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水軍統括指令


 マリーゼ・ネロマンは、宿舎としてあてがわれた宿屋から歩いて出た。

 造船町に住居をもらって二日が経っている。

 ライムジーア皇子が完全に占有を宣言して、アルテサノと改名された街を歩くと立て直しが急ピッチで進んでいるのが分る。

 皇子はここではなく、別の土地に自分の国家を作るつもりでいると聞いている。それなのに、一時的な拠点であるとしても手を抜く気はないらしい。

 半数以上の兵たちが、未だ皇子が皇子であることを知らず、海賊の親玉だと思っていることに関係があるようだ。

 ボサダから運んできた物資はもちろん、この街の半壊した建物を解体して得た資材をも使って、町が再建されていく。

 そんな街を歩いて、指定された建物へと入る。

 皇子からの直接命令だ。

 秘密を要するかもしれない極秘事項について確認と、了解を得たいのだ。と言われたがなんのことだか全くわからない。

 建物の入り口をくぐると、皇子にいつもべったりなメイドが一人で待っていた。

 「こちらへどうぞ」

 とメイド、確か名前はシアだったか。

 「何が始まるの?」

 マリーゼは小声でシアに尋ねた。

 シアは謎めいた表情で首を小さく振った。

 「私はただのメイドですので、案内をするだけです」

 階段を上って、廊下の突当りまで進む。

 ドアがあった。

 「こちらで、ある人がお待ちです。あとはそのお方とお話ししてくださればよろしいかと」

 ある人?

 こんな秘密めいた方法で会わないといけない人って何者?

 疑問が渦巻く。

 わからないのは不安だ。

 不安は早めに取り除くに限る。

 「入ればいいのね?」

 疑問符をつけはしたが、答えを聞く気はなかった。

 言葉を言い終えたときにはドアノブを回していた。

 ドアの向こうに数歩進んだとき、マリーゼは動きを止めた。背後のドアがシアに閉められたことにも気が付かなかった。

 人が立っていた。

 三十代半ばぐらいの女性だ。

 『確認と了解』。

 なるほど、そういう意味か。

 状況を理解した。

 マリーゼは思わず安堵のため息をつきそうになって、慌てて呑み込んだ。

 ひょっとして暗殺でもされるのか、そんな最悪のことも考えていたせいか、どうでもいいことのような気さえしてしまう。

 これも計算の内だとすると、皇子様は底意地は悪いが優秀な指導者だ。

 「ルグリオ・シュトルツです」

 中で待っていた人物が名乗った。

 がらんとした部屋に、修繕したばかりだと分かる背の低いテーブルとテーブルを挟むようにして応接用のソファが二つだけ置いてある。

 「マリーゼ・ネロマンです」

 マリーゼは反射的に答えて、ふと部屋を見渡した。

 これから何かを始めます。

 そんな雰囲気がある。

 机やソファだけじゃない。部屋・・・建物全体が新たな用途のための準備をしている。

 「ここは、何のための部屋ですか?」

 「ライムジーア皇子の水軍統括司令部です。私が初代指令に任命されました」

 ああ、やっぱり。

 マリーゼは小さくうなずいた。

 「そして貴女は副指令に任命されました。船団運用の責任者として、私を支える立場となります」

 以前、皇子はマリーゼに水軍全体の統括者としての地位を与えた。それを変更する、それを確認して、了解してほしい、多分そういうことなのだ。

 ずいぶんと念の入ったやり方だと思う。

 自分は船乗りでいられさえすれば、それでいいぐらいなのに。

 「どうぞ、すわって」

 ルグリオが手でソファを指した。

 「ありがとうございます」

 マリーゼは腰を下ろし、ルグリオを見た。

 ルグリオはソファの陰から何かを持ち出そうとしているところだった。

 背の低いテーブルに置かれたのは、埃をかぶったらしい表面が白っぽい深緑色のビンと透明なグラスが二個だ。

 「私の船に秘蔵されていて、いまだに残っていた最後の一本です。どこに隠していたかは聞かない方がいいと思うわ」

 「想像はつきます。船内のちょっとした隙間はたいてい誰かのお酒で埋まっているものです。ヌットゥリーアは船の持ち主が隠した酒瓶をひそかに回収して、瓶の破片とすり替えるのが得意なんですよ」

 マリーゼはニヤッと笑った。

 「わたしが栓を抜いていい?」

 「そうしてもらった方がよさそうね。中身を入れたまま破片にしないでくれるなら」

 「もちろん、そんなことしないわよ」

 マリーゼは手慣れた様子で栓を抜くと、二つのグラスに深い香りを放つウィスキーを注いだ。色も少し濃いようだ。長い時間を波に揺れる船のどこかで眠っていた酒だ。

 きっと素晴らしい味がするだろう。

 マリーゼは注意深く一口飲み、予想以上に深くてまろやかな味に驚いた。

 「理解に苦しむわ。なんでこんなに丁重な段取りが必要なのか」

 「ヌットゥリーアの藻屑ごときに?」

 ルグリオの目に、笑いがひらめいた。

 「ええ、そうよ。わたしたちはそう呼ばれてずいぶん経つわ」

 マリーゼも口元に笑みの気配を纏わせてうなずいた。

 「皇子様が言っていたわ。『背景や出自はともかく、腕は最高』そういう人たちに、自分を支えてほしいって。自分も『産まれてきちゃった皇子』だから、なのかもしれないけど。ある意味実力至上主義なのよ、きっと。この出会いを祝して、皇子様に乾杯しましょう」

 小さな動作で、グラスを上げてみせる。

 マリーゼもグラスを上げた。

 「我々の皇子様に」

 言ってしまってから、ふとあることが頭をよぎって赤面した。

 古いおとぎ話だ。

 一人の偉大な英雄を支えた二人の女性幹部が、英雄を取り合って争いつつも英雄の覇道のためにはお互いが必要だと認め合う。そんな場面で、まったく同じセリフが使われていたことを思い出したのだ。

 「我々の皇子様に」

 同じことを思ったのだろう。ルグリオは笑いを含んだ声で繰り返した。

 「ある意味では、同じかもしれませんよ? 皇子様も女は嫌いじゃなさそうですし。ただ、同じことを言いそうな幹部が・・・ちょっと多すぎるみたいですけど」

 「あら? そんなことを言うってことは、貴女もそうなわけ?」

 グラスに口をつけてから、すでに空になっていることに気付いて酒を注ぐ。手を伸ばして、ルグリオのにも注ごうとビンを傾けた。

 ルグリオはそれを受ける前に、グラスに残っていたものを急いで喉に流し込んだ。

 「わたしは誓いを立てています」

 強い口調でそう言った。

 目は、グラスに注がれる琥珀色の液体を見つめている。

 「自分の部下とは寝ない、と。でも、早く昇進しすぎたわ。上官はもういないし、陸軍は手足が汚らしいし、政治家は腹の中が腐っていて、商売人はわたしの身体をグラムいくらで量りそう・・・相手にできる男がいなかった。それから考えれば、皇子様は・・・まぁ、ね。若すぎるけど、ベッドに入れてもよさそうな相手だわ」

 「入れても? 皇子様のベッドにもぐりこむ気はないの?」

 ちょっと面白くなってきたらしく、マリーゼのグラスをあおる回数が増えてきた。

 「陸戦では親衛隊長さんには勝てそうにないし、女の魅力ではあのエルフ女に勝てる自信がないのよ。自分の船の自分のベッドでないと」

 ルグリオは上体を後ろに倒し、片腕を背もたれの向こう側に垂らした。

 「あなたはどうなのです?」

 「わたし?」

 マリーゼはくすくすと笑ってしまった。

 「そうね。わたしは誓いなんて立てたことないわ。汚い手足にも腐った腹にも嫌悪はないし、一晩いくらで体を売るのも平気よ。だって、男なんてみんな、わたしを女とは見てなかった、気持ちのいい大人の玩具としか。でも、皇子様は『わたし』を見てくれる。望まれれば、喜んで差し出すつもりよ」

 なるほど、とルグリオはうなずいた。

 「もし望まれたら教えてちょうだい。それか、ここにも一人それを待ってる女がいると教えてあげてくれてもいいわ」

 「それなら、皇子様を旗艦に乗せるための作戦を考える必要があるわね」

 「皇子様を乗せた状態で行うべき行動計画はすでにあります。あなたがここにこさせられた理由の一つがそれです。わたしたちはこれから数日中に、船団を失った海賊の根拠地と、今だ姿を現さない中規模海賊二つを撃破して、いずれ来るだろう大規模海賊と正面切って戦う準備をしなくてはなりません」

 難しげに言って、ルグリオはグラスの中身を飲み干した。

 それに倣ってから、マリーゼは再び二つのグラスを琥珀色の液体で満たした。

 「難しい計画は、お酒があるところでなんてできないわよ」

 半分くらいに減った緑色のビンを振って、マリーゼが笑う。

 「なら、今日のところは皇子様をどうかわいがるかの相談でもしましょうか」

 とろんとした目で、酒気とともにそんな言葉を吐きだすルグリオ。

 「賛成」

 グラスを持っていない方の手を挙げて、マリーゼ。

 しばらくしてシアが様子を見るため部屋をのぞいたとき、ビンは空で、二人は互いに相手にもたれかかり、顔全体にニヤケた笑みを広げたまま眠っていた。


 船を失った海賊団のアジトの場所は、生き残って捕虜となった海賊から聞いた。

 四分の三が仲間となることを希望し、四分の一は海賊相互の情報から野に放ってはならない種の人間と判明したので処刑してある。

 すでに、曳舟のチーム『朝凪』と『貝寄』を偵察に出してもいた。

 残っている海賊の人数もある程度確認できた。ある程度、と言うのは海賊が自分たちの力を船の数でしか数えられない連中であるために、地上に残る人数に関してはまったく考慮していなかったからだ。

 数えてみようと思ったことすらないらしい。

 どちらにしても、陸に残った海賊はそう多くはないようだ。

 暴力で押さえつけられた近隣住民とエスクラーヴェ、船の仕事を続けたかったヌットゥリーアが九割を占め、海賊と言えるのは一割。その一割も、先頭切って海賊行為を行うタイプではないということだ。

 ボサダもそうだったから驚きはない。なので、すでに船のない海賊の支配地域を手に入れるのはさほど苦労しないでいいだろう。

 「ロロホフとシャハラルに部下百名ずつと輸送船四隻、市民兵千をそれぞれ預ければ、充分です。生き残りの元海賊に手引きさせて制圧できます」

 二つの海賊を返り討ちにした三日後。

 開かれた軍議で、ザフィーリはそう報告した。

 ライムジーアを上座に、右側にはザフィーリ、リンセル、ファルレ、ヴェルト、ガゼット、エヌンフト。左側にルグリオ、マリーゼ、イクザーム、サティオ、アストトが並んで座り、皇子の後ろにはエレヴァとシアが立っている。

 「そのとおりだと思います。一つずつ相手にしていては時間がかかりますし警戒もされます。手間取っている間に大規模海賊に襲われては目も当てられません」

 そう発言したのはルグリオだ。

 「部隊を分けるのは戦術的には愚策と言われるけど、今は最短で地盤を固めることが肝要だとおもうわぁ」

 その意見をサティオが援護する。

 ライムジーアもうなずいた。

 「そちらに関してはあまり心配していない。準備できしだい実行してくれていい。いつぐらいに出発できる?」

 「準備は進ませています。今夜には出発できるでしょう。そうすれば四日後の朝、急襲が可能です」

 戦闘艦なら二日かからない距離だそうだが、兵でいっぱいの輸送船だとそのぐらいかかってしまうということだ。

 「わかった。そっちはそれでいいとして、問題なのは他の二つだ。それと大公」

 大公のことも忘れてはいない。

 ただ、ここ最近は河での水上戦が多かったので関心が薄れていただけだ。

 そろそろ警戒すべきだろう。

 『北』を始め三つの収容所が空になっていることはすでに知っているだろうし、『ライムジーア皇子の一行』を血眼になって探しているはずだ。

 「大公の方は監視してるにゃん。今のところこの近くにはいないのにゃん。ボサダ周辺を嗅ぎまわってるそうにゃけど、船がないから手をこまねいているみたいだにゃん。ランドリークのおっちゃんにも報告はしてあるのにゃん」

 ランドリークはおっちゃん扱いか・・・。

 「引き続き監視を。あと、大公の拠点捜索も頼む。アルテサノは知られずにおいておきたい。大公の拠点を一個落して、そこを拠点にしていると思わせるのがいいだろう」

 「承知したのにゃん」

 アストトが知っている拠点もまだいくつかあるが、向こうもそれを承知で警戒している可能性がある。向こうは拠点すべてを警戒しなくてはならないが、こちらはそのうちの一つに的を絞れる。

 もちろんいずれはどれも潰すことになるが、とりあえず後回しだ。

 今は海賊対策が急務なのだから。

 「となると、目下一番の課題は、今も元気な海賊を二つ、早急に潰すことなのね?」

 手を挙げたサティオが、けだるそうに聞いてくる。

 「そういうことだね。ルグリオ、マリーゼ、水軍の提案は?」

 提案をしてもらうために、二人を引き合わせたつもりのライムジーアが視線を向ける。と、二人して気まずげに顔を背けた。

 なにか、頭が痛そうだ。

 かすかにアルコール臭が漂ってくる。

 「えーと。もしかして、二日酔いでそれどころじゃなかった?」

 聞くと、ザフィーリとシアが冷たい視線で二人の顔を射貫くように睨んだ。

 他の者は微かな笑みを浮かべている。

 ライムジーアもだ。

 親交を深めて協力し合える関係を作ってほしい、その意図は成功したということになる。

 作戦提案についていえば、ライムジーアの方でも腹案を考えていたから、今回はそちらでやってもらうことにすればいい。

 「わかった。じゃあ、今回は僕が指揮を執ろう」

 ルグリオとマリーゼが背けていた顔を戻した。

 「船団運用では期待に沿って見せます」

 「失望はさせません!」

 声を張って、お互いの声が響いたのだろう。慌てて頭を押さえている。

 「二人に、二日酔いを軽減する飲み物でも作ってあげて」

 エレヴァとシアにだけ聞こえる声で頼む。

 確か、そんな薬があったはずだ。

 かすかな息遣いで、エレヴァが了解の合図をくれた。

 この件はそれでいい。

 「よし。明日の朝出発する。曳舟以外の戦闘艦はすべて出すよ。用意しておいてね」

 こちらも出撃の用意は進めていたはずなので、命じる。

 二人とも意外そうな顔や焦った顔は見せなかったから、作戦計画はできなくても準備はしてあったようだ。

 ・・・まぁ、実際に働いたのはイクザームなのかもしれないが。

 「サティオは職工団とともに輸送船に乗ってもらう。最終的な判断は、正確な報告を聞いてからにするけど解体するための見積もりは進めておいてほしい」

 事前の調査によると、この二つは農耕に適した平地と村落が近くにあって、その村落の収穫を奪って売りさばくというようなことをしていたという話だった。

 そのため船の数と質には難があって、海賊を続けるためにはどうしても造船所が欲しかったということのようだ。

 それで少し無理をしてでも、と行動したわけだ。

 見事に裏目に出たようだが。

 「あら? わたしだけ別行動なの?」

 「アストトにも、そちらに行ってもらう。ロロホフの隊にサティオ、シャハラルの隊にアストトが付くのがいいと思う」

 制圧した根拠地を文官の目で確認する人間が必要だ。軍人ばかりでは視点が偏ってしまうだろうから。

 「むー! 仕方ないわね」

 「承知しました」

 サティオは思い切り不満そうに、アストトはザフィーリの側にいなくていいことに心なしかほっとした顔で命令を受領した。

 「リンセルは、さっき言ったように大公の手の者の監視と、拠点捜索を頼む」

 「はいにゃん!」

 元気に両手を上げて返事をくれた。

 露わになった脇が、素晴らしくきれいだ。

 ちょっと見とれてしまったが、サラリと視線を横に逸らす。

 「ヴィルトとガゼット、それにエヌンフトにはアルテサノの防衛を頼む」

 「外敵からと、内部の監視も含んで、ですね?」

 「そうだ」

 確認してきたエヌンフトに答えて、獣人の兄弟を見る。二人は、「わかった、任せろ」と大きく頷いた。

 「ザフィーリは残りの部下と旗艦に乗ってもらおう」

 「当然です!」

 そうでなくて、親衛隊と呼べるものか、とザフィーリが目を怒らせている。

 いちいち言うまでもないことだったようだ。

 「サンブルート旅団は二隻の船に分かれてもらう。ガレー船『初音』にファルレ、『胡蝶』にフファルが半分ずつ連れて乗ってくれ。どちらも最前列の船になる。いわば先陣を頼むことになるね」

 「そうこなくっちゃ!」

 満面の笑顔でファルレは立ち上がり、右腕の筋肉を盛り上げて見せた。

 これで主な幹部への指示は終わった。

 あとは各幹部から、中級指揮官への指示・命令が下される。

 例えば輸送船団の責任者、追従していく曳舟の各チーム責任者、各船団に先行して偵察任務に就く曳舟チームの責任者などと、細かな指示の確認が行われることになる。

 そうして、夜の間にロロホフ・シャハラル各船団が出撃していった。


 翌朝。

 霜が降りた甲板が銀色に輝く中、船団は錨を上げた。

 いよいよ、本命の水軍が出撃する。

 リスク回避の観点から偵察はあまり近くまで行けなかったそうだが、これから向かう海賊の根拠地について、よく知っている人物がいた。

 旗艦の船上、ライムジーアはその人、ルグリオからブリーフィングを受けた。

 艦橋の後ろにある作戦室だ。

 巨大なマホガニーの作り付けのテーブルに、付近の海図―――河だから河図と言うべきか―――が拡げられている。

 「一つ目の目的地は物資集積基地です。もちろん、元が付きます。元ブエルハーフェン王国水運中継地カナルナール。かつては多くの輸送船団が行き交う経済の中枢でした。帝国軍が陸路を整備して、水運を規制するまでは。ですが」

 「歴史は知っているよ」

 帝国が大陸南西部を征服するときに使ったのが、その戦法だ。

 水運は便利だ。

 最大のライフラインと言っても言い過ぎではなかっただろう。

 だが、そこは帝国に公然と敵対したヌットゥリーアの勢力圏で、大陸南西部に群立していた王国を反映に導いた経済の根幹でもある。

 そこで、帝国はまずその経済の根幹を破壊した。

 もちろん、こんな巨大な川を物理的に破壊することは不可能だ。そこで、水運以外の根幹―――陸路の充実―――を作ることで水運の存在意義そのものを破壊した。

 それによってヌットゥリーアは水運の仕事を失い。水運で潤っていた大陸南西部の国々は経済力を、ひいては国力を失って衰退。

 帝国に併呑されることになる。

 「海賊どもが活躍するにはいい根城だろうね」

 水運の中継地点であれば、この辺りの水利の中枢ということだ。

 海賊行為にも適した場所だろう。

 当然、船のメンテナンス設備も充実しているはずだ。

 「はい。そのような理由もあって、港には輸送船が多く係留されているそうです」

 「それは!? ぜひ欲しいな!」

 「それはもちろんそうでしょう。ですが問題があります。海賊どもにしてみれば、輸送船はそれほど魅力的な財産ではありません。わたしたちの船にぶつけることができるなら、喜んで投げてよこすでしょう」

 足の遅い輸送船は海賊にはあまり役に立たない。

 攻め込んできた敵の船に対する使い捨て武器にできるのなら、それを避ける理由はないだろう。

 その方法さえ見つかれば、ルグリオの言うように喜んで投げつけてくるに違いない。

 「・・・ひっかけるしかないな。こちらも輸送船になど興味なさそうに振舞って、海賊どもの注意を引いて、その間に輸送船を奪う」

 「もしくは、海賊船全てを戦闘不能に・・・すくなくとも輸送船を武器にすることを思いつけない、思いついたとしても実行できないようにすることが重要です」

 大きく頷いて、ルグリオが同意を示した。

 「マリーゼを呼んでくれ。海賊の注意を引く役をやってもらおう」

 「わかりました」

 手旗信号で指示が伝えられ、マリーゼは小型のヨットで移動してきた。

 「お呼びと伺いましたが?」

 顔を合わせると、敬礼もそこそこに聞いてきた。

 自分の船を離れるのは嫌らしい。

 「攻撃目標地点には輸送船がたくさんあるらしい。これを何とか無傷で手に入れたい。海賊が自棄になって火をつけるようなバカなまねをしないようにするのにいい方法はないか?」

 注意を引いてもらう、そう考えていたがマリーゼが来るまでに考えが変わっていた。

 以前に船団を一糸乱れずに動かす方法がないかと、頭を悩ませていたとことがあったのを思い出したからだ。

 そのとき、マリーゼはこともなげに問題を解決して見せた。もしかしたら、今回も簡単な方法を知っているかもしれない。

 「輸送船、ですか?」

 マリーゼは問い返した。不安げで熱っぽい表情だ。

 「それなら、方法はいろいろとあると思います」

 ・・・やはりか、聞いてみてよかった。

 『いろいろ』とは!

 こっちは方法を一つしか思いついていなかったというのに。

 「まず、輸送船の乗組員は・・・まず間違いなく全員ヌットゥリーアです。たとえ動いていない船だとしても、船内にいますから船を守るための行動を即座に取るはずです」

 逃げる隙があれば、頼まれなくとも安全なところに移動するということか。

 「次に海賊は輸送船をどうとも思っていませんから、緊急時には目を向けないでしょう」

 それはルグリオからも聞いた。

 僕もそう思っている。

 「それを踏まえて考えたなら、一番確実な方法はこうです。まず、海賊の注意を輸送船があるのとは逆の位置に向けさせて、移動させます。移動させて空いたところに、壁を作って輸送船の逃げ道を確保すればいい」

 結局はそうなるのか、と思わないでもないがそれが確実な方法であるならば文句はない。

 「具体的には?」

 「ボサダ戦闘艦船団が港の海賊船めがけて突進します。おそらく船の出し入れが楽な位置に集まっているはずです。港の中でも最高の場所です。逆に輸送船は奥の方に固められているでしょう。海賊たちは大急ぎで船に乗り込んで、向かってきます。それに合わせて、わたしたちは反転して逃げ出すのです」

 河図の上を指でなぞって説明する。

 湾になっているところに、東側から突入して、湾内に入るか入らないかのところで西側へ逃げる動きを示した。

 「進入角度と脱出角度に気を付ける必要がありますね」

 動きをイメージしているのだろう、目を閉じたルグリオが右手で下唇をつまんだ。

 「ええ。そうすれば海賊は失速して動きの鈍ったボサダ戦闘艦船団を追いかけてきます」

 「そこで海賊と輸送船の間に、ブエルハーフェン水軍の船が割り込む。うまくいきそうね」

 同じように河図の上で指をなぞらせて、湾内で止めたルグリオがニヤリと笑った。

 基本的な動きが定まった。

 そんなことは陸地にいる間にやっておけよ、と考える者もいるだろうが水上での作戦は陸上では決められないものだ。

 特に帆船では、風の向き・強さで作戦の成否が大きく変わる。目標とすべきが船であれば、予想した位置にいない可能性もある。

 河の流れと風を確認し、偵察で敵の位置を知るまでは作戦の立てようがない。

 「風は良好、流れの速度も申し分ない。あとは、海賊船の位置が特定できれば作戦決定ってことでいいでしょ?」

 マリーゼが聞いてきた。

 僕は考えつつ、ゆっくりとうなずく。

 「海賊が湾の東側にいた場合は、マリーゼが言ったとおりの動きでいいと思う。そもそもいなければ、湾内に突入して地上部を制圧。帰りを待てばいい。もしも西側にいるようなら・・・ボサダ戦闘艦船団は真っ直ぐ陸上攻略に向かい、海賊を引き付ける。その後ろをブエルハーフェン水軍が襲う。これでいこう!」

 「はっ!」

 マリーゼとルグリオが敬礼した。

 すぐに、マリーゼは自分の船に戻っていった。

 海賊がわざわざ迎撃に出てこない限り、戦闘が始まるまであと丸一日ある。

 それまでは、食って寝るしかすることはない。

 のんきそうに見えるが、これがリアルだ。

 映画なら軽快な、または重々しい音楽とともに、戦争の準備をする兵隊たちの姿が映し出され、ド派手な戦闘シーンに突入するところだろう。

 だが、実際の戦闘は準備と事後処理が大部分を占める。

 根気良く時を待ち、一瞬の攻防で敵と味方を殺す。

 この、時を待つ間に神経を擦り潰されなかった者こそが、本当の勝者なのかもしれない。

 胃のキリキリとした痛みと、胸のムカムカと、頭のしびれるような締め付けに耐えながら、僕はそう感じていた。

 夜になっても、眠れそうにない。

 眠れそうにない・・・。

 っていうか・・・。

 「眠れるか!」

 思わず叫んだ。

 一応は皇子ということで、特別に作られたベッドの上。体の右側を下にして横たわっていた僕を、床に跪いて顔を覗き込んでいる。

 「ああ、やはりそうですか」

 我がメイド長エレヴァだった。

 半目で見つめてしまう。

 が、ほんの数秒で目を逸らした。

 そこにいたのはメイドではなかった。

 全てを見透かす大人の女性がそこにいた。

 『やはり』、その言葉がすべてを示している。

 いろんなものを見てきたこの人の目は、真実を見つめている。

 「シアも昔そうでしたよ。一度目は緊張と興奮で何が何だかわからなくて、気付きません。二度目になって、無意識に客観的な視点で物事を見ていながら、意識には登らせないようにします。三度目、四度目ぐらいで精神に異常を来し始めるんです」

 戦いの現場、映画でなら何千人死ぬのを見たかわからない。でも、実際に血の流れている現場はそんな架空のものとは全く違っていた。

 殺人現場とかで吐く演出があるが、誇張しすぎだと思っていた。

 でも違った。

 そんな生ぬるい話じゃない。

 いや、駄目だ。考えるな。考えてしまったら・・・呼吸が浅くて速くなる。

 過呼吸になってしまう。

 「皇子様・・・」

 エレヴァが両手を伸ばしてきて、そっと頭を抱きかかえる。

 胸に顔がうずまった。

 優しい花の匂いがする。

 柔らかな感触に顔が沈んだ。

 トクン、トクンと彼女の鼓動が感じられた。

 ふくらみに鼻や口をふさがれて、呼吸が楽になってきた。

 張りつめていた糸が、緩むような感覚。

 「大丈夫ですか?」

 「んー・・・自分を取り戻せたとは思う、多分ね」

 「・・・まだ、足りないようですね。そんな風に気取るようでは」

 もう一度強く胸に抱き寄せられた。

 顔が柔らかさの中に埋まっていく。

 その柔らかさが、全身に伝わっていく。

 「・・・ぁ・・・」

 ふにゃっと、身体が沈んだ気がした。

 「・・・♪・・・」

 なにか優しい旋律が耳を撫でる。

 僕は、握りしめていた意識から、静かに手を離した。

 意識が、暗く静かなところに沈んでいった。



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