第十五章 赤ずきんは、説明の一部を聞き逃す
その日の競技が始まる前、ほうきに乗った赤い魔女が、シャボン玉に包まれた赤ずきんを連れて、砂漠の上を飛びながら説明してくれる。
「とにかくこの会場では迷子にならないように、一度通った空間のねじれた場所が、どこからどこにつながるのか、しっかり把握しないといけません」
そう言われて赤ずきんは困ってしまう。
「あのう……私、方向オンチで、普通の道でも迷っちゃうんです…………。地形を把握するのが苦手で、ねじれた空間のつながりを憶えるなんて……」
「大丈夫ですよ、赤ずきん。目印を置けばいいのです」
くせ毛の髪がくるくるしている赤い魔女は、そう言うと景色がゆがんで水面のようにゆらめく空間の前に杖を向ける。
ボンッ!
すると空中に赤い煙が発生して、モクモクとのろしのように空に昇っていく。
「付いて来なさい」
そう言いながら赤い魔女はゆがんだ空間の中に入る。
そしてそれを追った赤ずきんが、ガラっと変わった風景の中でキョロキョロしていると、赤い魔女は遠くを指さす。
「ほら、あれが見えますか?」
「…………んん? ……あっ!」
赤ずきんが目をこらすと、ずっと遠くに赤い煙が昇っている。
それは、ついさっき赤い魔女が発生させた煙だ。
赤い魔女は、こちら側の空中にもボンっと赤い煙を発生させて微笑む。
「どうです? こうすれば、煙の昇っている二つの場所がつながっていると簡単に分かるでしょう? 場所ごとに煙の色を変えれば、どこからどこへ行けるのか全て把握できますよ」
「なるほど! ありがとうございます! ああ、これなら私でも迷いません!」
だが赤い魔女は首を横に振って、今教えた事を否定する。
「でも、この方法を使ってはダメです」
「ええぇ?」
「いいですか、赤ずきん。こんな誰でも分かる目印を置けば、他の出場者にも利用されてしまうでしょう? それでは、あなたが一方的に不利になってしまいます。だから他の出場者には気付かれない、あなただけが分かる目印を置かないといけないのです」
赤い魔女はそう言うと杖を振って、赤い煙を二つとも消してしまい、それを見て赤ずきんは尋ねる。
「えーと……じゃあ、どんな目印を置けばいいんですか?」
「それはあなたが、自分で考えなければいけません。私が教えられるのは、ここまでです。競技の中で使ってもいい魔法のアイテムのカタログは、あなたの召使いが持っていますから、この後で自分のテントに戻ったら…………」
その時、突然、強風で砂が舞い上がり、周りが何も見えなくなる。
ザザザザザザザザザザザザザザザザ!
赤ずきんはシャボン玉に包まれているし、赤い魔女も自分の周りに結界を張っているから砂くらい何ともないが、視界が悪いとどっちへ進めばいいのか分からない。
それで赤い魔女はその場に止まって、赤ずきんに警告する。
「ここでは時々、こんな強風がしばらく続く事があります。こうなると、さっき見せた煙のような目印では役に立ちません。だから、どんな目印を置くか、本当によく考えてください」
そう言われて赤ずきんは考え込む。
空間がねじれて迷路になっているだけでも面倒なのに、その上、強風でいつ視界が悪くなるか分からないのはやっかいだ。
こんな状況で闇の怪物に追いかけられたら、とてもじゃないけど逃げ切れないだろう。
とにかく競技が始まったら、できるだけ短時間で、空間のつながる場所に目印を置いていかないと、生き残る事さえできなくなる。
さらに赤ずきんは、ただ生き残ればいいという訳ではない。
それと同時に、眠れる森の美女を殺さなければいけない。
しかし、どうやったら彼女を殺せるのか……。
ただ、すでにいくつか罠に利用できそうなものは見付けた。
さっき赤い魔女に言われた、自分だけに分かる目印というのも、利用できそうなものの一つだ。
けれど眠れる森の美女を殺すには、まだあと一つ足りない。
あともう一つ利用できるものがあれば、彼女を殺せるのだが…………。
そうやってしばらく考えていた赤ずきんは、ふと我に返って愕然とする。
誰かを殺す方法を考えているのに、もう胸が痛まない……………………。
すると赤い魔女が大きな声を出す。
「……赤ずきん、聞いてますか?」
「あ…………すみません……聞いてませんでした…………」
赤い魔女がため息をついて、もう一度、今説明した部分をくり返そうとした時、風が弱まって砂が晴れる。
そこに闇の怪物がいた。
ヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥム!
お城ほどもあるその巨大な闇の怪物は、何本もの闇の触手をゆらゆらさせながら、遺跡の間で何かを探している。
「!」
赤ずきんは突然の事に身体が動かない。
だが、ほうきに乗っている赤い魔女は、素早く赤ずきんに杖を向けてシャボン玉を割ると、その身体を捕まえて全速で飛ぶ。
ビュン!
そして赤い魔女に抱かれた赤ずきんが後ろを見ると、闇の怪物は、遺跡のすき間に隠れていた別の怪物を捕まえて、引きずり出そうとしているところだった。
景色がものすごいスピードで流れていく中で、赤ずきんが尋ねる。
「……何で、こんなにあわてて逃げるんですか? 結界を張っているんでしょう?」
「私一人が張っている小さな結界では、それごと喰われてしまいます。もちろん喰われても結界は破られませんが、あの怪物の体内が、どんな次元につながっているのか分かりません…………。これから死ぬまで、未知の次元の中をさまようのは嫌でしょう?」
それを聞いて赤ずきんは、やっと今、自分たちがとんでもなく危険な状況だった事に気が付く。
知らない次元に行って戻れなくなるなんて、考えただけでゾっとする。
それから、いくつものゆがんだ空間を通り抜けて、テントが設営してある場所の結界の中に入ってから、ようやく赤い魔女は肩の力を抜く。
「ふう…………ここの結界はあの怪物よりも大きいので、この中なら喰われる事はありません。もう大丈夫ですよ」
「……ねえ、赤い魔女。…………競技中にあの怪物に喰われた出場者は、一人ぼっちで、どこか別の次元に飛ばされてしまうんですか?」
赤い魔女は赤ずきんの髪をなぜながら眉をひそめる。
「…………いいえ。あなたたちを包むバリアは、あの怪物に喰われた瞬間に壊れてしまいますから、その時点で死にます……。だから絶対に、あれに近寄ってはいけません。…………それよりあなたは早く自分のテントに戻って、どんな目印にするか決めなさい。昼食の時間が終わったら、すぐに競技が始まりますよ」
「ああ! もうそんな時間ですか!」
赤ずきんはあわてて自分のテントに戻り、魔法のアイテムのカタログを急いで見ると、目印になりそうなものを選んで、それを召使いに頼んでから、食事が用意されているテントに行く。
するとシンデレラたちはすでに食事が終わった後のようで、そこには召使いたちしかおらず、赤ずきんは一人で簡単に昼食をとりながら、どうやって眠れる森の美女を殺すかを考える。
けれどいくら考えても彼女を殺すには、まだ材料が足りない。
そして赤ずきんが、赤い魔女の説明の一部を聞き逃したままなのを思い出したのは、すでに競技が始まった後だった。




