そしてヒーローは異世界に落ちる
あふんっ…………
……あぁ、危なかった。
今ちょっと、過去にトリップしてた。
暑すぎて半分意識飛んでたせいか、白昼夢並にリアルな回想をしてしまったようだ。
結構長い時間トリップしてたように感じたが、実際にはそれほど時間は経っていないみたいだった。
太陽は相変わらず、頭の上でサムズアップしながら光り輝いている。
辺りを見渡してみたが、俺に蹴りを入れていたガキは、いつの間にかどこかにいなくなっていた。
多分、無反応な俺に飽きて、親の元にでも戻ったのだろう。
他にも人の姿は見当たらない。
まあ、この暑さだ。
道の駅の中に入って、冷たいものでも飲んだり食ったりしているんだろう。
……羨ましい。
だが、周りに人がいないなら、俺にとっては好都合だ。
一旦営業(道の駅の駐車場付近や、国道沿いをうろつくこと)を中断して、休憩することにしよう。
俺がいつ休憩するかは、基本的に俺の裁量に任されていた。
というか、この活動自体が、ほぼ放任状態だった。
出勤時間は大体午前十時くらいと、厳密には決まっていない。
人の多そうな時間帯を見計らって適当にぶらついていろ、というのが町内会からの指示だった。
退勤時間も、これまた決まっていない。
人気が無くなったら適当に帰れ、と言われていた。
それでいいのか、と思わないでもないが、上田によるとだんだん知名度も上がってきているようなので、これでいいのだろう。
どさ〇こワイドも取材に来たしな。
まあ、地方活性ドキュメンタリーのついでみたいな感じではあったけど。
そんなことより、早く裏に回って水を飲もう。
そう思って踏み出した足が、急に力を失って崩れ落ちた。
……あれ?
踏み留まろうとしたが、足どころか、体全体に力が入らない。
体が、ゆっくりと倒れていく。
あっ、これヤバイかも……
熱中症、という単語が頭をよぎった。
今まで、どんなに暑い日に外でトレーニングをしても、熱中症に罹ったことはなかった。
だから、自分は大丈夫だという根拠のない自信があった。
だが、トレーニングの時はこまめにちゃんと水分を摂っていたし、こんな全身を密閉するようなサウナスーツは着ていなかったのだ。
暑さで意識が飛びかけてたんだから、ヘルメットくらいすぐ外すべきだった。
後悔しても遅い。
まだ意識はあるが、体の自由が効かない。
俺は、今から倒れる。
そして、気絶するんだろう。
この、焼けたアスファルトの上で。
ああ、やばい、やばいな……
俺の体は、既に四十五度以上傾いている。
やけにゆっくりと地面が近づいてくるのは、走馬灯とかそういう類の現象だろうか。
縁起でもないが、倒れて直ぐに発見されなかったら、体の前面に火傷を負うのは確実だ。
発見が遅れれば、命にも関わるだろう。
地面が迫ってくる。
あと、10センチくらい。
もし……もし俺が死んだら、どうなる?
母さんは泣くだろう。
親父は怒るかも知れない。
佐々木のおっさんは、きっと自分を責める。
あと5センチ。
流石に、まだ死にたくない。
だらだらと将来の事を考えずに生きてきたけど、こんなアホみたいな死に方は嫌だ。
3センチ。
まだ彼女だっていないのに!
1センチ。
はっ!
上田!!
…………!
上田ーーーーっ!!!
…………!
上田ーーーーーーーーーーっ!!!!!
…………!
ハードディスクの消去を頼むっ!!!!!
…………!!
届いたか俺の想いっ!!
頼むぞ上田ーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!
最後の最後に友人に強い念を送り、俺は灼熱の地面に倒れ込んだ。
…………はずだった。
◇
俺は熱中症で倒れた。
焼けたアスファルトに五体投地した。
死を覚悟し、友人に念話を試みた。
だけど今、俺は落ちている。
耳元で轟轟と鳴っているのは、俺が風を切る音だ。
…………
訳が分からない。
分かるはずがない。
地面に衝突したと思った瞬間、俺の体は地面をすり抜けたのだ。
焼けたアスファルトに受け止められるはずだった体は、冷たい空気の圧力だけを感じている。
あまりの出来事に、失いかけていた意識もはっきりパッチリだ。
…………夢か?
いや、夢だよな。それ以外の可能性は考えられない。
地面を突き抜けるとか。
かと思ったら、いきなり空から落ちている真っ最中とか。
夢以外にどんな可能性があるというのか。
……寝起きドッキリスカイダイビングとか?
いやいや、流石にそれはないな。
熱中症で倒れたご当地ヒーローを拉致して空から突き落とす企画とか、人権を無視してるにも程があるだろう。
……うん、やっぱり夢だな。夢。
多分、倒れた俺を誰かが直ぐに発見してくれて、今は水でもぶっかけてる最中なんだろう。
《?:夢ではありません》
うおっ! なんだ! 急に耳元で声が聞こえたぞ!
周りを見渡してみるが、当然誰もいない。
青い空が広がっているだけだ。
いや、こんなところに誰かいたら、その方が怖いような気もするけどさ。
……幻聴、かな?
夢の中で幻聴が聞こえるというのも、おかしな話だけど。
《?:幻聴でもありません》
うおぉぉっ! やっぱり聞こえる! 誰、誰かいるんですか!?
叫び声を上げたつもりだったが、あまりにも驚きの事態が連続して起こっているせいか、声が出なかった。
《?:誰か、というのが私の事を指すのであれば、その問いに肯定します》
……おおぅ、なんだろうこの温度差。
あー、冷静なご返答、ありがとうございます。
おかげで少し落ち着きましたよ。
つきましてはお姿を拝見させていただけると、非常にありがたい次第ですよ。
《?:不可能です。私は、物理的な肉体を持ち合わせておりません》
……なるほど、霊的な存在、と。
ん、だんだん面白くなってきたぞ、この会話。
ていうか、俺の心読んでません? なに、読心術? それとも神様的な感じですか?
《?:違います。私は神、または心霊現象に類するものではありません。また、外部から心理状態を読み取る能力も持ち合わせておりません》
…………あ、そうすか。
よし…じゃあ、こうしましょう。
こんな空の上でなんですが、お互いに自己紹介でもしときましょうか。ねっ。
俺は……
《?:不要です。藤岡和弘 ─ 21歳 ─ 独身 ─ 家族構成、父=和夫、母=弘美 ─ 趣味=空手、ネットサーフィン ─ 性的指向=異性 ─ 性的嗜好=年上の巨乳>同年代の巨乳>年下の巨……》
ヘイ、ストップッ!
急になに言い出してくれてるんだ、あんた!?
だいたい、お、お、俺が年上の巨乳好きだって、なんで知ってるんだよ!?
《?:スカイジャスティスの装着者として、趣味嗜好に至るまで全てのパーソナルデータが登録済みだからです》
………
《?:続けてよろしいですか》
いえ、もう十分です。
そちら様の自己紹介をお願いします。
《?:了解しました。私はrational action voice assist systemです》
はい? ラ、ラショ、なんだって?
《rational action voice assist system : rational action voice assist systemです。通称『rav』とお呼び下さい》
はぁ、ラヴさんですか。
《ラヴ:はい、マスター。ですが、さんは不要です。ラヴ、とお呼び下さい》
いや、初対面の人を呼び捨てっていうのはどうも……ん、マスター?
《ラヴ:マスター》
あのー、そのマスターってのは……?
《ラヴ:あと96.03秒で地面に衝突します》
はいっ!?
作中の『…………!』は、上田に対して念を送っています。
ラヴさんの正式名称であるrational action voice assist systemは、音声による行動支援システム的な意味だと考えて下さい。
ラヴという名前を付けたいがために、強引に英単語を並べただけですので、文法などはガン無視してます。