第十九章 銀の魔女は、期待に胸をふくらませる
シンデレラたちを殺すように赤ずきんをそそのかした銀の魔女は、何年も前からシンデレラの国のお城にある、特別な牢屋に閉じ込められていた。
そこには結界が張られていた上に、彼女は魔法で眠らされていたから、脱出するのは不可能なはずだった。
だが三ヶ月ほど前に山奥の小さな村で地震があって、救助活動をするために多くの魔女がそこに行き、続けて起こった余震に巻き込まれてしまった。
そしてその時に重傷を負ったスミレ色の魔女が、銀の魔女を眠らせた者だったために、その魔法が弱まって彼女は目覚めたのだ。
その瞬間に銀の魔女は、魔法で心を切り離しながら自分の肉体を粉々に破壊した。
牢屋の中に肉体を残しておけば、一定時間で切り離した心が戻って、再び囚われてしまうからだ。
しかし切り離した心は、すぐに誰かの身体に入らなければ消滅してしまう。
さらに誰かの身体に入るまでは魔法も使えないので、それはイチかバチかの賭けだった。
それでも小さな光の粒になった彼女は、結界の張られていない石を組んだ壁の、わずかなすき間を通って外に出て、消えてしまうギリギリで、どうにかお城の召使いの身体に入るのに成功した。
心だけになって誰かの身体に入っても、気配を消しておとなしくしていれば、入られた者には気付かれない。
それで銀の魔女は、牢屋に残った肉体の残骸が発見されるまでに、多くの者の身体を次々と乗り換えて、遠くの町まで移動する事ができた。
けれどその時の彼女は、長い年月を牢屋で眠らされていたせいで魔力が衰えて、能力が高い魔女に見付かってしまえば簡単に捕まる状態だった。
だからできるだけ怪しまれないように、誰かの身体に入ってもその意識を乗っ取ったりはせず、その身体がどこに向かうのかも運任せにしていて、銀の魔女は偶然、赤ずきんの村にたどり着いたのだ。
ところで魔力というものは精神的な力なので、心の状態によって強さが変化する。
つまり銀の魔女の衰えてしまった魔力も、その心を満たせばいくらでも回復して以前よりも強力になるのだ。
だが彼女の心は普通の事では満たされない。
銀の魔女の心を満たすのは、人々の不幸だけだからだ。
それで彼女は、自分の魔力を回復させるために、赤ずきんの村の人々をどうやって不幸にしてやろうかと考えていて、ふと気が付く。
そこの村の人々を不幸にして魔力を回復させれば、失った肉体が再生されて自由に行動できるようにはなるが、それではシンデレラに近付くのも再び難しくなってしまう。
実は銀の魔女は、シンデレラの国で捕まって牢屋に閉じ込められるまでに、いろいろな国で人気のある者たちを次々と殺していたのだ。
それは人気のある者なら一人を殺すだけで、より多くの人々を悲しませられるからだ。
しかもそういう者をどんどん殺していけば、人々がまとまらなくなって国が混乱し、さらに多くの人々が不幸になって一石二鳥だ。
だから彼女は、おとぎの国で人気ナンバーワンのシンデレラを殺そうと、ずっと前から狙っていた。
シンデレラが死ねば、数え切れないほど多くの人々が悲しんで、自分の魔力がとんでもないレベルにまで上がるからだ。
その時に得られる魔力なら、この世のどんなに強い魔女でも倒せるだろう。
しかしそう思って何年か前にシンデレラに近付いたら、あっという間に捕まって、牢屋に閉じ込められてしまった。
その悔しさを銀の魔女は噛みしめる。
ただの逆恨みだと分かってはいるが、自分を牢屋に閉じ込めたシンデレラの国は、どんな事をしてでもメチャクチャにしてやりたい。
いや。
シンデレラの国だけでは不十分だ。
その他のあらゆる国が、自分を捕まえようと昔から追い回してきたのだから、おとぎの国にいる全ての人々を不幸にしなければ気が済まない。
どうすれば、それが可能か…………。
そう考えながら、村人の身体を次々と乗り換えて一週間くらい経ったころに、銀の魔女は赤ずきんの身体に入る。
どうやらその子は、ドラゴンを導いて怪物を倒す大会に、出場するかどうかを迷っているようだった。
大会で優勝すれば、病気のおばあちゃんを元気付けられると考えたらしい。
いつものその大会なら出場するのは血に飢えた男どもだが、今年のゲストの出場者は、シンデレラやいろいろな国のお姫さまになるという情報が流れてきたので、それなら自分でも優勝できるのではと思ったのだろう。
その時、銀の魔女はひらめく。
大会の競技中に、その子にシンデレラを殺させればいいのだ。
人々が集まる場所では警備が厳しいシンデレラも、その子が競技中の事故に見せかけて殺すのなら、見張りの魔女も止められない。
そしてシンデレラが死んで大勢の人々が嘆き悲しめば、自分は限りなく強大な魔力を得られるから、見張りの魔女たちを皆殺しにできる。
これならシンデレラの国を、大混乱におとしいれる事ができるはずだ。
しかも、その子がシンデレラを殺す前に、他の国のお姫さまも殺していれば、周りの国の人々もまとまりにくくなっているから、複数の国を一気に混乱させられるだろう。
そうやって、より多くの人々が不幸になれば、自分の魔力はさらに強大になる。
これならば七日もかからずに、おとぎの国にある全ての国々を滅ぼせるかもしれない。
ただしシンデレラが死ぬ前に、それ以外のお姫さまが死んだ時に人々が悲しんでしまうと、魔力が中途半端に回復してしまって肉体が再生され、見張りの魔女たちに勝てるほどの力が得られていない状態で、逃げ出さなければいけなくなる。
そうなるのを防ぐために、シンデレラ以外のお姫さまには、死んだ時に人々の心に残らない魔法をかけておかなければいけないだろう。
そこまで考えた銀の魔女は、赤ずきんを大会に出場させるために、魔法で彼女のおばあちゃんの病気を重くしようと決める。
ただし本当にそのおばあちゃんが死んでしまっては、赤ずきんが大会に出場しなくなるので、それは一時的なものだ。
なので赤ずきんが大会に出場するために家を出れば、赤ずきんの身体に入っている銀の魔女もおばあちゃんから離れるので、その病気は少しずつ回復に向かうだろう。
けれど、おとぎの国には電話もメールもないので、その事は赤ずきんには分からない。
だから赤ずきんは、おばあちゃんの病気が回復に向かっているとは知らずに、シンデレラを殺す訳だ。
人々の不幸が大好きな銀の魔女は、そうなった時の事を考えて笑いをこらえ、さらに赤ずきんが夜に眠っている時に、その心に干渉する。
おばあちゃんがいつも赤ずきんに、おとぎの国で一番の人気者になってほしいと言っていたという、偽の記憶を刷り込むのだ。
それを信じれば、赤ずきんは大会に出場してシンデレラたちを殺すしかなくなる。
さらに銀の魔女は夢の中で、赤ずきんを安心させためにウソをつく。
シンデレラたちには、死んだ時に人々の心に残らない魔法をかけておくから、事故に見せかけて殺せば、赤ずきんが絶対におとぎの国で一番の人気者になれると。
しかし、もちろんシンデレラにだけは、その魔法をかけない。
死んだ時に大勢の人々に嘆き悲しんでもらわないと、せっかくの魔力が得られなくなるからだ。
なのでシンデレラは、死んだ後も人々の心に残り続けて、その人気は不動のものになり、赤ずきんは永久におとぎの国で一番の人気者になれない。
そもそも病気のおばあちゃんは、そんな事など最初から望んでいないのだから、赤ずきんのする事には何の意味もないのだ。
それなのにシンデレラたちを殺してしまったと知ったら、赤ずきんはどんな反応をするのだろうか。
あっ、そうだ。
全てが終わったら、赤ずきんがやった悪事を全部、みんなにバラしてしまおう。
その事実を知ったおばあちゃんが、赤ずきんにどんな言葉をかけるのか楽しみだ。
そう考えて銀の魔女は期待に胸をふくらませる。




