アーノルド・シュワルツェネ女子
きっと好きな子にはいたずらしてみたくなるのが、男の子の性なのだ。
隣のクラスにS子ちゃんという子がいた。S子ちゃんは他の女子と比べてちょっと身体が大きくて、まるで男のようにがっしりしていた。そのくせ性格はおっとりしていて、「天然」というか、どこか抜けたところがある、そんな女の子だった。学校のどこにいても彼女はその大きさで目立つから、僕らの間でも知らないものはなかった。
あるとき、調子に乗った僕は彼女に嘘を教えてからかう「いたずら」をはじめた。なんせ彼女は図体だけは人一倍大きいくせに、何でも素直に僕の話を信じてしまうものだから、それが面白くて仕方なかったのだ。今考えると僕はどうしようもなく残酷で、底抜けに無責任だった。
「S子ちゃん、明日は雨らしいよ。ちゃんと傘持ってきた方がいいよ」
「ほんとう?」
「S子ちゃん、次の体育の授業は、音楽室であるんだって」
「そうなの?」
そんな風に彼女を騙しては、晴れた日に傘を持参したり、体操着で音楽室に入っていくのを見ては大笑いしていた。S子ちゃんは嘘に気づくと、決まって顔を真っ赤にして、大きな身体を何とか縮こまらせて恥ずかしがっていた。面白いことに何回騙されても、しばらく経つとS子ちゃんはすっかりそのことを忘れていた。僕の嘘を、ころっと信じてしまうのだ。そのときの僕は、S子ちゃんのそんな姿が可愛らしいと思っていたほどだ。彼女が今どんな気持ちでいるか、全く考えもせずに。
ある日、S子ちゃんが風邪を引いたときのことだった。S子ちゃんは、いつもと違ってマスクをしていた。苦しそうに咳をするS子ちゃんに、僕は冗談半分で話しかけた。
「大丈夫?」
「ゴホッ…うん、ありが、とう…」
「元気出せよ…調子狂うわ」
「うん…」
「あのな、風邪引いたらな、水風呂に入って百数えるまで浸かってれば早く治るんだよ」
「ほん、とう…?」
S子ちゃんは顔を真っ赤にして、苦しそうに笑った。勿論嘘だ。そんなことはきっと彼女も分かっているだろう。だけど、いつもの調子できょとんとした目で見つめ返してこないS子ちゃんに、僕は拍子抜けした。よっぽど体調が悪いのだろう。これ以上からかうのも何だか悪いと思って、僕はそっとS子ちゃんの元を離れた。
それから次の日、S子ちゃんはとうとう学校を休んだ。その次の日も、そのまた次の日も、S子ちゃんは休んだままだった。僕は何だか嫌な予感がした。隣のクラスの女子にこっそりS子ちゃんの家を聞き出して、学校が終わると一人でお見舞いに行った。
「あらあら。ごめんねえ、わざわざ。あの子の友達?」
S子ちゃんの家に行くと、彼女のお母さんが僕を中へ案内してくれた。僕はお母さんに尋ねた。
「S子ちゃんは大丈夫ですか?」
「それがねえ、大分こじらせちゃって。何を思ったのか、あの子、数日前に水風呂に浸かってたのよ。ほんとにもう、昔からぼんやりしてて。どうしようもないバカなんだから!」
ちょっと怒ったように容態を話すお母さんの言葉に、僕はぞっとした。まさか…そんなことはないと思っていたが、本当に僕の言葉を信じてしまったのか。途端に、足元がぐらぐら揺れた気がした。
「ごゆっくり」
S子ちゃんの部屋に通され、後ろでパタンと扉が閉められた。可愛らしい人形が飾られた棚の向こう、奥のベッドで苦しそうに咳き込むS子ちゃんを見つけて、僕の胸はずきりと痛んだ。
「誰…?」
「…」
「あ…」
のろのろと起き上がるS子ちゃんを、僕はまともに見ることが出来なかった。単なる「いたずら」のつもりが、もう取り返しの付かないところまで来て初めて、僕は罪悪感を知ったのだった。目を伏せたまま、僕は声にならない声を何とか絞り出した。
「ごめん…」
「?…どうして、あやまるの…?」
僕はどうしようもなくなって、S子ちゃんの足元で膝を突き、堰を切ったように謝り続けた。涙が止まらなかった。最悪だ。S子ちゃんが純粋ないい子で、疑うことを知らない心の持ち主だって、僕は知ってたはずなのに。最後まで僕の言葉を信じてくれたS子ちゃんを、こんな風に傷つけてしまうことになるなんて。もう僕なんか、死んだほうがマシだ…。
「…ほんとう?」
「え…?」
僕は顔を上げた。いつものきょとんとした真っ直ぐな眼差しが、すぐそこで待っていた。