収容所
強制収容所『北』という捻りもなにもない収容所を見つけたのは、クラテラタンの街を出て四日後のことだった。
ごく当たり前の顔で騎馬と馬車に分乗しての移動だ。
何度か荷車を引いた馬車とすれ違い、騎馬に追い抜かれながら街道を二日進み、途中で街道を逸れてなにもない道を進んだ。
一行の人数は80名ほどになっている。
ザフィーリの部下たちが集結し始めていた。周辺に散っていたのを呼び集め始めたのだ。もう周辺の情報収集とかはいいだろう。
獣人たちの方が得意そうでもあるし。
後方にはヴィルトとガゼットの1300もいるのだから。
そして一日半。
問題の強制収容所が目の前に現れた。
収容所は谷間に建てられている。
おかげで上から見下ろす形で、その全体を見ることができた。
「なるほど」
・・・強制収容所が必要だったわけだ。
僕は一目見て納得した。
そこには大きな溶鉱炉があった。
クラテラタンの街で採掘した鉄鉱石を製錬する工場が建っている。
大きな溶鉱炉があり、大勢の裸の男たちがたたらを踏んで空気を送り込んでいるのだ。
獣人族が多いようだが、人間族もいた。
獣人も人間もなく、女たちもたたらを踏んでいる。
多分、昼夜を問わず動かし続けているのだろう。鉄鉱石のある限り。
そして、なぜ四日も離れたところにこれがあるかと言えば、すぐそばに森があった。火を起こすのに木材が必要だったのだ。
燃料を運ぶか、鉄を運ぶかを秤にかけた結果、鉄を運んでくる方がいいという結論に達したのだ。たぶん、近くに川があるのもその理由の一つのはずだ。
鉄の精製には水も必要だから。
「たぶん、この下流にも収容所があるんだろうね」
川は水運にも使える。
特にこの世界のなら。
前世日本の河を「流れている」と表現するのなら、この世界の河は「溜まっている」と言わなくてはならない。
それだけ流れが緩やかなのだ。
前世日本ではかつて、外国から治水の専門家を招いて洪水防止をしようとしたのだが「治水の仕方も知らんのか」とバカにしていた専門家は洪水対策を任された河を見て頭を抱えたとか聞いたことがある。「これは河ではない。滝だ」と。
僕にしてみれば「これは河じゃない。湖だ」だ。
差渡し600メートルはありそうな広大な川が流れている。
その大河に繋がる支流のそばに、その収容所は建っていた。
流れがほとんどない川は、上流から下流に船を動かすのに川の流れを利用できない半面、下流から上流に動かす場合でも苦労しなくていい。
天然の水路として、使用できるのだ。
ここで作ったものを船で下流に運び、どこかで金属加工が行われて、売るか蓄えるかするのだろう。
「よくおわかりで」
「単純な推測だよ」
アストトの感嘆に素っ気なく答えて、僕は強制収容所の全体をくまなく観察した。
どこをどう攻めるか。
収容所と溶鉱炉、大きな建物が並んでいる。
奥にあるのが収容所だろう。
寝るのと飯を食うのとができる最低限の設備しかなさそうだが。
700人はいそうだ。
周囲は木塀で囲われていて、歪な四角形の各角四カ所に見張り台。四隅と中央五カ所に見張りの詰め所がある。塀の外には見張り用のすこしまともそうな小屋も建っていた。
ざっと見回して30人。交代要員とかも含めると100人ぐらいだろうか。
「・・・失敗したな。大公を人質にして交渉すれば簡単だったんじゃないか?」
実は、あまりにも簡単に捕らえることができたので大公本人ではなく、執事とか管理人とかなのではないかと疑っていたのだが、シアが捕らえた老人は間違いなく大公だった。
アストトが証言している。
それでも、わずかながら影武者だったのではないだろうかという考えを、僕は捨てられていないが。
「最初はそうでしょうけど、すぐに追っ手を差し向けられますよ。あそこに残してきたから、獣人たちの一団に注意を向かせることができているんですから」
そう、アストトの言うとおりだ。大公をわざと生きたまま放置し、フェルォルトに向かう獣人たちには少なくとも数日間は無理に痕跡を消さないよう言って送り出した。
今ごろは救出された大公が獣人たちを追跡し始めていて、獣人たちは自分たちの痕跡を慎重に消して移動を続けているはずだ。
ここに大公を連れて来ていれば、ここの収容所は確実に無傷で手に入るが、代わりに、明日にでも大公の私兵に取り囲まれていただろう。
「うまくいかないな」
「どうしますか? 木塀があるようですが、あれは中から外へ逃げるのを防ぐためのもので外からの攻撃は想定されていません。攻め落とすのなら楽勝です」
ザフィーリが頼もしいことを言ってくれる。
「そうだろうな」
僕もその判断には賛成だ。
力攻めで落すのは簡単だと思える。
向こうは内乱の可能性は考えていても、外からの急襲にはまるっきり無防備だ。
たとえば、夜になるのを待ってまず外の小屋を制圧する。そして、交代のタイミングで各詰め所、各見張り所を落す。
たいした危険もなく勝利するだろう。
「だけど、気になることがあるんだ」
「気になること、ですか?」
見張りをしている者たちの装備と行動に、僕は違和感を覚えた。
「普通さ、こういうところで奴隷のごとく働かせている場合。怒声や罵声の一つぐらいありそうなのに、そう言うのが見られないだろ?」
「言われて見れば・・・かなり静かですね」
「そして見張りが持っている武器の質だ。なんというか、どこかの戦場から拾ってきました、というようなものを使っているだろ?」
小屋も粗末すぎるし、労働者たちに対して自分たちの優位性を押し付けようとしているような感じも全くない。
どこかやる気なさげにフラフラしているだけだ。
仕事に対する意欲が全く見られない。
「つまり?」
フファルが焦れたように聞いてくる。
「彼等もまた、無理やり働かされているんじゃないかな、と思ってね」
アストトによれば、この下流域にも収容所があるという話だ。
たとえばAという収容所から連れて来た人間にBの収容所を見張らせる。Bから連れて行った者にCを。CのものにAを。こうすれば見張りをさせるために兵士を雇わなくても見張りをする人員を確保できる。
元々いた収容所にいる親子兄弟姉妹を人質に取っているわけだ。
なにかへまをしたら、家族を殺すぞと脅されている。としたら?
彼等のいた収容所の者たちも救出すると約束して取引ができないだろうか?
見張りもまた収容所の――別のであれ――人間ならば大公への忠誠心なんてないのではないだろうか?
だが、こちらの期待通りの低い忠誠心ならばいいが、万が一にも忠誠心が一定程度あったり、指揮官が融通の利かない頑固な人間だったり、悪い方にしか物事を考えられないような精神状態だったりすれば、みすみす奇襲の機会を捨てる結果になって全面的な戦いになるかもしれない。
「賭けだな。でも、やってみる価値はあるんじゃないか?」
「そうですね・・・確かに価値はあるでしょう。問題はそれを誰が実行するか、ですね」
ザフィーリが言いたいことは、自分がやるわけにはいかない。ということだ。
なぜなら、目下僕の指揮下にある兵というのはすべてザフィーリの部下だからだ。いざ戦闘、となったとき。隊長のザフィーリが敵の手元にいるというのは問題がありすぎる。
僕が行くというのもだめだ。
僕の身柄という起死回生のチャンスを目の前にすれば、『先の』宰相閣下と『産まれてきちゃった皇子』を天秤にかけて『先の』宰相閣下を選ぶ確率がわずかではあるが上がる。
餌をちらつかせて誘うつもりが、腕ごと喰われるなんてことになりかねない。
となると・・・。
「私でしょうね、この面子なら」
ふわっと長い銀髪を掻き上げてサティオが前に出た。細長い耳をあえて髪から突き出させている。
エルフは公正にして公平、論理的。との評判が定着している種族だ。
交渉人を任せるなら最適の人選だろう。
いつものあの性格のことさえ頭になければ、ライムジーアも初めから彼女を指名していたはずだ。
「頼めるか?」
「もちろんよ、私の皇子様」
本気ともおふざけともとれる声音でそう言って、サティオは歩き出した。
自分の肩を僕の肩にこすりつけるようにして当てて。
甘い匂いが鼻腔をくすぐり、体温を感じる。
そのうえ、視線をねっとりと絡ませていった。
無駄に官能的な態度が、不安と情欲を煽ってくる。
・・・困ったものだ。
「交渉が決裂したら、間髪入れずに攻め込む。用意して」
「はっ!」
「任せて」
「はいにゃん」
ザフィーリが部下たちに配置を指示に走り、フファルが軽く体を動かしながら手近な詰め所をターゲットと狙いを定め、リンセルは小屋の窓に目を向けた。
まんいち、サティオが失敗したらリンセルが救助のため小屋に突入、ロロホルとザフィーリの部下数人が押し入る。フファルは小屋に近い詰め所を急襲して叩き、ザフィーリとシャハラル、ザフィーリの部下たちが順次各詰め所に押し入る。
その用意が、手早く整えられた。
僕の警護はエレヴァとシアが担当。
アストトは荷物の見張り番、といったところだ。
準備万端整えて待つ。
結果として、準備は完全に無駄だった。
三十分ほどたったところで、小屋の中からサティオが出てきた。後ろからは武装を解除した者たちが付いてくる。
説得は成功したらしい。
「ご覧のとおりです。皇子様とともに逃亡生活を送るのも苦じゃないそうよ。ただ、彼等は味方するに際して一つだけ条件を付けて来てるわ」
ここで死ぬまで働かされるよりは、まだ希望があるからな。
「条件?」
「少なくともあと二つ、収容所を解放してくれること。彼等の話によると、そこの川沿いに金属加工の作業場が二つあるんですって。皇子様が予想したように、彼等はその二つに人質がいるそうなの」
まぁ、そんなところだろう。
予想できたことだ。
「もとよりそのつもりだった。君たちにも協力してもらいたいが、いいかな?」
サティオの後ろに並んでいる者たちに顔を向けて問い掛けると、決意を宿した視線を返してきて重々しく頷いて見せた。
「ただ、その前に問題がある」
見張りをさせられていた者たちの中の一人が、収容所を振り向いて声を潜めた。
「どんな問題だ?」
「『目』がいる。大公に雇われて俺たちを監視している人間だ。各見張り所に一人ずついる。あと、毎晩見回りがどこからか来て、『目』の報告を聞いていくのと『目』も交代する。こいつらを何とかしないと、状況がすぐさま他の収容所に知らされてしまう」
あー、やっぱり収容所の人間だけで済ませるほど間抜けではないか。24時間体制での監視もできなくなるし。
だが、四カ所に一人ずついるという『目』なら問題にはならない、と思う。
「ザフィーリ、部下たちに命じてその毎晩来る見回りというのの居場所を調べろ」
「はい! ・・・!?」
命令を受諾したザフィーリが怪訝な顔を横に向けた。
ザフィーリが敬礼しようとしたのを、リンセルの手が止めている。
「待つにゃん! 山や森での探索なら、ミャーたち獣人の方が得意だにゃん。任せるのにゃん」
ああ、なるほど。
それはそうかもしれない。
「よし。リンセル、ヴィルトたちと連絡を取って大公の手の者を補足殲滅しろ」
強制収容所の管理を任せられているものは、大公の信任を得ているものと予想できる。信頼はされていなくても、商売上の信用は得ているはずだ。
僕とは相容れない人間。
リスクを冒してまで、助けるものではない。
後顧の憂いを立つためにも、殲滅が最適解の選択だ。
「わかったにゃん。任せとくにゃん」
ぽんっと胸を叩いて、ピューっと走っていった。
「ザフィーリ。中の『目』を頼む。絶対に逃がすなよ」
「はい!」
ロロホルとシャハラル以下80名を率いて、収容所へと駆けこんでいった。
見張りだった者たちも慌てて後を追う。
事情を知らない者たちが混乱して、暴れ出すのを抑えなくてはならない。
「まぁ、収容所の制圧は問題なく片付くだろう」
「そうでしょうね。内部での暴動は予想していても、外からの攻撃なんて考慮していないでしょうから」
アストトがなにか感慨深げにうなずいた。
「そのあとのことについてだが、ここで精製された鉄はどうするんだ? いや、つまり、通常だと、という意味だけどね」
「あの建物の奥に、積み荷用の船があります」
居住用の建物を指差してアストト。
「確か、輸送船が五隻と曳舟が二十五隻用意されていたはずです。それで運びます。運び込みは常に正午と決まっています」
「・・・目撃者に、昼日中から後ろめたいことはしないだろう、そう思ってもらえるようにか?」
もしそうなら、大公にもまだ少しばかりの人間味が残っているということだが・・・。
「いいえ。労働者が馬鹿な真似をしてもすぐに気付けるようにです」
「そうか」
人間味なんてあるわけないか。
「五隻か・・・荷が鉄だからな」
容積は有り余るが、積載可能重量の限界で運べる量は少なくなる。
五隻くらいないと一日の生産に足りないのだろう。
「そのぐらい加工所もでかいってことだな。その船だけど、人間に換算すると、目いっぱい積むとして何人乗せられる?」
「そうですね・・・人をということですと、輸送船一隻に250といったところでしょう。曳舟と合わせて・・・1700というところではないかと思いますね。もちろん、ぎゅうぎゅうに・・・それこそ荷物として詰め込むなら3000から4000ぐらいまでは詰め込めるかもしれませんが」
3000か。
ヴィルトたちが1300、ザフィーリの部下が80、収容所の人員が800。
で、約2200。
余裕をもって全員乗れる計算だ。
その余裕分に金と食料を詰め込めば、全員引き連れての移動も可能、と。
「ここから一番近い収容所だけど、環境はここと同じだろうか?」
「環境というのが施設や警備についてなら。そうです。私が知る限り、収容所はすべて同じです。大公は収容所の他に『基地』と呼ぶものもいくつか持っていて、重要な物や金はそこに集めます。私兵に厳重に守らせてです」
「ここから船で行くのに時間はどのくらいかかる?」
「正確にはわかりませんが、聞いた話ですと日が昇ってから船を出しても、正午には十分間に合うそうです」
なるほど。
なら話は早い。
今夜のうちに収容所の人員を掌握。船に乗せる段取りと運び出す荷物を選別して明日の朝に出発。向うに着いたら、ヴィルトたちとともに一気に制圧、占拠する。
「収容所の制圧、完了です」
ザフィーリが駆けてきた。
やはり楽勝だったらしい。
収容所の内部は意外に清潔だった。
散らかしたくても、散らかせるようなものがないせいだろう。
人員は、居住施設の食堂に集められていた。
途中、溶鉱炉のそばに『目』の死体が積まれていたが、気にしてはいられない。僕はすぐに目を逸らした。
居住施設に入っていくと「子供?」という呟きが聞こえた。
当然そうだろう。
こんなところに子供がいるはずはないのだから。
擦り切れ、何度も洗われただろう色あせた作業着の男たちの前に立つ。
好奇と不安の視線が集まるのを待って、口を開いた。
「皇帝陛下の一子。帝位継承権18位のライムジーア・エン・カイラドルだ。『先の』宰相アンセフォーア・ストロスターの暴虐に苦しめられていた君たちを解放した者の名だ。覚えておいてほしい」
名を名乗って、少し間を置いた。
絶対に、騒ぎ出すだろうと予想できたからだ。
「『産まれてきちゃった皇子』か?!」
「なんでこんなところに?!」
予想通り、人々の間から戸惑いの声が上がる。
「君たちも噂話として話題にしたことはあるはずだ。すなわち、僕がいずれ、皇妃かその息子たちの手によって殺されるだろうことを」
だてに街の中に溶け込んで商人を手伝ったりしていたわけではない。巷で僕のことがどんな言われ方をしているかなんて百も承知だ。
だから、これ以上の細かな説明は必要ないだろうと判断できる。
「噂はほぼ事実だと思ってくれていい。僕がいまも生きているのは、父帝が僕のことも自分の血を継いでいる子供として扱ってくれているからと、何より年端のいかない子供だからだ。だが、前者はともかく、後者はもう猶予がなくなりつつある。近く命を狙われるだろう。なので、城から逃げてきた」
ざわめきが最高潮に達して、不意にかき消えた。
しん、と静まり返る。
「逃げてきた目的は、僕の力になってくれる者を探し、集めるためだ」
再びざわめきが上がりそうになるのを、両手を前に出して手のひらを広げ、抑えた。
「もちろん、助けた恩をかざして君たちを僕のための兵士としようなどとは思っていない。そうなってほしいとは思っているが、強制はしない。ここで働くのが好きだという者、どこか身の置き所に心当たりのある者、僕になんか付き合えないという者は今のうちに立ち去ってくれ」
みなを見回しながらそう説いていく。
「僕とくるものには、想像を絶する苦難が待つだろう。だから勧めはしない。だが、もし帝国以外の新天地に希望を託そうという気がわずかにでもあるのなら。僕とともに来てほしい。僕たちで、国を作るんだ」
これでもう完全に反乱になるな。
そう気づいて、足が震えた。
それでも、後悔はない。
どのみち、こうする以外に僕が生き延びる術はないのだ。
いっそひと思いに謀殺か処刑を受け入れるか、どこかの僧院で60年か70年ものあいだ死刑宣告を待ちつつ窓の外の景色を眺めて生きるか、反乱を起こして自分の国を作るか。
限られた人生の選択肢から、僕は自由に生きる道を選んだのだから。
その結果が帝王でも、野垂れ死にでも、とにかく自分で選んだのだ。
「帝国以外の新天地、か」
「俺たちの国はもうない。帝国には家畜のように扱われた」
「もはや行き場はない」
ぽつり、ぽつり。
ライムジーアを前にした人々の口から呟きが漏れる。
「帝国以外の新天地・・・いいじゃないか。俺は乗るぞ」
「国造りか。ここで鉄作るよりはましな人生だろうよ」
「行き場がないなら、居場所を作ろうってことだな」
呟きが熱を帯びていくのが分った。
もう「自由になるのは死ぬ時だ」と考えていた人々に、反乱軍として追われる危険程度は笑い飛ばせるものだったのかもしれない。
「何から始める?!」
誰からともなく、ライムジーアに問い掛けた。
ライムジーアは静かにうなずいてから、口を開いた。
「まずは、大公の領内にあるすべての強制収容所を解放し、基地を破壊する。そのあとで、新たな国を作るべくフェルォルトに向かう!」
可能な限りの威厳と力を込めて宣言した。
前世では空気を読まなかった僕だが、ここはこうすべき時だろう。
「面白れぇ」
「やってやらぁ!」
勢い付けに手を突き上げながら、口々に歓声を上げている。
僕の判断は正しかったようだ。
ライムジーアによる帝国への反乱が、この時初めて正式に口にされた。
これが歴史に残る瞬間なのか、バカな皇子の処刑理由として記録されるだけのものなのかは、わからない。
それでも、なにかが始まったことは間違いない。
「片づけてきたにゃん」
収容所を放棄する準備に入ってすぐに、リンセルが戻ってきた。
報告を受けた時、ライムジーアと共にいたのはサティオとシアだけだった。
あとの幹部たちはそれぞれ自分がするべき仕事をこなしていた。
ランドリークとアストトは収容所内にある道具類の仕分け、エレヴァは食料関連の仕分けを担当。
フファルは収容所内に不穏な動きがないか見回っていて、ザフィーリは部下たちと人員のリスト制作を行っている。誰が、どんな能力を持っているかを聞き出しておくため、そしてまさかとは思いつつスパイが紛れ込んでいないかをチェックするためだ。
能力を聞き出しておくことは、こんな混成部隊ではとても重要な効果を持つ。
ライムジーアはそう考えていたし、ザフィーリは基本的にライムジーアの考えを否定することがなかった。
「どんな様子だった?」
「森の奥に別荘地があって、そこにいたのにゃん。何軒かあったにゃんが全部勝手に使っていたのにゃん。人数は50人くらいいたにゃん」
森の中の別荘地を接収して居座っていたわけか。
相当迷惑に思われていたことだろう。
街に居座っていた、よりは僕に都合がいいけど。
ライムジーアは軽く息を吐いた。
「別荘地を勝手に使っていたのなら、街の人間が異変に気が付くまで何日間かは時間を稼げそうだな」
街の人間とはあまり接点がないだろうから、なにかあった、と気が付くのに時間がかかる。異変に気が付いたとして、わざわざ自分から関わり合いになりたい者はいないだろう。
大公なり何なりに情報が行くのは数日から十数日後になる。
それだけあれば、ある程度は移動もできるし、準備もできる。
ちなみに、その50人の死体は別荘から運び出して、森の中に埋めたそうだ。別荘内の戦闘の後も綺麗に消してあるというから見事なものだ。
僕たちの存在を知らなければ、見張りの見張りをしていた者たちは自分の意志でどこかに消えた、そう思ってもらえるかもしれない。
・・・ありがたい。
「にいにゃんたちは、街に買い出しとか行っている奴もいるかもしれにゃいと言ってまだ張っているのにゃん」
「!・・・それはありえるな」
「にゃから、にいにゃんたちは明日の夜明けごろにここに来るにゃん」
さすがは種族として戦闘的と言われる者たちだ。一般人のはずなのに、考え方や行動はザフィーリたち軍人と比較しても遜色がない。
本当に・・・有り難い。
翌日までに、船の準備は整った。
ただ、アストトは一つ間違っていた。
船の数だ。
実際にあったのは、大型バスを四台くっつけたような輸送船五隻とそれを引っ張るための小型の船・・・二人乗りの小型車のような曳舟が二十八、そして・・・バス一台ぐらいの揚陸船。軍事目的でどこかに上陸作戦をするための戦闘艦三隻だった。
前世世界で言うなら、大航海時代にあったようなガレー船。
大人数の漕ぎ手が手漕ぎで動かす戦闘艦。
一応、輸送船にもガレー船にも帆は張ってあるのを確認した。
残念ながら、僕は航海用具の名前や使い方、理屈には多少の知識があるが、実物を見たり触れたりした経験がないので見ただけでは、能力がどの程度のものなのかさっぱりわからない。
ゲームや映画で見たり聞いたりした知識を掘り起こしてみて、やはり大航海時代、それも中期ぐらいの船の構造を持っている気はする。
「たぶん、他の収容所で反乱でも起きた時に使うつもりで置いてたんじゃないですかね」
アストトが出した答えが、おそらくは正しいのだろう。
ということはつまり。
「使えるな」
ライムジーアが呟くと、横に立っていたザフィーリがニヤリと笑みを浮かべた。
「これで一気に攻め込んで、落すわけですね!」
大きな戦いになる、その気配を感じているのだろう。頬を上気させて意気込んでいる。
「少し違う」
「違う? では・・・」
怪訝そうに首を傾げたザフィーリに直接は答えず、ライムジーアは主要メンバーを集めての作戦会議を開いた。
ランドリークとアストトが船の状態を確認し、人員の誰をどの船に乗せるか、どの物資を持っていくかを決めている間のことだ。
集められたのはザフィーリにサティオ、リンセル。ヴィルト、ガゼット。ロロホルとシャハラルだ。
「今回の・・・いや、違うな。収容所を攻めるうえで最も肝心なことは、目的が敵を倒すことではなく、敵を動けなくすることにあるという点だ」
「無駄に斬り合いをして、味方になるはずの人まで殺しては意味がない、ってことでしょう?」
他の者たち、とくにリンセルやヴィルトたちが戸惑い顔なのを見て、サティオが面白くなさそうながら計算された口調で言葉を返した。
それによってライムジーアが何を言わんとしているかが分かった者たちが、理解した顔でライムジーアの言葉に集中する。
「そうだ。だから理想としては、相手が戦いが始まると考えるより前の時点で戦いを始め、そうと気が付かないうちに勝つのが理想となる」
サティオに軽く頭を下げて、ライムジーアは説明を続けた。
説明が終わり、準備が済んだところで全員が仮眠をとる。
早朝、作戦ははじめられた。
戦いの始まりは正午。
普段と変わらない作業というように、二十五隻の曳舟に引かれた五隻の輸送艦が強制収容所『北東』へと接岸した。
すぐに、荷下ろしのために『北東』側の労働者が船に集まってくる。
輸送船に板が渡され、積み荷の荷下ろしが始まった。
日常の風景。
そう見えていただろう。
だが、その風景はすぐさま歪んだ。
三隻の戦闘艦が、真っ直ぐに『北東』へと突っ込んでくる。
川沿いに移動してきてということではなく。一度河の中央まで進んでから、収容所に直行するような角度で迫ったのだ。
「なんだ?」
監視者の『目』がそれに気が付き、不快気に眉を寄せる。
どう見ても、尋常なものではなかった。
そのまま体当たりしてきそうなスピードなのだ。
「まさか・・・襲撃?」
そんなバカな。
思わず呟いた独り言を頭を振って否定してみる。
だが、それ以外には考えられない。
『目』の視線が、襲撃を意図しているとしか見えない戦闘艦に向けられた。
視線が一点に集中したことになる。
その喉に、冷たい金属が突きつけられた。
「・・・な・・・に・・・?!」
驚愕する『目』。
その視線が、接近してくる戦闘艦から逸れ、別の船の様子が目に入った。
人の波が割れている。
輸送船から、自分までの動線上に道が作られていた。
自分に剣を突き付けている者は、そこを通ってきたのだ。
まるっきり、手品の手法だった。
日常の光景である輸送船を引き受けさせ、明らかに異常な戦闘艦を見せつける。
視線が戦闘艦に釘付けになったところで、輸送船内に忍ばせていた精鋭が一息で懐に飛び込んで無力化する。
ネタとしてはありふれた、それでいて効果絶大の『ひっかけ』だった。
「・・・ちっ・・・こんな子供だましに・・・・・・」
全てを理解した『目』は、乾いた笑い声を上げて・・・。
コトン。
意外なほど軽い音を立てて、倒れ落ちた。
笑い声を上げながら、反撃しようと試みて斬り捨てられたのだ。
斬り捨てたのは、ザフィーリだった。




