは四日後ということになる。
海賊の港を一日で落し、事後処理と休息に三日、警備の兵だけを残して本隊が即座に引き返したとするなら、明日の朝にでも到着するかもしれないが、それはいくらなんでも無理だろう。
力攻めは禁止している。
降伏するのを待つことを基本戦略にしているから、攻略だけで三日はかかったはずだ。
ボサダやアルテサノのように急襲する必要があるわけでなく、余裕があると思っていたからこその作戦だったのだが、今にして思えば暢気すぎた。
やはり、戦力を分けての多方面戦略は賭けの要素が強すぎたようだ。
「帰ってきたニィ。戦況は見ての通りニィ。どうするニィ?」
ヴィルトが僕に気が付いて駆け寄ってくると聞いてきた。
「残っている輸送船は七隻ニィ。必死に詰め込めば四千くらいは運べるニィ。乗せられるだけ乗せて脱出させ、残りは時間稼ぎの捨て石にするって手もあるニィ?」
「ない!」
思わず怒鳴った。
そんなことをするぐらいなら、僕一人が断頭台に上る方がましだ。
ふと見れば、ヴィルトだけじゃない。リンセルも、ファルレもフファルも、ザフィーリまでもが僕を見つめ、僕の決断を待っていた。
このまま戦い続けて、戦力を消耗した後で降伏したのでは何にもならない。
いくらなんでも、降伏した指導者を尋問もせずに斬首するようなことはしないだろう。
もしかしたら、何らかの交渉をするぐらいのことはできるかもしれない。
いや、そうか。交渉か。
腹を括ろう。
僕は決断した。
「白旗を掲げよう。部下たちに停戦を伝えてくれ」
この世界でも、降伏を示す旗は白一色と決まっている。
「サンブルート旅団は隠れていてくれ。機会があれば、敵本陣への奇襲をしてもらう」
降伏と聞いて不満そうなアマゾネスに命じた。
アマゾネスの双子は、リンセルより猫っぽい顔で笑みを閃かせると、走り去った。
しばしの間。
やがて、連絡を受けたエヌンフトが白旗を持ってやってきた。
城壁に白旗が掲げられ、敵の攻撃が止まった。
「僕が使者として出る。ロープを下ろしてくれ」
「はぁ?!」
周囲に残った全員が、声を上げた。
一様に、目を丸くしている。
「な、な、な、なに、なにを!」
なかでも、ザフィーリは混乱しているようだ。
「落ち着け、ザフィーリ。僕は安全だ」
落ち着かせるため、笑顔でなだめる。
「『使者を傷つけてはならない』。帝国軍の軍規ですね?」
落ち着いて確認してきたのは、さすがというべきかエヌンフトだ。
帝国は、武力と、それを背景にした交渉で支配域を拡大してきた。
よって、戦争中の使者の殺害合戦は望まない。
いついかなる場合でも、使者の安全だけは確保されている。
「そういうことだ。この地に蔓延る海賊の親玉としてであれば、即斬首・・・この場合縛り首だったか。になる公算が高いが、使者としてであればどんなに侮辱的な態度を取ろうとも殺される心配だけはない」
「確かに」
納得したエヌンフトをみて、ザフィーリも渋々といった態で引き下がった。
「頼むよ」
それを見届けて、視線を背後に向ける。
エレヴァとシアが無言で頭を下げた。
城壁から垂らされたロープを伝い降りる。
前世では高所恐怖症だったものだが、今は全く気にならない。
眼下で見上げる兵士の顔が滑稽に見える。
「わたしが、この地に住まう者たちの代表として、使者となる。使者として、指揮官への目通りを要望する」
地面に足をつけたことで少なからずホッとしながら、口上を立てる。
朗々と、とはいかないまでも堂々とはできたと思う。
ありがたいことに周囲を囲んだ敵の歩兵から失笑は出なかった。
しばし待つと、騎士が一人囲みの中から出てきた。
「使者殿には敬意を表そう。指揮所にご案内する」
そう言って騎馬のまま引き返す。
どこで敬意を表しているんだ?
とは思うが、もちろんツッコんだりはしない。
これこそがまさに、ツッコんだら負けというものだろう。
ついて来いということだろうことは明白だ。
一拍遅れはしつつ、足を踏み出した。
指揮所は軍団の後方に位置していた。
アルテサノに取り付こうとしていた兵とは、異なる旗を掲げた兵たちが守備を担当している。
おそらくは、前戦にいるのが州の軍団。ここを守っているのが貴族軍なのだろう。
大きな天幕が張ってある。
周囲を布で囲っているというだけでなく、ちゃんと天井もあるのだ。組み立ての仕方は異なるが、ようするに大きなテントということだ。
騎士が、その天幕の前に直立していた兵士と二言三言会話をして、僕に中へ入るよう促した。指揮官クラスが中で待ち構えているのだろう。
・・・なぜ?
ふと疑問に思う。
ここまで一度も身体検査をされていない。
使者としてきたのだし、僕はそもそも武器を持ち歩いたことはないから事実として丸腰だ。それは外から見ても一目でわかるだろう。
だが、暗殺を企てているとしたら、針一本でも人は殺せる。
それなのに、服の上からの形式的な検査すらされていないというのはどういうわけだ?
もし服を全て剥がされたとしても小さな金具ひとつないので、検査を受けることは気にもしていなかったが、検査をしようとすらしないことに引っかかりを感じた。
なにかがおかしい、と。
それでも、ここまで来て引き返せるわけもない。
入り口になっている垂れ幕を上げて、中に入る。
赤絨毯はなかった。
床はそのまま地面だ。
なにもない。
僕の勝手な想像では、テントの中は厚い絨毯が敷かれていて大きな円卓があり、執務机と椅子が数脚置いてある、というものだったのだが。
まるっきり違った。
テントの中は天井が三メートルぐらい上にあって、椅子は二脚しかなかった。
それに、屈強な男の将軍が二人か三人、厳つい顔を並べているだろうと想定していたのに、これも違った。
一脚には暗赤色のドレスを着た女性が座り、その背後に鎧を付けた女性騎士が立っている。もう一脚は空で、ドレスの女性の前、二メートルほど離れた位置に置いてあった。
「座ってちょうだい」
ドレスの女性が、目で空の椅子を示す。
「失礼します」
軽く会釈をして、椅子に腰かけた。
女騎士が颯爽と歩いてくるが、気にしていない顔でドレスの女性だけを見る。
綺麗な子だった。
歳は僕より二つか三つ上だろう。長く伸ばした黒髪を後頭部で結い上げ、背中に垂らしている。瞳は深いサファイアブルーだ。
暗赤色のドレスのせいか、サファイアの瞳がとても印象的に見える。
「大丈夫です」
女性を観察していると、背後から声がかかった。
さっきの女騎士がテントの入り口から入ってきたところだ。わざわざ一度外に出て、なにかを警戒していたらしい。
・・・なにを?
「周囲から、兵はすべて遠ざけました」
なるほど。
人払いをしたのか。
なんのために?
「私はエリダ・アクシデンテ。このスエルリュック州州長官ウンファル・アクシデンテ伯爵の娘です。現在、この軍を統べる地位にあると思っていただきましょう」
噂の『運命の女神の弟子』様直々に出張ってきていたわけだ。
身体検査がなかったのは、『必要ない』との神託でもあったおかげだろうか。
「わたしは使者として伺いました。名乗るほどの者ではありません」
一介の使者が、貴族令嬢に名乗るのは非礼になりかねない。
儀礼的にはこれで正しいはずだ。
「名乗る必要はありませんよ。ライムジーア・エン・カイラドル。ラインベリオ帝国皇帝の一子にして帝位継承権18位の皇子様。・・・それとも、メティロソ商会手代ライヒトゥーム・レグルゾのほうがよろしいかしら? はたまた海賊団の頭領としておきましょうか?」
おっと。
すでに身元を調べ上げたうえでのことだったか。
ということは・・・。
ちょっと困ったことになりそうだ。
そう思ったことを察したのだろう。
「ご心配なく。どこにも報告はしていません。このことを知っているのはわたくしと数名の部下だけです」
なにか、慌てたようにエリダが言い添えた。
「そうでなければ、わざわざ人払いなんかしません」
ああ、そういうことか。
人払いのことはこれで納得できる。
問題は、僕を皇子と知って面前に引き出した理由。
この伯爵令嬢は何をしたいのか、だ。
「私のことはご存知ですか? なんと呼ばれているか、などですが?」
一文字一文字確かめるかのような口調で聞いてくる。
本当に、何をしたいのか。
「えーと、『運命の女神の弟子』だったか?」
わからないが、わからないのではどうとも手の打ちようがない。
感触を探りながら話を進めていくしかないだろう。
「ええ。そうですね。では、それ以前は?」
小さく頷いて、さらに聞いてくる。
自分の評価が気になるお年頃、か?
・・・我ながら、馬鹿げたことを考えているな。
「残念ながら、知らないね」
「『夢見る国の少女』ですわ」
確かに黙って座っていれば、そんな感じの美少女だろう。
十歳くらいのときならば。
「それはまた・・・メルヘンだね」
「まったくね。でも、なぜそう呼ばれるようになったかを聞いたら、その表現では合っていないと思うでしょう」
「そういう言い方されると、聞かないわけにはいかないね。・・・なんでそんな風に呼ばれていたのかな?」
おどけた調子で突っ込んでみる。
エリダの顔から表情が消えた。
核心部分に近づいたようだ。
緊張が走る。
「私の名前は、白瀬凛音。日本人です。私はどうしてここにいるの?」
きっと、その『夢見る国の少女』と呼ばれていたときの口調を再現しているのだろう。舌ったらずな子供の声で、エリダがそう言った。
「こんなことを言っていたからよ。誰もが頭がおかしくて幻覚を見続けているんだと思ったのね。夢の国に行ったままの少女だから『夢見る国の少女』よ」
あはははは、乾いた声で彼女は笑い声を上げた。
ちっとも面白くないという顔で。
「何が起きたのかわからなかったの。だって寝ていたのよ? 起きたら赤ちゃんだった。なんて、そんなバカな話ってある? ・・・ってパニックよ。そんなことが何年も続いたあと、お父様に部屋に軟禁されたの。そうなって初めて、ゆっくりと状況を考えた」
「・・・あのさ」
なんとなく、この先がすごく長くなりそうだと気づいた僕は、タイミングを計って止めた。
『この子』の状況説明は詳しいけど無駄が多くてめんどくさいから。
「・・・なにかしら?」
ちょっとびっくりした顔で、エリダは『いつものように』目をパチパチさせた。
「なんで、そうなる前に思い出さなかったんだい? 『歩くときは靴をちゃんと履かないといけないよ』、を」
ガタン!
エリダが、真っ青な顔で立ち上がった。
新鮮な反応だ。
『以前なら』、口元を抑えるくらいしかできなかったのに。
「・・・・・・なぜ?」
胸元を抑え、探るような目を向けてくる。
「眠っていたって言ったよね」
かまわずに、僕は天井を見上げた。
『15年前』の話だ。
「それは三月の二十一日。シーズン最後の大雪の日だった。深夜0時、街の変電所の一つが、雪の重みで潰れた。あまりの大雪で除雪車が遅れに遅れたのが原因だ。もちろん、街は大規模な停電。病院も含めてね。だけど病院には自家発電がある。問題ないはずだった。そう。はずだった、でも実際は回線の繋ぎ忘れが三カ所あって、不運にもその一つに機械の補助がなくては生命維持のできない患者がいた。その子の名前が、白瀬凛音だ」
二日後になって、メールで知らされた内容だ。
雪が多すぎて、お通夜には出られなかった。
葬式も身内だけのすごく寂しいものだったのを覚えている。
「・・・・・・誰、なの?」
「脇田徳真・・・だよ。覚えてる?」
っと。
『いつもの』、両手で口元を抑えるポーズが出た。
目が真ん丸だ。
次の瞬間、予想外のことが起きた。
胸元に衝撃が走って、目の前に黒髪があって、身体が自分とは関係ない振動で揺れる。
抱き付かれていた。
抱きしめられていた。
女の子に。
っていうか、白瀬凛音に。
すごく新鮮な驚きがある。
僕の知っている彼女は、両足がなかったから。




