第四話 危機に陥り強くなる
「ひどい・・・」
昨日ここに辿り着いた時は、みんなの笑い声が響いていたのに、今は泣き声と叫び声しか聞こえない。
アルフィンは崩れた家々を避けながら、一人の少女を捜していた。その少女の名はエリナ・ハーシェル。教国出身のシスター見習いであるらしい。帝国軍の兵士に絡まれていたところをユウが助けたことで、少し親しくなった。
彼女と話しているとき、ユウがデレデレしているのは気に食わなかったが、負傷した兵士のために薬草を集めに一人で危険な森に行く優しい子の安否が心配だ。
「無事・・・だよね」
そう呟いてアルフィンは教会のほうに向かった。
お世話になっていた教会が燃えている。エルスの森から戻ってきたエリナは、その場に立ち尽くしていた。
「どうして・・・」
街の人々は王国が攻めて来たと言っているが、王国兵らしき姿はどこにも見えない。
「エリナ!」
向こうの方から白髪の少女が走ってきた。今日森で出会ったアルフィン王女だ。
「アルフィンさん・・・」
「大丈夫?怪我はない?」
「私は大丈夫です・・・、でも、まだ中に人が」
エリナは激しく燃える教会を指差した。
「っ・・・!」
恐らく中にいる人達はもう助からないだろう。
「アルフィンさん、私、どうしたら・・・。王国が、攻めて来たって聞いて・・・」
「確かに、王国はカサールに攻め込もうとしてたけど、その前にカサール川で部隊が壊滅させられたの。でも、王国がここに攻めようとしたのには理由があって、ええと・・・、後で説明する!」
アルフィンはエリナの手を掴み、まだ被害が少ない方向に駆け出した。
「今、今回の事件の黒幕みたいな人とユウ君が戦ってるから、あっちに避難しよう!」
「ユウさんが・・・?」
「うん、エリナ達を助けたいって言って飛び出してきたんだよ」
あの時助けてくれた少年が、また助けに来てくれたのか。
その時、大きな爆発音と共に街の外で黒い煙が立ちのぼった。
魔力を帯びたカードが様々な方向から襲いかかってくる。ふわふわと空を漂いながらのベルフレアの攻撃だ。
手に集中させた魔力を前方に放つ。それでほぼ全てのカードを消し飛ばしたが、消しそびれたカードが俺の腕を切り裂いた。
「痛ってぇ!」
「ふふ、魔力を纏わせることで防御力を上げてるみたいだけど、私の攻撃は防ぎきれないみたいね」
そう言ってベルフレアは、再び周囲にカードを出現させた。
「《裂き札》」
放たれた数十枚のカードが俺目掛けて四方八方から飛んでくる。だったら、こんなのはどうよ。
俺は魔力を両手に集め、周囲に放ちながら旋回した。魔力の渦に激突したカードは跡形も残らず消え去った。
「どうよ」
「やるねー、ならこれはどう?」
再びカードを作り上げていくベルフレア。しかし、先程とは帯びている魔力の質が違う。
「爆発するやつか」
「その通り。《爆ぜ札》!!」
これは避けたほうがよさそうだ。勢いよく上に飛ぶ。カードは地面に突き刺さると、派手に爆発した。
「それ、まだまだあるよ!」
ベルフレアは次々に爆発するカードを作っていく。
しょうがない、女だからって遠慮するのはもうやめだ。
下半身に魔力を集中。地面を吹き飛ばしてベルフレアの眼前まで一気に飛んだ。
「うわっ、速っ!!」
「いっくぜぇ!」
彼女の腹に手のひらを当てる。そして、手のひらを通じて彼女に魔力を流し込んでいく。
「《零距離魔導砲》!!」
技の衝撃で彼女は吹っ飛んでいった。だが、、吹っ飛んだベルフレアの体はゆらゆらと揺らぎ、霧になって消えていく。偽物か?
「《偽人形》。惜しかったねー」
本物のベルフレアは、別の場所でふわふわ浮いていた。どうやら今のは魔力を固めて自分の分身を生み出す魔法のようだ。
「さあ、まだまだいくよ。《偽人形》」
ベルフレアは再び分身を生み出す魔法を唱える。ただ、先程とは違い複数分身を生み出していた。
「邪魔だ!!」
最初に向かって来た一体を掴んでぶんまわし、襲いかかってくる分身達にぶつけ、弾き飛ばしていく。同じ顔の女の大群に襲いかかられるって気持ち悪いな。
どうやら分身はそれほど強くないようで、地面に激突すると消えていった。
「あらら、やるわね」
「はっはっは、まあな」
さすが七魔導、そう簡単には倒させてくれないみたいだ。俺は更に多くの魔力を全身に纏わせた。
「ふふ、そろそろ私も本気を出したほうがいいか」
彼女も更に魔力が高まっていく。くるか、禁忌魔法。
「さあ、君を素晴らしい世界へと案内してあげる」
ベルフレアは、腕を広げ周囲に魔力を放出していく。
「禁忌魔法 《 鏡の大迷宮》!!」
彼女がそう言うと同時に、俺は光の渦に囚われた。あまりの眩しさに目を瞑る。
しばらくして俺が目を開けると、辺り一面が鏡でできた空間に俺は立っていた。
上を見ても下を見ても左を見ても右を見ても全て鏡。全ての方向に俺が映っている。気持ち悪!!
「うへぇ、なんだこりゃ」
どこ見ても自分て。とりあえずかっこいいポーズを決めてみた。
『あははは、何してんの』
どこからかベルフレアの声が響いてくる。
『これが私の禁忌魔法、《鏡の大迷宮》よ』
「どういう効果なんですか」
『対象者を私が創り出した空間に引きずり込み、閉じ込める魔法。さらに私は鏡の中を自由に動き回ることができるのよ!』
突然俺の眼前に何かが飛んできた。それを咄嗟に避け、横目で正体を確認する。どうやらあの切れ味が凄いカードを飛ばしてきたみたいだ。そのカードは鏡に触れるとするりと中に入り込んでいった。
「なっ───」
鏡の中に吸い込まれていったカードに驚いていると、鏡に複数枚のカードが映った。ん、このカードどこから飛んできてるんだ!?全ての方向にカードと俺が反射されてるからどこに本物があるのか分からん!!
飛来してきたカードは、混乱している俺を容赦なく切り刻んだ。
「うぐっ・・・!!」
遊園地とかに鏡の迷路みたいなのがあったが、それの中にいるみたいだ。
「めんどくせぇ、だったら全部の鏡を砕けばいいだけだ!」
俺は手のひらを鏡に当て、魔力を集中させる。
「《零距離魔導砲》!!」
放たれた魔力は鏡を粉々に粉砕────しなかった。え、なんで!?ヒビ一つ入らないんですけど!?
『あはははは、無駄よ。この空間の鏡はあなたごときじゃ砕くことできないわ』
「なっ、なんだってー!?」
それは大変だ。このままじゃ俺ずっとここに閉じ込められちゃうじゃん。
『この魔法は魔力をかなり消費するから、早めに終わらせるわよ』
全方位から感じる魔力の気配。恐らくカードをありとあらゆる方向から飛ばしてくるのだろう。
しかし、鏡を砕いて脱出することができない俺には回避することは不可能だ。
「まずい・・・!」
『終わりよ、《裂き札》、《爆ぜ札》!!』
魔力を全身に纏わせ、さらに全方位に向かって魔力を放ち、衝撃波を発生させる。これで防ぎきれれば万々歳なんだけど。
ある程度のカードは消し飛ばせたが、残ったものが俺の防御を突破し、全身を切り刻み、爆発した。
「がっ、くっそ・・・」
ベルフレアは鏡の中を自由に動き回ることができ、鏡越しに攻撃することができる。対して俺は鏡を破壊することができないし、敵の攻撃があらゆる方向に反射して映るからどこから攻撃されているのか分かりづらい。不利すぎだろ。
だが、負けるわけにはいかん。アルフィンの父さんの姿を使ってみんなを騙し、攻撃を仕掛けさせたこいつは絶対倒す。
『っ、まだ倒れないなんて、さすがね』
「へへ、そろそろ魔力尽きてきたんじゃねーの?」
ベルフレアの禁忌魔法はかなり強力だ。ぶっちゃけNo.Ⅴのレインより強いと思う。
ゲームで戦った時は俺はパーティー全員のレベルをめっちゃ上げてたから禁忌魔法使われる前に倒せたんだよな。まさかここまで厄介な魔法とは。
だが、この魔法は魔力をかなり消費するらしい。そろそろ魔力切れてきただろ。
『完全に底を尽きる前に倒せばいいのよ』
再び全方位から魔力の気配を感じた。
「やべっ・・・!」
『これで終わりよ!』
ありとあらゆる方向から魔力を帯びたカードが飛んでくる。まずい、そろそろ俺の魔力も空になり始めた。しかも全身傷だらけだ。そのせいでうまく魔力を纏うことができない。
「くそ・・・!」
これをくらえば恐らく俺は死ぬか、大怪我を負うだろう。こんなところで俺の旅は終わっちまうのかよ。
どうせ負けるなら七魔導のもっと強いやつと戦って負けたい。一番弱いやつに負けるて。
「それは俺のプライドが許さん!!!」
そう俺が叫んだ次の瞬間、全方位から飛来していたカードが全て動きを止めた。
「お・・・?」
これは、レイン戦の時も起こった現象だ。あの時と同じでめちゃくちゃ魔力が高まっていく。
「ホントなんなんだこれ」
ふと鏡に映る自分を見ると、紅っぽいオーラが微量ながら体から立ちのぼっていた。さらに、目が深紅に染まっている。
なんだ?前回の時もこんな感じになってたのか?
「なんにせよ、これならこいつにも勝てそうだな」
と口にした時、再びカードが自分目掛けて動きだした。
なんかカードの動きがさっきよりゆっくりに見える。とりあえず消し飛ばそう。
力を込めると、手から紅い魔力が漏れ出た。そのまま腕を振ると全身から魔力が放出され、襲い来るカード全てを飲み込み、消滅させた。
『なっ・・・!?』
ベルフレアの驚いた声が響いた。めっちゃ強えじゃん、俺。
これならこの鏡破壊できるんじゃないか?そう思って鏡を見たら、魔力が鏡の中を移動していくのが感じ取れた。
「ああ、なるほど。そこか」
その移動していく魔力に向かって紅い力を放つ。
『なっ!? うあああっ!!』
ベルフレアの悲鳴が響いた。どうやら効いたみたいだな。さて、今度は粉々に粉砕してやろう。
俺の攻撃で動きの止まったベルフレアのいる鏡まで一気に移動し、勢いよく手のひらを当てた。
『や、やめ・・・!!』
「わっはっは、やめるわけねーだろうが!!」
そして紅い魔力を鏡に放つ。
「《 絶・零距離魔導砲》!!」
手から放たれた深紅の魔法は、目の前の鏡を粉砕した。それと同時に、俺を閉じ込めでいた鏡も全て砕け散った。
「お、出れた」
今俺の眼前に広がっているのは、巨大なカサール川だ。ようやく普通の景色が拝めたぜ。
「そ、そんな・・・」
声がしたほうを振り返ると、膝をついたベルフレアがいた。
「私の禁忌魔法が破られるなんて・・・」
「ふははは、これが俺の力なのだ」
まあ、死にかけたら急に前より強い力が手に入ったってことは言わないでおこう。
「七魔導以外に破られたことはなかったのに、君は何者だ!?」
「俺以外にも破られてんのかーい」
まじか、強すぎだろ他の七魔導。レインは大したことないけどな。
「くっ、しょうがないわね、今回は私の負けよ」
そう言うと、ベルフレアはカサールに向かって飛んで行った。
「なっ、待ちやがれ!」
ここまで酷いことをしておいて、逃がすわけにはいかない。
下半身に魔力を集め、一気に開放。そして、ベルフレアに向かって跳躍した。
「ちょ、なんでついて来るのよ!」
「ちょ、なんで逃げるのよ!」
途中で地面に着地し、再び跳び上がってベルフレアを追う。ふわふわ空飛びやがって、ずるすぎだろ道化師め!
「大人しく止まりやがれ飛行女!」
「だ、誰が飛行女よ!」
もう捕まえられる!俺はベルフレアに向かって腕を限界まで伸ばした。
しかし、俺の手が彼女の腕を掴む直前、何者かが俺とベルフレアの間に現れ、魔法を放ってきた。
「なっ!?」
いきなりすぎて俺はそれを回避できず、勢いよく家の屋根にぶつかった。
「情けないですね、ベルフレア」
声のした方を見ると、向こうにある家の屋根に紫色の髪を腰辺りまで伸ばした無表情の小柄な少女が立っていた。その横にはベルフレアもいる。
「ああっ、来てくれたんだね!」
「全く、王国の船を沈めることには成功したみたいですけど、まさか一般人に負けて逃げ回っているとは」
「いやー、あいつめちゃくちゃ強くてさー。あれよ、レインのこと倒したやつよ」
「ああ、最近噂の・・・」
そう言って小柄な少女は俺に視線を向けてきた。ほう、なかなか可愛いじゃないか。
「なるほど、彼が・・・。ベルフレア、戻りましょう」
「はいはーい。今回のは作戦成功ってことでいいのかしら?」
「そうですね、恐らく成功でしょう。」
「ちょ、待て待て、何帰ろうとしてんだ」
「これ以上ここに留まる理由が無いからですけど」
よく見ると、彼女らの足元には、魔法陣が浮かび上がっていた。これはあれか、転移魔法か。
「待て。お前、一体なにもんだ?」
無表情な彼女から感じる魔力はレインやベルフレアよりも更に高い。只者ではないだろう。
そんな彼女に問いかけると、小柄な少女は無表情から少し不機嫌そうな顔になると、面倒そうに呟いた。
「私は帝国軍所属、七魔導No.Ⅳエリーズ・バレスタイン。《岩塞》という二つ名で呼ばれています。それでは」
「またね、黒髪君」
そう言うと2人は光に包まれ、どこかへ消えていった