ご当地ヒーロー、飛ぶ
《ラヴ:あと96.03秒で地面に衝突します》
はいっ!?
いや、そりゃ落ちてるもんはいつか地面にたどり着くだろうけれども。
でもこれは夢だから……って、夢じゃないって言われたんだっけか?
…………
……あれ、マジで夢じゃないの?
ほっぺを抓ろう……にもヘルメット被ってるんだな、これがっ!
お、おおお、落ち着け、落ち着け俺。
冷静になれ、平常心だ。
ドント、ビー、アフレイド。
すぅーーーーっ、こぉーーーーっ(息吹)
《ラヴ:あと84.03秒で地面に衝突します》
マイ、ガッ!
なんだってんだ!
俺はついさっきまで汗水垂れ流しながら働いてたんだぞ!?
これが夢じゃないっていうなら、どうしていきなり空から落ちてるんだよ!
訳分かんねぇよ!
あんたもだ!
あんたも訳分からん!
声だけ聞こえて肉体は無いとか!
俺の考えてること分かるくせに心読んでる訳じゃないとか!
何なんだよ、マジで!
《ラヴ:先程もお伝えしましたが、私の名称はラヴ。機能を説明するのであれば、スカイジャスティスの行動を支援、制御するための、いわばOSのようなものであるとお伝えした方が分かり易いでしょうか。
私の肉体が存在しないのは、私がマスターの内部に組み込まれた装置である以上当然のことです。
あと72.02秒で地面に衝突します》
はぁっ!?
…………いや、はぁっ!?
マスターって、俺のこと言ってんだよな? 俺の内部装置?
なんだそれ!?
俺、そんなもの埋め込まれた記憶ありませんけど!?
それに、スカイジャスティスのOS?
スカイジャスティスなんて、町長の職権濫用とそのひ孫の落書きから生まれた、ただのご当地ヒーローだろ?
なんでそんなとんでも機能が付いてんだよ!
《ラヴ:評価していただき、ありがとうございます》
いや、違うからね? 評価してるとかじゃないから。
《ラヴ:あと60.02秒で地面に衝突します》
ブレないな、おい! 平常心過ぎんだろ!
《ラヴ:感情は持ち合わせておりませんので》
あーあーそうだろうよ! なんたってOSだからな!
ってこんなこと話してる場合じゃないんだよ!
どうする、どうしたらいい。
こんな高さから落ちたら、下が海だとしても木っ端微塵だ。
そして、俺にそれを回避する手段はない。
くそっ、詰んでる! 空でも飛べなけりゃ助からねぇ……
《ラヴ:了解しました。スカイジャスティス、飛行形態に移行します》
へっ?
ラヴさんの言葉が終わるやいなや、背中のあたりから『ガシャコン』と音が聞こえた。
◇
飛んでる。
俺、飛んでる。
自称OSであるラヴさんが『飛行形態に移行します』と言った直後、その宣言通りに俺は空を飛んでいた。
いや、飛んでいるというよりは、空中浮揚している状態と言った方が正しいかも知れない。
とにかく、俺は宙に浮いていた。
…………
言葉も出ない、とはまさにこのことだろう。
前を見ても、後ろを見ても、グルリと一周回ってみても、どの方向にも果てしない青空が広がっている。
そして足元には雲が流れているのだ。
美しいとか神秘的だとか、そんな感動を抱く以前に、俺はただ呆然と、その景色を眺めていた。
何もない空。
本当に、何もない、ただ広い空。
その俺だけしか存在しない世界に、『ヒィィィィィン』と甲高い音が鳴り響いている。
音の発生源は、俺の背中だ。
もうちょっと詳しく言うと、肩甲骨の後ろ辺り。
限界まで首を回すと、その辺になにか白い突起物の先端が見えた。
断言してもいいが、こんなものは絶対に付いてなかった。
この謎の突起物が、おそらく『飛行形態』とやらの正体なのだろう。
どこから現れたのかまるで想像もつかないが、俺がいまも生きているのは、こいつのおかげなのは間違いない。
落下状態から解放され、心が落ち着いてくると、他にも色々気になることが出てきた。
そのひとつが視界だ。
パニクってたせいで気付かなかったんだが、視界があまりにも明瞭なのだ。
俺は、ヘルメットを脱いでいない。
このジャスティススーツ(上田による命名)のヘルメットには、目の部分に青いプラスチックが嵌め込まれている。
そして、そのプラスチックには複眼ぽい加工が施されているので、大層視界が悪い。
…………はずなのだ。
はずなのに、今の俺の視界は、ヘルメットなど被っていないかのように開けている。
しかも、視界の端にはいくつかの小さなウィンドウが展開されていて、そこにも景色が映っている。
試しに頭の後ろで手を振ってみたら、ウィンドウのひとつに俺の手が映った。
そして、もうひとつのウィンドウに映っているのは、俺の頭……というか、上から見た俺の映像だ。
どこから撮っているんだか知らないが、そこに映っているのは確かに俺だった。
俺が上を向けば俺の顔(ヘルメットだが)と目が合うし、俺が右手を上げれば、映像の中の俺も右手を上げる。
なんだか最新技術……というより、未知の技術がふんだんに使われまくっているように感じるのは、気のせいだろうか?
……いや、気のせいじゃないだろう。
人ひとりがこんな簡単に単独飛行できる技術なんて、存在しないはずだ。
少なくとも、コスプレ職人や田舎の町内会が極秘に有している可能性はゼロだ。
《ラヴ:マスター。二時方向下方(2じほうこうかほう)より接近してくる大型飛行物体を感知しました》
悶々と考え事をしていたら、謎技術の一つである、対話が可能なOSラヴさんが話しかけてきた。
……飛行物体? 飛行機か?
ていうか二時方向下方ってどこですか?
《ラヴ:現在向いている方向から右に約60度、下に約15度視線をずらした位置です》
おお、分かりやすい。
《ラヴ:方向指示マーカーとポイントを表示しますので、それを辿って下さい》
視界の端に、オレンジ色の 》 こんなのが表示された。
ラヴさん便利すぎる。
言われた通りにその矢印を辿っていくと、ある場所で 》 が [ ] に変わった。
その [ ] の真ん中に、黒い点のようなものが見える。 [・] こんな感じだ。
その ・ をじっと注視していると、カメラのズーム機能のように、視界が拡大されていった。
……どんだけの機能が備わっているんだ、このスーツ。
だが、もはやそれくらいのことで驚く俺ではない。
いきなり空から落ちたり、背中からなにか生えて空を飛んだりする事に比べたら、ズーム機能が付いているくらい些細なことだ。
そして ・ がどんどん拡大されていき、次第にその輪郭が顕になっていく。
今は ∨ こんな感じだ。
それが ─ こんなんなったり、∧ こんなんなったり、また ─ こうなって、∨ こんなんなったりしてる。
どうやら、羽ばたいているようだ。
鳥か? ラヴさんは大型とかなんとか言ってたけど……
さらにズームを進めていく。
すると、その正体が見えた。
「ラ、ラヴさんっ!」
この一連の異常事態に陥ってから初めて、俺は声を上げて叫んだ。
《ラヴ:さんは不要です。ラブとお呼び下さい》
「それどころじゃないから! 上昇! 上昇できないのか!?」
《ラヴ:スカイジャスティスの全ての機能は、マスターの意思に連動しています。マスターが上昇しようと思えば、推進装置も姿勢制御装置もその意を受け、自動的に作動します》
「上昇!」
声に出す必要はなかったのかもしれないが、俺はそれだけ焦っていた。
その焦りに反応したのか、俺の体が落ちていた時以上の速度で昇って行く。
かなりやばい速さだったが、そんなことを気にしている場合じゃなかった。
俺は一刻も早く、近づいてくるアレから距離を取りたかったのだ。
十秒ほど上昇し続け、俺はようやく昇るのをやめた。
そして遥か下にいる、黒点だったものに視線を戻す。
「なんだよ……アレ……」
そこには、
大きな翼を広げ、悠然と空を飛ぶ、
竜の姿があった。
初めて主人公が空手っぽい動きをしました。
呼吸法だけですが。