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城蛇


 かつて王国の王都であった街に、彼等は行きついた。

 もちろん、立派な名前があるのだがライムジーアは口にしなかったし、他の者たちはそもそも興味を持たなかった。

 持てなかった、というべきかもしれない。

 街は形だけは姿をとどめていたが、廃墟、それ以外の何物でもなかったからだ。

 屋根の落ちた民家、壁が崩れて道に突っ伏した商店、位置的にたぶんそうだろうと推測するのがやっとの軍事施設。

 「すごっ・・・街が死んでる」

 「うっわー・・・」

 アマゾネスの二人が、感心したような声を上げている。

 そんななか・・・。

 「一応、人は住んでいるようですがね」

 思いのほかしっかりしている道と、ごく最近馬車が通り過ぎたことを示す轍とを指差して、ランドリークが指摘した。

 ほぼ同時に、シアもまた街の上に漂う炊事によるものと思えるうっすらとした煙を幾条かみつけている。

 「どこに向かいますか?」

 「奇をてらっても仕方がない。とりあえずは王城に行ってみるとしよう」

 目的地を尋ねたザフィーリに、軽く頷いてやりながらライムジーアは街の中心にそびえ立つ城に目を向けた。

 最も目立つ存在で目を付けられやすく、湿った穴倉を好むナーガ族にはさほど居心地のよくない建物。

城とはそういう建物だ。

 だから、そんなところにはいないという可能性もなくはないが、だとしたらどこへ行くのかということになる。

 ここは、定石通りに進めよう、ライムジーアはそう考えたのだった。

 「正門に乗り込んで、通してもらえるでしょうか?」

 敵対しているかもしれないのだ。

 ザフィーリが心配するのは当然のことだった。

 「通してくださいってお願いしてもだめかもしれないね」

 「では、こっそり行くしかありませんな」

 「そのとおり」

 守役に気難しげな顔で言ったライムジーアは手綱を軽く振り、道から逸れて街壁沿いに街を反時計回りに回り始めた。

 護衛兵も含めた六十人ほどが、それに倣って行動した。

 「この二つの王国の滅亡に関して調査した軍部の報告によると、ここの城は籠城したものの、中から攻め落とされたのだそうだ」

 「中・・・裏切りですか?」

 苦いものでも口に含んだような声音で、ザフィーリが言葉を吐き出した。

 騎士たる身の彼女の観点に照らせば、不名誉この上ない行動。

 不愉快になったらしい。

 「いや。壁の外から地下通路を掘って、城の地下に兵を送り込んだのさ。守備兵がそうと気付くまでに城内を制圧したらしい」

 正面に本隊が陣を張って城壁を挟んで攻守両軍がにらみ合う中、別動隊が後ろに回って地下への穴を掘り進め、城の地下牢から潜入して城内に雪崩れ込んだ。

 天守まで攻め上り、一時は城を制圧したものの、若い王は城を出て防衛の指揮を執っていたため不在。

即座に攻囲を受けて全滅することになる。

 ただし、城の奪還に守備兵が躍起になっている間に本隊が街壁を越えて街の中に兵を送り込んで門を開けることに成功したため、自分たちの城を囲んでいた守備側は背後を突かれて混乱。

 乱戦へと陥っていく。

 その乱戦の中、両王国の王と将軍たちがことごとく戦死したことが国が亡ぶ要因となる。

 実質としては、両国が疲弊し混沌に沈んでいたところに、帝国が支援する形で手を差し伸べて体よく乗っ取ったと言ってもいい。

 領土は放棄、住民たちだけを帝国国民として受け入れた形だ。

 「街の様子からすると、まともな修復なんてされていないだろう。うまくいけば、城の地下から入れるよ」

 ザフィーリを先頭に、一行は城壁を時計回りに回り込んでいった。

 城壁の周囲は、一、二メートルほど木を伐採して開けた空間にしておくものだが、そこはすでにシアの背丈ほどの木々によって侵略され始めていた。

 馬で進むのが難しくなり、一行は馬を引いて歩いていく。

 「・・・埋まっていますね」

 ザフィーリが立ち止まり、ライムジーアに報告した。

 城の正門を下とすれば、左上の角。そこから七十メートルくらい離れた森の中の地面に、小さな穴が見つかった。

 小さいと言っても、直系にして三メートルはあるようだ。

 緩やかな坂が、奥へと伸びている。

 そこが入り口らしい。

 どこからか運んできたらしい岩が、ゴロゴロと転がされて塞がれている。

 「埋めたというより、塞いだだけだな。やはり、大掛かりな修復などはされていなさそうだ。岩をどければ進めるだろう」

 「そうでしょうな」

 まったく乗り気ではない声が、ランドリークの口から洩れた。

 「金塊とかなら、喜んで持ち上げるんですけどねぇ」

 禿げの大男は腰を曲げて大きな石の塊を持ち上げた。が、あまりの重さに二、三歩よろよろと動いたあと、ガチャッと音を立てて別の石の上に落とした。

 おかげで二つとも砕けて、運び出しやすくなったが・・・。

 「静かに!」

 ザフィーリの叱責が飛んだ。

 「こういうときは持ち上げずに転がすんですよ」

 「す、すまん」

 ランドリークはもぐもぐと謝った。

 全体的にはそんな大きな石もなかった。

 塞げと言われた者たちにやる気がなく。命じた者も作業の出来を確認したりしなかったのだろう。

 付近から転がしてきた石や、焼け焦げのある板、折れた剣などのガラクタを放り込んで、安易な形で侵入者を防いでいる。それだけのもの。

 馬を森の木立の中に繋ぐと、すぐに作業がはじめられた。

 ザフィーリの部下たちは皇子と知り合って数年、突拍子もない思いつきに何度も振り回されたので、降ってわいた仕事に驚きも不平も言わずに取り掛かった。

 五十人からの兵がいるのだ、取り除くのに一時間とかからなかった。

 「進めるようになったと思います」

 ザフィーリが報告してきたのは、ちょうど二杯目のコーヒーを飲み終えたところだった。

 「わかった。では入るとしよう。ザフィーリ、先行して・・・」

 言葉を続ける必要はなかった。

 シャハラルとロロホルを伴って、ザフィーリはすでに穴に向かっていたから。

 「・・・時間を無駄にしないのはいいことだ」

 小さく笑って、ライムジーアがその後に続いた。

 ランドリークとシアを従え、レルヒエを背中に庇って。

 穴の高さは、レルヒエが普通に歩けるほど。ライムジーアにはときおり身をかがめたくなるような低さのときがあり、ランドリークは常に中腰を余儀なくされる。

 そんなところだ。

 彼等の後ろに、五十人からの兵が続く。

 ただし、そのうちの五人は外から姿が見えない位置まで下りたところで立ち止まった。

 万一にも、前後から敵に挟まれたりしないよう、ここで見張りと警備を担うのだろう。

 通路は真っ直ぐに続いていた。

 城の地下に出ることだけを目指して掘られたものなのだから、当たり前と言えば、当たり前だ。

 天井を支えるためだろう、ところどころにライムジーアの腕ぐらいの太さの木が立てられている。森で切ってきた生木を、とりあえず嵌め込みました、というようなものではあるが目的は十分に果たしているようだ。

 「声が、聞こえるねぇー」

 レルヒエが、よく通る声で呟いた。

 その声か、またはレルヒエの言う声か、どちらかに気が付いたらしく先行しているザフィーリたちが立ち止まった。

 追いついて耳を澄ますと、暗い通路の奥から歌声らしきものが漂ってくるのがわかった。

 妙に悲しげなメロディー、反響しているためか歌詞は聞き取れない。

 わかるのは、それが女の歌声らしいということだけだ。

 「これ・・・は」

 驚いたように目を見開いたライムジーアが、考え込むように顎に手を当てた。

 「なにか?」

 ザフィーリが問い掛ける。

 「たぶん間違いないと思うけど、この歌はナーガ族の子守歌だ。だけど、今はナーガ族の繁殖期ではないはず。なにかおかしいな」

 そこからは、より慎重に歩を進めた。

 理由はわからないが、この通路の先にナーガ族の女がいることは確実なのだ。

 騒がれる可能性がある以上、即座に対処できるだけの距離に近づくまでは、こちらの存在を気取られたくない。

 「この先ですね」

 手掘りの通路を進んだ先、誰よりも先を歩いていたロロホルが無造作にかぶせられていた板を慎重に外して、向こう側に立つとスッと腕を伸ばした。

 城の中に出たらしい。

 くぐもってしまう穴から出たことで、音の発生源を特定できたのだ。

 「行ってみよう」

 ライムジーアが促し、ザフィーリたちが再び歩き出す。

 ここでも、五人の兵が残った。

 ここは城内の地下牢らしい。

 鉄格子ではなく。石壁と金属――錆びの色からして銅か青銅――の扉で区切られた広い牢や小さな独房が無秩序に並んでいる。

 「ここです」

 頭を傾けながら、金属扉の一つの前に立ち止まったロロホルが、ついに言った。

 歌声はとたんに止んだ。

 「誰なの?!」

 女の声が険しく響く。

 姿が見えないので、ナーガ族かどうかは判断できない。

 ただ、言葉は紛れもなくナーガ語だ。

 「君はなぜ牢に入れられているのかな?」

 ライムジーアが、まるで自宅の前でご近所の子供に声をかけるような気やすさで、話しかけた。

 もちろんナーガ語で。

 「・・・本当に誰よ、あなた?」

 困惑したような声が問い掛けてくる。

 男の声だからと、多分だがナーガ語に妙な訛りがあるのだろう。

 生粋のナーガ族の言葉と少しイントネーションが違う可能性がある。

 帝国人と知っていて聞けば気にならなくても、同族と思っているナーガ族には違和感を持たせてしまうような。そんな違いが。

 眉をひそめて、数秒考え込んだライムジーアが、確かめるように唇を動かす。

 「『盟友の友』と言われて、意味が分かるかな?」

 そう聞いた刹那、牢の中で何かをひっくり返すような騒音が聞こえた。かなりの衝撃を与えたらしい。

意味が分かったようだ。

 『盟友の友』という称号は、通常なんの意味も持たない。

 ゆえに、世の中にはほとんど知られてはいないはずだった。

 知っている者がいるとすれば『盟友』の、それも幹部に近い存在のものだけだ。

 間違っても、帝国の一般人が知っているとは思えない。そもそも、一般人であれ貴族であれ帝国の『人間』は九割がた『盟友』に関心を持っていないのだ。

 「ママがなんかすごく気にかけていたけど・・・捕まったってわけなのかしら?」

 少し震えを帯びた声が問うてくる。

 ・・・ママ、ね。

 「いや。捕まえようとしてるらしいので理由を聞きたくなって、自分から訪ねてみたんだけど」

 「・・・城の中まで?」

 地下牢にまで?

 という意味だろう。

 「あー・・・礼儀作法からは外れている自覚があるけど、ご招待の仕方もそこそこ不作法だったし、お相子ってことで」

 正規の方法で訪ねていないことを認めた。

 「なるほど・・・ねぇ? 中に入ってこれる?」

 動揺から立ち直ったのか、しっかりとした声だ。少し硬いだろうか。

その上、帝国語だ。

 ランドリークに視線を向けると、心得顔で何か金属の棒を懐から取り出す。

 しゃがみこんで、金属扉についている鍵穴に向き合った。

 十数秒・・・。

 「開きやしたよ」

 こともなげに言って立ち上がる。

 自然な動きで、ロロホルが扉を開けようとするのを制して、ライムジーアが自ら扉を開けた。足を踏み入れる。

 窓一つない灰色の部屋の中に、若い女性が立っていた。

 濃い赤紫色の長い髪が、白磁器のようなミルク色の肌に映えている。

 着ている服が、胸元と腰元をかろうじて覆っている程度の布切れでしかないので、豊富な髪の流れがよけいに際立って見えた。

 細く華奢な両腕、すらりと伸びた両足。

 人形にだって不可能な造形美が網膜に刻まれた。

 ・・・あ、れ?

 なんだろ?

 なんで目の前に人の顔が?

 姿が見えたと思った刹那。僕の視界はドアップになった誰かの顔で覆いつくされてしまっていた。

 アメジスト色の瞳が、じっと見返してくる。

 そして・・・。

 口の中・・・いや、喉奥を何かが撫でて・・・。

 「ふぶっ?!」

 鼻から息が漏れた。

 そのおかげで、口が塞がれていて呼吸が止まっていたのだと気が付いた。

 そこでようやく頭が現状を把握し始めた。

 口付けされている。

 目の前に他人の顔があって、口が塞がれていたら、答えはそれしかない。

 いきなり口付けされている理由をさえ考えなければ、すぐに理解できる状況だ。

 ただ一つを除いて。

 喉の奥を撫でているものがある。

 これだけは説明が付かなかった。

 いや、一応の答えはある。

 この口付けのしかたには覚えがある。

 つい先日、体験したばかりだ。

 ビボラ・フェアーテ女王のところで。

 だが、そうすると・・・。

 さっき見た、この部屋にいた人物の姿を思い起こす。

 細く華奢な両腕、すらりと伸びた両足。

 足はあった。

 蛇の下半身ではない。

 なのに、喉の奥にまで舌が伸びている。

 そう、喉の奥を撫でているのは間違いなく、長く伸ばされた蛇の舌だった。

 先が二股に割れているのまで知覚できる繊細な動きが感じられる。

 身体の中を愛撫される感触、腰が抜けそうになるのを耐えた。

 自分の舌が、反射的に動いている。

 ビボラによって教え込まれた動きを、ぎこちなく実行して、蛇の舌を受け入れて愛撫し、絡まらせていく。

 口内と喉を二つの舌が掻きまわす。

 紫水晶の瞳が、見開かれて僕の顔を映し出している。

 微かな驚きが見て取れるが、その意味にまで思いを至らせる余裕はなかった。

 蛇の舌が、さらに過激に、執拗に喉の奥で跳ねまわり、撫でまわしたから。

 人間相手ではありえないほどの恍惚感が脳をしびれさせる。

 思考力が落ちていく。

 酸欠で意識が遠のき始め・・・。

 「ぷはっ!」

 ギリギリのところで解放された。

 「ん~~~~~~~!!!!!」

 胸のところで両の拳を握りしめ、その女性はぎゅっと目を閉じて足踏みをした。

 嬉しくて駆け回りそうなのを、ぐ~ッと耐えているような、そんな様子だ。

 「キスって最高に気持ちいいね!!」

 パッと、目を見開いて、とろけそうな微笑を浮かべる。

 思わず、つられて微笑んでしまうほど、無邪気で無垢な微笑だ。

 「あー、えっと。今のが初めてだったと?」

 それにしてはずいぶん積極的だったな、と思わずにはいられない。

 ・・・まぁ、そういう僕も二度目でしかないんだけど。

 「うん・・・最後までさせてもらえたのはね」

 そう言って、子供のようにはにかんだ女性――見た感じ19歳くらい――は顔の前でくるりと長い舌を回して見せた。

 感じていたとおり、先が割れた蛇の舌だった。

 後ろで固唾を飲んでいたザフィーリたちの間に、ザワリと衝撃が走る。

 ・・・後ろで見ているだけじゃ、わからなかっただろうからな。

 当然ではあるだろう。

 「何人かの男性とキスをしたことはあるの。だけど、舌が口の中でぐるぐる回ったり、喉の奥まで伸びると・・・突き飛ばされちゃう。ひどいときには目の前で吐かれたこともあるのよ」

 なるほど、と思う。

 僕は全く平気だけど、たいていの男ならそうなりもするのだろう。

 なにしろ、蛇の舌なんだから。

 「もう一回していい?!」

 キラキラした瞳で聞いてくる。

 舌は蛇だけど、それ以外は間違いなく美人。

 こちらに断る理由はなかった。

 思わず頷いてしまう。

 今度は、蛇の舌だと初めからわかっている。

 しかも三度目だ。

 僕の方からも積極的に攻め込んだ。

 互いの口の中で、二つの舌が踊り回る。

 器用さと速さでは蛇の舌が上でも、力強さではこちらが上。

 接戦の末・・・僕が勝った。

 かろうじて・・・。

 「んふふふふ・・・素敵ね!」

 床に尻餅をつくようにへたり込んだ、蛇の舌を持つ美人、が満足げなつやつやした笑顔でそう言った。

 「満足してもらえたなら、よかったよ」

 膝が笑っているのを誤魔化すため、壁に背中を預けながら、僕は強がった。声が震えなかったことに、力いっぱいホッとしそうなほどこちらもやられてしまっているのだ。

 少しでも気を抜くと腰から落ちてしまいそうだ。

 「ところで、そろそろ名前ぐらいは教えてもらいたいんだけど?」

 「名前!?」

 ごく普通の疑問だと思うのだが、彼女はすごく驚いたようだ。

 「あー。そっか。作法から外れた訪問なんだったっけ」

 合点がいった、と頷いて見せる。

 ちゃんとした訪問なら、ここに来る前に案内なりなんなりがある。名前も知らずに訪ねてくるわけはない。

 「私の名前はね・・・」

 くっくっくっ、と喉で笑いながら、彼女は芝居がかった仕草で立ち上がり、胸を張った。

 結構大きい。

 「私の名前は、フィアンサ・ベランサ」

 韻を踏んだ音楽的な発音で名乗る。

 ・・・ちょっと待て。

 「べ、ベランサ?」

 それって・・・背中に冷たい汗が流れた。

 「そうよ。デセス・ベランサ、ナーガ族元女王の娘」

 いきなりかい!

 と、思わずツッコみかけたが、考えてみれば無理もない。

 デセス・ベランサの居城にいて『盟友の友』を知っている人物。

 そう考えれば、身内の可能性は高くて当たり前だ。

 「な、なんで。娘が牢獄に?」

 追放された元女王といえど、追放された先では自由の身だ。娘が牢獄に入れられる理由はない。

 母親が娘を罰したのだとすれば不思議なことではなくなるが。

 「別に罰とかじゃないわよ。わたしは隔離されていただけ、人目につかないように。人目について、中傷を受けないように」

 「えっと、それって・・・ケニーヴェ、だから?」

 「なんだ、知っているじゃない」

 フィアンサが肩をすくめながらうなずくという器用な仕草をしてのけた。

 ケニーヴェ。

 『盟友』の種族でありながら、種族の特徴よりも人間の特徴が大きく出てしまった者、の総称だ。

 とくに人間と交配して子を残す種族に多く存在する。

 ドリュアドでありながら肌が白いとか、ハーピィでありながら羽がないとか、ナーガでありながら蛇の下半身ではなく二本の足があるとか。

 そういった奇形で生まれてしまった者。

 種族内で迫害される、というようなことはないが、まず確実に交配を禁止される。禁止されるまでもなく忌避されるという方が正しいかもしれない。

 なので明白な迫害はないが、陰で物笑いのタネにされる、蔑みの目で見られる、そういうことは起こる。

そういったことから守るため、人目につかない場所に隔離して匿った、ということか。

 「私が、ママを殺そうとするまでは、だけどね」

 「・・・はい?」

 なんか、突然すごいことを告白された気がするんですけど?!

 聞き違いか?

 「殺そうとしたのよ、ママを」

 「え。な、なんで・・・?」

 聞き違えたわけではなさそうだ。

 「『飲み物』のことは知っているわね。あれ、確かにナーガ族には悪い影響が出難いけど。水ってわけでもないの」

 それはわからなくもない。

 前世で飲んでいた飲み物を考えればいい。

 コーヒーは普段単なる飲み物だが、状況によって「目覚ましに」、「集中力をあげる」などと理由を付けて飲むことがある。

 それは、カフェインが含まれていて、そういう作用を引き出すからだ。 

 たいていは気の持ちようで、本当に自覚できるほどの効果があったのかは疑問だが、自覚できない程度には働いていたはずだ。

 他にもオレンジジュースはビタミンが入っているし、他の飲み物しても何らかの作用を期待していろいろと成分を足してあった。

 喉を潤すための飲み物でありながら、健康補助の役割をも担っていたものは多い。

 つまりはそういうことだろう。

 なにかしらの肉体的な効果を狙ったサプリ系の『飲み物』もある、と。

 「ママが常用していたのは、若さと美貌を維持するためのものなのだけど・・・飲み続け過ぎたのね。体は若い時のまま、その分精神と頭がやられちゃったみたいでときどきおかしな言動をとるようになってきてるのよ」

 それは『飲み物』のせいではなく、認知症では?

 そう思うが言わずにおく、言ったところで意味が分からないだろう。

 「えーっと。だとすると、僕を捕らえようとしていた理由はわからずじまいってことになるのかな?」

 ここまで来たというのに、謎のままは困るぞ。

 「あー。その理由ならもう片付いたわよ?」

 フィアンサはなぜか怪しげに微笑んだ。

 「私と番わせるためなんですもの」

 つがわせる・・・?

 ツガワセル・・・。

 番わせる・・・!

 つまり・・・。

 「え?」

 番う。

 動物の雄と雌が交尾の相手として結びつくことを意味する言葉。

 人間でいうなら結婚ということ。

 「さっきも言ったでしょう?」

 呆れたように、フィアンサは笑って顔を寄せてきた。

 「ママは自分が死んだあと、私が一人になるだろうことに心を痛めていたの。で、私の相手をしてくれるオスを探したのね」

 だが、もとより絶対数が少ないのだ、同族のオスにケニーヴェと番おうなんて物好きはいなかった。

 ならばと人間をあてがってみたものの、キスしただけで吐き気を催すような者まで出る始末。

 やはりだめか。

 そう絶望する。

 そんなとき、噂を聞いた。

 ビボラ・フェアーテ女王が、『盟友』を相手にしても人間と接するように振舞う人間のオスがいる、そんな話をしていると。

 「なので、あなたを捕らえて私のものにしようと考えたってわけよ」

 「・・・それなら、まずは普通に招待してほしかったね」

 城の中に居たら無理だが、外に出ているときにその誘いがあれば、僕はたぶん自分から招待に応じたと思う。

 ここで閉じ込められるということでなく、フィアンサをくれるという話なら。

 「んー。その噂を耳にした直後ぐらいからなのよ。ママの言動がおかしくなったのって」

 招待するはずが、捕らえるになったのはそのせいか。

 「・・・なるほど」

 「で、話しを戻すと、わたしはそうして昔のママが壊れていくのを見るのが忍びなくて、殺してあげようとしたんだけど失敗。『飲み物』のせいでママに絶対服従の人間にここに閉じ込められた、と」

 両手を肩で開いて、首をすくめて見せる。

 事情は何となく分かった。

 でも、そうだとすると。

 「ママを、殺すの手伝ってくれるよね?」

 そうなるよな・・・。

 「元女王を殺したとして、その『飲み物』で絶対服従の人間たちはどうなる?」

 「そうね。半分くらいは私が抑えられると思うわ。『飲み物』の効力が切れれば危険もないし」

 「残りの半分は?」

 なんとなく答えが予想できてしまうが、聞いてみた。

 「・・・ママの仇を追いかけるんじゃないかしら」

 目を逸らして、他人事とばかりに軽くのたまう。

 ああ・・・やっぱり。

 予想通り過ぎる返答に脱力してしまった。

 「じゃあ・・・」

 仕方がない。

 乗り掛かった舟・・・もしくは降りかかる火の粉だ。

 片付けてしまおう。

 「僕たちは元女王を楽にしてあげたあと、さっさと逃げる。君はここに残って敵討ちで僕たちを追いかける以外の人間の世話をする。で、どう?」

 「・・・もうひとつ」

 人差し指を立てて、フィアンサはさらに顔を寄せてきた。

 「ほとぼりが冷めたら、わたしを引き受けるって約束して」

 これには、否やもない。

 「もちろん、約束しよう」

 「ならいいわ」

 フィアンサは柔らかく微笑んで、寄せていた顔を離した。

 「ママは、城の最上階にいるわ」

 「わかった」

 僕たちは、フィアンサを牢屋に残し、再び通路へと戻った。

 間もなく彼女の歌声がまた通路に響き始めた。だが、今度は静かで単調な弔いの歌に変わっていた。

 レルヒエが小さくハミングする声を聴きながら、一行は歩を進めていく。


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