第二十三章 銀の魔女の瞳の中には、ただ闇が広がっていた
シンデレラが連れている青いガラスのドラゴンは、街に仕掛けられた罠にかからないように高度を保ったまま、地上の怪物たちをレーザーで切り裂いていく。
ビィィィィィィィィィィィィィィィィ!
さらにその光によって赤いレンガの建物が粉々にふっ飛び、緑の樹木がなぎ倒され、公園の池が蒸発する。
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアン!
だがそんな一方的な攻撃も、それほど長くは続かない。
太陽の光を受けてキラキラと輝くガラスのドラゴンの背後から、身体が鏡のようになった巨大なハチの怪物が迫っていたからだ。
大会初日の森にいた鏡ヤドカリもそうだったが、レーザーしか攻撃手段がないガラスのドラゴンは、光を完全に反射させる怪物は倒せない。
それでシャボン玉に包まれたシンデレラは、ガラスのドラゴンを連れて逃げ出し、おやゆび姫が叫ぶ。
「チャンスよ、赤ずきん! シンデレラだって、あのハチに追われている間は、競技に専念できないわ! この隙に他の怪物たちを、罠に追い込むのよ!」
しかし赤ずきんはその言葉を無視して、自分を包むシャボン玉に念じてシンデレラを追いかけ、おやゆび姫があわてる。
「え? 何をしてるの、赤ずきん!」
「シンデレラを助けるのよ」
「ええぇ! ちょっと待って! あのくらいのピンチなら、シンデレラは自力で何とかするわよ! もっと自分が勝つ事を考えなきゃ!」
けれど、もちろん赤ずきんは、本気でシンデレラを助けようなんて考えている訳ではない。
助けるふりをしてシンデレラを罠にかけるのが、赤ずきんの本当の目的だ。
それで赤ずきんは、ガラスのドラゴンと巨大なハチを追いかけながら、首から下げた魔法の笛を吹いて、自分の後ろにいる炎のドラゴンに火炎放射を吐かせる。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!
だがその攻撃は一瞬で位置をずらしたハチに簡単に避けられてしまい、おやゆび姫は赤ずきんを必死に説得する。
「無駄よ、赤ずきん! ハチみたいな昆虫の怪物は、瞬時に進む方向を変えられるから、あなたのドラゴンの火炎放射じゃ当たらないわ! シンデレラの事は放っておいて!」
しかし、そんなふうにハチの怪物がなかなか倒せない事も、赤ずきんにとっては都合がいい。
なぜならこの状況が続くしばらくの間は、シンデレラの後を付けていても怪しまれないからだ。
そしておやゆび姫の身体の中に隠れている銀の魔女も、その様子を見てほくそ笑む。
この調子なら赤ずきんは、ちゃんとシンデレラを殺せるだろう。
実は銀の魔女は、今日の昼食の後にまどろんでいた赤ずきんの夢の中で、この会場でシンデレラを殺すのに利用できそうなものを、しっかりと教えていたのだ。
けれど、と銀の魔女は思う。
この後で何が起きるかは最後まで油断できない。
実際にシンデレラが死んで、人々の悲しみで自分の魔力が満たされるまで、絶対に気を緩めてはダメだ。
何しろ見張りの魔女たちに捕まれば、自分は今度こそ、永久に牢屋に閉じ込められるのだから。
いつもなら占いで未来を見て、どうなるか確認しておくところだが、自分が関係している出来事はかすんで見えないから、シンデレラの未来は見る事ができない。
まぁ、未来が占いどおりになる事など、そうそうないのだが。
そう銀の魔女が考えている間に、シンデレラは後ろに迫っているハチをまこうと街へ向けて急降下する。
どうやらシンデレラは街に仕掛けられている罠を利用して、ハチを追い払うつもりのようだ。
それを見ておやゆび姫が焦る。
「ほら、赤ずきん! シンデレラは自力でハチを撃退するつもりよ! その後ろに付いて行ったら、私たちも巻き込まれちゃうわ!」
だが赤ずきんはその言葉も無視して、炎のドラゴンといっしょに急降下したので、下にいるいくつもの怪物たちがそれに気が付く。
低空に浮かんでいた巨大なクラゲが無数の毒バリを飛ばし、建物にからみついていた巨大なバラがトゲトゲの茎を振り回し、川辺にいた巨大なガマガエルが大口を開けて跳び上がってくる。
それらを巧みに避けて、赤いレンガの建物の屋根をかすめながらギリギリを飛ぶシンデレラのガラスのドラゴンと、あきらめずにそれを追いかけるハチの怪物。
しかし赤ずきんの炎のドラゴンは、怪物たちを避けるのに気を取られて建物に突っ込み、それをバリバリと壊しながら強引に飛ぶのを見て、おやゆび姫が怒る。
「もう! 赤ずきん、いい加減にして! こんな事をしていたら、優勝どころか命がいくつあっても足りないわ!」
さらに炎のドラゴンがシンデレラの飛んでいたルートからそれた事で、余計な罠が作動して、鎖につながれた巨大な鉄球が頭上を通過したり、目の前で巨大なトラバサミが閉じたり、上空からいくつもの巨大なモリが降りそそいだりするが、それでも赤ずきんは止まらない。
やがて赤ずきんは、前方を飛ぶシンデレラが、街の中央にあるお城へ向かっている事に気が付く。
お城には、街よりももっと大掛かりな罠が仕掛けられているから、シンデレラはそれを使ってハチを倒すつもりなのだろう。
おやゆび姫もそれに気が付いて警告する。
「赤ずきん、これ以上は本当に危険よ! あのお城の罠は、攻撃の範囲がものすごく広いって、赤い魔女も言っていたでしょう? そこに近付いたら、私たちもただじゃすまないわ!」
けれど赤ずきんはその時、お城の端にある高い塔の一つに、ある怪物がしがみ付いているのを見付けてしまう。
それは銀の魔女が教えてくれた、シンデレラを殺すのに利用できる怪物だ。
だから赤ずきんは魔法の笛を思いっきり吹いて、炎のドラゴンとともにそこへ急ぎ、おやゆび姫はその行為に不満の声を上げる。
「ええええええええ! 赤ずきん、あなたおかしいわよ! 何を考えているの!」
さすがに赤ずきんも、これだけしつこくシンデレラを追いかけ続ければ、みんなが怪しみ始めるとは思う。
だがここでシンデレラを殺せなければ、銀の魔女に全ての悪事をバラされてしまうのだ。
それだけは絶対に避けたい赤ずきんは、自分を包むシャボン玉に必死に念じて、何とかお城の罠が作動してしまう前にそこに行く。
その時シンデレラは、ハチの怪物を連れたまま、お城の中央にある最も高い塔の周りを、らせん状に飛びながら上昇しているところだった。
それで赤ずきんは、ハチを倒すために隙をうかがっているふりをしながら、遠回りに飛んでお城の端にある塔に接近する。
そこにしがみ付いているのは巨大なサルの怪物だ。
そのサルも赤ずきんに気が付き、キバをむいて威嚇してくる。
そしてシンデレラのドラゴンがレーザーを撃って中央の塔のてっぺんを破壊し、お城の罠を作動させるのと、赤ずきんのドラゴンが火炎放射でサルを攻撃したのは、ほぼ同時だった。
その瞬間、振動とともにお城が崩れだす。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
さらにあちこちから爆炎が上がり、いくつもの罠が放たれる。
巨大なカマが回転しながら複雑な曲線を描いて周りに広がり、太いワイヤーがうねりながら獲物を探してのたうちまわり、鋼鉄の巨大なクイが四方八方へ撃ち出されて、上から落ちてくる塔の破片と、下から吹き上がる爆炎も重なって、お城の周辺はメチャクチャになっていく。
それらをくらって爆炎の中に消えるハチの怪物と、何とかそれらをくぐり抜けて上昇しようとする、シンデレラのガラスのドラゴン。
しかしその時、赤ずきんのドラゴンの火炎放射を避けて跳んだサルが、空中にある破片を跳び移りながら、のどを震わせる。
ンオオオンンオオオオオオンオオオンオオオオオ!
その鳴き声は超音波で、周りの空気がビリビリと振動し、羽ばたいていたシンデレラのドラゴンが、ビクっと身体を硬直させて動きを止める。
ガラスの身体が超音波によってヒビ割れたのだ。
赤ずきんはお城から放たれた罠を避けながらそれを見て、ついにやったと思う。
これでガラスのドラゴンといっしょに、シンデレラは死ぬはずだ。
けれどそこで油断した赤ずきんは、うねるワイヤーにはじかれて、爆炎の中に放り込まれてしまう。
「あっ!」
炎の中で、赤ずきんを包むシャボン玉のバリアが振動しながら点滅する。
ガガ! ガガガガ! ガガガガガガガガ!
おやゆび姫が、赤ずきんのずきんにしがみ付いて叫ぶ。
「早く上昇するのよ、赤ずきん!」
だが上からも崩れる塔の破片が降ってくるから、赤ずきんはなかなか爆炎の外に出られない。
そしてようやく爆炎を抜けた瞬間に、今度はもがきながら落ちてきたサルが目の前を通り過ぎ、その爪が赤ずきんを包んでいるシャボン玉をかすめる。
すでに連続でダメージを受けていたバリアは、もう限界だった。
バリン!
その瞬間に赤ずきんとおやゆび姫は、メチャクチャになっていくお城の上に、生身で放り出されてしまう。
時間がゆっくりと流れるように感じる中で、赤ずきんは今まで自分がやってきた事を、心から後悔する。
最初に白雪姫を殺して、それが間違いだったと気付いた時に、銀の魔女の事をみんなに話すべきだった。
そうすれば、こんな最後を迎える事はなかったのに。
せめて、おやゆび姫だけでも助けなければと思って、赤ずきんはずきんにしがみ付いている彼女の身体をつかんで、空に向けて持ち上げる。
ところがその時、何かが赤ずきんの身体を受け止める。
それは青いシャボン玉に包まれたシンデレラだ。
シャボン玉のバリアは、中にいる者が安全だと判断したものは通過させるので、赤ずきんはその中にスルっと入ったのだ。
シンデレラのシャボン玉のそばには、ヒビだらけの身体で羽ばたくガラスのドラゴンと、赤ずきんの炎のドラゴンの姿もあった。
そのまま赤ずきんとおやゆび姫を連れて、シンデレラは安全な高度まで上がる。
そうやってシンデレラに抱きかかえられながら、赤ずきんは思う。
そういえば、白雪姫の死が事故ではないのではと疑っていた眠れる森の美女も、命を懸けて自分を助けてくれた。
自分が殺そうとした相手に、二度も助けられておきながら、自分がやった悪事を隠そうだなんて愚かにもほどがある。
だから赤ずきんは、シンデレラの腕をほどいて彼女に向かい合うと、ゆっくりと口を開く。
「…………シンデレラ、聞いてほしい事があるの……」
その瞬間、シンデレラの身体が灰になってはじける。
バン!
シャボン玉の中をまっ白い灰がゆっくりと漂う。
赤ずきんは目の前で何が起こったのか分からず、消えてしまったシンデレラがどこに行ったのか、あわてて周りを見回す。
しかしその姿はどこにもない。
青ざめて唇を震わせながら、赤ずきんはおやゆび姫に助けを求める。
「あ、あ、あの、おやゆび姫、な、な、何が……」
けれど、おやゆび姫の答えは素っ気ない。
「ああ、私が魔法で灰にしたのよ、赤ずきん。もしも因果応報の魔法がシンデレラの身体に仕込んであっても、灰にしてしまえば発動できないだろう?」
そう言っておやゆび姫は、自分の羽で飛んで赤ずきんの顔の前まで来ると、ニタっと笑う。
それを見た赤ずきんは愕然として、かすれた声を絞り出す。
「……あなた、銀の魔女ね…………。やっぱり、おやゆび姫の中に隠れていたの……」
「ふふふふ。今の私の衰えた魔力じゃあ、シャボン玉で守られたシンデレラは殺せないから、ずっとおとなしくしていたんだけど、わざわざシャボン玉の中に入れてくれたんなら話は別だからね。それで、おやゆび姫の身体を乗っ取って、シンデレラを殺したという訳さ」
「…………あなた、魔法でシンデレラを殺せるのなら、何で今までやらなかったの? 競技の時じゃなければ、シンデレラもシャボン玉で守られてなかったのに……」
その言葉を聞いて、銀の魔女はおやゆび姫の口を使って大声を出す。
「競技の時に殺さなければ意味がないんだよ、赤ずきん! 大勢の観客がその死を見て、悲しみをほとばしらせてくれないと、私の魔力は満たされないんだから!」
「……あなた、まさか…………そんな理由でシンデレラを殺したの?」
「おやおや、赤ずきん。お前は人を殺した罪の重さが、その理由によって変わるとでも思っているのかい? 笑わせないでおくれ! 殺された者にとって、理由なんて関係ないだろう? だから私がやった殺しも、お前がやった殺しも、罪は同じさ」
おやゆび姫の身体を乗っ取っている銀の魔女は、そう言いながら笑って、さらに言葉を続ける。
「くくく…………どうやらシンデレラは生き返らないみたいだから、不死鳥の欠片は持っていなかったようだね。もう一度殺す手間が省けて助かるよ……」
だが銀の魔女がそんな事を話している間に、見張りの魔女たちが、その周りをグルリと取り囲む。
青、黒、白、赤の四人と、大勢の灰色の魔女たちの数は、全部で百人を超える。
おやゆび姫の目でその者たちを見回して、肩をすくめる銀の魔女。
「あらあら。さすがに、これだけ大勢の魔女が相手だと、大変そうねぇ」
しかしその言葉が終わると同時に、そこにいた全ての魔女の身体が灰になってはじける。
ババババババババババババババババン!
その灰が風に乗って流れていくのを見て、呆然とする赤ずきん。
そして上空に浮かぶたくさんの気球を見上げたおやゆび姫の口から、銀の魔女の笑い声が響く。
「ハハハハハハ。すばらしいぞ、シンデレラ! さすがは、おとぎの国で一番の人気者だ! お前の死で、この空間に人々の悲しみがこんなにもあふれて、それによって私の魔力がこれほど満たされるとは、想像以上だよ!」
けれどそう言った直後に、おやゆび姫の身体が力をなくしてポトリと落ち、赤ずきんはそれをとっさに両手で受け止める。
「おやゆび姫!」
その小さな身体を耳に当てると息をする音が聞こえて、とりあえずホっとする赤ずきん。
だがその時、赤ずきんは自分の前に誰かがいるのに気が付く。
それは魔力が満たされて、失っていた肉体が再生された、銀の魔女だ。
白いローブに散りばめられた銀色の粒がキラキラと輝くその姿は、夢の中でいつも見ていたのと全く変わらない。
しかし赤ずきんは、それを見て身体の震えが止まらなくなる。
すると銀の魔女が、振り返って赤ずきんの目をのぞき込む。
その瞳の中には、ただ闇が広がっていた。




