第二十一章 赤ずきんは、涙がこぼれそうになるのをこらえる
大きなお城の周りに広がる、赤いレンガ造りの美しい街は、何ヶ月か前まで多くの人であふれていた。
だが王都の移転で住民が引っ越しを強要され、周囲も封鎖されて、今は完全に無人になっている。
そんな街の上空で、ほうきに乗った赤い魔女に叱られる、シャボン玉に包まれた赤ずきん。
「赤ずきん、もっと私の話に集中してください。目の前で二度も出場者が死んで、ショックを受けているのは分かっていますが、今のままではあなたが死んでしまいます」
くせ毛の髪の赤い魔女は、午後からここで行なわれる競技に備えて説明をしているのに、赤ずきんがボーっとしていたので注意をしたのだ。
「……すみません…………」
謝りながら赤ずきんが目を伏せると、その肩に乗っていたおやゆび姫が、ハチのようにブーンと飛んで顔の前に来る。
「赤ずきん。しっかりして。この大会で優勝して、病気のおばあちゃんに自慢するんでしょう?」
「そうだったわね。おやゆび姫……」
答えながら赤ずきんはおやゆび姫を見て思う。
ただの勘だが、たぶん銀の魔女はおやゆび姫の身体の中にいる。
それを赤い魔女に話して捕まえてもらえば、シンデレラを殺さずに済むかもしれない。
しかしそれを話せば、白雪姫と眠れる森の美女を殺したのが自分だという事も、みんなに話さなければいけなくなってしまう。
その事をおばあちゃんに知られるなんて絶対に嫌だ。
だから銀の魔女の事は誰にも話せないし、シンデレラを殺すのもやめられない。
けれどこのままでは、そのうちに自分の心が壊れてしまう。
人を殺したのを隠したまま平然と生きていくなんて、どう考えても自分には無理だ。
いっそ死ねば楽になるのかもしれないが、さすがにそんな度胸はない。
人を二人も殺しておいて、自分は死にたくないなんて身勝手すぎるが、生きたいという気持ちを抑えるのは不可能だから。
はぁ…………。
いくら考えても、この状況から抜け出す方法が見付からず、赤ずきんはため息をつく。
だが、こんなふうに悩んでばかりで準備を怠れば、競技で生き残れない。
それで赤ずきんは全ての問題を棚上げにして、無理やり頭を競技に切り替える。
「すみません、赤い魔女。もう一度、最初から説明してください」
赤い魔女は、そんな赤ずきんを心配そうに見つめてから、再び説明を始める。
「……いいですか、赤ずきん。この街の美しい外見にだまされてはいけません。ここは普通の街に見せかけて、怪物を倒すための罠があちこちに隠されています」
そう言いながら赤い魔女は、街を流れる大きな川の方を向く。
「たとえば、あの川の中には怪物を串刺しにできるほどの巨大なトゲが隠されていて、架かっている橋に一定以上の重みがかかると、その上に突き出します。それは怪物だけでなくドラゴンでも作動しますので、絶対に橋には近付かないように」
さらに赤い魔女は街の中にいくつもある、黒いレンガの建物を指さす。
「あと、あれらの黒い建物は、大量の火薬と油が中に仕込んであって、衝撃を与えると爆発炎上します。あなたの炎のドラゴンは大丈夫でしょうけど、あなたを包むシャボン玉のバリアは大きなダメージを受けますから、注意してください」
そうやって赤い魔女は街の上空を飛びながら、いろいろな場所に仕掛けられた罠の説明を続け、それがあまりにも多いので、おやゆび姫が顔をしかめる。
「怪物を倒すための罠を、街の中にこんなにたくさん隠しているなんて、この国の王さまはやっぱり変よ。たぶんこれらの罠は、街を守るためなんかじゃなくて、大会で怪物とドラゴンの戦いが派手になるように用意していたんじゃないの?」
それに赤い魔女もうなずく。
「確かにそうですね。これらの罠が作動すれば街もめちゃくちゃになりますから、どう考えても街を守るためのものとは思えません。きっとこの国の王さまは、この街を舞台にした競技で歴史に残るほどの激しい戦いが行われるように、何十年も前から計画していたのでしょう」
その言葉を聞きながら赤ずきんは、次の競技で自分がどう行動するべきかを考える。
幸いこの会場はやたらと罠が多いので、シンデレラを事故に見せかけて殺す手段はいくらでもありそうだ。
競技が始まって怪物たちが放たれれば、いろいろな場所の罠が作動して街の中はものすごい騒ぎになるはずだから、観客や見張りの魔女たちの目をあざむくのも簡単だろう。
むしろシンデレラを殺す事に気を取られて、それらの罠で自分が死なないように注意しなければいけない。
赤ずきんがそう考えていると、シャボン玉に包まれたシンデレラと、ほうきに乗った青い魔女の姿が見える。
どうやらシンデレラも、午後からの競技に備えて説明を受けていたようだ。
シンデレラは赤ずきんに気が付くと、自分を包むシャボン玉に念じてふわふわと飛んで来る。
「大丈夫、赤ずきん? まだ顔色が悪いわよ」
「……ありがとう、シンデレラ。心配しなくても大丈夫よ。午後には調子を取り戻すから……」
しかしその言葉をおやゆび姫が否定する。
「シンデレラ。赤ずきんたら、自分は大丈夫だって朝からずっと言ってるけど、さっきもボーっとしていて赤い魔女に叱られたのよ。あなたからも、しっかりするように言ってちょうだい」
そうやって赤ずきんたち三人が話し始めると、シンデレラのそばにいた青い魔女が、距離をあけてその話が終わるのを待つ。
度の強いメガネをかけた青い魔女のその他人行儀な態度を見て、おやゆび姫の中に隠れている銀の魔女は、ずっと昔に自分を捕まえて牢屋に閉じ込めた、スミレ色の魔女の事を思い出す。
スミレ色の魔女は三ヶ月ほど前に、地震があった村で救助活動をしていて余震に巻き込まれ、その時のケガが原因で死んだと聞いた。
何でもそのケガは青い魔女をかばったせいで負ったらしい。
青い魔女とシンデレラの関係がギクシャクしているのは、そのためだろう。
何しろスミレ色の魔女は、継母にいじめられていたシンデレラにとって、カボチャを馬車にしてくれたり、ボロボロの服をきれいなドレスにしてくれたり、王子さまと結婚するきっかけを作ってくれた恩人だ。
ちゃんと青い魔女が注意していれば、スミレ色の魔女はケガをせず、死ぬ事もなかったのだから、シンデレラとの関係が気まずいものになったのも当然といえば当然か。
ただスミレ色の魔女がケガごときで死んだのは、銀の魔女にとっては意外だった。
なぜならシンデレラの国には、不死鳥の欠片という、身に付けている者を一回だけ生き返らせるアイテムが、まだ一個だけ残っているはずだからだ。
スミレ色の魔女は、シンデレラの国を守るためには、王さまたちよりも必要とされる特別な存在だから、そのアイテムを使ってでも生き延びさせると思ったのだが……。
あの国を守る上で、スミレ色の魔女よりも必要とされる者がいて、その者を守るためにアイテムを取っておいたというのだろうか…………。
銀の魔女が身体の中に隠れてそんな事を考えている間も、おやゆび姫はたわいのない話を続ける。
「……でもね、シンデレラ。この大会での魔女たちの働きを見て、私が住んでいる花の妖精の国にも魔女がいたら助かるのになあって、本当に思うわ」
「あら、あなたの国には魔女がいないの?」
「ええ。……厳密には、一年ほど前に魔女になった花の妖精が一人いたんだけど、旅に出たままずっと戻っていないの。魔女に弟子入りした花の妖精は、後にも先にもその一人だけだから、今も私の国には魔女がいないのよ…………。赤ずきんは、その魔女になった妖精にも会った事があるんだっけ?」
「……ああ、そう言えば一年ほど前、あなたの国にも変わった妖精がいたわね…………」
けれど赤い魔女がせき払いをして、その話が続くのを止める。
「そろそろ、おしゃべりはやめてください。赤ずきんもシンデレラも、昼食の時間までに、この街にある全ての罠をちゃんと憶えなければいけないのですよ」
「あら、ごめんなさい、赤ずきん。私のせいで時間を無駄にさせちゃったわね」
「いいえ、気にしないで、シンデレラ……」
そう答えて、シャボン玉に包まれたシンデレラが、ふわふわと去っていくのを見ながら、赤ずきんは思う。
午後からの競技で、自分はシンデレラを殺す。
だがその後、自分はどうなるのか。
シンデレラを殺せば、もう自分は銀の魔女にとって不要な存在になる。
そうなった時に、銀の魔女からどんな扱いを受けるのか、それを考えるとゾっとする。
けれどシンデレラを殺さなければ、銀の魔女は怒って、白雪姫と眠れる森の美女を殺した事を、みんなにバラすだろう。
だから自分は、たとえ銀の魔女の事が信じられなくても、彼女に逆らう事はできない。
そんな八方ふさがりの状況で、赤ずきんは涙がこぼれそうになるのをグっとこらえる。
この先どうなるのか分からなくても、もう進むしかないのだ。
そして赤ずきんは、黙ったまま赤い魔女の後を付いて行く。




