第二章 シンデレラは、いつも優雅
「シンデレラや、白雪姫や、眠れる森の美女は、なんであんなに人気があるのかなぁ? やっぱり王子さまと結婚して、お姫さまになったからかしら?」
以前、赤ずきんがそう聞いた時、おやゆび姫はそれをあっさりと否定した。
「あのね、赤ずきん。これでも私だって、本物のお姫さまなのよ。花の妖精の王子と結婚しているんだもの……。でも私の人気なんて、シンデレラたちとくらべたら、ぜんぜんでしょう? だから、お姫さまかどうかは人気とは関係ないわ」
「…………ごめんなさい。そんなつもりで聞いたんじゃないの……。だけど、お姫さまって事が人気とは無関係なら、私たちに人気がないのはなぜ? 子供だからとか?」
「なに言っているの赤ずきん。白雪姫なんて私より一つ上なだけよ」
「ええ! 白雪姫って、まだ十四才だったの? …………て言うか、あなたたち、そんな年で結婚して大丈夫なの?」
「おとぎの国で、そんなところに突っ込んでもムダよ。とにかく、お姫さまかどうかも、子供かどうかも、人気とは関係ないわ」
そう聞いて赤ずきんは考え込む。
「じゃあ、シンデレラたちと私たちの差って何?」
「ディズニーでアニメ化されているか、されてないかよ」
「そういう問題?」
「そういう問題よ。ラプンツェルだって、ディズニーでアニメ化されるまでは、ぜんぜん人気がなかったでしょう?」
「…………確かに……。そう言えば雪の女王も、人気が出たのはディズニーでアニメ化されてからね…………。でも人気って、そんな事でしか上がらないものなの?」
おやゆび姫は、その言葉にため息をつく。
「…………もちろん、自分の努力で上げる方法もあるわよ……」
「たとえば、どんな方法?」
「……自分より人気のある人の、悪いうわさを流すとか…………」
「うわ…………。とても女らしい方法ね……」
「あら。男だって同じよ。人間の世界の政治家を見てよ……。男も女も、みんな他の政治家の欠点を探すのに一生懸命でしょう? なんてったって、自分の人気を上げるよりも、他人の人気を下げる方が簡単で確実だもの」
「うーん…………。だけど、いくら人気のためでも、そんな事をするのは嫌だなぁ……」
ドラゴンを導いて怪物を倒す大会に出場している赤ずきんは、競技が始まったとたんに、以前おやゆび姫と話した事を思い出して落ち込む。
今の自分はそんな事も忘れて、人気のためにシンデレラたちを殺そうとしているからだ。
でも彼女たちを殺せば、自分がおとぎの国で一番の人気者になれる。
それによって病気のおばあちゃんがまだ生きているうちに、願いをかなえられるのだ。
……だけど……………………。
赤ずきんは胸の奥に痛みを感じて、目をつむる。
そんな事情を何も知らないおやゆび姫は、赤ずきんの耳もとで叫ぶ。
「何やっているの赤ずきん! あなたのドラゴンを追いかけないと! この大会で優勝して、病気のおばあちゃんに自慢するんでしょう?」
だが赤ずきんは、赤いシャボン玉の中で、ぐるぐる回りながら身体をぎゅっと丸めてしまう。
そこでようやくおやゆび姫は、赤ずきんの様子がおかしい事に気が付く。
「え? どうしたの赤ずきん? どこか具合でも悪いの?」
しかし赤ずきんは答えない。
その身体を包んでいる赤いシャボン玉も、どこへ向かったらいいのか分からずに、森の上を目的もなく漂う。
そんな時、赤ずきんの真下にある木々が、月明かりの下でざわざわと揺れる。
「待って赤ずきん! 下に何かいるわ!」
その言葉に、うすく目を開ける赤ずきん。
そしてぐるぐる回りながら、なんとか苦労して下をのぞき込み、木々のすき間に無数の光の粒があるのに気が付く。
おやゆび姫も、赤ずきんのずきんの中から身を乗り出してつぶやく。
「……あの光の粒は何かしら? ホタルとか?」
赤ずきんは目をこらし、しばらくしてからハッとなる。
その光の粒は星だ。
何か鏡のように光沢のある巨大なモノが、上空の星を反射しているのだ。
「逃げ……」
その瞬間に木々がふっ飛んで木の葉を散らし、何かが赤ずきんに向かって飛び上がる。
ズザザザザザザザザザザザザザザザザン!
そしてその巨大な何かは、赤ずきんの入ったシャボン玉をつかむ。
ガキン!
つかまれたシャボン玉は、振動しながら点滅する。
ガガガガガガガガ!
「きゃ!」
「ちょ、ちょっと、赤ずきん! 自分のドラゴンが近くにいない時に、これってマズくない?」
しまった。
赤ずきんは自分が大きな失敗をした事に気が付く。
赤い魔女は、今回はひたすら逃げ回っていればいいと言っていたが、それはあくまで自分のドラゴンの近くでという意味だ。
こんなふうに自分のドラゴンから離れてしまっては、怪物に捕まった時にどうする事もできない。
あわてて赤ずきんは、首からぶら下げていた笛を吹く。
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!
その音の周波数は人間にはかすれて頼りなく聞こえるが、ドラゴンの耳には、どんなに遠く離れていてもはっきりと聞こえるはずだ。
ただしその音が聞こえたからと言って、自分のドラゴンがちゃんと来てくれるとは限らない。
ドラゴンはとにかく気まぐれな生き物なのだ。
その間にも赤いシャボン玉の点滅がどんどん速くなっていく。
ガガガガガガガガガガガガガガガガ!
「うぅ……………………」
「…………ぜんぜん来てくれないわよ、赤ずきん!」
その時、一本のとても細い光が空間を切り裂く。
ビィィィィィィィィィィィィィィィィ!
その光が赤ずきんを捕まえた何かの身体に反射して、四方八方に散らばり、その先のあちこちで大爆発が起きる。
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアン!
周りの木々や赤ずきんを捕まえた何かの身体が、爆風でガクガクと揺れ、それ以前からぐるぐる回っていた赤ずきんの身体がさらに激しく回る。
「きゃああああああああああああああああ!」
その衝撃に思わず目をつぶった赤ずきんが、うすく目を開けると、青くて巨大な影が見える。
それは翼を広げた青いドラゴンだ。
「っ!」
その姿に思わず息をのむ赤ずきん。
目の前のドラゴンは全身がガラスでできていて、透き通った身体が爆発の炎でキラキラと輝いて、見ていると心が吸い込まれそうになる。
するとそのガラスの身体の中心に輝くもやが生まれて、まるで銀河のように渦を巻き、その銀河はしだいに回転が速くなって輝きも増す。
そして、まぶしくてもう見ていられないと赤ずきんが思った瞬間に、青いドラゴンの口から細い光がほとばしる。
ビィィィィィィィィィィィィィィィィ!
けれどその光は再び赤ずきんを捕まえた何かの身体に反射して、前と同じように四方八方に散らばり、そのあちこちでさらに激しい爆発が起きる。
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアン!
だが今回は前よりも近くで爆発が起こったので、その何かは、うっかり赤いシャボン玉を離してしまう。
すかさず念じて大急ぎで上空に離れる赤ずきん。
ビュン!
しかし上空の高い位置から見ても、さっきまで赤ずきんを捕まえていた、その何かの姿はよく分からない。
鏡のように光沢がある身体に、まわりのものが映り込んで、さっぱり形がつかめないのだ。
そこに誰かの声が聞こえてくる。
「私のドラゴンのレーザーでは、あの鏡ヤドカリの身体は貫けないわね……」
赤ずきんが顔を向けると、すぐそばに青いシャボン玉が浮かんでいる。
その中で微笑む青いドレスを着た少女。
足にはキラキラと輝くガラスの靴を履いている。
その姿を見てあっけにとられる赤ずきん。
この人こんな競技にもドレスを着て来るのね…………。
おとぎの国で人気ナンバーワンの少女シンデレラは、ドラゴンと怪物が戦う上空で、いつもと変わらず美しく優雅に漂う。