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旗揚げ


 訓練は数日間にわたって行われた。

 ボサダでは、施設内にあった材料で船上兵器の開発が進められている。

 弓矢隊を置いてもいいが、それだと一隻に乗せる兵員数が多くなり過ぎる。

 漕ぎ手がいて、斬り込み隊がいて、弓矢隊となったら全部詰め込んでラッシュ時の鉄道状態にするか、それぞれの規模を減らすかだ。

 どちらもあまり面白くない。

 場合によっては近接戦闘に特化した、いわば強襲船と遠距離攻撃特化の砲撃(大砲ではなく弓矢だが)船に分けることも考えたが、これも面白くない。

 そこで考えたのが、船縁に一度で何本も矢を撃てる投射装置を設置して、一人で数人分の攻撃ができるようにすることだった。これが完成すれば、弓矢隊の構想自体は残しつつ、その数は半減以下という効率化が行える。

 仕組みとアイデアは前世では何百年も前からあったものだ、こちらの技術でも実用化できるだろう。

 船団の航行演習は湖内だけでなく。本流である、あの大河に出ても行った。これは演習であると同時に、周囲の状況を知るための偵察行為でもある。

 いまも、十四チームある曳舟の全てが偵察任務を帯びて本体から離れているはずだ。

 すくなくとも、マリーゼが提出した演習計画案ではそうなっていた。

 キャラベルとスループの商船隊は海賊どもが行っていた業務を継続中だ。海賊たちが脅していた街を回って金や食料、物資を集めているのだが、これにもう一つ仕事が加わった。ヌットゥリーアを探して、声をかけるという任務だ。

 ヌットゥリーアは容貌が特徴的なので、いればすぐにわかる。

 誰かにすでに仕えているとか、仕事がうまくいっていそうな者たち『以外』の者たちを見つけて、マリーゼからの書状を見せる。

 もし、その者たちが現在の生活に不満があり、お尋ね者になる覚悟があるなら、一緒に仕事をしよう、そう勧誘する手紙だ。

 むろん、勧誘にライムジーア皇子の名前はない。あくまでも、この辺りに根を下ろした海賊としてのものだ。実際に仲間となって信頼できそうだとならない限り、海賊という触れ込みにする。

 大公が敵として探しているのは、獣人たちを逃がして、またはともに領内に潜伏しているかもしれないライムジーア皇子の一行であって、以前からいた海賊を打倒して成り上がった海賊ではないのだ。

 それに、海賊であれば先日までここにいた海賊同様に大公とのつながりを持てるかもしない。そうなれば、相手の内情に入り込んでいろいろやれる可能性がある。

 具体的に何ができるかはわからないが、今の時点で可能性を潰すことはない。

 つまり、僕たちは海賊になるのだ。

 「海賊になる・・・ねぇ?」

 頭を振り振り、サティオが物憂げにつぶやいた。

 「なにか問題でも?」

 「私の知る限り、海賊業を行うエルフって有史以来初めてだと思うわ」

 「それはすごい!」

 エルフの言う有史、とは約三億年にわたる長大なものだ。しかも、記録魔であるエルフはそのほとんどすべてを網羅している。

 唯一の例外が一億年前にあったという種族間戦争時の記録だけだとか。

 わずか三か月分の欠如だというのに、エルフはそれを種族最大の恥辱と考えている。

 「すごい・・・? そうね、何億年か先の子供でも私の名前を見つけられるでしょうね。我らが種族初にして最後の女海賊サティオ・ヴァイゼの名を」

 不満そうな口調、語尾が少し震えた。

 透明感のある肌、口元の肌がヒクヒクと動いている。

 「!?」

 突然、得体のしれない感情を纏った眼光が僕を捕らえた。唇がめくれて、象牙のような歯をのぞかせる。

 ・・・喰われそうだ。

 「面白いじゃない」

 クックックッ、と口の中で嗤い声が発せられる。

 賛成してくれるらしい。

 まったく、心臓に悪いったらない。

 「海賊ですか・・・」

 同じ呟きが反対側でも発せられた。

 ザフィーリが顎をつまんで考え深げにうつむいている。

 「船や町を襲って、金品を強奪する無法者・・・皇子様には似合いません」

 無法者になること、ではなく僕に似合うかどうかが引っかかりの主理由ですか!

 一方は神話の中の英雄にしようとして、もう一方は幻想世界の勇者にしようとする。

 どっちも勘弁してほしい。

 「海賊といっても、闇雲に略奪したりはしないぞ? 基本的には大公と、あとはそうだな。海賊専門の海賊だ」

 「海賊を襲う海賊?」

 「そうだ」

 「なるほど、それなら・・・」

 サティオは面白がり、ザフィーリは躊躇いつつも納得しようとしている。

 なんでこんなにめんどくさいことになるんだろうか?

 困ったものだとは思うが、どちらも大切な仲間だ。反目もせず僕のために働いてくれている。ありがたいことだと思うべきだろう。

 「親分! マリーゼの奴らが戻りやしたぜ!」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 突然乱入してきたハゲに、僕はたっぷりと冷たい視線を浴びせた。

 「や、やめてくだせぇや、坊ちゃん。あっしには坊ちゃんみたいに、いたぶられて喜ぶ趣味の持ち合わせなんかねぇですよ」

 「さも、僕にはあるような言い方をするな!」

 どこまでバカなんだ、こいつは?!

 「へいへい。海賊だっていうから合わせただけだというのに、年寄は早くくたばれと言わんばかりの仕打ち・・・よよよよ」

 顔を覆って、泣き始めた。

 若くてかわいい女の子ではなく、頭以外は毛むくじゃらのおっさんがだ。

 「キモイわ、ウザいわ、いい加減にしろ!」

 まったく、うちの幹部どもはクセが強すぎる。


 「造船所?」

 「そうです。ここからかなり下流になりますが、安定して木材を産出する地域があって、そこに大きな造船所があるそうなんです」

 偵察に行った結果、そんな情報が飛び込んできたのだという。

 造船所・・・当たり前だが船の建造や修理のための設備があって、材料となる木材も蓄えているだろう。新たに船が手に入るかもしれないし、技術者や船乗りも手に入る可能性が高い。

 利点はたくさんある。

 勝てれば。

 そう、勝てれば。

 「わかっていることは? それだけか?」

 問い掛けると、マリーゼは琥珀色の目をパチパチさせた。

 「あー。つまりだ。今も稼働中なのか、どこの誰が管理していて、誰のために船を作っているのか、守っている戦力があるのかどうか、戦力があるのならどの程度の規模なのか、そういったことがわからないと。ただ造船所がある、というだけでは動きようがない」

 質問の意味が分からなかったようなので、具体的な礼を列挙してやる。

 「あぁ! そ、そうですよね。えーとですね。かなり縮小してますけど造船所は機能しているようです。管理というか占有しているのは海賊です。いえ、海賊に落ちぶれたブエルハーフェン水軍の残党です」

 ブエルハーフェン。大陸南部にあった小国で、かつては水の国とうたわれ、精強な水軍を擁していた。

 父帝もこの国を制圧するのには苦労したと聞く。

 『先の』宰相、つまりは大公の計略によって勝ちを収めたそうだが。

 ・・・だとすると。

 「味方に引き込めないかな?」

 大公に恨みがあるはず、仲間にできないだろうか?

 そう思ったのだが。

 「あ、無理です」

 マリーゼにサラリと否定された。

 「えと、なんで?」

 「さっきも言いましたけど、あくまでも『残党』です。精強で鳴らした精鋭を裏切り、ブエルハーフェン水軍を崩壊させた元凶。その中にあってさらに自分の手は汚さず他人を操るような最低のクズ。その生き残りです。仲間なんてとんでもないですよ!」

 なるほど。

 当時宰相だった大公が、どんな策略を使ったかはなんとなくわかる。

 金や地位で寝返らせて、獅子身中の虫としたのだろう。

 本当なら、共倒れさせるはずだったのだろうが、戦いの場に出てこずに生き永らえた者たちがいたのだ。

 愚かで卑怯な者らの中でも、しぶとく生き延びたゴキブリのような奴ら、ということだ。

 確かに、仲間にはしたくない。

 したくないが、どうなんだろ?

 末端の兵士までがそうなのだろうか。

 そうではあるまい。

 味方に引き込める者もいそうな気がする。

 「戦力的には・・・んー、船の大きさで向こうが三割り増し、兵数で五分ってとこですかね」

 兵数で五分、ね。

 だとすると戦いは賭けだな。

 ただし・・・。

 「それってさ、水上戦を挑むなら、じゃない?」

 「え・・・と、あ! はい、そうです」

 やっぱり。

 船が大きいということは一隻の船に乗り込める兵数も多いということ。小型船で戦いを挑んだのではこちらが不利なのは当然だ。

 では、兵数では五分と言えるというのはどういうことか?

 ・・・僕は、視線を向けた。

 頼りになる仲間に。


 かつては大いに賑わったのだろう造船所も、今や裏錆びれ、木材の腐臭が色濃く漂っていた。それでも、 完全に死んだわけでもなかった。ところどころで未だ消えず、職人の創作活動は続いている。

 そんな中を一人の『女』が歩いていた。

 武器らしきものも持たず、荷物はほつれの目立つ背嚢だけ、服はこの辺りのものなら職人から農民まで幅広い職業と年代層で着られている地味な色のゆったりとした作業着だ。

 長く着込んだらしく、ところどころ色落ちしている。

 ゆったりめの服は、着込んだ者の性別や体形を見事に隠していた。

 埃をうっすらと乗せた髪は、元の色を知ることを阻むかのようだ。

 背中を丸めて、やや前かがみの姿勢。周囲の状況に完璧に溶け込んでいる平凡な人間。誰の関心も引かず、当然警戒もされない。

 目的地は街の中心だ。

 造船のために作られた造船の町でも、町である限り、ある種の決まり事には逆らえない。

 中心街。つまりは歓楽街と呼ばれるものは必ず存在する。

 まして、ここは今や海賊の巣窟だ。

 酒を提供する店がないはずはない。目的に合致するバーはすぐに見つかった。

 店内に足を踏み入れ、周囲を見回す。ついでに髪の上の埃を払い、作業服の前を開く。飾り気のないシャツが覗くようになるが、もっと覗くものがあった。

 豊かな隆起。

 見事なバストが、薄暗い光の中で存在感をアピールしている。

 銀色の髪の女。かなり目立つ。

 辺りから、ヒュー、と口笛があぶくのように連鎖して上がった。

 気付かないふりをして、カウンターに座る。注文もしないうちに、目の前にグラスが置かれた。

 「俺からのおごりだ、飲んでくれや」

 酒と垢の臭いのするだらしのない男が、後ろに立っていた。

 「ありがとう」

 感情の抜け落ちた声がカウンターの上を滑った。

 一時間と経たないうちに、二人は『ソレ』目的の宿屋に入ろうとしていた。

 ドアが閉まると、女は不安げな表情で辺りにちらちらと目を向けた。

 「あの・・・こんなことをして、あなたの上の方たちに睨まれたりしないのですか?」

 「ん? 心配してくれんのかい? 大丈夫、上の奴らは街の真ん中になんかこねーよ。普段から住み着いてる河とは反対の住宅地で、女侍らせてんだからな」

 「あ、そうなんだ。・・・えと、あなたのお家はどこにあるの?」

 「なんだ? 一緒に住もうとか言う気じゃねぇだろうな!」

 いやそうな口ぶりだが、その顔はにやけまくりだ。

 「ただで泊めてくれるなら、ね。あとは・・・場所によるかな」

 照れたような顔で上目遣い。鼻にかかった声で、まるで甘えているようだ。

 「もちろんタダさ。場所はな、東街区の家具屋だ。名前は確か・・・ああ、『アルトヴェルカーの店』だ」

 女はするりと体を動かし、男の頭を抱え込んだ。

 ゴキリと鈍い音がして男がくず折れるのをそっと受け止めて床に寝かす。

 「鈍っている。皇子様のところに落ち着くまではもっと簡単に殺せたのに」

 床にひざまずき、死体相手にぼやいた。

 眉一つ動かさずに男を剥いていき、汚れた下着以外の全てを奪った。

 わずかな金と、何か――たぶん自宅――のカギ、あとは切れ味の悪そうなナイフだ。

 たいした価値のある物ではないが、なにかの役には立つだろう。

 金はすぐにでも取り出せるよう作業着のポケットに、ナイフは大きなパットと入れ替えて胸元に滑り込ませた。外した胸パットはごみ箱に放り込む。他は背負っていた背嚢にきちんと畳んで入れておく。

 男の死体をクローゼットに押し込んで部屋を出た。

 宿泊費は前払いだ。明日の朝までは誰にも気づかれはすまい。

 誰もが自分のことに多忙で、他人の動きに興味などもたない。男と部屋に入ったばかりの女が一人で出てきても、気に掛ける様子はない。

 女が向かったのは男の自宅だった。

 家はすぐに見つかり、手に入れた鍵でドアを開けると中に入った。意外に片付いている家の中を、物色しながら歩く。

 役に立ちそうなものは見当たらないが、元より期待などしていない。

 比較的安全な隠れ家ができた、それで充分。

 皇子と別行動をするのなんて、本当に久しぶりのことだ。

 すぐにでも会いに行きたい思いを抱きしめて、シアは準備を始めた。

 この家の主の服に着替え、ここに来るまでに見かけた海賊の姿をまねて自分の姿形を変えていく。目立たないように。突発的な事態にも対応できるように。

 必要な準備を整えると、その『男』はそっと家を出た。キッチリと扉も締めて。

 二十分後。

 『男』の姿は、造船の町の下流側にあった。

 くたびれた、海賊が好んで着るような服を着て、身なりに気を使わない不精な男がそうであるように、乱れた髪をターバンで無理矢理押さえつけた頭をしている。

 頭の上で、ただ面倒だから、と長く伸びるままにされた髪が、あちこちに跳ねていた。

 左手で頬杖をつきながら、乾いて硬くなったパンを、塩気の強い水で飲みこんでいる。

 辺りでは似たような風情の男たちが、同じように、面白くもうまくもなさそうに食べ物を咀嚼し、水で胃に流し込んでいた。

 夜勤の者たちだ。

 これから夜中、歩哨をするような連中が、彼等にとっての朝食を食べている。

 『男』は耳と目を最大限に酷使して、誰がどんな地位にいて、どこの担当なのかなどの情報を集めて、脳に叩き込んだ。

 そうして必要な情報が集まる中、並行して細工を施していく。

 彼等は知らなかった。自分たちの食べ物が、『男』が食べているものと全く同じというわけではないことを。

 遅効性の睡眠薬が混入されているということを。


 ラッシュ時の満員電車状態の輸送船での生活は非常に不快で、ただ座っているだけで頭が痛くなった。息をするたびに様々なにおいが鼻をつく。

 ありがたいことに、終わりの時期はわかっている。その時まで待てばいい。唯一の慰めにしがみついて耐える。

 ・・・訂正、いくつかある慰めの一つ、というべきだった。

 背中に柔らかくて弾力のある感触がある。エレヴァのものだ。

 右腕が深い谷に挟まっている。ザフィーリの。

 左腕も同様だ。これはサティオ。

 腹と胸には、熱いくらいの体温を感じる。リンセルだ。

 僕は周囲を見事に女性に取り囲まれていた。

 小さく間仕切りされた個室の一つ、という名の懲罰房の中で。

 天国という人もいるかもしれないが、これは拷問といってもあながち間違いじゃないと思う。

 ただ、今現在、輸送船の船倉はだいたい全部こんな感じだ。

 99パーセントは同性同士でくっつき合っている。

 肉体派の陸上軍兵士同士が肉団子状態でいるのを思えば、異性にくっつかれているというのは慰めと取るべきだ。

 ・・・とでも思わなきゃとてもやっていられない。

 「うまくいくかしら?」

 こんな状態なのに、ソファにでも優雅に寝そべっているような口調で、サティオが聞いてくる。

 耳に直接、息を、言葉を、吹きかけているような感じだ。

 「シアならうまくやるよ」

 「どこにゴミが落ちているかがわからなくて、メイドは務まりません」

 僕の答えに、エレヴァが補足を入れた。

 補足になっていないと思う者もいようが、少なくとも僕にはそれで理解できる。

 僕さえ理解していれば、エレヴァもシアも文句はない。

 他の者がどんなに懸念していようと関係ない。

 作戦の流れ自体は、そんなに複雑なものではない。

 造船所を現有戦力で攻略する。ただし、無傷で。

 この必要を担保するため、地上から攻撃しようというだけのことだ。

 造船所は大河に流れ込む支流の河岸に広がっている。後背と上流側には山々がそびえ、その豊富な森林資源が往年の造船産業を支えたのだった。下流側には、巨石がごろごろと転がる荒れ野が広がっている。

 農地には向かない環境。人は住んでいない。

 この荒れ野に、輸送船十五隻に詰め込まれた陸上戦闘員ザフィーリ隊80とヴェルトとガゼット1300、市民兵2000を運び、そこから造船所を襲撃する。

 作戦の成否は、ギリギリまで陸上戦闘員の接近に気付かせないことにかかってくる。

 今回、シアに任せた任務は、荒れ野を見張る見張りの無力化と陸上戦闘員の攻撃に呼応して街中で破壊工作を行うことの二点だ。

 「それを一人でやるというのは・・・・・・」

 地上戦の専門家であるザフィーリが頭を振った。

 言いたいことはわかる。

 特殊な訓練を積んだ工作兵の、一個中隊でも差し向けなければ成功は望めない任務だ。

 それをメイド一人に任せようとは。

 シアが、どうやってこの任務を成功に導くのか僕は知らない、尋ねもしなかった。「できるか?」、と聞き「できる」との答えを返された。

 それで充分。

 「揚陸地点を視認。上陸用の渡り板を準備中」

 伝声管からの報告がくぐもりながらも届いた。

 安堵のため息がそこかしこで出たことだろう。外に出れば、そこは戦場だ。だが、少なくともこの棺桶からは出られる。心なしか船が余計に揺れた気がした。

 全ての曳舟と、輸送船が板と縄梯子でつながり、曳舟と河岸にも板が渡された。

 事前に定められていた順番で、陸上戦闘員が輸送船を降りていく。

 すぐに身を隠せる岩陰を見つけては移動している。

 近代戦闘なら、この時点で拠点防衛用の速射砲か何かが雨あられと銃弾をばらまくのだろうが、この世界にはまだセンサーもなければ銃器もない。

 静かなものだ。

 「地上に出たら存分に手足を動かせ、ここではできないことだが、あそこではできる。ただし、股間はしまっておけよ。うちのレディに食われたくなかったらな」

 輸送船の甲板に出て軽口を言うと、いくつか笑いが起こった。

 ここにいるのはザフィーリの部下たちと収容所から解放した市民ばかりだが、市民兵からも笑いが漏れている。

 彼等は、自分たちを指揮する者が自分たちと同じ戦場に立つことなどあり得ないと考えているはずだった。

 でも僕はここにいる。

 特別な船や部屋は作らなかった。

 彼等と同じ条件の下、ここまで来た。

 彼等は僕の軍隊だ。だけど、僕のために死すべき義務を負っているわけではない。

 そんな彼らに、僕への忠誠心を持ってもらうには、こういう地道な積み重ねが必要だ。

 遠目に、町の外壁が見えている。

 造船の町を囲む板壁はそれなりに頑丈なつくりをしていた。

 戦時中に作られたものだろう。

 だが、放置され続けた時間と街を受け継いだ勢力の怠慢のおかげで、はっきりとした穴が見て取れた。

 最後の戦闘時に破壊された穴を、誰も修復していないようだ。

 それでも、それらの穴は多少の衝撃で崩れるような代物ではない。

 ヴェルトとガゼットの部隊が、やすやすと登っていく。

 「では、わたしたちも」

 ザフィーリが負けてられない、と言いたげに急かしてくる。

 僕は苦笑を押し殺して、うなずいた。

 「行こう!」

 板壁を越えて、壁近くの建物に飛び込んだ。窓やドアを破って中に突入、床に横転すると、起き上がって武器を構え、敵を探した。

 兵たちが安全を確認していく。

 通常なら、ここは守備側の防衛拠点となるはずだったのだろうが、攻撃の橋頭保にさせてもらおう。

 「向うの建物で、眠りこけたまま縛られた海賊の一団が見つかったそうです。シアの仕業でしょう」

 他の部隊との情報共有もうまくやれているようだ。ザフィーリが報告を上げてくる。

 「ああ。シアはキッチリ任務をこなしているようだ」

 不安だったわけではないが、声に「よかった」の響きがのってしまうのを止めることはできなかった。

 輸送船から地上に吐き出された兵士たちは散開して身を隠すために建物内に走り込み、輸送船は静かに川を上っていった。安全な位置で待機することになっている。

 陸上戦闘員の第一陣が占拠した場の防備を固めると、陸上戦闘員部隊の大部分が内側を向いて町攻略の準備をした。

 防備を固めておけば、突然の襲撃で恐慌に陥った敵の暴走で、被害を拡大させられるような愚は犯さないで済む。

 「相手は海賊だし、陸からの襲撃は予想していなかったはずだ。まともな反撃はないように思うが、一応慎重にな」

 「もちろんです」

 実戦経験のある人間に頭だけの僕が言うようなことではないのだが、ザフィーリは素直にうなずいて部隊を動かしに戻っていった。

 「おかしいにゃん」

 ザフィーリの後姿を見送る僕の背中を、リンセルがつついた。

 「どうした?」

 「敵の動きが変なのにゃん。誰も斬りかかってこないにゃん。にゃーたちを見ると避けるように下がって・・・でも、逃げないのにゃん」

 わけがわからない、とリンセルが眉を下げて困惑顔だ。

 『誰も』。個人プレーが多い海賊が誰一人無謀な戦いに挑戦しようとしない。

 かといって逃げもしない。

 まるで、統制がしっかり利いていて、反撃の準備をしているかのような。

 海賊が?

 「・・・ねぇ?」

 考えていると、サティオが声をかけてきた。

 眉を寄せて、思案顔だ。

 「私たち、すっごい間抜けな勘違いをしていないかしら?」

 嫌な予感が背中を走る。

 サティオは確かに、色ボケの困ったちゃんだが優秀な人間だ。論理的なエルフでもある。その彼女が、こんな言い方をするというのは・・・。

 「と、いうと?」

 答えを聞くのが怖いが、聞かずに済ませられることでもない。

 聞いてみた。

 「私たちの敵って、海賊なのよね?」

 何をいまさら、と思いつつ頷く。

 「あ、ああ、そうだ。マリーゼが言うにはブエルハーフェン水軍の残党だっては・・・話だ・・・が!? しまった!」

 サティオが言わんとしていることも、この状況も、突然理解した。

 「仮にも軍なら、配下の兵を統制していて当然だ。戦力は必要なとき戦力として使えなきゃ意味がない。海賊だからって侮ってはいけなかった!」

 僕は異世界に転生したとはいえ、チートな能力なんて持っていない。前世から引き継いだ知識と、つごう四十年分の人生経験だけが武器なのに、頭をまったく働かせていなかったことに気が付いた。

 本当に間抜けだ。

 「ザフィーリにヴェルトとガゼット、三人に伝えてくれ。われわれは、予想よりずっと重大な脅威と向かい合うことになりそうだ。どの程度の攻撃を受けるか判断するために、町の防衛の実態を調べるように、と」

 「いってくるにゃん!」

 それは自分の仕事、とばかりにリンセルがすっ飛んでいく。

 「・・・失態です」

 「ん? ああ、すまない。僕がいい気になりすぎたせいだ」

 エレヴァの言葉に、鈍器で殴られたような衝撃を受けながらも、僕は頭を下げた。事実、これは僕の浅墓さが招いた失態だ。

 「いえ、ライムジーア様のではなく、シアのです。こういったことを先に確認して警告してこその潜入ですのに、何の警告も寄越してきていません」

 「それは・・・」

 警告しようにもできない状態だからだろう、そう言いかけて口を閉じた。

 その状態、の中には発見されて殺された、も入る。

 なん分か、沈黙が続いた。

 「ライムジーア様、獣人族の斥候が街に威力偵察に行きました。町は完全に要塞化されていて、頑強な防御陣を布いて待ち構えているそうです」

 ザフィーリが駆け戻ってきて報告した。

リンセルもいる。

 ザフィーリが戻ってこれるということは、どうやら最前線にはヴェルトとガゼットの獣人軍がいて、ザフィーリと部下たちが率いる市民兵は中衛から後ろにいるようだ。

 「くっ、やっぱりか」

 引き上げるか?

 撤退、の言葉が脳裏にちらついた。

 「ここは―――」

 「にゃあ!? 後ろにも敵にゃあ!」

 一度撤退しよう、そう言いかけた言葉が掻き消された。

 リンセルが、板壁の向こうを指差して叫んだからだ。

 後ろを振り返る。

 松明の明かりが見えた。こちらと同数か多いくらいだ。

 してやられた。

 完全に罠にはめられた。

 こちらの作戦が何らかの形で敵に筒抜けだったようだ。そうでなければこんな動きができるわけない。

 ・・・いったいどうして?

 原因を究明したくなるが、頭を振って切り替えた。

 起きてしまったことを考えるのはあとだ、これから起きることに集中しよう。

 「・・・どうやら、敵に首を切られるか、自分で墓穴掘って潜り込むか、だな」

 「どっちにしても死ぬってこと?」

 「神にも悪魔にも見放されたのなら、自力で何とかするしかないって話さ」

 そう、撤退も不可能となったのなら愚痴っても仕方がない。

 自分で道を切り開くまで。

 つまり・・・。

 「総攻撃をかけるぞ。一点集中攻撃だ」

 「はっ! 包囲を強行突破して―――」

 「違う」

 気合を入れようとしたザフィーリに向かって手をひらひらさせて止める。

 「攻撃するのは向うだ」

 町の中心を、僕は指差した。

 ザフィーリが息を呑んだ、

 「正気?」

 サティオが聞いてくる。この期に及んで、まだ甘ったるい口調を改めていない。

 「いたって論理的な選択ですよ。後ろの敵を破ったところで逃げる先は巨岩地帯、次々に追いつかれて終わりです。前に進んで、防御陣を突破できれば、敵の陣地を占拠して何とか戦える可能性を手に入れられる」

 生き延びたいなら、選択肢は一つだ。

 「ザフィーリ、明かりだ。敵の正面に薪を積み上げて明るくしろ。そして、市民兵を率いて攻勢にかかれ、狭い範囲に的を絞って波状攻撃するんだ」

 「承知!」

 短く答えて、ザフィーリが走っていく。

 「リンセル、ヴェルトとガゼットに伝令だ。いいか―――」

 リンセルを手招いて僕は、ちょっとした作戦を授けた。

 「―――わかったか?」

 作戦を伝え終えて、確認を取る。

 リンセルが顔を輝かせてうなずいた。

 「任せるにゃん。一族の誇りになる働きをしてみせるにゃん!」

 目がキランッと光った。

 リンセルも走り去っていった。

 「エレヴァ、君にも前戦に出てもらうよ」

 「そうだろうと思いました。失地挽回させていただきますわね」

 ふわり、と微笑んで、エレヴァも消えた。

 残ったのは僕とサティオだけだ。

 「こういうとき。文官ってつまらないわね」

 「サティオまでいなくなると、僕がさみしいからいいんじゃないかな?」

 「あら・・・退屈しのぎに『なに』をしたいのかなぁ?」

 クスクス笑って、サティオは僕にのしかかってきた。



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