ヒーロースーツ作成
オ〇ンチン付いてても、愛せますか?
「お前なぁ、まともなヒーロースーツなんて三十万で作れるわけないだろう」
俺は小学校からの友人である上田のところに来ていた。
中高一貫して空手馬鹿だった俺だが、友人がいない訳じゃない。
特にこの上田とは、共通の趣味も話題もないのに妙に馬が合い、高校を卒業してから三年が経つ今でも、たまに飯を食いに行ったりする仲だった。
「無理か?」
「無理だな。ド〇キで売ってるみたいなビニールのやつなら、作ろうと思えば一万でも作れるだろうが、安っぽいのはひと目で分かる。やめといたほうがいい。
業者に頼むにしても、それ専門の機材とノウハウをもってるとこなら、全身セットだと一式最低五十万は掛かるぞ。
それに、将来的にショーもするとなると、最低五着……どんだけ少なくても三着は欲しいところだ」
一着五十万の時点で予算オーバーだというのに、最低三着だと?
「なんとかならんか?」
「なるか。俺は錬金術師じゃねぇんだぞ」
マジか。
変身スーツなんて、十万くらいで作れるものだと思ってた。
それで、十万でスーツ作って、残りはポッケにナイナイしようと思ってたのに、実は三十万でも足りてないという現実。
っていうか、町内会もそれぐらいは調べとけよ!
俺も何も調べずに、上田んところに来たけれどもさ!
「で、どうすんだ。追加の制作費用とか出るのか?」
「わからん。けど、流石に三着分の百五十万は無理だろうな。そもそも、これでなんとかしてくれ、って三十万渡されたんだし」
「そうか」
「ああ」
………あれ、詰んでる?
「はぁ………お前な、もうちょい考えてから引き受けろよ」
「いや、俺はむしろ断りたかったんだけどな。佐々木のおっさんが強引で……」
小さい町なだけに、町内に住んでる人は殆ど顔見知りだ。
親戚のおっちゃんやおばちゃんが山ほどいるようなもんだから、何かあった時には面倒見てくれる反面、面倒事も気軽に持ちかけられるという弊害がある。
「…ったく、しゃあねぇな。専門学校ん時の知り合いに、そっち方面進んだ奴がいるから、話つけてやるよ」
そういえば、上田は高校卒業してからアニメとか漫画とかの専門学校に行ってたんだっけか。
一年で帰ってきたけど。
「マジで? そりゃありがたいんだけどよ。でも上田、話付けるって言っても二十万も足りないんだぞ? 大丈夫なのか?」
「ま、色々貸しがあるんだよ。それより、分かってるとは思うが、浮いた二十万分はお前への貸しだぞ」
「………分割払いでいいか? 利息なしの」
「そういうとこ、ちゃっかりしてるよなお前。ていうか、金はいらねぇよ」
「あっ、そうなの?」
その言葉に、俺はホッとした。
金額がどうのというよりは、友人である上田に金の借りを作りたくなかったからだ。
金の貸し借りをすると友情なんて簡単に壊れる、って親父が遠い目で言ってたしな。
何があったのかは知らんけど。
だが、上田の言う貸しが金でないのなら、一体何で返せというのだろうか?
…………はっ!
まさか、
「俺の……体か?」
「アホか! 気色悪いこと言ってんじゃねぇよ! そういうのは男の娘にでもなってから言いやがれ!」
体を抱きしめて震える俺に、上田の罵声が浴びせられた。
「冗談だよ。けど上田。お前、男の子って……男でも子供ならイケるのか? イケちゃうのか? 流石にそれはちょっと……いや、かなり引くカミングアウトなんだが。ていうか犯罪なんだが。
公園で小さな男の子に声かけて、警察に連行されたりするんじゃねぇぞ?
そしたら俺、インタビューで今日のこと話すからな?」
「男の子じゃねぇ、男の娘だよ! その二つにはな、純然たる違いがあるんだよ! …ったく、いいかヒロ、男の娘っていうのはだな……」
…………それから三時間ほど、俺は男の娘について熱く語られることになった。
知りたくもない知識を無理やりインストールされたが、結局、俺には受け入れ難いものだという事がよく分かった。
上田が持っていたカルタとか、正直、世界は病んでいると言わざるを得ない。
そして結局、話は脱線したまま元に戻ることなく、俺は上田の貸しが何なのか、問いただすことなく帰ってしまった。
そのせいで、後で死ぬほど後悔することになるとも知らず……
◇
それから二ヶ月が経った。
何度か上田に連絡するも、問題ないと返してくるばかりなので、俺は仕方なく鍛錬に明け暮れていた。
走る距離を5キロ、7キロと増やして行き、今では高校の頃と同じように、朝晩10キロずつ走っている。
空手の型も毎日やるようになった。
清々しい気持ちだった。
拳がたてる音。
蹴りが風を巻き上げる感覚。
情熱は去ったんだと思い込んでいたけど、一旦距離を置いたのがよかったのかもしれない。
今はまた、体を動かすのが楽しい。
そう思える。
そして、体を鍛えながらさらに一ヶ月。
雪解けと共に、体の調子が全盛期に近づいていくのを実感出来てきた頃。
スーツが完成したとの連絡が入り、俺は上田の家を訪れていた。
「……出来たのか」
「ああ、出来たとも!」
「そうか……出来たのか」
目の前にあるのは、布が被せられた人間大のなにか。
この布の下に、俺が着ることになるヒーロースーツがあるのだろう。
上田は、自身に満ち溢れた表情で俺を見ている。
だが逆に、俺はといえば、今になって恐ろしい事を思い出していた。
何かって?
デ ザ イ ン だ よ!
スーツの大まかなデザインは、町長のひ孫が描かいたもの。
そう、あの折込チラシの裏に描かれた、蟻とも人ともつかない珍妙な生物だ。
上田の専門学校時代の知り合いとやらは、あれを見て、一体どんな物を作り上げたんだろうか?
名前こそ『スカイジャスティス』と空飛ぶヒーローっぽい名前だが、あの絵から連想できるのは、どう想像力を働かせても蟻人間だろう。
それはヒーローじゃない、怪人だ。
蟻怪人だ。
スカイっぽく羽をつけたとしても羽蟻怪人だ。
なぜ俺はあの日、スーツのデザインについて上田と話を詰めなかったのか……
……………
…………
………
オ〇ンチンのせいじゃねぇか!
いや間違えた。
男の娘のせいじゃねぇかっ!
アホな話で脱線したせいで、結局有意義な話は何もできずに帰ったのだ。
ああ、どうしよう。
俺は町の名前とも、特産品とも、なんの関係もない蟻の姿で、国道沿いをぶらつかなきゃいけないんだろうか。
そんな俺の不安をよそに、上田が布に手をかけた。
「いいか、取るぞ」
「……おう」
いいかも何もない。もう三十万をつぎ込んで、既に完成してしまったのだ。
「ダカダカダカダカダカダカダカダカ」
「ドラムロールやめろ」
「ジャンッ! どうよ!」
「お……おぉ~~~っ!!」
俺の不吉な予想を裏切り、そこにはテレビで見たことがあるような『ヒーロー』の姿があった。
白を基調としたスーツには、メタリックなダークブルーのラインが走っている。
同じ配色のメットには、飛行機のウイングをイメージしたのか、流れるような流線型の後頭部に一体化した、鋭角の羽が取り付けられていた。
そしてアイシールドの部分には、複眼じみたスカイブルーのプラスチックが嵌め込まれている。
ドヤ顔している上田がムカつくが、格好良い。
そう、格好良いのだ。
あのデザインの面影など、微塵もないくらいに。
「うん、いいね。格好良い。でも上田さん、原案のデザインが何一つ反映されてないと、俺は思うんだ」
「デザイン? ……ああ、あのカスみたいな落書きか」
「カスみたいなって……一応スポンサーの意向ってやつがあるだろうが」
「デザイン舐めんなよ? あんなもんで変身スーツ作れるなら、しょ〇こお姉さんの絵見てス〇ーの着ぐるみ作れるわ」
「そうですね。すいません」
まあ、あの絵から変身スーツ作れってほうが無理か。
佐々木のおっさんには、プロにあの絵見せて頼んだらこんなのが出来上がったよ、とでも言って誤魔化しておこう。
佐々木のおっさんだって、蟻怪人よりはこっちのほうがいいはずだ。
しかし、ひとつ疑問がある。
「でもよ、これ誰のデザインが元になってるんだ? そのお前の知り合いって人が、デザインまでやってくれたのか?」
「いや、これは俺がデザインしたんだ」
「お前が?」
上田のやつ、そんな才能あったのか。
「おお、フ〇ーゼを参考にしてな」
…………
…………ん?
「いま、なんて?」
「ん? だから、フ〇ーゼを参考にデザインを起こしたんだよ」
「………フ〇ーゼって」
「そりゃもちろん、かめ……」
「言うなっ! どうりでなんか見たことあると思ったわ! ていうかダメだろ! ダメだよね!? 訴えられる系のやつだよね!?」
こいつ、堂々となんてことを!
「まあまあ、そう焦るなヒロ。もちろんこの話はオフレコだ。ここだけの話にしとけば、問題にはならんだろう?」
「似てるって言われたら、どうすんだよ」
その俺の言葉に、上田はチチチッと指を振って答えた。
「ロケットと旅客機は似てるよな」
「あ? ……ん、まあ、似てるな」
「なら、フ〇ーゼとスカイジャスティスが似ていても、何の問題も無い。なぜなら、スカイジャスティスのモデルになっているのは旅客機(という建前)だからだ。その結果、偶然にもフ〇ーゼとスカイジャスティスが似てしまったとしても、それは不可抗力というやつだろ?」
「……清々しいまでに詭弁だな」
「詭弁は日本の文化だ。その難解な話術によって、日本人は今までに幾つもの争いや責任を回避してきたのだよ……」
昔から、のらりくらりと言い逃れをするのが上手い奴だったが、さらに上達してやがる。
「ま、そんなことはいいから、一度着てみろよ。サイズとかは、お前の私服送って参考にしてもらったから、大体合ってるはずだ。だが、肩周りとかキツイと激しいアクションできないから、そのへんはしっかり確認しとけよ」
「おう、わかった」
もう迷うまい。
今更スーツを作り直す時間も資金もないのだから。
……もし、おっきな会社からなにか言われたら、全て上田に押し付けよう。
「ああ、あとこれ」
「ん? ……なんだ、これ」
スーツを着ようと手を伸ばした俺に上田が渡してきたのは、紙の束だった。
「スカイジャスティスの設定資料だ」
「設定資料?」
「そ、三ヶ月かけて考えた、スカイジャスティスの世界観だ。スーツの性能、敵である悪の組織の目的、その幹部や怪人などなど、色んなことが書いてある」
「……この紙束全部にか?」
渡された紙の束は、厚さにすれば一センチもない。
だが、枚数で言えば明らかに百枚を超えている。
しかも、捲ってみたところ両面印刷だった。
「全部読んで暗記しとけよ」
「はぁっ!? これを全部!?」
「当たり前だろ。お前がスカイジャスティスなんだぞ? ヒーローってのはな、スーツじゃないんだ。中身の人間こそがヒーローなんだよ。
強いスーツ着てりゃ、中身がアッパラパーでもヒーローか?
違うだろ。
中の人間が歩んできた道のり。そこから生まれた信念や決意。それこそがヒーローを作り上げるんだろうが。
その中身であるお前が、何も知らないでどうする。
子供に『ねぇ、必殺技ないの?』とか聞かれたらなんて答えるんだ? 『誰と戦ってるの? 何を守ってるの?』って聞かれたら、なんて答えるんだよ」
「うぐっ」
詭弁野郎の上田の癖に、正論だった。
「で、でもよ。いくらなんでもこの量は多すぎじゃないか? ほら、必殺技と敵の存在、それだけで十分だろ?」
「貸しひとつ、だったよな」
「うっ」
「それを返して貰おうか、ヒロ。俺が望むのは、『スカイジャスティス』の著作権だ。俺がデザインし、俺が設定を考えたヒーローなんだから、当然だよな?」
「そ、それは俺の一存じゃなんとも……」
「安心しろ、既に町内会に話は付けてある」
「ううっ」
なんて手回しのいいやつだ。
返す言葉のない俺に向けて、上田は畳み掛けるように言葉を続けた。
「つまり、これは公式の設定資料というわけだ。まあ、公式ホームページにはそこまで練りこんだ設定を上げるつもりはないが…………クククッ、それでも覚えないわけにはいかんよなぁ」
ヒーローの製作者を自称しながら、悪の幹部みたいな笑みを浮かべる上田。
その笑みの前に、俺はまた、頷かざるを得ないのだった。
前書きを読んで……
愛があれば関係ない、と考えたあなた。
その道を貫いて下さい。
オ〇ンチンの大きさによる、と考えたあなた。
あなたはただの変態です。
その道を貫いてください。
しかし、伏字の多い話になってしまった……。
あっ、次は異世界行きますよ。