ご当地ヒーロー、相棒と絆を深める
悠然と飛び去っていく竜を見送り、俺は初めてこの異常事態の、本当の異常さに気づいた。
遥か下に広がる大地に視線を移す。
そこには、山や川、森、平原が見えた。
しかし逆に、あるはずのものが見えなかった。
道路だ。
舗装された灰色の道路が、全く見えない。
……十勝平野、じゃないよな。
十勝平野にも、道路は走っている。
畑や街のようなものはチラホラと見えるのだが、どうにもおかしい。
近代っぽくないのだ。
家は石積みでできているのか灰色のものばかりだし、ガラスとか、ビニールハウスとか、車とか、トラクターとか、そういった光を弾き返してくるものが、何一つない。
それに、土地があまりにも広すぎた。
地平線の先まで、途切れることなく大地が続いているのだ。
「なぁ、ラヴさん」
《ラヴ:ラヴとお呼び下さい》
「……随分それにこだわるよな。まぁいいや、ラヴ」
《ラヴ:はい、マスター》
心なしか、ラヴの声が嬉しそうに聞こえた。
たぶん気のせいだとは思うけど。
「ここって、どこだか分かる?」
《ラヴ:検索します…………検索終了しました。不明です》
俺のむちゃぶりに、即座に応えてくれるラヴの性能はやはり凄まじい。
けど……
「不明?」
《ラヴ:はい。知覚可能範囲内にある地形と、データベース内にある地球上の地形を照合した結果、同一のものはありませんでした。地球上に存在しない地域であると断定します》
地球上には存在しない場所……か。
ロシアとか、オーストラリアとか、そういうでっかい大陸と答えてくれるのを期待してたが、やっぱりそうではないようだ。
そして同時に納得もしていた。
先ほど遭遇した、あの空飛ぶ巨大生物──竜。
あんなものが地球上にいたら、とっくの昔にその存在が知れ渡っているはずだ。
だから、ここが地球じゃないというラヴの発言も、素直に受け入れることができた。
……これじゃあまるで、上田がよく言ってた『異世界』みたいじゃないか。
異世界転生に、異世界転移。
オタクである友人の上田が、よく口にしていた単語だ。
『俺が異世界転生したら、現代知識チートで奴隷ハーレムを作る!』
というのが、異世界モノのアニメやライトノベルについて語る時の上田の口癖だった。
俺は上田が熱を込めてその話をする度に、はあはあふんふんと適当に流していたが、まさか自分がそんな状況に陥る羽目になるとは……
「……ラヴ。地球に、っていうか元の世界に帰る方法とかって、分かったりする?」
《ラヴ:不明です。この場所に来た経緯が不明である以上、帰還方法について立案することが出来ません》
不明か。
そりゃそうだよな。いくらラヴでも、何でもかんでも分かるわけないしな。
「じゃあ、さ。俺はこれから、どうするべきだと思う?」
いきなり異世界にぽんと放り出されて、俺はどうすればいいのか、まるで分からなかった。
これが上田だったら色々と計画があるのだろうが、俺はそこまで熱心にラノベを読んだことはない。
上田に勧められたものには一応目を通しているが、だからといって自分が異世界に行った時のことを考えるほどにはのめり込んではいなかった。
《ラヴ:マスターが先ほど思考した『異世界転移・転生』という単語に対する認識がデータベースには存在しないため、対応、対策を立案することができません。
認識を共有するために、マスターの記憶に接合する許可を頂けませんでしょうか》
「記憶にリンクする? ……それってつまり、俺の記憶を見るってことか?」
《ラヴ:正確には違いますが、概ねその解釈で間違っていません》
……記憶を見られるのか。
それはちょっと、抵抗があるな。
ラヴが人間ではなくシステム──OSだということは、理解したつもりだ。
でも……でもだよ?
ラヴの声は女性なんだよ!
ちょっとお堅いけど、若くて綺麗な女性秘書って感じの!
俺だって、男だ。
あれやこれやと色々妄想したり、ネットとかで、その、もにゃもにゃ…を見たりしてきたわけだ。
高校時代に禁欲していた反動からか、卒業後は人並み以上に、そっち方面に興味が出たというか……
まあ、ここ数年はそんな感じだったんだよ。
それを知られるというのは、検索履歴を見られるのとは訳が違う。
ハードディスクの中身を晒すよりも、さらに恥ずかしい。
《ラヴ:今後の行動において、互いの認識の差異により不具合が生じる恐れがあります。それを回避するためにも、マスターの記憶に接合することを強く希望します》
俺が渋っていると、ラヴがさらに押してきた。
うーん……
ラヴに強く押されると、弱い。
なにせ、命の恩人だからなぁ。
俺が一人でこの世界に転移させられていたら、あのまま地上に落ちて爆裂四散していただろう。
ラヴがいたからこそ、俺は今生きている。
そして、ラヴがいるからこそ、俺はこれからのことを絶望しないでいられるのだ。
話し相手がいるというだけでも心強いのに、それが出来すぎOSであるラヴなら尚更だ。
「……はぁ、わかったよ。リンクでもなんでも好きにしてくれ。あっ、ただし、内容については絶対に他言無用だぞ?」
《ラヴ:了承していただき、ありがとうございます。当然、マスターの記憶と接合して得た情報を、私が外部に漏らすことはありません》
「ああ、信じるよ」
ラヴ:では、接合開始します…………。
…………
…………
いま、俺の記憶がラヴに見られていると思うと、なんだかむず痒いような感じがする。
どう例えたらいいか……
そう、タイトなスカートを履いた三角眼鏡の女教師にカバンの中に隠してあるエロ本を発見され、その内容をじっくりと確認されているかのような……
《ラヴ:……終了しました。マスターの記憶と私の記録を照合した結果、致命的な認識の差異があることが判明しました》
おぉっと、女教師……じゃなかった、ラヴの私物検査……でもなかった、リンクとやらが終わったみたいだ。
けど、今なんか不穏なことを言ってなかったか?
致命的な差異がどうとか……
《ラヴ:マスターの記憶では、スカイジャスティスは『ご当地ヒーロー』という、地域振興の役割を担うマスコットのような存在です》
「? ああ、そうだよ」
それ以上でも、以下でもない。
……今はなんだかおかしなことになってるけど。
《ラヴ:ですが私の記録では、スカイジャスティスは悪の組織【スカイデビル】と戦う、現実のヒーローとして活動しています》
……………なんですと?
ラヴさんのイメージ
黒、もしくは赤い細身の眼鏡(三角でなくてもいい)。
白いワイシャツ。
スリットの入った黒いタイトスカート。
黒ストッキング。
あまりヒールの高くない靴。
切れ長の目。
笑わない口元。
大きな胸。
そして、何故かそれを押しつぶすように抱えている、黒いファイル。
主人公はラヴさんと会話するとき、このように脳内変換しています。