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第十六章 ドラゴンは、情けない生き物だった

「ちょっと、あんた、何してるの!」


 砂漠での競技が始まってすぐ、ある怪物を目の前にして炎のドラゴンがとった行動に、赤ずきんはあわてる。


 巨大なコガネムシみたいな怪物がカサカサと逃げながら、背中にあったいくつもの丸い袋を切り離すと、赤ずきんのドラゴンは怪物を放っておいて、転がる丸い袋の方を追いかけ始めたからだ。


 それを見て、ずきんから顔を出したおやゆび姫が大声を出す。


「ドラゴンは丸いものが地面を転がったら、追いかけずにはいられないのよ! 午前中に赤い魔女が、気を付けなさいって言ってたじゃない!」


 その説明を聞き逃していた赤ずきんは、予想外の状況にうろたえる。


「あわわわ! ドラゴンにこんな変な習性があったなんて初耳よ!」


「落ち着いて、赤ずきん! あの丸い袋を全部つぶせばいいのよ! 水を溜めた袋だから、とがった木の棒で刺せば、あなたでもつぶせるわ!」


 赤ずきんは大急ぎで周りを見回して、遺跡の端に木の棒が落ちているのを見付けると、自分を包むシャボン玉に念じてそこへ急降下する。


 ビュン!


 シャボン玉は、中にいる者が安全だと判断した物はすり抜けさせるので、地面にぶつかってムギュっとなった瞬間にそれを拾い、今度は転がる丸い袋の方を追う赤ずきん。


 だが地面を転がりながらバウンドするいくつもの丸い袋は、赤ずきんを包むシャボン玉よりも大きいので、近寄るとちょっと恐い。


 ゴロンゴロン! ボーン! ドスン! ゴロンゴロン!


「うぅ…………えいっ!」


 それでも赤ずきんが体重をかけてブスっと刺すと、丸い袋は簡単に破れて水が飛び散る。


 バン! バシャッ!


 そうやって丸い袋を全部つぶし終わり、炎のドラゴンがおとなしくなってから、赤ずきんは胸をなでおろす。


「ふう……。空間がねじれて迷路になっている上に、ワープする闇の怪物がどこに出現するかも分からないというのに、ドラゴンをまどわせる怪物まで出てくるなんて…………。この会場は異常だわ……」


 そう言いながら赤ずきんは、今の怪物を眠れる森の美女を殺すための罠に使えないか考える。


 しかし転がる丸い袋は、罠の材料としてはちょっと確実性に欠けるだろう。


 できれば、もっと確実にドラゴンを無効化できる材料がほしいのだが…………。


 そう思いながらふと横を見ると、空間が水面のようにゆらめく。


 ねじれた空間がどこかにつながる場所だ。


 それを見た赤ずきんは肩に掛けたカバンから、先がU字型になった金属の棒を一つ出す。


 魔法の音叉だ。


 その音叉は、記憶させた音に反応して、決まった音階の音を返す。


 返す音は、記憶させた音の発生源にのみ向けられるので、離れた場所にいる者に聞かれる心配はない。


 それが赤ずきんの選んだ目印だった。


 持っていた音叉を投げ、それが空中でふわふわと浮かぶのを確認してから、赤ずきんは首から下げた魔法の笛を口にくわえる。


 その笛は赤ずきんの気持ちによって音が変わるので、音叉の事を考えている時は、ドラゴンの事を考えている時とは違う音が響く。


 ピロロロロロロロロロロロロロロロロ!


 それに音叉が反応して、決まった音階の音を返す。


 ンワァァァァァァァァァァァァァァァァン!


「大丈夫みたいね、赤ずきん」


「ええ。これなら砂が巻き上げられて視界が悪くなった時でも、空間がねじれた場所の位置が分かるわ」


 赤ずきんは耳がいいので、いくつもの音叉がそれぞれ違う音階で音を返しても、どれとどれが同じ音階か聞き分けられるのだ。


 それから赤ずきんは、炎のドラゴンを連れてゆがんだ空間を抜け、さっきとはぜんぜん違う場所に出ると、そこにも音叉を浮かべて周りを見回す。


 すると遠くの方に、キラキラ光る小さな何かが浮かんでいるのが見える。


「赤ずきん、あれは何かしら?」


「……たぶん、魔法の水晶よ。シンデレラはあれを目印にしたのね…………」


 その水晶はあらかじめ記憶させた光を当てた時だけ、決まった色で輝くというものだ。


 輝いた時の色は正面からでないとちゃんと見えないし、水晶は常に持ち主に正面を向けるから、他の者に色がバレる事はない。


「シンデレラは指輪から伸びる光で、自分のドラゴンに指示を出していたから、その光を記憶させたんでしょうね……。でも、あれだと強風で視界が悪くなった時は役に立たないわ…………。耳に自信がなかったのかしら……。まぁ、あれなら私の方が有利だから助かるけど……」


「だけど、赤ずきん。いくら有利でも、まずは空間のゆがんだ場所に目印を置くのを優先した方がいいんじゃないの?」


「ええ、そうね。この会場の怪物たちはいろいろと面倒そうだから、しばらくは無視して進むわ」


 そう言って赤ずきんは、自分を包むシャボン玉に念じて、炎のドラゴンを連れて砂漠を飛ぶ。


 そして空間がゆがんだ場所を見付けるたびに音叉を浮かべていき、よどみなく行われるその作業を見て、おやゆび姫が感心する。


「この大会が始まってからまだ三日目だけど、あなた、かなりこの競技に慣れてきたわね。最初のころは何をするのも不安そうだったけど、今はぜんぜんそんな事ないもの」


 その言葉に赤ずきんは複雑な気持ちになる。


 慣れたんじゃなくて、開き直るしかなかったからだ。


 今の赤ずきんは、白雪姫を殺した事を隠しておくために、眠れる森の美女とシンデレラを殺すしか選択肢がない。


 おばあちゃんの願いをかなえるために、誰かを殺すのは間違いだと分かっても、すでにやってしまった事を、なかった事にはできないからだ。


 赤ずきんが白雪姫を殺したと知ったら、おばあちゃんがどんな顔をするか。


 それを考えるとめまいがする。


 けれどその事はおやゆび姫にも秘密なので、作業を進めながら話をそらす。


「…………確かに競技そのものには慣れてきたかもしれないけど、それ以外の事はぜんぜん慣れないわ。ここでは何でもかんでも召使いがしちゃうんだもの……。着替えるのも顔を洗うのも歯を磨くのも全て召使いがするのは、もううんざりよ」


「ああ、あれは迷惑よね」


「実は初日の夕食で出た魚料理の小さな骨が、まだ奥歯に挟まって取れないのよ。召使いにはもっと強く磨いてって言ってるんだけど、血が出るからって聞いてくれないの…………。歯ぐらい自分で磨かせてほしいわ」


 そんな話をしていると、遠くの方に丸い闇が出現するのが見えて、赤ずきんもおやゆび姫もビクっとなる。


 だがそれはすぐにドラゴンの形になって翼を広げ、二人とも胸をなでおろす。


「…………眠れる森の美女のドラゴンの方よ、赤ずきん。……怪物の方じゃないわ」


「出現した瞬間はどっちか分からないから、心臓に悪いわね…………」


 遠くに出現した闇のドラゴンは、口から闇を吐いて付近にいる怪物を倒していき、それを見ながらおやゆび姫はため息をつく。


「眠れる森の美女のドラゴンは、ワープで好きな場所に行けるから、空間がゆがんだ場所に目印を置く必要もなくて、怪物を倒したい放題ね…………」


「そんな事より、おやゆび姫。ドラゴンをまどわせる怪物って、さっきのコガネムシみたいなヤツの他に、どんなのがいるって赤い魔女は言ってたの?」


「あぁ、えーと、何て言ってたかしら……」


 その時、遺跡のすき間から何かが飛び出してくる。


 バサアッ!


 それは巨大なガの怪物だ。


 そいつが広げた左右の羽には、極彩色のハデな目玉の模様があって、ものすごく気持ちが悪い。


 ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!


 ところが、それを見て真っ先に叫んだのが炎のドラゴンだったので、赤ずきんはキョトンとする。


「ええ?」


 すると一目散に逃げて行く炎のドラゴンを指さして、おやゆび姫が叫ぶ。


「思い出したわ! ドラゴンは目玉の模様を怖がるのよ!」


「はぁ?」


 赤ずきんは、自分のドラゴンを見失わないように追いかけながらあきれる。


 ……まさかドラゴンが、こんな情けない生き物だったとは…………。


 しかしその時、赤ずきんは、今の怪物を利用すれば、眠れる森の美女を罠にかけて殺す事ができると気が付く。


 眠れる森の美女は闇のドラゴンがいて、いつでも好きな場所にワープできるから、空間のゆがんだ場所に目印を置いていない。


 そして赤ずきんやシンデレラが置いた目印は、持ち主でないと、どこにつながるか見分けるのは不可能だ。


 だから闇のドラゴンと眠れる森の美女を離れ離れにさえすれば、彼女は迷子になり、闇の怪物から逃げる事ができなくなる。


 これで眠れる森の美女を事故に見せかけて殺すための材料が、全てそろったのだ。

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