第四話
夕暮れだというのに妙に蒸し暑かったのを覚えている。
私は同級生の由美と同じ部活の八島先輩の愚痴を言い合いながら帰宅中だった。
「祥子ー!先輩マジでどうにかしてよ!あの人アタシにだけやたらきついって!」
「見ててこっちも気分悪いよ!どうにかしてほしいよね!」
そんなどこにでもあるような会話をして家に着いた。家にはお母さんが夕飯の支度をしているところだった。
「おかえり。祥子、お風呂入るでしょう?シャワー浴びるついでに掃除してお湯入れてきてくれる?」
「はーい。」
いつも通りの木曜日だった。
・・・来週の月曜日は英語が小テストあるから少し勉強しないと。
そう思ってシャワーを浴びて浴槽にお風呂用洗剤を吹き付けたスポンジで掃除して、お風呂から出た時だった。
プルルルル!プルルルル!
電話が鳴っているのがわかった。どうせお母さんが取るから気にはしていなかったが、なぜだか胸騒ぎがした。
受話器を取ったお母さんが明らかに震えた声を発している。
私も何事かと思って緊張しながらお母さんの元に向かった時にはお母さんは話を終えて受話器を置いたところだった。
「どうしたの・・・?」
「哲夫が、もう三日も会社に行ってないんだって、社宅にもどこにもいないからって事で、うちに電話が来たみたい・・・警察が動き出すって」
お母さんは顔を青ざめて近くの椅子に座り込んだ。
私は何も言えずにただ立っていることで精一杯だった。
翌日、警官が二人訪れて状況を説明してくれた。
「防犯カメラにも哲夫さんは社宅に帰宅したところは映っていたのです。しかし、出て行ったところは記録されていない・・・防犯カメラに映らないような場所の窓も含め戸締りもしっかりされていました。」
警察の人はよくわからないことを言う。出て行った形跡もないのにお兄ちゃんは居なくなってしまったというのだ。
「えっと、つまり、どういうことなんですか?」
お母さんは頭を抱えながら警官に聞き直した。
「つまり、哲夫さんは密室で消えてしまったということになります。」
「そんな!ありえないでしょう?!」
お母さんは声を裏がらせながら警官達に詰め寄った。
「落ち着いてください。今わかっている限り、というだけです。なんらかのトリックがあって密室ではない可能性もあります。・・・言いにくいですが、哲夫さんは証拠を残さないような犯罪のプロに連れ去られたことも考えられます。」
それを聞いたお母さんは、気を失ってしまった。実の息子がいわゆる殺し屋の様な者に連れ去られたと言われたら気をおかしくすることもあるだろう。
警官はお気の毒にといった顔をした後に、今日は帰りますとだけ言って二人とも重そうな身体を持ち上げて玄関に向かった。
私はそれを見送るために、お母さんをソファに寝かせてから玄関に向かった。
「あ、お嬢さん、哲夫さんに最近メンチカツの入った荷物を送ったということはありますか?」
警官の一人が突如よくわからないことを言う。
「メンチカツですか?いえ、兄は油物が嫌いでしたから、送ることはないですね。」
特にお腹の出た警官が、うーんと唸る。
「そうですか、おかしいんですよね。買ってきた形跡もなければ、貰った形跡も、作った形跡もないのに、メンチカツが一つ哲夫さんの自宅のトイレに落ちていたのです。」
「そう、なんですか」
私は、この時、まだわからなかった。
このメンチカツが一体どんな意味を持つのかを・・・。
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作:ナルミネ
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