水上戦2
「往来激戦用意!」
思わず叫んでしまった。
ちょっとだけ恥ずかしい。
意味を理解する人間がいないというのは、つらいものがある。
僕たちの乗った船を先頭に、黒い旗の艦隊とすれ違った。
敵は接舷して乗り込む気でいるのだから、船と船の隙間はギリギリだ。敵兵の臭いが嗅げそうなほど近い。その至近距離で、こちら側の船はすれ違いながらキャラックの甲板上にだけ矢を浴びせていく。
「面舵、回頭して追いかけるぞ」
ブエルハーフェン水軍の船が、大きく右に弧を描いて戻る。河の流れを逆に進まないといけないので速度が落ちるがしかたがない。
回頭しない船もある。
曳舟隊は、敵のガレー船を捕まえて停戦していた。
一隻につき二チーム十二隻がくっついている。
ガレー船にのれる戦闘員数は百十が最大だとマリーゼに聞いた。しかも海賊はたいてい人手不足だから、定員を満たすことはない。
八十か九十が関の山だ、と言っていた。
もしも、定員通りの百十だとしても、曳舟十二隻分の戦闘員は二百四人。二倍近いということになる。
十分、圧倒できるはずだ。
余った一チーム『薫風』はナオを引き留めている。
引き留めただけで、攻撃はしていない。そのつもりもなさそうだ。主力の負担を少しでも減らすこと、それが目的なのだ。
ナオからは、上陸用のボートが下ろされようとしていた。
船から降りてでも、生意気な小舟の群れを駆逐しようというのだろう。
ボートでは曳舟の機動力には対抗できない。
曳舟は相手が近付いてきたら引綱を捨てて逃げればいいだけだ。
大丈夫だろう。
となると、あとはキャラックが五隻、ナオが四隻。
こちらの方が断然有利だ。
黒旗海賊も反転して戻ってくる。
「今度は、敵を右に見る形ですれ違うように。再び、矢攻撃はキャラックに集中。本船以外のキャラック一隻で敵のナオ一隻を捕らえて、斬り込め」
「そうだろうと思いましたよ!」
肉食獣の笑みを浮かべたルグリオが、信号手に派手に指示を送った。
再びのすれ違い攻撃。
敵のナオがすべて味方のキャラックに接舷されて止まっているか、鈎付きのロープでつながれて引きよせられている。
なんとかロープを切ろうとしているが、それを黙って見ているわけもない。
矢が集中的に飛んで阻止をする。
敵も応戦してくるが、こちらは盾で避ければいい。
ロープを切るのさえ阻止できればいいのだから。
・・・なるほど。
弓矢はこの時のためにあるわけか。
再びの反転。
黒旗海賊団のキャラック五隻が、本船に向けて突っ込んでくる。
この船が旗艦だと踏んでのことだろう。
向こうはキャラック五隻。
こちらはキャラック一隻にナオが八隻。
見た目的にはこちらが不利に見える。
海賊としてはこちらの司令部を叩き潰して、他の船の戦意をくじく戦法を取りたいところだろう。
あまり頭を使わない敵のようだ。
キャラックは戦闘員の定員が二百八十。ナオが百六十だとルグリオが教えてくれた。そうすると戦闘員数は、千四百対千五百六十だ。
戦闘員の定員数では五分になる。
勝てると思っているわけだ。
・・・矢での損害をまったく計算していないな。
結果を出すのは定数ではなく実数なのに。
そんなわけで、この戦いは実数に注力した僕たちの勝利だった。
・・・一行だ。
結果を示すのに必要なのはそれだけ。
自分の靴の下にまで赤いものが流れているとか、ひっきりなしに敵の死体が海に落とされる音が聞こえていることとかは関係ない。
「敵船の拿捕が終了しました。こちらの損害は死者が二十三名、重傷者三十二、軽傷は数えていません。海賊の生き残りで降伏したのは百名ほど。漕ぎ手にされていた奴隷はエスクラーヴェが二百六十二、ヌットゥリーアが百二十一、獣人が四十三、近隣の住人が二百十五です」
各船からの情報をすかさずまとめ上げたシアが報告してくる。
僕の知る限り、八人は斬り殺したはずなのだが、白いエプロンドレスには染み一つ付いていない。
「わかった。漕ぎ手の奴隷たちには、落ち着いたら解放すると約束して、もうしばらく漕ぎ手を務めてくれるよう頼むとして。陸の方の動きは?」
シアの報告にうなずいて、リンセルに顔を向ける。
「静かだにゃん。全然動かないにゃん」
首を振り振り、リンセル。
「水軍の方は、いつでも動けます」
ルグリオが平静な声で告げてきた。
声は平静だが、ギラついた目が戦闘の高揚感に浸っていることを示している。
危険な兆候だと思うが、そうでなければ昨夜から続く戦闘に心身が耐えられないのだろうとも思う。
「では、陸の方も片付けてしまおう」
あまり時間はかけない方がいい。
ルグリオが船団を慎重に動かして、陸に接舷している二つの船団を取り囲んだ。
状況を見極めようと目を凝らす。
岩棚の上には、無数の死体、そして数カ所に集められ監視されている人々がいる。
まだ、全滅したわけではない。
捕らえられた人々に目を向ける。
ちょっとだけホッとしそうになった。
思わず笑いだしそうになった。
いや、笑ってしまった。
まさか、こんな結果を見ようとは!
死んでいるのも、捕らえられているのも、・・・海賊だった。
「フファルにゃん!」
「シャハラルです!」
リンセルとザフィーリが歓声を上げた。
それは、四時間ほど前のこと。
「退屈ね」
そう呟いたのはサンブロート旅団団長ファルレ・サンブルートだ。
長い黒髪を褐色の指でいじりながら、赤い目をただただ眼下に広がる河に向けている。
「しょうがないじゃん! 河渡んないと合流できないんだから。合流しちゃえばきっと面白くなるって!」
愚痴る姉に、フファルが言い返した。
そうだといいわね、と言いたげにファルレは欠伸をした。
内心ちょっと期待外れだと思っている。
フファルがリューリに託した伝言を聞いたときには、戦いの予感に全身の血が沸騰するような興奮を覚えた。
速攻でタブロタルの騎士団長に掛け合って、傭兵契約を解除してもらった。
皇子との一件以来、このアマゾネスの一団を腫物のように扱っていた騎士団長は、厄介者を放り出せると喜んだものだ。
可能な限りの便宜を図って、追いだ・・・見送ってくれた。
十分な量の食料と、数十頭の馬までくれたのでファルレは騎士団長を悪く思っていない。
沸騰した血が冷えたのは、そのあとの皇子一行の追跡のせいだ。
人目を避けているのはわかるが、ころころと行き先を変えているせいで無駄に遠回りさせられた。
妹が付けているはずの目印を探す間、大公の捜索隊に見つかりかけて身を隠したり、襲い掛かって殺したり、めんどくさいだけの日々を過ごさねばならなかったから。
ようやく妹と合流できて、ボサダに到着してみればもぬけの殻。面白そうな拠点攻撃が行われてる最中と聞かされて、欲求不満がさらに増してしまった。
そして、今はただ船に揺られて水を眺めているだけときた。
あまりに楽しいので、タブロタルから付いてきた騎士エヌンスト・ラソンに斬りかかってやろうかと思い始めている。
自分たち同様、騎士団長に煙たがられていた彼は、物好きにも彼を慕う騎士百数十人を連れて同行しているのだ。
「そんなに退屈なら、パーティに参加してみたら?」
ボサダで合流したシャハラルが、声をかけてきた。
苦笑を浮かべている。
「ぱーてぃ?」
興味なさそうに振り向くファルレに、シャハラルが指を立てて河を指差した。
赤地に鳥のシルエットを配した旗を掲げ、船団が近付いてきていた。
甲板に人が並んでいるのが見える。
顔までは見えないが、なにやら心躍る雰囲気が・・・殺気がある。
なるほど。
ファルレは勢いよく立ち上がった。
こういうパーティなら大歓迎だ。
靴が擦り切れるまでダンスのパートナーを務めてみせる。
靴がなくなったら裸足で。
剣が折れたなら、拳で。
ダンスを所望する相手のいる限り、踊り続けよう。
「あーあ。誰だか知んないけど、運のない奴らだねぇ」
舌なめずりをしている姉を横目に、フファルが哀れな敵に同情する声を漏らした。
その舌が、乾く間もなく姉同様に動いて、舌なめずりをした。
各船に分乗したアマゾネスが、全員同じ顔をして待ち受けていることを、追いかけてくる海賊は知る由もない。
「敵襲につき、本船は最後尾で敵を阻止します」
「すばらしいわ」
マリーゼが叫んだのに、ファルレはニヤリと笑った。
眼下に、丸々太ったネズミを発見した、猛禽のような目をしている。
旗艦『桐壺』が後ろに下がった。
敵がさらに近付いて、ファルレが待ちきれないとばかりに喉を鳴らしている。
「一番でかい船がいいわ。わざと捕まるとかできない?」
キャラックを指差して、ファルレが問う。
マリーゼは一瞬睨みつけたが、頭を振って何か言いかけた口を閉じた。
「わざと捕まる必要はありません。何もしなくてもすぐに捕まるでしょう」
「最高じゃない」
くっくっくっ、と笑いながらすでに抜いた剣の刃をファルレは指でなぞった。
身体の奥で興奮が湧き上がり、おなじみの予感を楽しんでいる。
生きている実感。
アマゾネスはこの瞬間のために生まれてくる。
「『鈴虫』に信号。先頭に立って援軍に備えよ。向こうは片付いたと言っていたのだし、もしかしたら迎えが来るかもしれない。『鈴虫』には目のいい獣人がいるから、もしそうならすぐに気付いてくれるはずよ」
フファルを見ないようにして、マリーゼは部下に指示を飛ばす。
その直後、敵が鈎付きのローブを投げてきた。
『桐壺』が敵艦に引き寄せられる。
接舷するまで、ファルレは待たなかった。
まだ遠いにもかかわらず、走り出す。
「ちょ・・・空を飛べるつもり?!」
広い河の上にいたせいで距離感が狂っているのかと、マリーゼが悲鳴を上げた。
ファルレは空を飛べなかった。
だけど、綱渡りができた。
引き寄せようと力いっぱいに引かれて張られたロープの上を、地面の上のような調子で平然と走り渡っていく。
「あ、そうだ。皇子様の命令を忘れないでね。余裕があったら、降伏するチャンスを与えて生きたまま捕らえろってやつ」
同じく、隣のロープを走り抜けながらフファルが忠告した。
「最悪、手か足がなくなっていても許してくれるかしら?」
小首を傾げる。
かわいい仕草と言っていることの陰惨さのギャップがすごい。
「手や足がなくなってるくらいで嫌いになったりしないから、戦場で落しちゃってもいなくならないでね・・・うちの隊長が、皇子様に言われたセリフだそうです。だから、大丈夫なんじゃないですか?」
シャハラルが両手を水平に広げて綱渡りしながら、会話に参加した。
ファルレたちほどうまくは渡れないようだ。
「なら、問題ないわね」
加速したファルレが剣を振りかぶって跳んだ。
ガツッ!
骨の絶たれる音がして、手前にいた男の胸元が抉られた。
即死した男の身体を思い切り蹴り飛ばしざま、ファルレは横に駆けだす。
サクッ!
軽い音。
ザッと甲板を叩く血の通り雨。
「あー! ファルレ! あんま血を飛ばすな! 船が汚れる!」
怒鳴るついでに振られたフファルの剣が、手近にいた男の頭を殴りつけた。
「うっさいわね! 掃除ぐらい手伝うわよ!」
怒鳴り返すファルレがクルリと回転すると、斬りかかろうとしていた海賊が河にダイブした。低い回し蹴りに足をすくわれたのだ。
「元気ですね」
呆れたようにつぶやいたシャハラルの足元にも、事切れた海賊が五人横たわっている。
ふぁさ、長い髪を川風が巻き上げた。
左手で押さえるのと同時に右手の手首がひねられる。突っ込んできた海賊の喉に剣先が消えた。
髪をくしけずりながら半身を翻し、抜いた剣先で別の相手の胸を突く。
本当に舞っているような動きで、軽やかに命を刈り取っていく。
その横を、『桐壷』を捉えていた引綱が滑って海に落ちた。
「すごっ・・・」
「三人で圧倒してしまっていますね」
『桐壺』に残ったままのリューリとエヌンフトが敵の船上で繰り広げられる狂演に、怯えたような声を上げた。
船は引き綱を断って、普通に航行中だ。
その間にも、アマゾネスの乗った船が後方に下がってきて、海賊どもの船を手ぐすね引いて待つ。すでに乗り込んでいってお祭り騒ぎの船もちらほら見え始めている。
すでに、キャラック・三隻とナオ・三隻がアマゾネスの狩場と化した。
乗り込んだ人数はせいぜい三十か四十ずつだ。それなのに、敵を圧倒している。
これでは、どちらが襲われているんだか分りゃしない。
「!? 何事?」
突然、鐘の音が響いてきて、マリーゼが行く手に顔を向けた。
じっと音に耳を澄ませ、ぐっと前方に目を凝らしている。
「針路を10度右に変えろ? 陸に行けってことかな? て、誰の指示?」
疑問を口にするマリーゼの目に、こちらに向かってくる船団が見えた。
「あ、ほんとに迎えが来たのね」
驚いたというか、気の抜けた声で呟いて、部下に指示を出す。
「面舵10よ。陸に向かって!」
水夫たちが指示に従って舵輪を回し、漕ぎ手が腕に力を込めた。
「船上の戦いは譲るとしても、陸の上では負けないところを見せないと面目が立たなくなる。気を引き締めろよ!」
「おおう!!」
『桐壺』に乗り込んでいるエヌンフト旗下の騎士たちが気合を入れた。剣を握る手に、自然と力がこもる。
接岸し、じっと待つ。
同じく接岸した海賊どもが、大挙してこちらに攻めかかってきた。
ナオ・三隻とガレー・十隻の海賊どもだ。
奴らとしても、船は無傷で綺麗な状態のまま手に入れたいということだろう。陸で戦えるのなら、そうしたいようだ。
飛び出してくる。
全部で七百ほどだろうか。
思っていた数の半分だ。
それでも自分たちとシャハラルの仲間とで、約四百の敵と考えれば『少し』多い。
「一人で二人倒せばいいだけだ」
鍋で煮ればいいだけだ。と、ゆで卵の作り方を説明するような口調でエヌンフトは言った。部下たちはニヤリと笑ってうなずいた。
そのとおり、と。
敵を二人殺す。
それがノルマだ。
難攻不落の拠点を寡兵で落せとか言われたわけではない。
1.7倍の敵を撃破すればいいだけ。
簡単な仕事だ。
そう言い聞かせる。
そのノルマ以外を頭の中からも心の中からも切り捨てる。
親の名前は忘れても、敵を二人殺すことを忘れてはならない。
騎士たちは兜をかぶった。面頬を下ろす。
「構え!」
槍を構えた。
全員が馬にも乗っている。
騎士は、馬に乗っていてこそ最大の力を発揮できる。
船上での戦いは譲っても、地上では負けない。その由縁だ。
「突撃!」
エヌンフトの号令で、騎士たちが駆けた。
一泊遅れて、他の船から飛び出した剣士たちが走り出す。
海賊は正面から騎士、右側面から剣士の突撃を受けた。
殺すことに長けた騎士と剣士に、奪うのが専門の海賊は抗しきれなかった。
数の有利が、実力差によってひっくり返される。
戦いは、一度の衝突で終わった。
海賊たちは、ぶつかり合ったと感じた直後、自分が死んだことか、すぐに死ぬだろうことに気が付かされて慌てふためいた。
彼等は海賊。
もとより、統制とはかけ離れた略奪者の群れだ。
殺し、奪い、犯す。
それができると信じ切っている間は獰猛な狼だが、ひとたび自分が狩られる立場に立たされたと分かれば蛇に睨まれた蛙、触角をつままれたカマドウマ。
生きていた者たちの半分はパニックになり、やけくその突貫に出て斬り伏せられた。
残りの半分は、武器を投げ捨てて両手を上げた。
殺すのは歓迎するが、殺されるのは好きになれないものらしい。
「いゃぁ、殺した殺した」
『んー、寝た寝た』。そう聞こえてきそうな清々しさでファルレが伸びをした。
露出度の高い服は色がすっかり変わっている。肌も、褐色ではなく、赤黒い。
アマゾネスは戦闘を主食にしていると言われるほどの戦闘種族であることは周知の事実だが、これはさすがに酷い。
妹のフファルですら引き気味に見ている。
「よっぽど溜まってたのね?」
「ったりまえでしょ! 戦闘はないし、よさげな男も見不足らないし。やることなかったんだから!」
うふふ、と笑いながらそんなことをのたまう。
戦闘と生殖。
本能そのままだ。
「いや・・・わかるんだけどさ。ちょーっと、行き過ぎてると思うな」
後ろ頭に汗を一筋流して、フファルは乾いた笑い声を上げた。
その様子を、捕らえられた海賊たちが、うすら寒そうに見ていた。
エヌンフトたちも、さすがに近寄ってこない。
シャハラルだけが、微妙な顔で笑っていた。
海賊団を二つ潰すことに成功した僕たちは、ともかく拿捕した船と捕虜とを連れて造船所へと引き上げた。途中、捕虜を尋問したシャハラルの話によれば、この付近にはあと二つ中規模の海賊がいるらしい。
潰した海賊の拠点制圧もしたいところではあるが、本当にもう戦力の整理と統合、再配備が必要だった。
ゲームとかなら、手に入れた戦力をまとめ上げて次の戦場に向かわせるのに五分もあればできるかもしれないが、現実では数日から数か月、あるいは年単位での時間が必要だ。
敵がいつ攻めてくるかわからないのだから、数か月とか甘いことは言っていられないが、最低限の休養と準備に数日はかけなくては満足に戦えなくなる。
ブエルハーフェン水軍の兵なんてすでに丸一日戦い続けているのだ。
肉体的には戦闘と戦闘の間、船で休めた時間もあるだろうが眠れるわけはないし、精神的な疲労とストレスは蓄積されるばかりだったはずだ。
もう限界だろう。
「ボサダですが、使えそうなものは建物の梁や壁まで船に乗せて持ってきました。残っているのは指令室として使っている建物と、キャラベル三隻。スループ四隻の、みかじめ料回収組だけです」
アストトが報告した。
と、なにかを思い出したような顔をした。
「それと、ランドリークさん、でした」
ああ、そんなのもあったな。
うんうんとうなずいてやる。
「って、忘れるなよ!」
右手で何もない空間にツッコんだ。
下手なボケツッコミだが、戦闘の後はこのぐらいばかばかしいやり取りが、ささくれだった気持ちを和ませてくれる。
長くは続かず、すぐに真顔になってしまうが。
「ちょっともったいない気もするけどね」
せっかくあるものを壊すのは。
最終的には、フエルォルトで国造りを始めるのだ。そのための資材を少しでも多く送り込む、または持ち込みたいので、仕方のないことではある。
仕方がないことと言えば、船に矢の備蓄が少ない理由が判明した。
正確には、『火矢』がダメらしい。
サティオが教えてくれたのだが、六十年前のこと、船団同士の戦いで負けなしの提督が『火矢』を思いついた。
矢で遠くから火を撃ち込み、帆船を燃やす。
たとえ船を丸ごと燃やすことはできなくても、消火に人手を割かなければならない状態を作れば有利になる、と。
前世世界でも昔は、普通に行われていた戦法だ。
ところが、船の戦いで火矢を用いる初めてになるはずだった会戦で事故が起きた。
空は快晴、陽が上るにつれて気温がぐんぐん上がったという。
船の甲板から水夫が消えた。
あまりの暑さから日差しを避けて船内に入ったからだ。
甲板から水夫は消えた。だが、消えたのは人だけだ。
甲板には、その日の会戦のために積み込まれた新しい積み荷があった。
油のたっぷり入った樽が十数個。
普通の油ではない。
火矢が船に突き刺さったあと、なるべく火が燃え広がるようにと改良を加えられた油だ。どんな成分が使われたのか、今では知りようもないが、なにか化学法則を無視した、少なくとも危険管理を怠ってはならない物質が使われていたのだろう。
高温が、高熱となり、油の温度がその物質の発火点を越えた。
船団が敵と遭遇したとき、提督の船団は半数が海に沈み、半数が燃えている最中。提督は生涯最初で最後の敗北を喫した。
以来、この世界の水夫にとって、『矢』と『油の入った樽』は縁起の悪いものとして船に積み込むのを敬遠するべき存在となった。
そのため、矢は矢束にしたうえで箱に詰め込まれた状態、油は徳利でしか船に持ち込ませない決まりが、船乗りたちの間で浸透しているのだそうな。
結果、火矢が飛び交う派手な船上戦は、この世界のタブーとなった。
ということらしい。
残念な気もするが、同時にすごく助かることでもある。
会戦に勝つと、必ず船が手に入るのだ。
甲板が血で真っ黒になるが、燃やされはしないから。
今回も、キャラックを八隻、ナオを十一隻、ガレーを十六隻手に入れている。
旧ブエルハーフェン水軍の船も合わせるとキャラックが十三隻、ナオが十九隻、ガレーが十六も増えているのだ。
今のところ、人員にも大きな被害が出ていないし、大儲けだ。
こんなに一気に増えられると、名付けが大変だ。贅沢な悩みではあるし、どうせ皇子なんて暇なので苦でもない。
すでにボサダ戦闘艦船団の船名を名付けるときに、ルールを決めているからそれに沿って名付ければいい。あれこれ悩むものではない。
・・・どうせ僕以外には意味の通じない、僕だけの趣味だし。
まじめに考えるべきは、組織作りも急務だということ。
ついこのあいだまで数人の幹部と三百の親衛隊しかいなかったのが、今や・・・・・・えと、どれくらいになってるんだっけ?
ちょっと書き出してみる。
地上軍。
バタリャムカマ(戦闘女中)。
メイド長エレヴァとシアの二人。
親衛隊(元アバハビルド王族と軍兵で構成)。
隊長ザフィーリ・アバハビルド。
副隊長ロロホルとシャハラル。
現在、三百十二人が所属している。
騎士団(タブロタル騎士団から分離した騎士で構成)。
団長エヌンフト・ラソン。
現在、百四十八人が所属。
獣人部隊
リンセル偵察隊。(収容所などから解放した獣人で構成)
隊長リンセル・クース。
現在、十六名が所属。
ヴェルト隊(ボルブルカーン州クラテラタンの街の獣人で構成)。
隊長ヴェルト・クース。
現在、七百名が所属。
ガゼット隊(ボルブルカーン州クラテラタンの街と海賊などから解放した獣人で構成)。
隊長ガゼット・クース。
現在、七百名が所属。
サンブルート旅団(アマゾネスのサンブルート一族で構成)。
団長ファルレ・サンブルート。
副団長フファル・サンブルート。
団員見習いリューリ。
現在、二百十七名が所属。
市民軍(収容所から解放された者たちで構成)。
管理者アストト・リスティン。
(必要に応じて他の隊へ増援に行く部隊のため隊長はいない)
現在、二千八百二十八名が所属。
水上軍。
旧ブエルハーフェン水軍船団。
司令ルグリオ・シュトルツ。
副指令イクザーム。
所属船。
キャラック(運営に三十人必要、戦闘員二百八十人が乗れる)十三隻。
『朝日』、『烏兎』、『炎陽』、『極夜』、『金烏』、『幻日』、『紅炎』、『紅鏡』、『斜日』、『斜陽』、『赤烏』、『赤日』。
ナオ(運営に十八人必要、戦闘員百六十人が乗れる)十九隻。
『新月』、『朔』、『初月』、『月籠』、『三日月』、『繊月』、『眉月』、『銀鉤』、『上弦』、『初弦』、『弓張月』、『弦月』、『半月』、『片割月』、『待宵』、『満月』、『望月』、『天満月』、『十六夜』、。
ガレー船(漕ぎ手百、戦闘員百人が乗れる)十六隻。
『朝顔』、『御法』、『少女』、『幻』、『玉鬘』、『雲隠れ』、『初音』、『匂宮』、『胡蝶』、『紅梅』、『蛍』、『竹河』、『常夏』、『橋姫』、『篝火』、『椎本』。
船員、戦闘員併せて三千八百人が所属。
ボサダ戦闘艦船団(ヌットゥリーアとエスクラーヴェ、そして市民兵で構成)。
船団長マリーゼ・ネロマン。
所属船。
ガレー船(漕ぎ手八十、戦闘員百二十が乗れる)二十二隻。『桐壺』、『葵』、『帚木』、『賢木』、『空蝉』、『花散里』、『夕顔』、『須磨』、『若紫』、『明石』、『末摘花』、『澪標』、『紅葉賀』、『蓬生』、『花宴』、『関屋』、『絵合』、『横笛』、『松風』、『鈴虫』、『薄雲』、『夕霧』。
輸送船十五隻(水夫、三十二名。陸上軍をのせる場合最大積載人数は三百十と規定)
『青星』、『赤星』、『碇星』、『色白』、『運漢』、『開陽』、『河漢』、『玉衝』、『煌星』、『銀河』、『銀漢』、『銀湾』、『九曜』、『螢惑』、『計都』。
曳舟(漕ぎ手八人、戦闘員十七人が乗れる)八十三隻。
六隻を一つのチームとして、チーム名+番号で表す。
チーム名は『青嵐』、『青北』、『朝凪』、『凍風』、『颪』、『貝寄』、『花風』、『雁渡』、『暁風』、『颶風』、『薫風』、『恵風』、『黄砂』、『黄塵』。の十四チーム。
水夫、二千八百人が所属。(戦闘員は随時募集中の市民兵で充足予定)
資金回収船団(降伏した海賊で構成)。
船団長ランドリーク。
所属船。
キャラベル三隻、『睦月』、『如月』、『花朝』。
スループ四隻、『仲春』、『令月』、『弥生』、『嘉月』。
水夫、三百十二名が所属。
その他。
職工団。
団長サティオ・ヴァイゼ。
三百人ほどが所属している。
山賊になりそこなった者たちと、その家族が三百人。
フエルォルトに向かっている、クラテラタンの獣人約八百人。
皇妃護衛連隊(元エスファール王国の兵士で構成)
連隊長モスティア・シャイデン。
現在百名が所属。
ペレグリナ山賊団(元エスファール王国の兵士で構成)
頭、ペレグリナ・ヴァンデルグ。
山賊になりそこなった者たちと、その家族が三百人。
造船町及びその周辺の住人。
五千人ほどが協力してくれている。
海賊の捕虜。
三百人ほど。
・・・と、こんな感じになる。
いつのまにかずいぶんと大所帯になったものだ。
それはそうと、書き出してみて思ったのだが。
皇妃護衛連隊はともかく、ペレグリナはもう呼んでいいかもしれない。
ザフィーリの部下にひとっ走り行ってもらっておこう。




