The end of the World
いつも「明日世界が終わったらどうしよう」なんて暗いことを考えていたのですが、そこから、ふと物語を書いてみようという境地に至りました。
途中、展開に違和感を覚えることもあるかと存じますが、子供の戯れだと思って、どうか最後まで読んでやってください。
世界最後の日、貴方は何をしますか?
僕が最初にそれを質問されたのは、小学校に上がってすぐのことだった。なにも僕だけに限ったことではないし、特別なことでもない。
その質問は毎年毎年繰り返され、中学、高校と進学していってもそれは変わらなかった。それにクラスメートの顔触れも。流石に先生は高校になると変わったが、それでも中学校までは同じ担任だった。このご時世、職に就いている人は減りこそすれど増えることは殆ど無い。これから職に就こうとする人は余程の物好きか、レポートを信じていない少数派程度だけだろう。
そのレポートのタイトルは『The end of the World』、つまり「世界の終わり」。僕が生まれる数年前に発表されたらしい。著者の名前も、性別も、年齢も、外見も、背丈も、何を意図して書いたのかも不明。そのレポートの始まりは、ある特定の日時と、「この日、世界が終わる」という一文だけだった。後の頁の半分は、これまでに起きた異常気象の原因と相互の関係性の説明。そして残り半分は、これから起きる異常気象とその日時。つまり、一種の予言書だ。
当然、こんなレポートが発表された日にはとんでもない騒ぎが起きたらしい。これまでの異常気象の説明を読んで納得し、ある程度の信憑性を持つと判断した人も極少数人いたが、大抵の人はノストラダムスの大予言のようなものだと思っていたらしい。
だから、一番初めに起こると予言されていた異常気象が実際に起こった時、信じる派と信じない派の人数は見事にひっくり返った。その後も予言された異常気象は次々発生し、世界の終わりは本当に起きるという噂が静かに、だけど根強く皆に広がっていった。
世界が終わる。それも、百年後や二百年後といったものではない、ほんの二十年後に。今までやりたくない仕事を強制させられ、耐え難い屈辱に耐え、下げたくない相手に頭を下げてきたような人間がそれを知ったらどうなるか。「どうせ世界が終わるなら」、その言葉を免罪符に離職率は急激に跳ね上がり、一時は50%を超えたこともあった。さらに危惧すべきだったのが、治安の悪化。今まで発散されることの無いストレスをため込んでいたサラリーマンなどが暴徒と化し、自分のやりたいことを好き勝手やるようになったらしい。それが、レポートを発表してから約三年間。そして四年後、僕達も教科書で習ったとある若者が、国会の上で演説を行った。その若者が三島由紀夫をリスペクトしていたのかは分からないが、街を歩く人々が彼の言葉に耳を傾けた時、その若者は何も持たずに肉声で叫んでいたらしい。
「僕は、こうやって皆の前で喉を嗄らすことになるとは思っていなかった。だけど僕は、僕たち日本人を、日本人を信じたいからこういうことを考え付いたんだ。後16、7年後に世界が終わるのかもしれない。だから、どうせ死ぬんだから好き勝手やってやろうと思っているんだろう。僕もその気持ちはわかるし、今だってこうやって好き勝手やってる。だけど!だけど、本当にこれでいいのか?物を奪って、人に乱暴して、挙句の果てには殺して…それでいいのか?貴方は、それで幸せだと感じるのか?
以前にも何度か起こった異常気象の被災地を、被災者を思い出してほしい。彼らは死ぬかも知れないという状況を経験してなお、人助け、共存という道を選んだ!
それが今はどうだ?確かにその時と状況は違うかもしれない。でも、最近じゃどうだ!幾度どなく発生する略奪や暴動、これに対し治安出動すらしなくなった警察。これがどういうことかわかるか?子供たちや常識のある人たちは毎夜を震え、眠ることすらできない!これが貴方達の起こした行動の結果だ!
以前はいついかなる時も規則を重んじ、和を重んじ、世界に賞賛された日本人が今はどうだ!なんの秩序もない、ただの暴徒じゃないか!それでいいのか!今、我々日本人が立ち上がり、自制をするべきではないのか!皆はどうしたいんだ!数々の暴虐の限りを尽くし、その上に待つ小さくて孤独な死を迎えるか!共に立ち上がり、日本人としての誇りを胸に、世界が終わるその瞬間、『人間』として尊厳ある死を迎えるか!貴方は、世界最後の日、どうするんだ!どうしたいのかを、良く考えるんだ!」
高校の担任はこの演説を生で聴いていたらしい。殺人を犯したりしたことはないが、コンビニから万引きを行ったりしていたところ、偶然演説が聞こえてきたと。若者の演説が終わった時、どこからともなく拍手が鳴り響いた。担任の隣には手に持っていた獲物をとり落とし、涙を流す人もいたそうな。
「あの演説によって暴徒は段々といなくなっていったんだ。そして、レポートが発表される前と同じくらいの治安に戻ったってわけ。だから、最後の授業ではどうしてもこれを説明したかったんだ。まあ、それでも職についてるのは私みたいな変わり者くらいだけどね」
僕の担任は、高校最後の授業をこう括った。
「それを言ったら、態々通わなくてもいい学校に来てた私達も、ですよ」
幼馴染の加奈がそう楽しそうに言って、クラスメートの笑い声と共に終業のチャイムが鳴る。
「それでは皆さん、さようなら。短い間だったけれど、とっても楽しかったよ。もしもレポートが外れて、明日の夕方を過ぎても生きていたら、また明後日」
担任はそう言って、教室を後にしていく。
夕日の翳る帰り道、幼馴染の加奈と二人、通い慣れた道を歩く。普段はこんなに遅くなることはあまり無いのだけれど、友達と積もる話をしていたらこんな時間になってしまっていた。
「夕日、綺麗だね…」
ゆっくりと歩いていた加奈がポツリ、と呟く。首を巡らせてみると、西に傾いた大きな夕日が町を照らし出していた。町の商店街の中には数店、元気なおじいさんやおばあさんが営業している店もあったが、殆どの店はシャッターが下りていた。きっと家族と一緒に最後の晩餐を楽しんでるのかもしれない。僕も家族と一緒に食べる最後の晩御飯に思いを馳せる。家への歩を進めた瞬間、大きな揺れが襲ってくる。
「っしゃがんで!」
無意識のうちに加奈の手を掴み、覆いかぶさるようにしゃがみ込む。数十秒後、揺れが収まってから顔をあげてみると、真上に伸びていた電線が揺れて、少し弛んでいた。見ると、電柱が少し内側に傾いたようだった。商店街の中では、看板が倒れていたり商品が散乱していた。反対側の家では窓ガラスが数枚割れたようだった。幸い、五分に一人通るか、くらい人通りの少ない道だったので怪我した人はいなかった。ここ一週間は殆ど外で人を見掛けない。たまーに出会うのは、犬の散歩をしている女性や打ち水をしているおばあさん程度だった。
「危なかったー…」
大丈夫?と聞こうとして加奈の方を振り返ると、加奈の顔が真っ赤になっていた。何事か、と思ったけど、僕が加奈の手をぎゅっと握っていたことに気付いた。
「ごご、ごめん!つい…」
慌てて手を離して、顔を背ける。だって、きっと僕も真っ赤になっているだろうから。
「ううん、大丈夫!あ、そう、お店片づけるの手伝お!ね!?」
加奈も慌てて笑顔を見せて、商品が散らかっているお店に向かう。
若干気まずかったけど、困ってる人は助けないと。そう思って、加奈に続いてお店に入る。
「ごめんねえ、助かったよ、ありがとう」
お店の中では、おばあさんが倒れた棚のそばで右往左往していた。声を掛けて、棚を起こすのを手伝う。と言っても女子やおばあさんに手伝わせるわけにもいかず、僕が一人でなんとか頑張ったけど。
途中、隣のお店の人が手伝いに来てくれたりして、30分くらいで綺麗に片づけることができた。
「あんたたち、御菓子でも食べていかんかい?」
そう質問の形をとってはいたけれど、僕達の返事を待たずにおばあさんは奥へ行ってしまった。少し待っていると、木製のおぼんの上に沢山の駄菓子を載せたおばあさんが、暖簾をくぐって出てくる。
「こんなもんしかないけど、好きなもん持って行きな」
そのおぼんの上に置いてある駄菓子の多さに、思わず息を呑む。
「おばあさん、こんなに貰っちゃっていいんですか?」
「ああ、勿論さ。誰も食べてくれないまま仕舞い込んでおくより、誰かに食べてくれた方があたしは嬉しいさ」
「それじゃ、お言葉に甘えて…」
とはいいつつも、流石に遠慮なく取ることは出来ない。そんな心が読まれたのか、おばあさんは駄菓子をひっつかむと僕のポケットに捻じ込んできた。
「遠慮なんかすんじゃないよ。あたしには一発でわかるんだからね」
そう言うと、少しだけ欠けた前歯を見せながら、悪戯っぽく笑って見せた。
「あのおばあさん、良い人だったねー!」
歩きながら駄菓子を頬張ってるホクホク顔の加奈。
「…この駄菓子も食べる?」
さっきおばあさんに捻じ込まれたうちの一つを差し出すと、「ほんと?ありがと!」と言ってひったくる。
「それにしても暑いね」
シャツの襟をパタパタして、熱を外に逃がそうとする。
「もしかして、これも異常気象なのかな?」
そう言って微笑んでくる加奈の顔を僕は直視できない。
「あ、もう家だ」
加奈が声を上げる。そうか、もう家か…
「それじゃあね、加奈」
「じゃあねっ!」
加奈が手を振って隣の家に入っていく。その姿が見えなくなるまで手を振っていたけど、やがてそそくさと家に入る。
「ただいまー…」
「お帰りー、今日は遅かったわね、友達と話してた?」
玄関を開けると、丁度目の前に母さんがいた。
「んー、まあ」
「それとも、お隣の加奈ちゃんと…」
「なんもしてないよ!商店街のお店が散らかったから、片づけるの手伝ってただけ!」
ま、なんでもいいけどねー。そう言いながら台所へ消えていく。
「あ、今日の晩御飯、から揚げだから!きちんと手ぇ洗いなさいよ!」
別にから揚げじゃなくても毎日手は洗ってるよ!っていう僕の叫びは母さんに届くことはなかった。
「ふぃー、ごちそうさま!」
「『ごちそうさま』だけじゃなくてきちんと食器戻さなきゃだめじゃない!」
妹が口を尖らせる。肩をすくめて食器を台所に持っていくと、既に父さんが食器を持ってきていた。
「あいつはすぐ怒るからなー」
父さんがおどけてそう言っていたけど、丸聞こえだったことがわかると口にチャックをしていた。
「今日のから揚げ、あいつが作ったらしいぞ」
水の音にギリギリ隠れるくらいの音量で僕に耳打ちしてくる。これでご機嫌取りをしろっていうことだろう。
「いやぁ、今日のから揚げはおいしかったなー!ほっぺが落ちそうだったよー!」
やばい、若干棒読みだったか?そう思いチラッと見てみる。
「そりゃそうだよ、私が腕によりを掛けてつくったもん!」
棒読みだったことには気づいてないようで、腰に手をあてがって胸を反らしていた。簡単な妹め。
ふと、何処か懐かしいような英語の歌が聞こえてきた。見ると、母さんがラジオの音量を上げていたようで、この英語の歌はどうやらラジオかららしい。因みに、テレビは一ヶ月くらい前から映らなくなった。ラジオの方は局の数こそ減ったが、いまだに生きている唯一のメディアだった。
「あーこの曲、懐かしいわね!私が子供のころの映画の主題歌なんだけど、二人も聴いたことあるでしょ?」
確かに僕達もずっと前にラジオで聞いたことはあるし、レンタルビデオ屋から映画を持ってきた時、この歌が流れた映画があったような気がするが、何分英語の歌詞だから意味がわからなかった。
「お前達もまだまだ子供だな」
食器洗いから解放された父さんが母さんの隣に腰掛けて、ラジオに耳を傾ける。
「この歌詞はな、詳しい和訳は忘れたが、『夜が訪れて真っ暗な闇の中でも、例え空が落ちてきて、山が崩れたとしても、あなたが僕の傍にいてくれたら怖がる必要はない。君がトラブルに巻き込まれた時、僕が傍で支えてあげるから。』っていうような歌詞だったと思うぞ」
「良く覚えてるね、父さん」
「そりゃあ、俺と母さんの思い出の曲だからな」
それは初耳だった。二人の馴れ初めには別に興味無いけど、歌がきっかけになるっていうのは結構ロマンチック!なんて言ってるのが聞こえる。その間、僕はこの歌の歌詞が驚くほど現状に合っているような気がしてた。空が落ちるくだりは異常気象のことだとして、それが起きても、君が僕の傍にいてくれたら、確かに怖くない。不思議と心強く、暖かい気持ちになれるんだ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!なにニヤニヤしてるの?」
気が付くと、妹が僕の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫だよ、お兄ちゃんは恋の真っ最中だからしょうがないんだ」
「違うってば父さん!考え事してただけだよ!」
なんの考え事かは口が裂けてもいえないけどね…
「ねえお兄ちゃん」
自分のベッドの上でくつろいでいると、不安げな顔をした妹が入ってきた。
「ん、どうした?」
「…明日、終わるんだよね…」
何が終わるかは、言わない。言わなくても通じる。
「…そうだな」
「お兄ちゃんは怖くないの…?」
「あんまり、かな…ぶっちゃけ、世界が終わるっていっても実感湧かなくてさ、怖がれないんだ。僕はやりたいこともないし、なにもすることがないんだ。だから態々高校にだって通って…」
「そう、なんだ…私は、怖いよ…お兄ちゃんやお母さんたちとも別れることになるし、もっと料理をいろんな人に食べさせたかった。もう明日には世界が終わるっていうのに将来の夢を決めるのはおかしいけどさ、でも、私は料理人になってみたかった…」
「お前の腕なら、きっと三ツ星間違いないだろうな」
…バカ。その一言だけを残して、部屋から出ていった。
「将来の夢、かぁ…」
真っ暗になった部屋で一人、呟く。その言葉は僕の頭には入ってこずに、部屋の中を漂っていた。
朝日が昇る。結局、色々と考えすぎて一睡も出来なかった。妹も同じようで、僕達の目の下には、大きな隈が出来ていた。
「おはよ」
「…おはよう」
いつもと何ら変わりの無い挨拶をして、なんとなく外へ出てみる。いつもはこんな時間に起きることが無いから、毎日目にするこの町がなんだか違って見えた。
「あ、おはよ!」
ふと、横から声を掛けられる。首を巡らせてみると、そこには加奈がいた。
「お、おはよう!」
加奈は僕と違って隈が無くて、服装からしてもランニングをしようとしてるのがわかった。
「毎日やってるの?ランニング」
「まあね!走ってるとさ、私の知らない町が見えてくるんだよ!一緒に走る?」
願ってもいない誘いだ。答えは考える余地もない。
「朝の風って気持ち良くない?」
僕の前を涼しげな顔で走りながら、笑顔で僕に話しかけてくる。対する僕は、額に玉のような汗を浮かべながら必死に追いかけていた。
確かに風は涼しいし、朝露が浮かんでいる花のような良い匂いもする。それに、今まで僕が見てきた町とは違う町がそこにはあった。
だけど、いかんせん加奈が速過ぎる。これでも結構ペースを落としてくれてるであろうことはわかるけど、それでも、今までろくに運動していなかったもんだから厳しい。こんな奴が突然走るだなんて、片腹痛いってか。こんなくだらない冗談でも考えてないと、今にも倒れこみそうだった。
「いったん休憩しよっか!」
ベンチと自動販売機がセットになっている休憩所を見つけて、加奈が声を上げる。僕は朝露で濡れていないベンチを目敏く選別して、飛び込む。良い具合に冷えたベンチは気持ちよく、ついつい情けない声が出てしまう。
「ちょっとちょっと、溶けてるよ!」
そう笑いながらスポーツドリンクを差し出してくれる。慌てて飛び起き、丁寧にドリンクを受け取る。
「ごめんね、こんな遅くて」
「ううん、私の方こそごめんね、急に誘っちゃって。こんな朝に他の人と出会うことなんて滅多に無かったからつい誘っちゃった」
そう言って舌を出す加奈はとても様になっていた。
「今まで他の人と走る機会なんて、無かったんだ。だからさ、一緒に走ってくれて、ありがと!」
おかしい、僕は謝ったはずなのに、いつの間にか感謝されていた。
「いやいや、それこそ、僕の方こそありがとうだよ!加奈がいなかったら、走ってみようとはおもってなかったから!ありがとう!」
なんで僕はこうも場を気まずくしてしまうのか。互いに少し照れてる様な、こそばゆい感覚に襲われる。
「加奈!僕さ、あの…その…」
どうしても言葉が喉に突っかかる。口に出してこの思いを全て君に伝えたいのに、伝えてしまうと、僕のこの壊したくない世界が壊れてしまうようで、言葉が出てこない。
「じゃ、とりあえず家までもどろっか!」
不思議そうに首を傾げてた加奈だったけど、腕時計を見て口を開く。一方で僕は、この感覚に気を取られ過ぎて、帰りのことをすっかり忘れてしまっていた…
「とうちゃーく!ささ、早く入って汗拭きな!」
「う、うん、ありがと、加奈…」
今日は珍しく、加奈が僕の家の前まで来てくれた。といってもすぐ隣に加奈の家があるけど。
僕はあまりに疲れたせいで、玄関前に着くと、加奈に手を振ってすぐ家に入ってしまった。
「はあ、はあ、ただいま…」
「お帰り、どこ行ってたの…ってどうしたのその汗!?大丈夫?」
「大丈夫だから…お茶、頂戴…」
わかった、待ってて!と言って駆けていく妹を横目に階段を登り、バスタオルと着替えを持ってきてシャワーの準備をする。朝風呂は体に悪いっていう話を聞いたことはあるけど、もう気にしなくてもいいだろう。どうせ今日の夕方には全てが終わるんだ。
準備が終わったところで、下からチャイムの音が聞こえてきた。この時間に人が来るのは珍しいと思いつつ、顔の汗を少し拭いてから階段を下り、玄関のドアを開ける。だけど、目の前には誰も無かった。まさかこの期に及んでピンポンダッシュか?なんて思ってたら、丁度お茶を持ってきてくれた。
「今の、誰だったの?」
「さあ。誰もいなかったよ。ピンポンダッシュかなんかじゃない?」
ありがとうと言ってコップを受け取ると、表面張力ギリギリに入っていたお茶を一気に飲む。お腹が冷える感覚があったけど、痛くはなって無い。コップを再び妹に渡すと、シャワーを浴びてくるとだけ言って、お風呂へ向かった。
「あら、やっと上がったの?丁度朝ごはんの用意が出来たわよ。さ、食べちゃいましょ」
髪の毛をタオルで拭きながらリビングに行くと、母さんが味噌汁をテーブルに置いているところだった。今日の朝食は特段変わったものも無い、味噌汁と昨日の残り物のから揚げだった。至って普通、だけどそれがいい。
昨日友達と話した時、僕達はいろんな話をした。生まれた時から、世界は終わると決められてるようなものだったから、今更どうこうしようとは思わない。ただ、できることなら死にたくはない。やりたいことも何もない僕がそうなんだ、やり残したことのある人はいったいどれほどか、僕には想像できない。そして最後には、どうしても『世界最後の日、なにをする?』に集約する。自分の好きなラーメンを腹いっぱい食べる人や、今まで一緒に暮らしてきた動物を思いっきり愛でるって人もいたけど、半分以上の人が、『何時も通りに過ごす』という答えだった。やっぱり人間、最後は心穏やかでいたい人が多いのだろうか。そんなことを考えながら、味噌汁を啜る。
「っはぁー…」
早朝ランニングで疲れた手足に、少し薄めの味噌汁が染みわたる。
「おいしいなぁ…」
「残念でした、今日は私じゃなくてお母さんが作ったんだよ」
僕の漏れ出した心の声に妹が反応する。
「別にこれはご機嫌取りとかじゃないよ。つい口から出ただけだよ」
はいはい、どうせ私のなんかより、お母さんのご飯の方が百倍美味しいですよーだ。口を尖らせて言う妹に、僕と父さんは同時に噴出した。あー面白い。
「なんかこういうの、良いなぁ…」
今日はよく心の声が漏れだす日だった。
「えっ、ちょちょちょ、どうしたのお兄ちゃん!?」
突然、慌てた声が耳に飛び込んでくる。どうしたのかと顔を上げると、何故か世界が滲んで見えた。
「あれ、涙…?」
数秒たって、ようやく自分が涙を流してることに気が付いた。
「あれ、おかしいな、なんで涙が出てくんだ?しかも止まんねえし。ちょっと、ティッシュ頂戴?」
誰かがティッシュを取ってくれたけど、涙は止まろうとしてくれない。
「やべ、なんかおかしくなっちゃった?これも世界が終わるせいなのかな?」
自分で言って気が付く。この涙は、世界が終わるせいなのか?僕は、悲しいのか?涙を流すほど?
「おかしいな、なんでだ?僕には、やりたいことは何もないのに…」
「…だったら、やり残したことは?」
母さんが箸を置いて、真面目な顔で見つめてくる。
「一つ、あるんじゃないの?」
「行ってきなさい。なにか、やり残したことがあるんだろう?」
「お兄ちゃん。昨日、『やりたいことはないし、なにもすることがない』って言ってたけど、それは違うんじゃない?お隣の加奈さんにはきちんと伝えたの?」
その問いに、僕は首を横に振る。僕には出来なかった。
「だったら、やることあるじゃん!早く行ってきなさいよ!」
でも、もし嫌われたら…
「そもそも嫌いな奴と一緒にランニングなんかする筈無いじゃない!いいから早く!それとも、私のお兄ちゃんは告白の一つも出来ないの?そんな人、私の三ツ星レストランに招待してあげないからね!」
そう言って腕を組む。
「……わかったよ。お前のレストランに行けなくなるのは困るからね」
僕は全力で両頬を叩き、立ち上がる。
「それじゃあ、行ってきます」
「…行ってらっしゃい」
「あら、どうしたの?こんな早くに…加奈?あの子ったら、こんな日にどっか行ったまま帰ってこなくて…加奈がどうかした?」
「いえ、大丈夫です、ありがとうございました…」
加奈のお母さんにお礼を言って、インターホンから離れる。そういえば、今朝は加奈が家に入るのを待つ前に先に家に入ってしまった。とはいえ、まさか家に戻らないでそのままどこかに行ったとは…
またランニングをしてるのかと思い、さっきと同じコースを再び走ってみる。でも、折り返し地点の自動販売機のところまで行っても、散歩している女性としか出会わなかった。
「はあっはあっ、どこにいるんだよ、加奈っ…」
手当たり次第に町の中を走り回る。だけど、何処にもいなかった。
「考えろ。考えろ!考えろ!!」
何度も何度も叫ぶ。
「そうだ、あのおばあさんの…!」
昨日の地震の後に、片付けを手伝って駄菓子を貰ったあのおばあさんを思い出す。可能性は無いに等しいとは思ったけど、それでも、それくらいしか考えつけなかった。とはいえ、問題だったのが、僕の居る場所とあの商店街は正反対だということだった。いまから全力で走っても、多分昼の12時に着くかどうかってとこだろう。
それでも、今の僕に選択肢はない。
結局、着いたのは目算を大幅に下回った1時半だった。僕は僕の体力を少し過大評価しすぎてしまっていたようだ。それとも、今朝のランニングが原因か。どちらにせよ、悠長にはしていられない。
「や、やっと、着いた…」
昨日の地震で少し傾いてる看板を見つけ、ようやく一息つけると思ったけど、脳が命令を下すより前に体が勝手に倒れこむ。あれ?と思った時には地面に思いっきり額をぶつけていた。
「痛ったぁ…」
体が思うように動かない。それでも、ずっと地面と抱き合ってるわけにもいかない。やっとの思いで体を仰向けにすると、突然水を掛けられた。数時間走り通した体は熱を持ち、汗でぐっしょりだったから水がとても気持ちいい。
「大丈夫かい?」
顔を手で拭うと、昨日のおばあさんがいた。手には打ち水用の桶と柄杓を持ち、僕を覗き込んでいる。
「あ、あの!昨日僕と一緒にいた、あの女の子を知りませんか!?」
「ああ、お前さんの彼女かい。生憎今日は見てないねえ。喧嘩でもしたのかい?」
「か、彼女じゃないし、喧嘩もしてませんよ!」
「おや、まだ彼女じゃなかったかい。それじゃ、急ぐことだね。あんまり悠長にしてる暇はないんじゃないかい?」
「わかってますけど、どこにいるか、見当もつかなくて…」
「それで、そんな汗だくになって、走り回って探しでもしたかい?こんな広い町、走って見つけられるわけ無いだろう」
「それでも、探さないことには、始まりませんから…」
青いねえ、とおばあさんが呟く。
「他に心当たりのある場所はないのかい?って言っても、ないからここに来たのか。それじゃ、二人の思い出の場所とかは?行ってみたかい?」
「思い出の場所…そんなのも特には…」
「全く、最近の若いのは…」
そうやって溜息をつかれましても…
「…そういえばお前さんら、昨日はどこから帰ってきてたんだい?あたしの見たところ、学生さんのようだけど。学生さんの青春の場といえば、一つしかないんじゃないかい?」
「学校かぁ…」
考えもしなかった。でも、ありえなくはないかもしれない。
「ありがとうございます、おばあさん!学校も見てみますね!」
なんとか立ち上がり、おばあさんにお礼を言う。
「それじゃ、達者でな。応援しとるぞ、お前さん!もし外れても、屋上から叫んでやりな!」
僕が加奈を探して何をするつもりなのか、おばあさんにはまるっきりわかっているようだった。
高校の校門は開いていた。僕の担任であり、この学校唯一の先生はかなりの変わり者だけど、それでも休日にまで学校に詰めてる程ではないはずだ。ということは、加奈は本当に学校にいるかもしれない。
僕は校門に手を掛けて呼吸を整えてから、ゆっくりと一歩を歩きだす。
「先生!」
校舎内に入ると、丁度階段を下りてきた担任の先生と出会った。まさか学校にいたとは…
「あら、どうしたの?こんな日に。先生に会いたかった?」
「えっ、いや、その…」
「冗談よ、そんな返事に困んないで。あの子は何時もの教室にいるわよ。さっきまで話してたもの」
「僕が加奈を探してるってよくわかりましたね」
「えっ?ああ、なんとなくね」
「加奈は、先生に会いに来たんですか?」
「ううん、そういうわけじゃないと思うわ。私がここに来たのは、たまたま学校の前を通りかかった時に校門が開いてたからだもん」
それじゃ、一体どうして学校に…?
「何で学校にいるのかはわからないけど、それは君自身があの子に聞いてみたら?まだいるはずよ」
ありがとうございます。そう言って、頭を下げて、階段に足を向ける。
「ねえ!」
突然先生に呼び止められ、振り返る。
「頑張んなさいよ!」
そう言って、親指を突き出してくる。どうして出会う人出会う人、僕の目的を察するのだろうか…
「加奈!」
昨日まで毎日授業を受けていた教室の中、窓のそばに幼馴染の姿があって、僕は思わず声に出してしまう。
「へ?な、なんでここに!?」
「そう言う加奈こそ、なんでこんな所にいるのさ?」
そう質問し返すと、明らかに動揺していた。
「いや、別に、なんとなく?毎日通ってたから、ついつい来ちゃったんだよ!」
「一回も家に帰らずに?ここに来る前に、加奈の家に行ったんだよ。そしたら、今日はまだ帰ってきてないって」
あちゃーという感じで頭を押さえる加奈。ひとつ深呼吸して、やがて意を決したように口を開き始めた。
「私は、最後にどうしてもここに来たかったの。この教室には、沢山の思い出があったから」
思い出?と聞く。まさか加奈がこの教室にそこまで思い入れを持っていたなんて、知らなかった。
「そう、思い出。私にとっては大事な、大事な思い出」
「その思い出って?」
「なんでもない、他愛もないものだよ。皆でわいわい話したり、私の知らないいろんなことを学んだり…そんな、小さな小さな思い出」
「でも、加奈にはそれが大事」
「うん、そう。だって、その思い出の中には、私が忘れたくない思い出が、私の壊したくない世界があるんだもん」
壊したくない、世界。
「そうだよ。壊したくない世界。でも、そこに手を加えてしまうと、瞬く間に壊れてしまうような世界」
だから、私はその思い出と一緒にいたいの。加奈はそう言った。
「それで、どうして私の事を探し回ってたの?」
僕はどきりとした。どうしてそんなことが分かるんだ。
「だってあなた、服がびしょびしょじゃない。私の家に来たっていうし、私のことをずっと探してたからそんな汗だくなんじゃないの?」
「こんなに服が濡れているのは、おばあさんに水を掛けられたからだよ」
「え、うそ!もしかして恥ずかしい勘違いしてた!?」
「ううん、あってる。僕は、君を探しに来たんだよ」
そう言って、僕は一つの歌を歌う。昨日僕がラジオで聞いた、あの英語の歌。僕が徹夜した理由の一つがこれだった。
「あ、この歌知ってる…」
加奈はそれきり黙って、僕の歌に耳を傾けてくれた。
「この歌詞の意味、知ってる?」
黙って首を横に振る。
「父さんに聞いたんだけど、簡単に言うと、『何が起きても、君に僕の傍にいてほしい。そしたら僕は怖くない』って意味なんだ」
「良い歌…」
「でしょ?どうしてもこの曲を君に聴かせたかったんだ」
ふと、窓の外から光が差してくる。加奈の後ろには、オレンジに輝く太陽があった。もう時間はない。
「ねえ、屋上に行かない?」
ふと、思ったことを口に出す。
「別に良いけど…?」
善は急げだ。僕は階段へ駆ける。
屋上へ続く扉の鍵は開いていた。普段から解放されてるのかもしれないし、もしかしたら先生が開けておいてくれたのかもしれない。いつもはこんな所通らないので、僕は知らなかった。
「眩しい…」
屋上に出た加奈が呻く。夕日は昨日よりもとても輝いてるように見えた。
「『世界最後の日、貴女は何をしますか?』」
毎年毎年聞かれるその質問を、僕は加奈にしてみた。
「私は、思い出の場所で昔に想いを馳せていたいです。そして、優しく眠りにつきたいです。『世界最後の日、貴方は何をしますか』?」
悪戯っぽく微笑んで、同じ質問を返す。
「…僕は、世界で一番高い所に登って、消えていく世界を目に焼き付けたいかな」
そう言って、夕日に照らされた町並みを見下ろす。きっと、こういうのをノスタルジックというのだろうか。
「…綺麗だね」
まるでこれから世界が終わるようには見えないね。そう声をかける。
「綺麗だからこそ、終わるのかもしれないじゃない」
加奈の言うことも一理あった。
「それで?さっきの歌、あれはどういう意味だったの?」
そう言って僕の顔を覗き込む。
「だから、あれは、どんなときでも僕の傍に居てって…」
そうじゃなくて。
「本当に良い歌だから、どうしても聞かせたくて」
ちがうだろ。
加奈に見つめられると、どうしてもありのままの心をさらけ出せない。僕の口先には建前だけが浮いていた。
「本当に、それだけ?」
加奈が伏し目がちになる。僕の口の中で発射されるのを待っていた建前は急速に溶けていき、あとには喉に引っかかったままの本音だけが残る。
「…僕は、君に…」
「私に…?」
「君に………君に、傍に居てほしくて!ただ、ただそれだけで、その…何も怖くなくなって、それで…」
「…それは、あの歌の歌詞?」
「違くて!そうなんだけど、違くて…君に、離れてほしくなくて、隣に居てほしくて、それで…」
そう言ってる間に、涙がとめどなく溢れてくる。僕はなんでこんなにもみっともない男なんだろう。そう思うと、涙はさらに零れた。やっぱりこれは、世界が終わるせいだ。
「それで、つまり、あの歌は僕の心を表してて、それで…」
涙を流しながら顔を上げる。
「それで、僕の傍に立っていてほしくて…つまりは…」
「…つまりは、君が好きなんだ」
一呼吸おいて、全てを告白する。
加奈は、暫くの間ずっと黙っていた。それは、どう返事をしようかと考えてるようにも見えたし、僕の一世一代の告白を何一つ聞いていなかったようにもとれた。僕が何か口を開こうかと考え始めたころ、ついに加奈が口を開いた。
「……私の壊したくない世界はとても大事で、それは私の人生を変えてしまうほど重要なもので…だけど、私が何か間違った選択をしてしまうと、途端に壊れてしまいそうで…だから、私からは思い切ったことは何も出来なくて…それで、いつの間にか壊したくない世界と私との間に、大きな壁を作ってて…」
僕は黙って耳を傾ける。
「だけどね、ある時突然、その壁が崩れたの。なんでだかわかる?」
そう訊かれても、僕に分かるはずもない。そもそも、加奈の壊したくない世界というものすら良くは分からないのに。
「その壁を私が壊したら、破片が私の壊したくない世界に突き刺さりそうで怖かった。でも、その壁は向こうから壊れたの。相手が、その壁を壊してくれたの」
ごめんね、私もあなたと一緒で、うまく心の中を伝えるのが出来ないみたい、と笑う。
「それでね、私が何を言いたいかっていうと…」
すぅっと深呼吸する。
「…つまりは、あなたが好きです」
頬を真っ赤に染めて、恥ずかしげに、でも堂々と言い切った。
その瞬間、僕の涙は止まった。
「私の壊したくない世界っていうのは、あなたとの思い出。だけど、今までの関係が全て壊れてしまうのが恐ろしくて、私は何も出来なかったの」
なんだ、僕と同じじゃないか。
「それで、あなたに嫌われたりするのが怖くて、私は教室に思い出を置いてきた」
「僕が、君を嫌いになるわけ…」
「そうかもしれない、でも、そうじゃなかったかもしれない。私にはわからなかったもん」
頬を膨らませてふくれっ面になる。その仕草がとても愛らしかった。
「あ、もう…」
腕時計を見た加奈が声を上げる。夕日を確認すると、もう地平線にかかりそうなほど傾いていた。
「周りに高い建物が無くてよかったね」
「え?」
「だって、ほら、地平線に沈んでく太陽が見える」
実際、この学校はとても高い所にあった。ここが台地なのか、町が低地にあるのかはわからないけど、このあたりで一番高い所と言ったらここだ。その上で僕が夕日を指差すと同時に、ついに太陽が地平線にかかった。
「なに、あれ…」
加奈が若干下の方を見る。つられて僕も見てみると、建物からなにやら白い光の粒が出てきてるのが見える。しばらく見てると、建物が白い光に包まれていく。
「…きっと、あの夕陽が完全に沈んだ瞬間、終わるんじゃないかな…」
僕達の暮らした町が少しずつ、光に包まれて行く。その光の向こうがどうなってるのかは分からないけど、これが世界の終わりなのだろう。
「…あーあ、これで終わっちゃうのか…」
加奈が屋上の縁に座り込んで、足をぶらぶらさせる。
「そうだね、これで終わりだ」
僕も加奈の隣に腰掛けて、ぶらぶらと足を宙に浮かべる。
「だけど、僕はここでこうしていれて、幸せだと思う。だって、好きな人と一番高い所でいるんだよ?なかなかロマンチックだと思わない?」
「そういうの、本当照れちゃうからやめて」
笑いながら僕を叩いてくる。
もう夕日は殆ど沈んでいた。白い光も、学校の足元まで辿り着いている。もう時間の問題だった。
「ねえ、加奈…」
「ん?」
「もう終わっちゃうね…」
「そうだね…」
「加奈は、今まで楽しかった?」
「勿論。あなたは?」
「僕もだよ。将来、妹のレストランに君と一緒に行ってみたかったのが心残りかな」
「あの子、料理上手だったの?どうせならもっと早くに言ってほしかったな、幼馴染なんだから」
「ごめんごめん」
「しょうがないから許してあげる」
「…ねえ…」
「なあに?」
「今までありがとう…付き合えたのはほんの少しだけど、間違い無く人生最高の時間だったよ」
「私も、ありがとう。でも、私は、あなたといた全ての時間が楽しかったよ」
「そんな意地悪しないで、僕だってそうだよ」
「ふふ、ごめんね?」
僕達は、どちらからともなく手を繋いだ。そして、僕達の体から白い光の粒がでてくる。
「もう終わりね…」
「…さようなら…」
「さようなら、またね…」
「うん、またね…」
視界が白い光に包まれるその瞬間、僕には夕日が緑色に輝いたように見えた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。私が書くのは基本的に私自身が読みたいと感じたストーリーなのですが、生憎とそれを表現する力が不足してるのが現状でして…
兎にも角にも、ありがとうございました。