第十三章 赤ずきんは、決心する
夢の中で赤ずきんはうずくまる。
白雪姫を殺した上に、彼女が人々の心に残らないように願ってしまったのを後悔するあまり、その身体は氷のように冷たい。
ところが、しばらくすると甘い香りとともに身体が温かくなって心もいやされ、不思議に思って顔を上げる。
すると自分がいつの間にか、銀の魔女に後ろから抱きしめられている事に気が付いて、あわててその手を振りほどく。
そんな赤ずきんを悲しそうに見つめる銀の魔女。
「…………なんで私から逃げるんだい、赤ずきん? お前の望んだとおり、白雪姫を人々の心に残らないようにしてあげたじゃないか……」
「……………………それは私の間違いだったわ…………。彼女を殺したのも、人々の心に残らないように願ったのも、全部、私の間違いよ……。実際に人を殺して、その人がみんなから忘れられるのがどういう事なのか、私はぜんぜん分かっていなかったの…………」
うつ向く赤ずきんに、銀の魔女はやさしく微笑む。
「ふふふ、人を殺しておいて今さら後悔するなんて、しょうがない子だねえ……。でも私が白雪姫にかけた魔法は、死んだ後で人々の心に残らないようにするものだから、彼女が生き返ればみんなも思い出すだろうさ…………」
それを聞いた赤ずきんが、えっとなって顔を上げると、銀の魔女は言葉を続ける。
「だけど死んだ人間を生き返らせるのは……」
そう言いかける銀の魔女に、赤ずきんは飛び付く。
「何か方法があるの?」
「おやおや…………。さっきは私から逃げたのに、ずいぶんと身勝手だねえ」
「……ごめんなさい。…………私、あなたといっしょだと、どんどん間違った方向に行っちゃうから、つい……」
「それは間違った方向じゃないって、前に教えてあげたじゃないか。もともと生き物というものは、自分の事だけを……」
「ダメよ! 人間は他の生き物とは違うの! だから、ちゃんと他の人の事も考えて…………って、そんな事より、どうやったら白雪姫を生き返らせる事ができるの?」
「ああ、因果応報の魔法っていうのがあるんだよ。殺した人間の命と引き換えに、殺された人間を生き返らせる魔法さ…………。ふふ、そんなに青くなるんじゃないよ。この魔法は絶対に使わないから……。何しろそれを使えば、お前に協力した私の命まで引き換えにされるからね」
そして銀の魔女は赤ずきんの髪をなぜながら、言葉を続ける。
「それに因果応報の魔法は、殺される時にすでに発動していないと効果がないから、今から白雪姫を生き返らせる事はできないんだよ。そもそもこの大会の競技中は、魔女は結界の中に入れないから、誰もその魔法を使えないし……」
「ちょっと待って、じゃあ白雪姫を生き返らせる事はもうできないの?」
「そうだねえ……。あとは魔法のアイテムで、不死鳥の欠片って呼ばれるのがあるけどねえ…………。それは身に付けている者を一回だけ生き返らせるアイテムなんだけど、希少な上に使えば無くなるから、もう残っているのはシンデレラの国に一個あるだけで……」
「でもそれがあれば、白雪姫を生き返らせる事ができるのね!」
「……話は最後までお聞き、赤ずきん。そのアイテムは、死ぬ時に身に付けていないと効果がないんだよ。だからすでに死んでいる白雪姫は、生き返らせる事ができないのさ」
それを聞いて赤ずきんは怒りだす。
「何よ! さんざん期待させておいて、結局、白雪姫を生き返らせる方法はないんじゃない!」
「まあまあ、そんなに怒らないでおくれよ、赤ずきん……」
だが落胆が大きかった赤ずきんは、手で顔をおおって泣き始める。
「…………どうしよう……。こんな気持ちじゃ…………もうこの競技は続けられないわ……」
「あらあら。おとぎの国で一番の人気者になるんじゃなかったのかい?」
「……私がバカだったわ…………。ずっとおばあちゃんの願いをかなえる事ばかり考えて……その後の事は何も考えてなかった……。シンデレラたちを殺して…………それで一番の人気者になっても…………おばあちゃんにバレたらお終いじゃない……」
「ふう……まさか今ごろそんな事を言い出すなんてねえ…………。そんなのバレなければいいんだよ」
「いつかはバレるじゃない!」
銀の魔女は、そう叫ぶ赤ずきんの肩をつかんで身体を引き寄せ、その耳もとでささやく。
「たとえ競技を続けなくても、白雪姫を殺したのがバレたら、お前はお終いだろう?」
ビクっとなる赤ずきんに、銀の魔女は微笑みながら続ける。
「ふふふふ……。そんなに心配しなくていいんだよ、赤ずきん。白雪姫が有名人のままだったら、事故の調査も厳しかっただろうけど、今はみんな彼女を一般の出場者としか思っていないからね。この競技じゃあ、一般の出場者が事故で死んだくらいでは怪しまれないよ…………」
赤ずきんは涙をポロポロとこぼしながら、銀の魔女に尋ねる。
「……あなた……どうやって白雪姫に……人々の心に残らない魔法をかけたの? ……彼女の近くで魔法を使えば……見張りの魔女たちに見付かって……捕まってしまうんでしょう?」
その言葉に銀の魔女はニタっと笑う。
「魔法を半分ずつかけたのさ。白雪姫の身体に半分だけかけて、もう半分は競技場にかけておいたんだよ。決まった時間にしか発動しないようにしてね。だから白雪姫は、競技の時だけ魔法がかかった状態だったけど、その時に結界の外にいる魔女たちには気付かれなかった訳さ」
そして彼女は楽しそうに話を続ける。
「おとぎの国では魔法はそこら中で使われているから、見張りの魔女たちも、その全てに神経を尖らせる訳にはいかないだろう? だから命にかかわらない魔法が、半分だけかかったくらいじゃ気付かれないのさ。もちろん命を奪う魔法だったら、半分でも気付かれただろうけどね」
赤ずきんはそれを聞いて息をのむ。
「…………という事は、シンデレラと眠れる森の美女にも、もうすでに人々の心に残らない魔法の半分がかけてあるのね……」
「そうだよ。あとはこの大会の競技中に、その二人が死ねばいいだけさ」
赤ずきんは涙を拭いて、銀の魔女の目をのぞき込む。
彼女は脅すような言葉は何も口にしていないが、もしも自分がこの競技を棄権なんかしたら、きっと本当の事をみんなにバラすのだろう。
だからもう赤ずきんは逃げる事ができない。
しかし、こうなったのは全て自分のせいだ。
赤ずきんが白雪姫を殺したのは、銀の魔女に命令されたからではなく、自分の意思でした事なのだから。
その事をおばあちゃんに知られたらと考えて、赤ずきんはブルブルと震え、そんな赤ずきんを抱きしめながら銀の魔女はやさしく語りかける。
「赤ずきん、そんなに怖がるんじゃないよ。もっと前向きに考えておくれ。このままシンデレラと眠れる森の美女の二人を殺せば、お前はおとぎの国で一番の人気者になれるんだからね。こんなチャンスは二度とないだろう? ふふふふふふ……」
その笑い声が響く中で、赤ずきんは夢から覚める。
赤ずきんの身体はシャボン玉に包まれているので、意識を失っても空中を漂ったままだ。
すると同じようにシャボン玉に包まれて、そばを漂っていたシンデレラと目が合う。
「ああ、よかった! 気が付いたわね!」
どうやら赤ずきんが意識を失っていた時間はほんのわずかだったらしく、ほうきに乗った魔女たちが海から上がって、ようやくこっちへ向かって来るところだ。
けれど赤ずきんの顔色があまりにも悪いので、シンデレラは心配する。
「ねえ赤ずきん、本当に大丈夫? 事故の調査に立ち会う前に、少し休ませてもらったら?」
「……心配してくれてありがとう。…………でも大丈夫よ……」
赤ずきんの身体はふらふらだったが、事故の調査を長引かせれば、それだけ怪しまれる。
だから赤ずきんは、シンデレラと別れて魔女たちの方へ向かいつつ、気合を入れて背筋を伸ばす。
その後、事故の調査は夕方まで続き、赤ずきんは魔女たちに囲まれながら、海の底で何度も白雪姫が死んだ時の状況を聞かれる。
だが銀の魔女が言ったとおり、有名人でなくなった白雪姫を、赤ずきんがわざと殺したなんて誰一人思わない。
赤ずきんが一般の出場者を殺す理由がなく、理由もない殺人をこんな危険な大会に出場してまで行うほど、赤ずきんの頭がおかしいとは思えないからだ。
それで白雪姫が死んだのは事故だという結論が出て、赤ずきんは解放される。
そして太陽が沈んでいく中で、赤ずきんが湖の島に設営された自分専用のテントに戻ると、すぐにシンデレラと眠れる森の美女が訪ねて来る。
「大変だったわね! 事故であなたも危険だったのに、その調査にまで付き合わされて……」
しかしその事故を起こした張本人である赤ずきんは、これ以上その話をしたくない。
「ごめんなさい、シンデレラ。今日はもう一人で休みたいの」
「ああ、私の方こそごめんなさい……。じゃあ、明日、朝食の時に会いましょう」
そう言ってシンデレラは自分のテントに戻って行くが、なぜか眠れる森の美女はそこを動こうとしない。
「……赤ずきん。一分だけでいいから、話をさせてちょうだい」
そう話す眠れる森の美女の目が鋭くてドキっとした赤ずきんは、動揺を隠そうとして、うっかりそれを受けてしまう。
「…………一分だけよ、眠れる森の美女……」
すると眠れる森の美女は、赤ずきんの目をじっと見たまま尋ねる。
「ねえ、赤ずきん。私たちはこの大会で初めて会ったわね?」
「……ええ、そうよ」
「最初に会った時、私があなたに何て言ったか憶えている?」
「えーと……。確か、ディズニーのアニメ版の名前では呼ばないで、だったかしら?」
「そうね。その名前はディズニーの著作権が絡むから……」
「あのう、眠れる森の美女。そういう話は明日に…………」
眠れる森の美女はその言葉を無視して、腰をかがめて赤ずきんと目の高さを合わせる。
「あなた、白雪姫との会話は憶えている?」
「え?」
「この大会で私と初めて会ったのは、あなたも白雪姫も同じはずよね? でも私は、あなたとの会話は憶えているのに、白雪姫との会話は何も憶えていないの。それはなぜかしら?」
赤ずきんの背中に冷たい汗が流れる。
「…………さあ、なぜなのか私に聞かれても……」
眠れる森の美女は、鼻が触れ合うほど赤ずきんに顔を近付ける。
「証拠はないけど、白雪姫はみんなの心に残らない魔法をかけられていたんじゃないかしら…………。ただ、そんな魔法をかけられていたのなら、見張りの魔女たちの誰かが気付かないとおかしいんだけど……」
「……………………」
「ねえ、赤ずきん。白雪姫は本当に事故で死んだの?」
赤ずきんはその質問に、自分の中にある精神力の全てを使って答える。
「……私が白雪姫を殺したとでも?」
眠れる森の美女は、それを聞いて目を伏せる。
「……ごめんなさい…………。私、どうかしているわね……」
その言葉を最後に、眠れる森の美女は赤ずきんのテントを出て行く。
その後ろ姿を見ながら、赤ずきんは決心する。
明日は眠れる森の美女を殺そう…………。




