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fribble  作者: ユーフラテス川流域にて
メンチカツ編
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第六話


私の家は母子家庭で父親は妹が生まれる前に交通事故で亡くなってしまった。


母さんは私と妹を育てるために昼も夜も働いた。幸い近所に仲のいい友人が住んでいたため私と妹を預けて仕事に行き、夕方帰ってきては私達を迎え夕飯を作り、また夜のパートに行く生活だった。

まだ赤ちゃんだった妹は母さんの友人の方が一緒にいる時間が長いため母さんではなく友人を母親かと思い、母さんが迎えに来たときに友人と離れたくないと手を伸ばしてよく泣いていた。


母さんは一瞬涙目になるのだが、次の瞬間顔を引き締めて私たちのためと自分に言い聞かせて毎日働いてくれた。


子供ながらに父親がいない分母さんが頑張ってくれていることがわかっていたのでワガママを言うことはなかった。

いや、正確には一度私が小学校1年生の時、友達がサンタさんからもらったと言って自慢していたゲームガールアドバンスが欲しくて母さんに聞いたことがある。


「ママ、うちにはサンタさん来ないの?」


「...どうしたの?いきなり」


「だってね、アントニー松平くんちにもジュリエア樹里ちゃんちにもサンタさんが来てプレゼントを置いていくのに、うちには毎年来ないから」


「.....」


「ボクもゲームガールアドバンスが欲しいんだ!それがあれば皆と遊べるんだけど、サンタさん来てくれないからお願い出来なくて」


そして母さんはしゃがんで私を抱き締めた。


「ママ?」


「ごめんね...ごめんね...」


「ママ?どうして泣いてるの?」


「ごめんね...」


「ママ?」


母さんは私を痛いほど抱き締めながら泣いていた、寝ている妹を起こさないように声を殺しながら。

それから私は自分が物を望めば母さんが悲しむと思い、ワガママを言わない子に育った。


母さんはメンチカツが好きだった、だから母さんはよくメンチカツを作っていた。母さんの作るメンチカツはとても美味しくてよくご飯のおかずにでて、私も妹も母さんの作るメンチカツが大好きだった。


そんな母さん特製メンチカツを食べながら私と妹は育ち、私が高校を卒業して就職するときには妹は中学生になっていた。

これからは私も働いて母さんを楽に出来る、そう思った矢先、母さんが倒れた。


過労だった、息子の私を就職するまで育てたということに今まで頑張ってきた糸が切れたのかもしれない。

母さんはそれから入院することになった。私と妹で病院にお見舞いに行ったとき、ベットで寝る母さんの腕や手を見て、こんなに細く小さい手でよく私達を育ててくれたと私は思わず泣いてしまった。

妹も涙目で母さんの手を握っていると母さんは


「なーに泣いてるの、母さん死んだわけじゃないんだから泣かないの あんたたちちゃんとご飯は食べてる?ダルホォイはお仕事頑張ってる?テスタロッサは勉強ついていけてる?母さんすぐに退院して、あんたたに暖かいご飯作ってあげるからね」


と笑いながら私たちの心配をした。


私と妹はそんな母さんが大好きで、妹は毎日のように学校帰りに、私は早く仕事が終わった日や週末にお見舞いに行った。


そんなある日、妹のテスタロッサが話しかけてきた。


「お兄ちゃん、今日ね、お母さんに会いに行ってたらお母さん窓の外見ながらぼそっとメンチカツが食べたいって言ったんだ。だから、二人でメンチカツを作ってお母さんに持っていこう!」


「いいね、でも高級なお店で買うとかでなく、作るのか?」


「うん!確かに高いお店で買うのもいいけど、二人で作った方が愛情が詰まってていいでしょ!」


「....ん、そうだな よし!作ろう!」



それから私と妹は時間を見つけてはメンチカツを作った。失敗しては作り直し、失敗しては作り直しを繰り返し続けた。

だがなかなか母さんが作ってくれたあのメンチカツの味に近づけない、あの優しい、母さんの味に。

妹は料理の本を見て勉強したり、料理の上手い友人やその母親に質問をしまくった。

私は仕事終わりにいろんなお店に行きメンチカツを食べ、少しでも母さんの味に似ていたら作り方を聞き続けた。


そしてついに私も妹も納得する味のメンチカツが作れた、母さんの作ってる味に最も近いものが。


そして次の日、母さんに持っていった。


「お母さん!!」


「どうしたの?テスタロッサ?それにダルホォイも、なんだかいいことでもあったの?」


にやつきながら母さんのいる部屋に入った私達を見て母さんはそう言った。


「今日はねぇ、お母さんにプレゼントがあるんだよ!」


「プレゼント??」


「うん!じゃじゃーん!」


妹はそう言いながらプラスチックのタッパからメンチカツを持ってきたお皿に取り出した、そして割り箸とともに母さんに差し出す。


「これは...?」


「これね、お母さんの好きなメンチカツだよ!お兄ちゃんと一緒に作ったんだ!」


「え....あなたたちが作ったの??」


「そうだよ、母さんに喜んでもらえるようテスタロッサと頑張って作ったんだ 味に自信あるから食べてくれよ」


「そうだよ~!愛情もたっぷり入ってるからねぇ~!」


「あんたたち....」


母さんはそう言ってお皿にあるメンチカツを見つめた。

そのメンチカツはお店で売られているような綺麗な円形でなくて、少し不格好な形になってしまったけど、私と妹が一生懸命作った物で。


母さんは割り箸をわるとメンチカツを一口食べた。

私と妹は食べてくれた嬉しさと味の不安の気持ちで母さんを見つめる。


「.....」


母さんはメンチカツを見つめたまま何も言わない。また箸をのばすことなく、メンチカツを見つめている。

思わず私と妹は不安になりお互いの顔を見合わせる。

 

「....お母さん....口に合わなかった...かな....?」


妹が訪ねると母さんは首を横に振った。

そしてグスッとすすり泣き始めた。


「美味しい....美味しいよ....お母さんこんなに美味しいメンチカツ今まで食べたことないよ...ありがとう...ありがとう..」


そう言ってすすり泣き続ける母さん。私と妹は笑顔で顔を見合わせる。


「も~お母さん!私達お母さん笑顔になって欲しくて頑張って作ったのに泣かないでよー!」


「そうだよ母さん、泣いてないで!ほらっ!まだまだあるから食べて食べて」


「ありがとう...ありがとうねぇ...お母さん、今世界一幸せだよ あんたたちもこんなに大きく、優しい人になってくれて良かった...これでお父さんに会ったら誉めてもらえるよ」


「ちょっとお母さん!何言ってるの!お父さんと会うのはまだま....だ...グスッ...先のことでしょ!」


妹は泣いてる母さんからのもらい泣きと、母さんがいなくなったことを想像してか泣き始めた。


「そうだよ母さん、まだまだ生きて俺たちのこと見守ってもらわないと」


「うん...うん...わかってる、わかってるよ....ほんとありがとうね...」


泣いている二人を見て私までももらい泣きとしてしまい、最後は皆で抱き合うようにして泣いた。

泣き終わるとお互い涙で腫れた目元を見て笑いあった。





あれから20年......


私は結婚し、子供も産まれ一児の男の子の父親となっていた。もう38歳でいいおじさんだ。

妹もお腹の中に子を授かり、今じゃずいぶんお腹も大きくなっている。

今日は年末で母さんと過ごしたあの家に帰る日だ。妹と妹の旦那さんはもう着いているらしい。


車で1時間ほど走り、家に着くと車のドアを開けて息子が家のドアに向かって駆け出した。


「こーら!慌てない!」


妻の光恵が転ぶことを心配して息子を注意する。

そして息子がドアを開けて叫んだ。


「おばあちゃーん!!」


「あら、お帰りなさい」


「ボクおばあちゃんのメンチカツが食べたい!」


「ふふふ、たくさん作ってあるからたっくさんお食べ」


母さんは微笑みながら私の息子にそう言った。


***

作:タスマニアン

***

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