第十八章 おやゆび姫も、銀色の光には気が付かない
眠れる森の美女は、赤ずきんをかばって闇の怪物に喰われたが、それは誰が見ても明らかに事故だったので、競技が終わってからの調査は短時間で済み、赤ずきんはすぐに自分用の豪華なテントに戻される。
だがその時の赤ずきんは、たましいが抜けた人形のような状態で、召使いたちがお風呂の用意をしても反応がなく、ベッドに腰掛けたままピクリとも動かなかった。
するとそこへ眠れる森の美女の世話役だった黒い魔女と、赤ずきんの世話役である赤い魔女の二人がやって来て、召使いたちの全員を外に追い出す。
そして髪を悪魔の角のように結い上げた黒い魔女が、遠くをうつろな目で見つめる赤ずきんをにらんで杖を向ける。
「今からおまえの身体を調べる」
その言葉に、くせ毛の髪がくるくるしている赤い魔女が驚く。
「えぇ! いきなりですか!」
黒い魔女は杖を持っていない方の手で赤い魔女を制しながら、抜け殻のような赤ずきんの身体を、魔法でふわりと浮かべる。
「赤い魔女。この子に油断してはいけません。昨日の競技で白雪姫という出場者が死んだ時、その世話役だった白い魔女は、その出場者の事をよく憶えていなかったでしょう? てっきりそれは白い魔女が高齢なせいかと、私も気にしていませんでしたが……」
抵抗しようとする気配もなく空中を漂う赤ずきんの服を、魔法で一枚一枚脱がせながら、黒い魔女は話を続ける。
「でも、さっき死んだ眠れる森の美女という出場者の事を、その世話役だった私が何も思い出せないのは、どう考えても変です。死んだ二人の出場者に誰かが魔法をかけて、みんなの心に残らないようにしてあったとしか考えられません」
「だけど出場者がそんな魔法をかけられていたのなら、私たちだって気が付くでしょう?」
「あなたもこの世にある全ての魔法を、かける途中で止めたものまで警戒していた訳ではありませんよね? 人を殺すような危険な魔法なら、少しでもかかっていれば気が付きますが、それほど危険でない魔法なら、出場者に半分だけかけて、もう半分を会場にかけて競技中だけ有効になるようにしていたら、私たちでも見逃してしまいます」
「……ああ、確かに…………。結界が張られた会場の中で、半分ずつかけられた魔法が合わさって発動しても、その結界の外にいる私たちには分かりませんものね……」
黒い魔女は、空中で裸にされながらも全く表情を変えない赤ずきんから目を離さずに、うなずく。
「そうです。…………ただ会場にかけられていた方の魔法は、その日の競技の終了と同時に消えるように仕込んであったでしょうから、出場者が怪物に喰われてしまった以上、もう証拠はどこにも残っていないでしょう……。一応、後でシンデレラの身体も調べますが…………」
「…………黒い魔女。あなたはそれを、銀の魔女の仕業だと考えているのですね?」
「ええ……。おそらく死んだ二人の出場者は、おとぎの国で、かなり人気が高い者だったはずです…………。私たちにはもう思い出せませんが……。たぶん銀の魔女は人々をまとめられる人気の高い者を排除してから、おとぎの国を混乱させようと企んでいるのでは…………」
そう言いつつ黒い魔女は、空中に浮かぶ裸の赤ずきんをゆっくり回して念入りにその身体を調べ、赤い魔女はそのとなりで困った顔をする。
「ところで、黒い魔女……。女の子を裸にして、こんなふうに調べるのは、いくら何でもやりすぎのような…………」
「私は昔、魔法使いでも何でもない小さな男の子に、魔法で殺されそうになった事があります。その男の子が、どうやって魔法を発動させたのか分かりますか?」
その言葉にちょっと考え込む赤い魔女。
「魔法陣を刻んだ何かを持っていたのでしょうか? その魔法陣は、あなたを前にすると、自動的に魔法を発動するようになっていたとか?」
「ええ。そのとおりです。ですが、その魔法陣はかなり巧妙に隠されていました。……その男の子の背中に、イレズミで魔法陣が彫られていたのですが、それは肌色のイレズミだったのです」
「えぇ!」
「夏の暑い日だったので、その男の子は上半身が裸だったのですが、実際に魔法が発動される瞬間まで、その背中に肌色のイレズミが彫られていたなんて、私も気が付きませんでした。……男の子が何かに気を取られて身体の向きを変えなければ、私は死んでいたでしょう」
どうやらその男の子は、どこかの悪い魔女にこっそりと魔法で眠らされて、知らない間にイレズミを彫られていたらしい。
魔法で痛みを消された上にイレズミが肌色だったので、本人も家族も友だちも、それに全く気が付かなかったようだ。
黒い魔女はそう説明してから、話を戻す。
「この赤ずきんという子は、二人の出場者が死んだ時に、その両方の現場で目の前にいましたから、もしかしたら銀の魔女の協力者かもしれません。ならば、その身体に罠が仕掛けられている可能性もありますので、念入りに調べなければいけないのです」
そう話してしばらくすると、黒い魔女は赤ずきんの身体を調べ終わって、ため息をつく。
「ふう…………大丈夫そうです。この子の身体には、どこにも魔法陣はありません」
それを聞いて、赤ずきんの世話役である赤い魔女はホっとする。
「ああ、良かった…………」
「まだ安心するのは早いですよ、赤い魔女。次はこの子の服や、持っている物を全て調べないと……」
そう話している途中で、黒い魔女の動きがピタっと止まる。
赤ずきんから脱がされて空中を漂うずきんの中から、おやゆび姫が顔を出したからだ。
「…………お久しぶりね、黒い魔女……」
「……………………」
「……あっ…………ちょっと! 何で私まで脱がせるの!」
「この赤ずきんという子といっしょにいたのなら、あなたも銀の魔女の協力者かもしれません。だから、身体を調べさせていただきます」
「え! ああっ! やめて! 私にこんな事をしたら、花の妖精の国が黙ってないわよ!」
「おやゆび姫。あなたはどうせ、いつものように花の妖精の王子とケンカをして、国を飛び出してきたのでしょう? 花の妖精の国の人たちも、もう何度目かとあきれていますよ」
「何よ! みんな心配して、私を探し回っているに決まっているでしょう! でも、王子が迎えに来て謝るまで、私は帰らないから! ……あ! いやっ!」
「そもそも、あなたはこの大会の出場者に登録されていませんから、ここにいるだけで規則違反です。なので、あなたは私たちに何をされても、文句は言えません」
「…………うぇぇぇん! 黒い魔女がいじめるよぉぉぉ!」
「あのぅ、黒い魔女。おやゆび姫の小さな身体や持っている物に魔法陣を仕込むのは、さすがに銀の魔女でも不可能なのでは…………」
「……そう言えばそうですね」
「こら! 人を裸にしといて、何よ! ぐす…………ちゃんと謝れ!」
「では赤ずきんという子の、服や持っている物を調べましょう」
「無視かよ!」
それからしばらくして、赤ずきんの服や持っている物にも、何も仕込まれてないと分かるが、赤ずきんは、もとどおり服を着せられてベッドに座らされても、全く反応がない。
「……この子の身体に、罠が仕込まれていないのは分かりましたが、この精神状態は心配ですね…………」
「二度も目の前で出場者が死んでいるのですから、無理もありません。……棄権させた方がいいのでしょうか?」
しかし、赤ずきんのずきんから飛び出したおやゆび姫が、あわててそれを止める。
「ダメよ! 赤ずきんが優勝した姿を、病気のおばあちゃんに見せるんだから!」
その言葉に二人の魔女は顔を見合わせる。
大会の出場者は、もうシンデレラと赤ずきんの二人だけだが、今から赤ずきんがシンデレラの成績を超えるのは、どう考えても無理だからだ。
それで黒い魔女は少し考えてから、肩をすくめる。
「…………分かりました。では、おやゆび姫。あなたを特別に、この子の補佐役として大会に出場するのを認めます。なので、しっかり面倒を見てください。くれぐれも無理はさせないように。ただし、あなたたち二人が銀の魔女の協力者かもしれないという疑いが、完全に晴れた訳ではありませんから、今後は絶対に怪しい動きはしないでください」
「何よ、まだ疑っているの? 銀の魔女なんて、私も赤ずきんも会った事もないわ! それなのに、怪しい動きなんてする訳ないでしょう!」
「ふぅ…………いいですか、おやゆび姫。あなたは許可もなく三日間も、その子のそばに隠れていたのですよ……。これが怪しい動きでなくて、何が怪しいと言うのですか…………。あなたが花の妖精の国のお姫さまでなければ、今すぐ牢屋に閉じ込めておくところです……」
そう言って黒い魔女は、赤い魔女とともにテントを出て行く。
おやゆび姫はそれに言い返そうと口を開くが、そのタイミングで、外に追い出されていた召使いたちがテントに入って来る。
それで文句を言えなくなったおやゆび姫は、仕方なく召使いたちに指示を出す。
「ああ、えーと…………。今までずっと、赤ずきんのずきんの中に隠れていたけど、これからは私も、あなたたちのお世話になるわ。とりあえず、赤ずきんをお風呂に入れてほしいから、もう一度その用意をしてちょうだい」
そう言われて召使いの一人が赤ずきんの前を通った時、その耳の穴から小さな銀色の光の粒が出て、おやゆび姫の耳の中に入っていく。
けれど、おやゆび姫も召使いたちも、そしてもちろん赤ずきんも、その銀色の光には誰も気が付かなかった。




