切り札
「採掘場があるのニィ」
集会場に入って席に着く。
奥の真ん中に大きめの椅子があって、その前に列席者が自分で椅子運んで座るシステムだ。全員が、それに倣う。
意地か何かで、シアが僕の分を運んでくれたのを除けばだ。
僕は自分で運んでもよかったのだが、シアが眼光鋭く見つめてきて自分の運んだ椅子に僕を引っ張ってきて座らせてくれたのだ。
「ニャーたちはそこで働かせる人足なのニィ。毎日毎日鉱石運びをさせられてるニィ」
「給金とかなしで、か?」
相応の給金を払っていたら、文句は言いづらいのだが。
「給金どころじゃないニィ。一族の半分は採掘場に軟禁されて働かされているのニィ。ニャーの弟とだってもう二十日以上逢えてニャーのニィ」
おおっと。
強制労働確定です。
それにしても、鉄鋼業が起こり始めている、という情報はずいぶんと好意的な見方に偏っていたようだ。
「リンセルが捕まったのは、弟を探しに採掘場に忍び込んだせいなのニィ。見つける前に捕まったと言ってるニィ」
横にチョコン、と座っているリンセルがコクコクと頷いた。
予想していた以上に深刻のようだ。
「そんなことになっているのに従わざるを得ない。強力な軍隊でも連れて来ているの?」
『先の』宰相とはいえ、そんな大勢の兵を引き連れては来ていないと思うのだけれど。
いや、『先の』宰相であればこそ、軍事力は持てないはずなのだ。他の国ならばいざ知らず、この帝国に於いて宰相とは『皇帝の代理機関の一つ』、に過ぎない。
軍部、司法部、財務部、外交部などと並ぶ1行政組織だ。
単独の強力な権力は有していない。
各部は他の行政機関を監査し、監査される存在。
権力の行使に自由裁量権がないし、なにかおかしな行動を起こせばたちどころに他の部から指摘されて地位の維持が困難になりかねない。
慎重の上にも慎重を期する必要があるはずだ。
強力な軍勢を率いることなど、できるわけがない。
「百人程度ニィ。ただ、最初に屋敷のミャイドにとか言われて若い女が何十人も屋敷に雇われたのニィ。現金収入になるって、みんな喜んでいたにゃのに。嘘っぱちだったニィ。屋敷に監禁されて人質になったニィよ」
なるほど。
誰かが下手なことをすれば人質の身が危ない。
そういう状況にして反抗を封じられたのか。
「そうしているうちニィ、採掘場に行った奴らも返してもらえなくなったニィ」
一方で人質を取り、もう一方では労働力であり戦力ともなる男たちをも捕らえ抵抗力を削ぎ落とす、と。
さすがは『先の』宰相閣下だ。
戦略にそつがない。
だが、相手を舐めすぎてはいないか?
わかりやすすぎるぞ。
「なら、やるべきことはハッキリしているな」
ヴィルトが目を丸くするのを、ちょっと面白いなと思いながら、僕は『やるべきこと』を説明し始めた。
自然に受け入れる部下たちと、驚愕の表情を浮かべるヴィルトたちの対比が・・・やはりちょっと面白い。
『先の』宰相閣下のお住まいは、採掘場が見下ろせる高台にあった。
周囲の風景との調和を見事に裏切るデザインの豪奢な屋敷だ。帝都に建てるなら相応と言えるが、こんな僻地に建てるようなものではない。
とはいえ、ある日突然金持ちになった成金のような邸宅とも違っていた。
全体はもちろん細かなところにまで、設計者と職人が持てる技術の粋を駆使して作り上げたとわかる、そんな重厚な気品がある。
単なる浪費家ではない、ということだ。
いくつかあるうちの一つ、と考えれば金をかけすぎているのは確実ではあるが。
金のかけ方は理解していると思っていい。
ただ破滅的なほどに、周囲との協調性は皆無だ。
その邸宅の中を首輪をされ、邸宅の壁に沿って取り付けられた鉄棒と鎖で繋がれたメイドたちが歩いている。
まるで、飼われている家畜が敷地内から出ないようにしつつも、敷地内では自由に動けるように。と作られた畜舎だ。
宝石や高価な絵で煌びやかに飾られた畜舎、そんなものがあるとすれば、これがまさにそうだろう。
もちろん、ただ歩いているわけではない。
掃除をしている。
これだけ飾り付けられた邸宅だ、常に綺麗にしておこうと思ったら四六時中掃除していなくてはならない。
彼女たちはそのための『自動掃除機だ』。
くるくる邸宅内を磨き上げる以外の価値を認められていない道具。
さいわいなのは、道具としか見られていないということで肉体的、精神的な虐待とは全く無縁だった。
服を脱がされて裸でいるわけでもない。
ちゃんと糊のきいたメイド服を与えられている。
ベッドに引きづり込まれることもあり得ない。
徹頭徹尾。
彼女たちは自動で動く、便利な掃除機だ。
たまに、エネルギーとして穀物を煮たものを摂取して、摂取しきれなかったものを邸宅の外に掘った穴に排出するところが、使用上不便ではあったが。
『先の』宰相アンセフォーア・ストロスターにとって、自分以外の人間は使用人か道具でしかない。
例外は皇帝と息子だけだ。
妻ですらも、後継者を作らせる機械でしかなかった。
「・・・ふぅ・・・・」
そんな彼の邸宅に、シアはいた。
周囲のメイドに完全に紛れ込んでいる。
城勤めのメイドとして城内運営システムの一部になる。完璧に個を排除して全体の中に埋没する技能が、彼女にはあった。
生まれた時からメイドとして教育された生粋のメイドならではだ。
「典型的な、貴族様ですね」
高価な絹服に身を包んだまま、ベッドの上でぐっすりと眠りこけている老人を軽蔑の眼で射る。
手早く、用のなくなった眠り薬入りのワインとグラスをかたずけた。
そのついでに、机の上に無造作に置かれていた無駄に大きなカギをメイド服のポケットに滑り込ませる。
「それでは、旦那様。下がらせていただきます。今後は自分の屋敷のメイドの顔ぐらい、覚えておくことをお勧めしますわ」
それ以前に、獣人と人族ぐらい見分けてほしいものだ。
言葉を投げかけながら、ドアを開ける。
ジャラジャラと鎖を鳴らして、ついさっき知り合ったばかりのメイドが入ってきた。すかさずメイド服から先ほどのカギを取り出して、首輪を外してやる。
外した首輪を、眠りこけている老人の首にはめた。
「今後があれば、ですけど・・・」
ドアの前で一礼したシアは、メイド服を破り捨てるようにして脱いだ獣人の少女とともに真っ暗な廊下に出た。
そのまま、ごくふつうの足取りで邸宅を回り始める。
『やるべきこと』とは単純な話だった。
邸宅に捕らえられている人質兼メイドを解放し、同時に採掘場も解放する。
そうして抵抗できる力を回復したうえで、『先の』宰相閣下との間で話をつけるのだ。
シアはそのうちの邸宅内担当というわけ。
「貴族様はいつでも、邸宅内に兵士を入れるのを嫌がりますものね」
邸宅を回りながら、シアはそう呟いた。
メイド以外の使用人も何人かはいるが、『先の』宰相閣下側の人間はみんな熟睡中である。
「楽なお仕事ですこと」
綺麗に撫でつけてあった銀髪を元通り跳ねさせて、シアは薄く笑った。
ライムジーアにしか見せたことのない顔で。
キーン!
刀身のぶつかり合う音が反響し、何倍にもなって耳に突き刺さる。
ただでさえ暗い坑道内で視界が悪いというのに、音も当てにならないというのは騎士としては不安を煽られる状況だった。
採掘場で打ち倒すべき敵が不利を悟って坑道内に逃げ込むのを、阻止できなかったことがいまさらながら悔やまれる。
絶対の確信をもって決めた奇襲のタイミングが、わずかに早かったのだ。
見張り場であり、掘り出した鉄鉱石を運び出すめの出入り口でもある建物。そこを急襲して、一気に叩く。そのために、坑道の見回りが戻ってきて、なおかつ次の見回りが坑道に入る前、が奇襲の最適なタイミングだったわけだが、しくじった。
見回りが戻る直前、次の見回りが準備しているところに奇襲をかけてしまった。
「ごめんにゃん」
先走ってしまったリンセルが謝った。
襲撃のタイミングを聞かされていた彼女は、最高のタイミングで飛び出すべく用意していた。なのだが、一つ問題を抱えていたことに誰も気が付けなかったのだ。
「仕方ないでしょう。これほど微妙な間合いを要求される奇襲というのも珍しい」
「そうそう、こういうのは場数踏まないと難しいって」
逃げていく敵を追いかけて走りながら、ザフィーリとフファルが声をかける。
「むしろ、坑道内の音まで聞き分けるなんて。すごっ、です」
そう、リンセルが抱えていた問題というのは敏感すぎる耳だった。
戻ってくる見回りの足音を正確にとらえていた彼女は、見回りが戻ってきていると分かってから充分すぎるほど時間を置いて飛び出したつもりだったのだが、ザフィーリたちはまだ見回りが戻ってきていることに気が付かずにいた。
それで、襲撃するタイミングがずれてしまったのだ。
「終点のようですね」
走る速度を抑えて、ザフィーリが注意を促した。
視線の先に、追いかけていた者たちが集まっていた。
建物内への突入時に、10数人は斬り捨てたし大半の者が詰めている兵舎ともいえる建物にはロロホルとシャハラル、それにヴィルトたちが襲撃をかけている。
今追いかけているのは20人くらいのはずだった。
走り込んだ先は、大きなドーム状の空間だった。
岩を掘りぬいた人工の洞窟、前面に黒々とした鉄格子が見える。
その巨大な鉄格子の手前で20人ほどが待ち構えていた。
鉄格子の向こうには裸同然の男たちが飢えと疲労を全身にまとわらせて立ち並んでいる。
「しつこいやつらだ」
全身に鎖を巻きつけた小男が唾と一緒に言葉を吐いた。
往生際の悪いこいつらには言われたくないな、そう思ったがフファルは口を利かなかった。対等に口を利いてやるだけの価値はない。
「まあ待ちなさい。・・・私はアストト・リスティン。ここの責任者だ。君たち、給料はいくらかね? どうせはした金だろう? 逃がしてくれたら10倍払おうじゃないか。なんなら後ろにいる奴隷たちを好きにしていいぞ、少し薄汚れてはいるが磨けば好みの男もいるだろう」
真ん中でふんぞり返った中年男が、聞いてると背筋が凍りつきそうな猫なで声で吐き気のするようなことを口にした。
さっきの小男がこれ見よがしにせせら笑っている。
瞬時に斬りかかるか、吐くか、二つの衝動に駆られながらフファルは耐えた。自分でも驚くほどの忍耐力を発揮して。
沸騰寸前の感情に理性が水をさしている。
『罠だ』と。
わざと神経を逆撫でる様なことを言ってこちらを激発させ、突っ込んだところで伏兵が現れる。単純で効果絶大の罠が張られている。
そうと知ってノルわけにはいかない。
「・・・・・たわごとは墓の下で言うことです」
なんとか踏みとどまるフファルの横で、ザフィーリの氷塊のごとく冷たい声が飛び、しなやかな体がはじかれたように跳んだ。まっすぐにアストトとか言う男の元へと駆けていく。
なにを・・・驚くフファルの目前でザフィーリはすでに全力を超えたスピードで遠ざかっていく。もはや、とめるすべはない。
ニヤリ・・・アストトの唇が半月状に歪むのを、フファルは妙に冷静に観察した。
同時に、ザフィーリの頭上から数人の男が降ってきた。
鍾乳石の陰にへばりついていたらしい。
ご苦労なことだ。
「やっちまえっ」
小男が歓声を上げて拳を振り上げた。
降って来た男の中では一番の美形が、その声にかすかに反応したのを見届けたのと、その男が声もなく吹っ飛んだのとが同時だった。
他の男たちはすでに足元で息絶えている。
隙だらけだったので一気に切り捨てたのだが、調子に乗りすぎたらしい。
最後の一人を斬ったところで、剣の刃が血油と革の防具での刃こぼれで役立たずの鉄の棒と化してしまったのだ。
おかげで動きから一番の使い手と思えて、効率上最後に倒すつもりでいた美形は斬るのではなく、殴り飛ばすことになってしまった。
「わたしの足の速さを見くびってたね」
にっこり微笑んで血に濡れた剣を正眼に構えて見せるフファル。
血が鍔元から滴った。
不意打ちに来ることはわかっていた。
前から来るはずはない、左右にも身を隠すような空間がない。下から襲い掛かるなんてことは不可能。とすれば、伏兵がどこから来るかは予想が付く。
他の者たちがザフィーリへと注目した間隙を縫い、フファルとリューリ音を立てずに走り出していたのだ。伏兵の男たちが降りてきたとき、彼らはフファルに背を向けていて、しかも彼女の剣の間合いの中にいた。剣の切れ味が落ちさえしなければ、美形も含めて全員切り捨てるのに十分すぎる態勢だった。
「な・・・・」
絶句する小男の目が、フファルを睨みつける。悔しげに結ばれた口からは歯軋りの音が聞こえそうだった。が、歯軋りする余裕などなかった。
まるで月明かりに瞬間照らされたコウモリのごとく翻ったザフィーリの身体と、そこから繰り出された剣とがアストトの周囲にいた邪魔な男たち四人の首をかききり、アストト当人をも間合いに入れようとしていたのだ。
ガキンッ
「くっ・・・・」
金属同士のぶつかる音、それと同時にザフィーリの前進も止まった。それどころか膝を着いてしまっていた。
前に出されたままの両腕が小刻みに震えている。
アストトを今一歩でしとめられる。というところで、小男の鎖が剣に絡み。唐突にかけられた制動に耐え切れず刀身が折れたのだ。
その衝撃でザフィーリの両腕はしびれてしまったようだ。
「このアマッ、調子に乗りやがって」
下品に叫んだ小男だが、その声に余裕はなくなっていた。
フファルがまたしても足の速さを見せ付けてくれている。鎖を引き戻している時間はない。小男は鎖を投げ捨てると懐から小剣を二本抜き出して両手に持ち、構えた。
その脚に、掬い上げるようなザフィーリの脚払いが決まる。
耐え切れず、倒れこむ小男の頭上をザフィーリは飛び越えた。もはや、アストトとの間を隔てる障害はなにもない。
『王手詰み』だ。
「チッ・・・・」
アストトの口からかすかに舌打ちの音が聞こえる。
すぐに断末魔の悲鳴を上げさせてやる。そんな気迫を噴き上げ、突くつもりで構えた刀身が半分になった剣の柄をしっかりと握りなおし、ザフィーリはさらに駆けた。
生かしておいても面倒だ。ライムジーアの判断は、斬り捨て推奨。
迷うまでもない。
「・・・・・・」
だが、ザフィーリは途中で剣を止めた。
「・・・なにをしているのです?」
静かに問いただす。
「は?」
殺される。そう覚悟を決めていたアストトが間の抜けた声を上げた。
そして訝し気にザフィーリを見つめ・・・。
「ぅあっ!?」
悲鳴を上げて尻餅をつく。
アワアワと震えはじめた。
「ざ、ザフィーリ王女様?!」
「どうやら、まだ耄碌はしていないようです。目も見えるようですし。で? なにをしているのですか?」
アストトをギロリと睨んで、ザフィーリが迫る。
「すごっ・・・ていうか・・・」
「知り合い?」
リューリとフファルが小首を傾げた。
「わたくしどもの属していた国がまだあったとき、あの男は財務官僚を務めていました。わたしの財務処理担当官でもあります」
ザフィーリが、律義にも答えを返す。
「姫様だったんだ、ザフィーリさん。すごっ」
「ザクロのくせに」
どうしても、フファルは人を果物にしないではいられないらしい。
アマゾネスの二人が驚いたりしている間に、アストトの必死の弁明が行われた。
アバハビレネ公国が滅んだ後、彼は財務官僚として親交のあったラインベリオ帝国の商人のもとに身を寄せ。その伝手で『先の』宰相に使われる身となったらしい。
「そんなことですか、馬鹿なことを」
もっと波乱万丈な話があるのかと思っていたザフィーリは、拍子抜けしたように言って首を振った。
「事情は分かりました。そこに直りなさい、私が引導を渡してあげます」
スチャッと、長剣を構え直したザフィーリが冷たく見下ろす。
折れた刀身が、不気味な雰囲気を醸した。
「・・・・・・」
何が起こるか、わからないわけでもないだろうに。アストトは言われた通りに居住まいを正して、その場に跪いた。
顔面は蒼白。それでも覚悟を決めた目が、静かにザフィーリに向けられる。
ふっ、とザフィーリの頬が緩んだ。
「貴方でも、そんな目をするのですね」
構えていた剣を下ろしながら、ザフィーリが小さく微笑む。
「命乞いをするようなら、容赦なく斬るつもりでしたが・・・」
言いかけた言葉を、ザフィーリは呑み込んだ。
小男がとびかかってきたからだ。
「くだらねぇお仲間同士のじゃれ合いは、あの世ででもしてやがれ!」
ザフィーリが驚愕に目を見開いた。
すっかり忘れていたのだ。
思いもかけず昔の知り合いと出遭い、気を散らせてしまっていた。
「・・・・・・」
ザフィーリが一人だったなら、あるいはここで死んでいたかもしれない。だが、小男がそうであったように、その場の状況とは無縁だったものがこちら側にもいた。
「おバカさんだにゃん」
短剣を振って、血を飛ばすかたわらリンセルが呟く。
足元には首筋を綺麗に裂かれた小男が、血だまりの中で沈んでいた。
1 0歳のはずのリンセルは人を殺したというのに、平然としている。
さすがは、リザードマンに次ぐ戦闘種族の獣人というところか。年齢は幼くても、身体同様に戦闘に関しては人族の大人以上であるようだ。
「ありがとうございます。助かりました」
「助けてもらってるのはニャーたちの方にゃ。・・・こっちもサクッといっとくかにゃん?」
頭を下げたザフィーリにひらひらと手を振って、リンセルは倒れている美形を指差した。
「あー、待ってくれ。そいつには借りがある。あと大公との繋がりは薄い奴だ。命だけは助けてやってくれ」
慌てた様子で、アストトが前に出る。
大公というのは『先の』宰相のことだろう。
どうやら、ここでの戦闘は終了したらしい。
「リンセルかニャー?!」
「ガゼット兄さんにゃん!」
鉄格子の向こうから声がかかる。
リンセルの兄がいるらしい。
「なんで、お前がこんなところにいるニャー?」
「助けに来たのにゃん。ヴィルト兄さんはもうここから離れる気でいるにゃん」
「! そうか。まあ俺ももうこの土地に未練はニャーな。・・・他の奴らもそうにゃろ」
美しく楽しかったかつての町の面影を求めて、未練たらたら来てみた結果がこの有様だ。変わり果てた故郷の姿を憎み始める前に、美しい思い出だけを胸にしまってよそに移る方がいい。
ヴィルトはそう決断を下したのだ。
街に残っていた者の全員がこれに賛同している。
その決断が追い風になってこその、この解放作戦だった。
この土地にこれからも住み続ける意思があったなら、こんな大胆な行動に出れはしない。
「とにかく、こんなところに長居は無用。フファル、鉄格子を開けてください。リンセルはお兄さんたちを外へ、リューリはそこで倒れている男を頼みます。・・・アストト、立ちなさい。貴方の裁きは、ライムジーア様に委ねます」
「らいむ・・・って、姫様は今あの『産まれてきちゃった皇子』のところにいるんですか!?」
うっわ、という顔で絶句したアストトの首根っこをひっつかんで、ザフィーリが出口に向かう。
リンセルとその兄の誘導で、働かせられていた者たちが順次、外に出て行っていた。
「どうやら、万事うまくいったようだね」
各戦場から離れたところで、作戦全体の進行状態を眺めていたライムジーアがほっと息をついた。邸宅からは人質となっていた娘たちが逃げてきているし、採掘場からも働かされていた者たちが出てきている。
もちろん、ヴィルトたちも敵側の兵舎を急襲。
抵抗を試みた大公側の者たちをほぼ鎮圧していた。
終わりが見え始めたところだ。
だが、こんな時にこそ、問題は起きるもの。
ライムジーアは気を抜いてはいなかった。
『終わりの余韻は驚くほど長い』。過去からの声が、そう呟いている。
だから、一早く気が付いた。
「それでも、問題は起こっちゃうんだよね」
小さく溜息をつく。
邸宅の方、10数人の兵士が、シアを引きずってくるのが見えている。
「あらら。邸宅の方にも結構な数の兵が行っていたようねぇ。兵舎の戦いが思いのほか簡単に終わったのは、このせいだったのかしら」
ライムジーアが見ている方向に目を向け、現状を把握できたサティオが唇を尖らせて不満げな様子を見せた。
結構な数の兵がいると思っていた兵舎の制圧が、予想以上に早かったので気にはなっていたのだ。獣人だからこその身体能力の高さが、ごく一般的な市民であっても戦い慣れした者たちをも凌駕できる戦闘力をもたらしたのだろうか、などと適当な理由をつけていた。
そうではなかったということか。
単に、詰めていると思った兵数に少しばかり齟齬があったわけだ。
「あと50人はいるかも、ヴィルトたちが予想通りの戦闘力だと仮定すると、だいたいそのぐらいの差なんじゃないかな」
ライムジーアがサティオにというより自分に言っていると、その言葉を待っていたように、残りが姿を現した。なにやら大荷物だ。
大公に見切りをつけて、持てるだけ持ってどこかに逃げようとでもいうのかもしれない。
「ああ、それでシアを人質にしてこっちに向かっているのか」
手に入れられるものがあれば、ライムジーアたちからも頂いて行きがけの駄賃にしようとでも言うのだろう。
シアより前に邸宅を出た娘たちはヴィルトたちのいる方に逃げていく。
正しい判断だ。
「のんきなこと言ってるけど、大丈夫なの?」
いま、ライムジーアの周りにいるのはサティオだけだ。
ザフィーリ、フファル、リューリ、リンセルは採掘場、ヴィルトとその仲間たち、それにランドリークとザフィーリの部下たちは兵舎を囲んでいる。
戦力はすべて戦場に出してしまっていて、ここには一人も残っていないのだ。
だからサティオが心配そうな顔をしているのは当然だった。だが、ライムジーアは笑みを浮かべてすらいた。
娘たちがヴィルトたち屈強な男の壁の中にまで逃げ延びたとき、シアを引きずってきた一団がライムジーアたちの目の前にまで迫った。
シアを引っ立てて進むことで、娘たちを追いかけられなかったのだ。
ある意味、シアは足枷になったともいえる。
あとから来た一団も合流して、数は50人くらい。
これで最後のようだ。
そんな風に思っていると、シアを前面に立てて小狡そうな男が前に出てくる。
こいつが向うの連中のリーダー格と言ったとこだろう。
シアの白い喉に切っ先を突き付けた。
ゴクリ、とシアの喉が動く。
「さぁて、どこの御大臣の子息だか知らねぇが、あんたが頭とお見受けする。こいつの首が赤く染まるのを見たくないんなら、金目のもんをかき集めて持ってこさせろ。変なまねはしない方がいいぞ。不意を突かれたせいでずいぶんと不覚を取っちまったが、こっちは場数が違う。お前らを皆殺しにするぐれぇ。この人数でも軽いんだからな」
定番の脅し文句。
テンプレートでもあるんじゃないかと思ってしまう。
もちろん、そんなものはないだろうが、ライムジーアに感銘を与えられるようなものでなかったことは間違いない。
ライムジーアは再び、小さく溜息をついた。
それでも、なにも反応しないというわけにもいかないだろう。
秋の小道を散策するような足取りで、ライムジーアはスタスタと歩み寄っていく。
「なんだ、ガキ。とち狂ってんのかぁ?」
奇妙なものを見る目で、リーダー格がライムジーアを見る。
完全にバカにしているようだ。
その腕が、大きく後ろに引かれた。
とりあえず思い切りぶんなぐってやろうとでもいうように。
いや、間違いなくそのつもりだろう。
だが・・・。
「ゴフッ!?」
小狡そうな男の口から鮮血がほとばしった。
「な、に?」
見開かれた目が、自分の腹に向けられる。
刃物が刺さっていた。
刀身に丸い穴がいくつも開けられた・・・刃物。
軽量化と、斬った肉や野菜がくっつかないようにとの工夫がされた刃物。
包丁が。
それを握る、白くて華奢な腕。
腕を辿っていけば、清潔なメイド服。
フリルのついた可愛らしさとは相容れない冷たい目をしたシアがいる。
「くすっ・・・」
小さく笑った。
「ごばぁっ!?」
包丁が内臓を引きずるようにして横薙ぎに振られて、引き抜かれる。
血煙がぱっと上がったが、そのときにはもうシアの姿はそこにない。
「ぐっ?!」
「かは!?」
両手に包丁を持ったシアが、舞うかのように華麗に動いた。
腕の一振りごとに、近くにいた者たちから血煙と悲鳴が上がる。
「うちのメイドを人質に取ろうとする。あまつさえ、主の僕を脅迫しようだなんて」
ふるふるとライムジーアは頭を振った。
ふっ、とずらされたライムジーアの視線の先に、もう一つ、白い影が飛び出した。
シアと同じ、メイド服を着こんだ何者かが、50人からの集団に突っ込んでいく。
同時に起こる怒号と悲鳴。
「ものを知らないってのは、怖いねぇ」
「な、なんなの? あれ」
サティオが魂の抜けたような声を絞り出す。
「うちの有能なメイド長と、その・・・子供。メイド長の方は、めったに人前に出ないからランドリークとシャルディしか存在を知らないっていうちょっとした事情があるけど」
「それ、ちょっとしたって言う?」
「これに関しては言う」
「あー、そう」
サティオが頭を抱えた。
そんなことをやっている間に、50人からの輩は捌かれるのを待つだけの肉塊となっていた。戦場には白い影が2つ立つだけだ。
ラインベリオ帝国には、最強と言われる戦闘集団がいくつか存在する。皇帝付きの近衛師団、宰相が抱えている新鋭騎士団などがそのもっとも有名な者たちだ。
それとは別に、帝国の者なら誰でも知るものが存在する。
個々の戦闘力ではそれら精鋭と肩を並べると言われる者たちが。
バタリャムカマ・・・戦闘女中の名で知られるメイドの一団。
シアとその母親は、その一団の流れを汲む者だ。
ある事情から、シアたち親子はその一団を束ねている一族から逃げ出し、帝都に潜んでいたところをライムジーアが見つけ、自分のお付きとしていた。
シアの普段のドジっぷりは、平和ボケのせいだ。
死と直面するのが日常だったところから、嫌味や嫌がらせを受ける程度にまでリスクレベルが下がったもので、気を抜いてしまっている。
それでも、剣の腕は錆びつかせてはいない。
ライムジーアの懐刀。
いわば、切り札の一つである。
「おつかれ」
ほどなくして、『掃除』を終えたシアがやってきた。
あれだけ暴れまわったくせに、白いメイド服には返り血の一滴もない。
白い手に握られていた血染めの包丁はいつのまにか姿を消している。
「ライムジーア様、お茶を淹れて参りますね」
小さく会釈をして、シアは湯を沸かしに行った。
サティオが、唖然呆然の体で立ち尽くして見送っている。
「・・・化け物の・・・?」
なにかに気付いた顔で、サティオはもうひとりの、メイド長と呼ばれていた女性を見てつぶやいた。
「こらこらこら! うちのメイドに失礼だよ。口を慎むように!」
まったくもってそのとおり、と言いかけたことはおくびにも出さずにツッコミを入れた。
「隠し武器のつもりだったけど、表に出しちゃったから今後は一緒に行動することにするけど、紹介はあとでいいよね? みんな一緒の方がいい。2度手間になるから」
メイド長とサティオに断わりを入れる。
二人とも、否やはなかった。
「それにしても、あいつらが向うの分の荷造りを済ませてくれたのなら、手間が省けたというものだ。ここを放棄する準備を始めよう」
ライムジーアはヴィルトに要請を出すことを決め、戦闘を終えた者たちが合流してくるのとシアがお茶を持ってくるのとを待った。
やがて三々五々、仲間たちが集まってくる。
幹部が全員集まったときには、ライムジーアの手には二杯目のコーヒーがあった。
集まったところで、この地を放棄する準備に入る話をした。
「わかっているのニィ。一度は運び出した荷物ばかりだニィ。もう一度荷車に積むのなんかすぐできるから心配いらにゃいニィ」
ヴィルトはこともなげに請け合った。
「そっか、なら頼む。あと・・・仲間を一人紹介させてくれ。僕付のメイド長、シアの母親のエレヴァ。ずっと隠してたけど、これからは一緒に旅するからよろしくな」
自分の背後、左右の斜め後方に立つ二人をライムジーアは両手で指し示した。
シアと同じ銀色の髪に映えまくる金色の瞳を輝かせて、エレヴァが自分を見つめる者たちの視線を受け止める。
とくに、女性幹部たちの目に疑問の色が濃く浮かんでいるのを。
質問は受け付けない。
強力なオーラを放ちつつ、優雅に微笑んだ。
そして、シアとエレヴァが同時に頭を下げる。
頭の位置と曲げた腰の角度がきれいに揃っていた。
一瞬、元から知っていたランドリーク以外が微妙な顔つきになったが、「ずっと隠していた」理由とかを説明する気がライムジーアにないとわかると、なにも言わず何も聞かずに受け入れた。
長い付き合いの者はライムジーアの不可解な行動には慣れっこになっていたし、つきあいの短いものはどうツッコんだものか戸惑った挙句、流れに従うことにしたのだ。
ともかく、旅の仲間がまた増えたということだ。
それはいい。
ただ・・・。
「・・・年齢が・・・」
ザフィーリが首を傾げる。
女性たちの疑問。
それは、年齢だった。
ただ一人、なにかに気付いているらしいサティオを除いてすべての女性が、違和感を覚えた。
ちらり、とライムジーアに目を向ける。
子供のくせに、周囲の雰囲気を敏感に察するライムジーアが、今回だけは妙なほど鈍感になって、疑問符を投げつけ続ける幹部たちの目を無視しようとしていた。
なにかあるらしい、とは思うが。それが何かはわからない。
わかったのは、今は聞くべきではないらしい、ということだけだ。
納得はできない。しかし、理解することはできる。
疑問を飲み込み、全員が旅の支度にとりかかった。




