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第十四章 赤ずきんは、途方に暮れる

「ところで、赤ずきん。人間が善であろうとするのは、なぜだと思う?」


 次の日の朝、白雪姫がいなくなって三人だけが乗る馬車で、赤ずきんはとなりに座る眠れる森の美女にそう聞かれる。


 眠れる森の美女もシンデレラも、白雪姫との思い出が全て消えてしまっているので、彼女が死んだ事を悲しむ様子は全くなく、赤ずきんはその事で胸が痛むのを我慢しながら答える。


「…………人間が善であろうとするのは、周りの人たちから嫌われると、社会で生きるのが難しくなるからじゃないかしら……。悪だと社会で孤立してしまうもの…………」


 眠れる森の美女はその言葉にうなずく。


「そうね。人間が善であろうとするのは、社会のためというよりも、自分が社会で孤立したくないという利己的な理由が大きいんでしょうね……。でもそうすると本当に善かどうかは関係なくて、ただうわべだけ善に見えればいいって事にならない?」


「……そのとおりね…………。本当は悪なのに善のふりをするというのが、人間ができる最も得な生き方なのかもしれないわ……」


 赤ずきんはそう答えつつ、今の自分がまさにそれだと思って胸がさらに痛くなる。


 おとぎの国で一番の人気者になるために白雪姫を殺しておきながら、こうして素知らぬ顔で話をしている自分は、本当に最低の人間だ…………。


 するとシンデレラが、そんな赤ずきんの様子に気が付いて注意する。


「ねえ、眠れる森の美女。赤ずきんの顔色が良くないわ。昨日、目の前で事故があったんだから、そっとしておいてあげて」


「ああ、ごめん。私そういう事に、ぜんぜん気が付かなくて……」


 だがそう言いながらも眠れる森の美女は、ちゃんと赤ずきんに気を遣ってくれている。


 彼女は白雪姫の死が本当に事故なのか怪しんでいるはずだが、それをシンデレラに話そうとはしないし、赤ずきんがすでに銀の魔女と会っているのではと疑っていた事も、口に出さなくなった。


 どうやら眠れる森の美女は、思った事は本人にハッキリ言うが、証拠もない憶測で悪いうわさが広まるような事はしない主義のようだ。


 だからたぶん彼女は、白雪姫の死を怪しんでいるという事を、世話役の魔女たちにも話していないのだろう。


 それなら眠れる森の美女さえ殺せば、白雪姫の死を怪しむ人間は誰もいなくなって、自分は安全になる。


 そう思って赤ずきんはゾっとする。


 このまま自分は、都合の悪い人間を誰でも平気で殺せるようになってしまうのだろうか…………。


 赤ずきんがそんな事を考えていると、天馬に引かれた馬車は広大な砂漠の上に差し掛かる。


 すると馬車と並んでほうきに乗って飛んでいた魔女たちが、杖を構えて前へ出る。


 ただし白雪姫の世話役だった白い魔女は、事故の調査を続けるために昨日の競技場に残っているので、今いる魔女は、青、黒、赤の三人だけだ。


 そんな魔女たちの動きを目で追いながら、シンデレラが窓の外を指さす。


「次の会場が見えてきたわ」


 そこは砂に埋もれた古代の遺跡が点在する場所だった。


 巨大な石を組んだいくつもの大きな建造物が、砂漠の上のあちこちに見え、そのずっと奥には魔法で眠らされた三体のドラゴンが、空中にふわふわと浮かんでいる。


 それを見て眠れる森の美女がニヤリと笑う。


「この会場は私が有利だから、ここでシンデレラを追い抜いて、首位に立たせてもらうわ」


 今までずっと首位だった白雪姫が死んで、その成績が無効になり、シンデレラが首位になったものの、眠れる森の美女との差はそれほど大きくない。


 それでシンデレラは、ほおに手を当てて困った顔をする。


「そうね……。この会場は特殊だから、私や赤ずきんは、迷子にならないようにするだけでも大変だし…………」


 そう話していると、馬車の前の空間に複雑な図形が浮かんで、パラパラと崩れる。


 魔女たちが会場の周りを囲む結界に、一時的に穴をあけたのだ。


 ところが赤ずきんたちの乗る馬車がその穴を通った瞬間に、それを導く魔女たちが急に右に曲がり、シンデレラが警告する。


「ここから先は揺れるわよ」


 その言葉が終わりきらないうちに、馬車も魔女たちを追って急角度で右に曲がり、座席の左側にギュっと押し付けられながら、赤ずきんは尋ねる。


「さっき、まっすぐ前に私たちのドラゴンが見えたわ。その下にテントが設営されているはずよね? なんで、まっすぐ進まないの?」


「馬車の前を見ていたら分かるわ」


 シンデレラにそう言われて馬車が進む先を見ていると、空間が水面のようにゆらめいて、前を飛んでいた魔女たちの姿が消える。


「え?」


 次の瞬間、再び魔女たちの姿が現れるが、それと同時にさっきまでなかった巨大な遺跡が、その向こうに突然出現する。


「あっ!」


 その巨大な遺跡を避けて急降下する魔女たちを追う馬車の中で、椅子のひじ掛けをつかんでこらえながら、シンデレラが叫ぶ。


「この遺跡の一帯は空間がねじれて、迷路のようにつながっているのよ! だから見えているところに行きたいと思っても、ちゃんと空間のつながりを把握していないと、たどり着けないの!」


 真っ逆さまに落ちていく魔女たちが地面にぶつかると思った瞬間に、そこの空間がゆらめいて、今度は砂漠の中にあるオアシスの上空に出る。


 美しい湖の周りに生い茂る木々や、そこに集まった鳥たちを見ながら、眠れる森の美女が微笑む。


「どう? なんで私がここで有利か分かったでしょう?」


 赤ずきんはその言葉を理解すると同時に呆然とする。


 眠れる森の美女の闇のドラゴンは、目的地に向かって直接ワープできるので、どれだけ空間がねじれていても関係ないからだ。


 シンデレラや赤ずきんが迷路の中を右往左往する間に、眠れる森の美女だけが、行きたい場所にさっさと行けるのだ。


 自分たちのあまりにも不利な状況に、思わず大声を出す赤ずきん。


「こんなところで、眠れる森の美女に勝てる訳がないじゃない!」


 そう言われても眠れる森の美女は平然としている。


「二人ともかわいそうだけど、私はここでバリバリと稼がせてもらうわよ」


「赤ずきん、競技はまだ明日も続くんだから、あきらめちゃダメよ。とにかく、空間のつながりを把握しながら……」


 その時、砂漠の中央に、真っ黒い巨大な闇が出現する。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 それは闇のドラゴンが身体の形を崩して丸くなった時に似ているが、それよりはるかに大きく、お城を一つまるごと飲み込むほどもある。


 その巨大な闇を見ながら、シンデレラが心配そうに言う。


「……だけどこの会場で最も恐ろしいのは、迷子になる事よりも、あの闇の怪物に襲われる事よ…………。闇の怪物は眠れる森の美女のドラゴンと同じように、好きな場所にワープできるから、狙われたら逃げるのは難しいの……」


 見ているとその闇の怪物は、真っ黒い闇の触手を伸ばして、そばにいたドラゴンよりも大きな怪物を、二~三体まとめてパクっと喰う。


 それを見て、頭がくらくらする赤ずきん。


 どこに出現するか分からない、あの闇の怪物を避けながら、空間がねじれた迷路の中で、ワープでどこへでも行ける眠れる森の美女を、事故に見せかけて殺さなければいけないなんて……。


 しかし白雪姫の死を怪しんでいる眠れる森の美女は、できるだけ早く殺さなければ危険だし、そもそもこの大会中に彼女を殺せなければ、銀の魔女は怒って全てをバラしてしまうだろう。


 自分がした事を、おばあちゃんに知られる訳にいかない赤ずきんには、他に選択肢などない。


 けれどこの会場で、どうやったら眠れる森の美女を殺す事ができるのか…………。


 あまりの無理難題に赤ずきんは途方に暮れる。

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