マリーゼ
「次はどうしますんで?」
ランドリークが聞いてくる。
その答えを僕はさっきから考えていた。
「さっきの戦闘で叩き潰した敵の、本拠地を攻め落とすってのはどうかな?」
提案と確認を込めて口にしてみる。ザフィーリに顔を向けた。
エスクラーヴェから情報を聞き出す役目は彼女の担当だ。その情報には当然、どこから来たのか。そこがどこなのか。他にも敵がいるのか。も含まれる。
「いいかもしれません。聞いたところ、先ほどの船団が主力なのは間違いないそうです。残っている人間はそのほとんどがエスクラーヴェ。本拠地は戦闘艦で半日、輸送船を連れてだとまる一日半の距離にあるようですし、案内できると言っています」
獲物を見つけた猫の顔で、ザフィーリが笑みを浮かべる。
ヴェルトとガゼット、リンセルが全く同じ顔で笑い、アストトが胃の痛そうな顔で髪を掻きまわした。
すぐに移動ということになると、物資や人材の編成は彼一人でやらなくてはならない。
今現在、ライムジーアの陣営にいる文官はアストトの他にはサティオがいるだけで、しかも彼女はその手の仕事をしようという様子がないのだ。
「よし。それなら、本拠地襲撃はガレー船のみで行う。輸送船と曳舟はあとから追いかけさせよう。案内ができる者を何人か残すようにしてくれ」
「そうですね。攻撃は迅速なのがいいです。輸送船を連れていては動きが制約されてしまいます。案内役を用意します」
すかさず賛成してくれたのはザフィーリだ。
「ではザフィーリ、ヴェルト、ガゼット、出撃用意だ!」
「はっ!」
「おおっ・・・ニィ!」
「にゃるにゃあ!!」
やる気満々、準備のためにすっ飛んでいく三人を見送り、僕はランドリークとアストトに視線を向けた。
「僕たちはすぐに出撃する。輸送船団の指揮はランドリークとアストトに任せよう。物資の積み込みが終了次第、ここを離れてくれ。まだ大丈夫とは思うが、大公に見つかりたくはない」
「承知ですじゃよ、坊ちゃん」
「坊ちゃん?! あ、いえ・・・わかりました」
ガレー船二十二隻が、差渡し600メートルもある大河に流れ込む、細い・・・といっても200はある・・・支流を進んだ先に大きな湖に出た。水に流されやすい地層でもあったのか、年月の経過で陸が削られ、そのぶん水がたまる形状になったもののようだ。
全船が隊形を保つことのできる最大船速で進んでいる。
「敵船が数隻見えます。商船を改造した船ですね。戦闘員も略奪品も運べる中型船です」
旗艦にしたガレー船『桐壺』――ここまでくる間に名前を考えていた。――の艦長を兼任するザフィーリが報告してくる。隣に薄汚れたおっさんが立っているのは、彼女に敵の情報を教えている案内人だからだ。
案内人でもいなければ、陸戦が専門の彼女にいきなり船長なんてできるわけがない。
いずれ、時間と人的資源に余裕ができたら、正式に水軍を設立して船長はすべて若い女性にするつもりだ。
『桐壺』という名は、気まぐれでつけたわけではない。
報告を受けて、目を向ける。
大航海時代ならキャラベルというところだろう、そんな交易船が三隻見えた。
戦闘のための船ではない。
ライムジーアの緊張していた顔が緩んだ。
もしかしたら、敵の主力は別にいて、狼の口の中に頭を突っ込むような愚を犯しているのではないかと疑っていたのだ。
だが、そうではないらしい。
目に見える範囲では、大した脅威はない。
「逃げ始めたようです」
ザフィーリが残念そうな口調で報告した。
ライムジーアにも見えている。
三隻のキャラベルはこちらの船団が向かおうとしている一点を目指すような角度で、奥へ向かい始めていた。
ライムジーアはうなずき、怪訝そうな顔になった。
なにかがおかしい、そんな顔だ。
違和感があるのに、その理由がわからない。
そんな顔。
目の前には障害物ひとつない滑らかな水面が広がっていて、味方の船団は敵に向かって進んでいる。
まだはっきりしないが、このまま進めばじきに敵の本拠地が見えてくるだろう。
なにも問題はないはず。
・・・なんだろう?
水面を見続けること数秒、湖を囲む陸地にも目を向ける。
・・・・・・。
僕は頭を振って不意に浮かんだ可能性を否定した。
そんなばかな。
ありえない。
でも・・・もしそうだったら?
「全船、ただちに針路を左右に広がるように変更しろ! まっすぐ進んではならない!」
前世と現世を足しても、出したことがないほどの大声で叫んだ。
その声は、すぐに鐘の音という形で伝わっていく。
通信装置などないこの世界では、こうやって命令を伝えるのだそうだ。叩き方を微妙に変えるらしいが、それぞれの音が何を現すのか、僕には覚え切れそうにない。
わかるのは、この方法だとこちらが何をしようとしているかが敵にもまるわかりということだ。
いや、それは今はいい。
「ライムジーア様?」
ザフィーリが不思議そうな顔で小首を傾げた。
いつもは凛々しい女騎士なのに、こんな仕草をすると抱きしめたくなるくらいかわいいから困る。
いや、それも今はいい。
船団は、この『桐壺』を中心において艦隊を組む。
つまり、僕たちが真ん中、それも先頭だ。
ということは・・・。
「全員、耐衝撃姿勢だ!」
ザフィーリの顔に向かって怒鳴る。
唾が飛んだかもしれない。
もちろん、唾が顔にかかったとしても彼女はそんな素振りを見せず、ともかく命令に従おうと動いた。
説明している暇は多分ない。
「後続の船にも伝えろ!」
僕は再び大声を出した。
「耐衝撃姿勢?」
今度はすぐ横から不思議そうな声が上がる。
長い銀髪を掻き上げて、サティオが僕を見つめていた。
吸い込まれそうな瞳、思わず顔を寄せたくなるが堪える。
「とにかく、何でもいいから船に固定されてる頑丈なものにしがみつけ!」
後ろを振り返り、美人の親子と猫にも怒鳴った。
「急げ!」
命令は前世でも見たことがある伝声管で船内各所に伝えられる。
といっても、単純なつくりのガレー船だから何層にも分かれた船室とかは存在しないが。
間に合うか?
自分自身、船体の柱に飛びつきながら祈るような思いだ。
直後。
予想は最悪なことに的中した。
船がバウンドしている。
船底に何かがぶつかった・・・いや、なにかに船が乗り上げた。
前世での旅行を思い出す。
とある湖のことだ。
火山湖のその湖は深い水深と、水面下ギリギリに存在する山という浅瀬が特徴だった。
ここもきっと、そういう場所なのだ。
砂が流されてできたのではなく、火山の噴火で吹き飛ばされたか沈み込んだかしたところに、水が溜まってできた湖。
しかもその下ではいまだ火山が活動中というわけだ。
知らずに突っ込んできた船は、軒並み座礁する。
天然の罠だ。
ここを本拠地にしているという海賊には最大の防壁だろう。
船体が大きく跳ね上がった。
舌を噛みそうになって慌てて歯を食いしばる。
衝撃はその後も数回続いた。
そのたびに、船の速度は落ち、衝撃も和らいでいく。
「状況報告!」
怒鳴っても舌を噛まずにすむくらいまで衝撃と揺れが弱くなったところで報告を求めた。
「本船は座礁しました! 船底に亀裂! 後方の二隻も座礁しましたが、かろうじて船体は無事なようです。他は無傷で再度集結しようというところです」
僕がしがみつくのに必死なあいだも、ザフィーリは周囲の状況に目を向けていたようだ。
即座に報告が来た。
他の船は避けることができたらしい。
ならば!
「作戦を続行! 船団の指揮はロロホルに任せる。敵に防御の時間を与えてはならない」
作戦の概要は各幹部に伝えてある。
必要とは思わなかったが、万一にも旗艦が指揮をとれなくなったときに誰が指揮を引き継ぐかの指示もしてあった。
指示が鐘の音で伝えられ、船団が隊形を取り直しつつ移動していく。
旗艦『桐壺』と後続二隻が残された。
エスクラーヴェの漕ぎ手たちが、外に出て船を座礁から救おうとしている声が聞こえている。船底の亀裂を補強する音も。
それらの作業が終わるのを、今は待つしかない。
「『万全な時こそ穴がある』か。そのとおりだな」
前世の友人の口癖が、口に出た。
くどいとも思ったし、うざいとも思っていたが、世界を股にかけてすら通用する真理だったようだ。
「あのまま前進し続けていたら、全滅していたかもしれないわね?」
いつのまにかサティオが僕の隣にいた。
この人はいつもそうだが、距離感がおかしい。
腕が完全に触れ合っている。
「なぜ気付いたの? 岩礁があるなんて」
岩礁か、そうともいえるな。
「神からの啓示ではありませんよ」
この人が何を期待しているかが分かった。
釘を刺しておこう。
だけど、この人にはスカイツリー並みに太くてでかい針を刺しても無駄な気がする。
「では、英雄の勘、ね」
「英雄ではないと何度も言ったはずですけど」
神話好きなのはいいが、人のことを勝手にその登場人物にしないでほしい。
「ライムジーア様。お茶を淹れてきました」
まだ何か言いたそうにしたサティオと僕の間を割るようにして、エレヴァがお盆に載せた茶碗を差し出してきた。
茶碗からは湯気が立っている。
「ありがとう。でも・・・船の上にお湯を沸かせる場所なんてあったのか?」
茶碗を取って一口飲みながら聞いてみる。
「主が求めるなら、水の中でだって湯を沸かすのがメイドというものですわ」
んな無茶な。
と思うが、言ったからにはやりそうだ。
僕なんかより、この人の方がよっぽど謎だと思う。
「航行可能になったそうだにゃん。指示をどうぞにゃん」
伝言係を引き受けてくれたリンセルが報告してきた。足元がどんなに散らかっていても揺れていても、へっちゃらで歩けるらしい。
「後続の輸送船団への警告のため、一隻はここに残す。もう一隻と本艦は、ガレー船団を追う。ザフィーリにそう伝えてくれ」
「わかったにゃん」
尻尾をクルンッと回して、リンセルが走っていった。
さて、本拠地制圧はうまくいっただろうか?
うまくいっていた。
本拠地に残っていたのは、エスクラーヴェの他は雑用として使われていた別の人族と、貧乏くじを引かされて留守番していた海賊だったようだ。
攻撃的で、バカな海賊が数名抵抗した以外は、ほとんど無抵抗で降伏要求を受け入れたらしい。
船着き場に降り立つと、すぐにシャハラルが報告してくれた。
本拠地のほうはロロホルが潜んでいる敵がいないか慎重に確認をしている最中で、ヴェルトとガゼットは施設警備と、捕らえたエスクラーヴェ、海賊、その他の監視に当たっている。
「彼女が、上陸に際して協力してくれました。海賊に捕らえられ、働かされていたそうです」
シャハラルが紹介してくれたのは綺麗な赤毛を肩口で切りそろえた女性だった。肌は赤銅色で、目は琥珀色だ。
くっきりとした目鼻立ちで、情熱的でエキゾチック。
見た目が特徴的なので、彼女の正体は一目でわかった。
「ヌットゥリーアか」
ヌットゥリーア。水辺を生活の場とする民族だ。エスクラーヴェのように特定の国や領土を持たず、ほとんどが船や筏状の住居に住む水上生活者だ。船乗りが大半だが、灯台守や、海上の監視員もこの世界ではヌットゥリーアの役目になる。
「ええ。ヌットゥリーアのマリーゼ・ネロマンです。きっと皇子様の役に立てると思います」
もうこちらのことも聞いたらしい。
「僕の味方になっていいのかな? 絶対に苦労すると思うけど?」
問い掛けながら、思わず胸に目が行ったのは本能だ。
仕方がない。
気が付いたらしく、わざと胸を突き出してきたので「セクハラですっ」と叫ぶような女ではなさそうだ。
まぁ、セクハラの概念自体ないだろうけど。
「ヌットゥリーアは自由の民よ。風と波に揺られてどこにでも行く。こんなところに閉じ込められるのも、永遠に足を地につけて生きるのもごめんだわ。皇子様が、あたしに船の上で生きて、死ぬことを許してくれるなら。存分に働いてみせるけど?」
キッチリ条件を突き付けてきた。
こんなところに閉じ込めたのは海賊。永遠に足を地につけて生きることを強要したのは皇帝だろう。
どちらにももう従いたくない。だから僕に付く、と。
そういうことなら話は早い。
「君は今から旗艦の艦長だ。水軍全体についても責任を負うものとする」
「アイ・アイ・サー!」
にやり、と笑ってマリーゼは拳を突き上げた。
僕も気が付くと笑みを浮かべていた。
安堵感のためだ。
これで、ようやく陸水両方の軍の統括者を揃えられた。
おそろしく脆弱だが、陸戦の専門家に船の運航を託すよりははるかにましな状態になったと思いたい。
「じゃ、初仕事。あの小船団を撃破するよ。できれば、味方に引き入れるか、最悪でも船は手に入れたい」
到着してすぐに見かけたキャラベル三隻に、スループ四隻が加わった小船団を指差す。
「よろこんで」
マリーゼは三日ぶりにガゼルを見つけたヒョウのような顔で笑った。
三十分後。
再び戦闘員を載せた二十一隻のガレー船が動き始めた。
旗艦『桐壺』の船底亀裂も応急修理が済んでいる。
「我々は、この水域内の支配権を掌握しました。我々の支配を受け入れ、服従を誓いなさい。役に立つものの参加は歓迎します」
女の細い咽喉から出たとは思えない声量で、降伏勧告がなされた。
これなら、向こうの船団にも届いただろう。
届かなかったとしても、マリーゼの言葉は鐘の音と旗の合図でも送っている。
これも大きな進展だ。つい一時間前までは鐘の音しかなかったし、鳴らす方も聞く方も音の意味を理解しているかと言えば、あやふやな記憶が頼りだった。
それが、ちゃんとした手旗信号でより正確に多くの情報を知らせ合えるようになった。
これならば、向こうに話を聞く意思がありさえすれば、こちらの言いたいことを容易に知ることができるはずだ。
「演説が感動的すぎたんじゃないかしら? 降伏のしるしを上げ忘れたまま抱きしめに来ているわよ」
サティオが間延びした口調で指摘してきた。
小船団が、こちらに向かって移動し始めたのだ。
「感涙にむせぶ乙女の抱擁は受け止めるのが礼儀だけど・・・」
ライムジーアは頭を横に数回振った。
「残念ながら、あれは乙女ではないし、感激したわけでもなさそうです」
マリーゼが平坦な声で言って、肩を上げ下げした。
僕も不本意ながらうなずいた。
「彼らの狙いは、この旗艦を破壊して君を殺すか捕らえることで起死回生を図ろうということのようだ」
「追いかけなくていいのは楽ですね。子供のころから鬼ごっこは嫌いでした」
「疲れるから?」
「足を使って走らないといけないからです」
なるほど。
「・・・水の中なら?」
「嫌いではありませんが、退屈なのでやりたくないですね。あたしに追いつける鬼はいませんし、あたしから逃げられる者もいませんから」
なるほど。
度胸があるし、ユーモアもある。
なにより美人だ。
これはいい人材が手に入ったと喜んでよさそうだ。
敵の小船団がさらに接近してくる。
甲板に立つ戦闘員の顔まで見える距離だ。
「右側は前進、左側は後退」
指示が飛んだ。
旗艦の漕ぎ手に対して、右側は普通に漕げ、左側は逆方向に漕げ。
そういう指示だ。
結果、船は小さな円を描いて反時計回りに回った。
前方、舳先すれすれを敵船、キャラベルの一隻が通過した。
と、同時に回転に巻き込まれたスループの二隻が、無理な回頭をしようとして大きく傾いだ。戦闘準備をしていた戦闘員が水面に投げ出されている。
『桐壺』が反時計回りに反回転して、向きを真逆に変えた。
直後、キャラベルの一隻が左舷を衝突スレスレで通り過ぎていこうとする。
「フファル、リンセル、行け!」
「待ってました!」
「任せるにゃん!」
二人が嬉々として跳んでいく。
もちろん、二人だけで行かせたりはしない。
後ろに十五人の獣人が付いて行った。身体能力の高さから不安定な船の上でも、獣人は陸の上と変わらずに戦える。
「全速前進!」
マリーゼの命令、漕ぎ手たちが一斉に漕ぎ始める。
さっきすれ違ったキャラベルが速度を落としていた。
このまま突き進んで逃げようか、反転して再び攻撃するか、で迷ったようだ。
そのせいだろう。
追いつかれたというのに、やってて当然の防戦準備ができていない。
『桐壺』の右舷が、敵船の左舷に急速に接近した。
「ザフィーリ、頼む」
「はいっ!」
今度もまた、ザフィーリと十五人の獣人が敵船に飛び乗った。
「面舵いっぱい」
全速で前進しながら『桐壺』は右に大きな弧を描いて曲がり始めた。
そこに、スループの一隻がいた。
全力で逃げようとしていたらしい。
針路を突然塞がれ、慌てて方向転換しようとして、これまた乗せている戦闘員をロデオの馬のように放り出した。
弧を描いて回った『桐壺』の真正面に、キャラベルの最後の一隻がいた。スループの生き残り一隻と、停戦したままだ。
「降伏を申し入れてきています」
船上で振られる旗を見て、マリーゼが大きく息を吐いた。
「武装解除して、船着き場に移動するように伝えて」
通信係に一言言って、マリーゼは全体に目を向けた。
キャラベルの二隻は抵抗者を一掃され、すでに船着き場に向かっている。スループ三隻は、戦闘員の大半を船から投げ出してしまっていて周囲をガレー船に囲まれている。
脅威となりそうな要素は見当たらない。
「終わったようです」
僕に顔を向けて、肩をすくめた。
軽く運動をした、そんな顔だ。
頼もしい。




